飯沼飛行士記念館
飯沼飛行士記念館のあらまし
平 成元年4月、北アルプス連峰常念岳を正面に仰ぐ安曇野の中心地に「飯沼飛行士記念館」が誕生しました。この記念館は、昭和12年4月朝日新聞社機「神風」 号を操縦、亜欧連絡記録大飛行を完成しわが国の航空史上不滅の光をはなち、壮大な夢とロマンを実現した安曇野市出身の飯沼正明飛行士の偉業を讃えるため、120年を経た飛行士の生家に建設されました。 数々の資料、遺品等の公開により、その歴史と人間の関わりの拠り所として多くの人々に親しまれています。
飯沼飛行士記念館


飯沼正明 略歴
飯沼正明飛行士
機上でサインをする飯沼飛行士
機上でサインをする
飯沼飛行士
大正元年8月2日、長野県南穂高村(現安曇野市)に生まれる。数々の苦難を乗り越えて飛行家を志し、松本中学から 逓信省委託操縦生試験に300余人中4人合格という難関を突破し、所沢陸軍飛行学校に入り優秀なパイロットとなった。
 昭和7年、朝日新聞社に入り、昭和9年には大阪―北京間2000キロの訪問飛行に成功、昭和10年には東京―台北間2510キロを10時間31分で飛ぶ など、つぎつぎに海外への航空路を開いた。昭和12年4月には、亜欧連絡記録大飛行で純国産機「神風」号の操縦士に選ばれ、東京―ロンドン間15,357 キロを実際の飛行時間51時間19分23秒という、当時としては驚異的な世界記録で飛行し、大西洋横断飛行を 成し遂げたリンドバーグと共に世界的なパイロットとして称賛されると同時に、日本の航空技術の名を高め、あわせて国際親善の役割を果たした。この大飛行 は、国をあげての壮挙として日本国中をわき立てた。(当時26才)
  その後、日華事変、太平洋戦争となり、昭和16年12月南方作戦に従軍中散華、29才の生涯であった。飯沼飛行士には、日本、イギリス、フランス、ベルギー、イタリアからそれぞれ勲章が贈られている。

東京―ロンドン飛行記録
所要時間94時間17分56秒
15,357キロメートル


飯沼飛行士ブロンズ像
飯沼飛行士
ブロンズ像
世界新記録樹立

 

飯沼飛行士記念館
利用案内
   案内図  
 

飯沼飛行士記念館へのアクセス
※豊科インターは安曇野インターに名称変更を予定しています。
 

    JR柏矢町駅→徒歩15分。またはJR豊科駅→車5分
※大型バス・乗用車〜大駐車場完備
 開館時間 午前9時〜午後5時
   休館日 月曜日、および祝日の翌日
12月28日〜1月4日
   入館料 個人 高校生以上
:400円
  団体(10名以上)
高校生以上 :300円

 


飯沼飛行士記念館

長野県安曇野市豊科南穂高3888
0263-72-9045
 


安曇野文化財団
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