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趣味の経済学             
経済学の神話に挑戦します
「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話

TANAKA1942bです。「王様は裸だ!」と叫んでみたいです   アマチュアエコノミスト TANAKA1942b が経済学の神話に挑戦します        If you are not a liberal at age 20, you have no heart. If you are not a conservative at age 40, you have no brain.――Winston Churchill    30歳前に社会主義者でない者は、ハートがない。30歳過ぎても社会主義者である者は、頭がない。――ウィンストン・チャーチル       日曜画家ならぬ日曜エコノミスト TANAKA1942bが経済学の神話に挑戦します     好奇心と遊び心いっぱいのアマチュアエコノミスト TANAKA1942b が経済学の神話に挑戦します     アマチュアエコノミスト TANAKA1942b が経済学の神話に挑戦します

……… は じ め に ………
 「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」「銀行は日銀からの資金提供などを原資に貸出し、それが信用創造プロセス=トランスミッションメカニズムにより拡大されマネーサプライとなる」「そこでベースマネーをハイパワードマネーとも言う」「日銀は売りオペ、買いオペによりベースマネーを増減させることができる」 「日銀は買いオペによりベースマネーを増加させ、これが貨幣乗数によりマネーサプライが増加する」 「日銀がインフレターゲットを宣言し、買いオペを進めることによってデフレスパイラルから脱することができる」
 最初の神話がインフレターゲット論へと発展していく。かつて小宮・外山論争や岩田・翁論争で問題になった「日銀はマネーサプライをコントロールできるのか?」も根本は「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」は正しいのかどうか?になってくる。 したがって、2つの論争や「ベースマネーは増加しているのに、マネーサプライはなぜ増加しないのだろう?」のような愚問や、インフレターゲット論を検討するには「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」が神話であることをハッキリさせることが大切なポイントになる。 そうすることにより、「貨幣乗数」「ハイパワード・マネー」「トランスミッションメカニズム」などの言葉は意味がないので使われなくなるだろう。
 ここではアマチュアエコノミストが「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」は神話であり、ベースマネーが増減しても、マネーサプライが増減するとは限らない、ことをハッキリさせ、これらの論争に終止符を打とうと思う。日本の経済学の教科書は、金融経済学とかマクロ経済学とかのタイトルの教科書はすべてこの神話に基づいて書かれている。 TANAKAにしてみると、これが神話であることはあまりにも当然なので、どのように説明するか?話の進め方に苦心する。そうした状況で、それでもアマチュアでも納得できるような分かりやすい説明を心がけて、試行錯誤を重ねながら話を進めるつもりです。最後までおつき合いのほど、よろしくお願いいたします。

「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話 目次
 インタゲ政策でローンはどうなる? 貨幣乗数が流通量を決める、という神話  ( 2005年10月17日 )
 量的緩和政策は不良債権処理支援策だった? そして馬は水を飲まなかった  ( 2005年7月18日 )
 あの人も、この人も神話を信じている どのような説明なのか、聞いてみよう  ( 2005年10月31日 )
 経済学の神話はアメリカでも生きていた 次期FRB議長も説明している  ( 2005年11月14日 )
 神話の内容をハッキリ理解しておこう 信用創造プロセスから検討する  ( 2005年12月5日 )
 TANAKAの説明する信用創造プロセス 日銀当預は各銀行が増減させる  ( 2005年12月19日 )
 神話が生まれる背景と、新に生まれる神話 教科書の誤った「信用創造」の説明  ( 2006年1月16日 )
 神話から生まれた「岩田・翁論争」 日銀当預と準備率の関係を検証する  ( 2006年2月27日 )
 ベースマネーとかマネーサプライとは何か? その増減が経済に及ぼす影響  ( 2006年3月13日 )
 銀行制度が生まれた明治維新時代を振り返る 江戸から明治へ過渡期の金融制度  ( 2006年5月15日 )
 国立銀行という私立銀行が153も設立された この時代のキーマンは渋沢栄一  ( 2006年5月22日 )
 私立銀行という現在の大手都市銀行が誕生 三井・安田・住友・三菱──ほか  ( 2006年5月29日 )
 全国各地で国立・私立銀行が誕生する 金融ベンチャー時代の始まり  ( 2006年6月5日 )
 明治時代の銀行制度を総括する 信用創造プロセスは働いていたか?  ( 2006年6月12日 )
 敗戦直後の経済混乱時期を振り返る インフレ・預金封鎖・傾斜金融──など  ( 2006年7月3日 )
 銀行は預金高と貸出額のバランスを計る キーワードはオーバーローン  ( 2006年7月10日 )
 旺盛な借入意欲に対する資金不足 懸賞金付預金など救国貯蓄運動の実施  ( 2006年7月17日 )
 単純化した経済理論と実務との遊離 実態無視から生まれるあいまい理論  ( 2006年8月7日 )
 ゼロ金利・量的緩和という高価な実験 神話理論が崩壊し、そして日銀理論も  ( 2006年8月14日 )

趣味の経済学 アマチュアエコノミストのすすめ Index
2%インフレ目標政策失敗への途 量的緩和政策はひびの入った骨董品
(2013年5月8日)

FX、お客が損すりゃ業者は儲かる 仕組みの解明と適切な後始末を (2011年11月1日)


インタゲ政策でローンはどうなる?
貨幣乗数が流通量を決める、という神話
<35年固定金利 2.72%の住宅ローン> 銀行のロビーに張ってあるポスターの「35年固定金利 2.72%の住宅ローン」というのが目に入った。ずいぶん安い金利だな、と思い住宅ローンの金利を調べてみた。すると、これは特別キャンペーン中で、普通は「固定金利選択方式2年固定金利で2%程度、5年固定金利で2.8%程度」ということが分かった。 それにしても安い、と思いつつ、「ではインフレターゲット政策が実施されるとどうなるだろうか?」と考えた。インフレターゲットは、「デフレがいかに悪いことか」「多くの諸外国で実行されている」「ハイパーインフレの恐れはない」などと説明するが、実際どのような金融政策が行われるべきなのか?それによって経済がどのように変わってインフレになるのか?その副作用はないのか? 等についてはハッキリ説明しない。そこで今回は「インフレターゲット政策が実施されると、住宅ローンはどうなるか?」という点から切り込んでみようと思いたった。
 初めに現在の住宅ローンがどの程度の金利なのか、銀行のHPから拾い出してみた。平均的な金利は次の通り。
固定金利選択方式 2年=2% 5年=2.8〜3% 10年=3.5%  変動金利型 10年超=3.5〜3.7%  
長期固定 2.71〜2.81%
 支店ロビーのポスターには次のようなメッセージがあった。
ご返済まで金利・ご返済額は変わりません 保証料不要・繰上返済時にも手数料がかかりません 
最長35年のゆとりのご返済期間 固定金利方式 年2.72%
 このポスターを見て「インフレターゲットが実行されたら、この住宅ローンはどのような影響を受けるだろうか?」と好奇心が騒いだ。そこで、住宅ローンを取っかかりとしてインフレターゲットの有効性について考えてみることにした。
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<日銀のインフレターゲット宣言によって最初に何が起こるか?> インフレターゲットを次のように理解して話を進めることにする。
 日本銀行は
 @「インフレ率1〜3%になるよう、金融政策をとる」
 A「このために大胆な金融政策をとる」 
 B「このように宣言する」
 具体的にどのような金融政策を採るかと言うと、「量的緩和政策をさらに一層進めるべきだ」程度しかハッキリしない。しかし、ここではこの点についてはあまり突っ込まず、上記@ABを前提に話を進める。
 インタゲ派エコノミストは、「日銀が1〜3%のインフレ政策を採る、と宣言することが大切だ。宣言することによって日銀も責任が生じるし、だから市場も日銀を信じる。量的緩和を一層進めると同時に、日銀は宣言もしなければならない」と主張する。 そこで、日銀が宣言したら、先ず何が起こるか?それを考える必要がある。インタゲ政策でいろんなことが起こるだろうが、先ず最初に起こることは何か?最初に起こることがその後の状況に影響を及ぼすはずだ。
 日銀がインタゲ宣言をするとすぐにインフレになるのか?そんなことはない。インフレになるには、銀行が企業に多くの融資を行い、それによってマネーサプライが増加し、「インフレはいついかなる場合も貨幣的現象である」が証明されることによりインフレになる。その猶予期間は、ミルトン・フリードマンは9カ月から24カ月程度と言う。日銀が宣言してもすぐにはインフレになるわけではない。
 まず最初に起こる変化は金利上昇だ。上に書いた住宅ローンは日銀発表の翌日には利上げが発表され、3%以上になる。2〜3日でも安い旧金利があれば、銀行の住宅ローン融資窓口は申し込み殺到で混乱する。ぞれに対する銀行の説明が曖昧であれば銀行への非難が集中する。
 なぜ金利が上昇するかというと、銀行は貸出金利を期待インフレ率以上に設定する。もしも期待インフレ率よりも低ければ、実質マイナス金利になるからだ。
 もしも金利が上昇しないとすれば、それはどこの銀行も「日銀は3%のインフレにすると言っているが、インフレにはならないだろう」と、日銀の発表を信じていないからだ。市場から信頼されない政策が効果を上げるとは考えられない。
 コール市場も即座に反応し、金利は上昇しゼロ金利は崩壊する。それによってコール市場での出し手である、生保、地銀などは運用手段の選択肢が増え、経営悪化に歯止めがかかる。ただし、その前に起こること、銀行金利の上昇が何らかの影響を与えるだろう。
 エコノミストの論調は暫く定まらない。抽象的な空論では読者は満足しないし、いいかげんな予想では、外れたときに面目を失う。「ああでもない、こうでもない」と言いながら大勢を見きわめ多数派になろうとする。このため日銀の宣言直後は評論家の見方も定まらない。
 まず、銀行貸出金利が上昇し、これが多くの面に影響を与える。従って日銀のインタゲ宣言による銀行の利上げについて考えてみることが大切になる。この点が曖昧だと、その他のこと、マネーサプライの増加とか為替相場だとか、景気全般について予想が立たない。
<市場金利は「ビルト・イン・スタビライザー」> 景気が良くなると資金需要が増え、物価が上昇しインフレになる。しかしインフレが進み期待インフレ率が上昇すれば、金利が上昇し銀行貸し出しを抑制し、景気の過熱を抑える。景気に対し市場金利は「ビルト・イン・スタビライザー」と言える。
 同じような「ビルト・イン・スタビライザー」として、累進所得税がある。景気が良くなり収入が増えると可処分所得が増え、これが景気を加速・過熱させる。しかし累進課税のため所得が増えると税率が上がり、収入増の割には消費が増大する訳ではない。これが「ビルト・イン・スタビライザー」。
 市場経済にはこうした「ビルト・イン・スタビライザー」がいくつか組み込まれている。インフレターゲット政策はこうした仕組みに目を向けず、経済司令塔として経済を統制できるという、社会主義経済的な発想に思われる。
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<インフレターゲットによる住宅ローン金利の上昇……> 日銀のインフレターゲット政策採用が発表されたとしよう。 そうすると銀行本部の住宅ローン担当者はこのように考える。「日銀がいよいよインフレターゲット政策を採用した。インフレ率1〜3%ということは、固定金利方式の年2.72%は実質マイナス金利になってしまう」 「日銀がインフレ率1〜3%と言うことは、3%を前提に考えた方がよい。いや、もっと高くなるかも知れない。10%になったら批判が集中するだろうが、4%なら誰も文句を言わないだろう。もしかしたら名目4%が実質0%になるかも知れない」このように考えるだろう。 そしてその考えは上司も承認するだろう。しかし、ここでは住宅ローンの最低金利を4%として考えてみよう。
 住宅ローンが最低4%になる。これは日銀が「インフレターゲット政策を採用する」と宣言したらすぐに銀行は公表する。日銀が宣言するとすれば、それ以前から予兆があり、銀行は準備をしているはずだ。もしも、日銀が発表して数日後に銀行がローン金利切り上げを発表するとしたら、大きな混乱が起こる。 賢い消費者が銀行にローン申し込みのために殺到する。銀行はどうするか?「申し訳ありません。現在枠が一杯になっており、近々新たな枠が用意されるはずですので、暫くお待ち下さい」、こんな風に言い訳することになるだろう。そして「日銀がインフレターゲットを採用したために、当行でも金利を上げざるを得なくなりました」と謝ることになる。
 こうして住宅ローンの最低金利が4%になる。そして、長期35年据え置きはなくなる。とりあえず2年据え置きが中心になり、その後のことは銀行でも予想がつかない。こうなるとローン契約が極端に減少する。戸建て住宅もマンションも動きはとまる。実際にインフレになるのか?日銀の言う通り1〜3%になるのだろうか?今まで通りデフレが続くのではないか?あるいは5%6%または10%程度にまでなるのではないか? 消費者も不動産屋もしばらくは様子見となる。2001年3月に量的緩和政策を採用して、4年半たってやっと見直しが議論され始めた。とすると、インフレターゲットも4年ぐらいは様子見が続くことになるだろう。それまでは消費者もサプライサイドである不動産業・建設業は開店休業となる。
 ここまで書いていて「あれっ!」と思った。インフレターゲットとは「デフレから脱却させ、経済を成長させよう」との金融政策ではなかったのか?住宅建設が低迷してどうして経済が成長するのだ!
<プライムレートも上昇する……>
銀行が優良企業に貸し出す金利、長期プライムレートは現在1.4〜1.7%だ。インフレターゲットが採用されれば、日銀が宣言した瞬間に4%以上に設定される。金利が2倍以上になれば企業は借り入れを手控える。設備投資・在庫投資・研究開発投資が冷え込む。
 こうした銀行の金利引き上げに対して非難する人たちが出てくる。「銀行は自分たちの利益だけしか考えていない。これでは中小企業は企業活動をやめなさい、と言っているに等しい。日本全体のことを考えなさい」と。しかし、銀行は奉仕団体ではない。マイナス金利で損失が膨れ上がったら破綻の危険が生じ、再び金融不安が起きてくる。
 企業の投資行動が止まれば景気は低迷する。景気が低迷するということはデフレになる、ということだ。しかし、インフレになる可能性もある。「金利が高くなるのだから」と言って便乗値上げが始まるかもしれない。そうなれば、インフレターゲット主張者の思い通りのインフレになるだろう。しかし、それは経済成長を伴わない「スタグフレーション」になるだろう。 1970年代、多くの先進国で、経済成長を伴わないインフレ=スタグフレーションが起きた。「インフレはいついかなる場合も貨幣的現象である」との経済学の常識によって、マネーサプライを減少させ、これを処理した。あの流れを汲む経済学者の一部が、今度はそのスタグフレーションの再来を期待しているかのように思える。 たとえ本人たちはそのことに気づいてなくてもだ。
 インフレターゲットとはスタグフレーションの再来を期待する政策のようにさえ思えて来る。
<国債の利率も上昇する……>
現在個人向け国債はつぎのようになっている。
 利率   初回の利子の適用利率 年率0.55%
  ・ 適用利率は「基準金利−0.80%(但し、その値が0.05%を下回る場合には0.05%)」として算出されます。
  ・ 初回の利子の基準金利は、本日の10年固定利付国債の入札結果から算出された金利1.35%です。初回の利子の適用利率は、これから0.80%を差し引いた0.55%となります。
  ・ 適用利率は半年毎に見直されます。
 これでインフレターゲットが採用されるとどうなるか?インフレ率が1〜3%ならば、国債の利率は4%以上でなければ消化できない。3%程度であったら実質金利は0%なのだから、買う人はいない。 もしかしたら「日銀やインタゲ派エコノミストなんて信じられない。この政策は失敗するに決まっている。まだゼロ成長は続くに決まっている。良い機会だから国債を買っておこう」このように考える人は国債を買うことになるだろう。
 ではどの程度の消化率になるだろうか?札割れを起こすことはないだろうか?やってみれば日銀とインタゲ派エコノミストの言うことがどの程度信用されているのか、ハッキリする。やってみるのもいいんじゃないですか?
 既に発行された国債はどうなるか?「マイナス金利の国債なんて持っていてもしようがない」と、国債のたたき売りが始まる。それでも売り損ねた企業は資産勘定が悪化する。あるいは、日銀批判が起こるかも知れない。これによって銀行がもっている国債の価値が下がるのだから、銀行の資産内容が悪化する。「日銀は銀行の経営を悪化させるのが目的なのか?」との批判が出てくるだろう。 経済団体も反対意見を出す。それでもインフレターゲット政策を遂行するには当局の強い意志が必要となる。
 国債を多量に保有する企業・金融機関のバランスシートが悪化する。
<便乗金利値上げが追従する……>
住宅ローン、プライムレート、国債と利率が上昇すれば、これに追従して金利値上げが出てくる。消費者金融は現在でも十分高金利になっているが、仕入れの銀行金利が上がれば、これを口実に金利を上げてくるだろう。 消費者金融やカードローンは金利上昇によって利潤拡大が期待できる。今後伸びる業界として話題になるだろう。
 経済が成長しなくても、たとえ便乗金利値上げでも、金利が上昇すれば、物価も上昇する。経済が成長しなくても、物価が上昇し、それによって通貨流通量が上昇すれば、インタゲ派の期待どおりデフレを脱却しマイルドなインフレにになるかも知れない。 少なくともその可能性は生まれる。
 消費者物価の中から便乗値上げが出るだろうが、不動産は買い手が少なくなり値下がりするかも知れない。経済の先行きの見通しが立たず、物価が乱高下するだろう。
<コール市場での出し手企業が潤う……>
国債の金利が上昇すれば長期金利はこれに追従し、この長期金利の上昇に追従して短期金利も上昇する。日銀のゼロ金利政策は放棄される。 コール市場での出し手、生保、地方銀行、などの資金運用先が復活する。これによって短期金融市場が活気を取り戻し、経済の体温計としてのコールレートが注目されるようになる。 株式市場、為替市場、などと並びタイボーが注目され、この市場に参加する金融業界が生きかえる。
<金利が上昇し景気は停滞する……> 経済である条件が変わると、それによってどのような変化が起こるか、いろんな結果が予想される。全く逆の結果も予測される場合もある。 日銀がインフレターゲットを宣言すると、上記とは違って、景気が停滞するとの結果も予想される。なにしろ金利が上昇するのだから、景気が低迷することは十分の予想される。 日銀のゼロ金利政策も維持できなくなれば、企業の投資熱も冷え込むに違いない。
<それでもデフレから脱却し、物価が上昇しスタグフレーションになるかも知れない……> 日銀の量的緩和政策を拡大して、インフレターゲット宣言するといろんなことが起こる。それはいいこと、悪いこと、関係ないこと、いっぱいあるはずだ。具体的になのが起こるか?その議論がない。 インタゲ主張者はプラス面だけ言い、疑問を持っている者は議論したがらない。上に書いた以上に、いろんなことが起こるはずだ。そして、結論的に言えば、デフレではなくなり、物価が上昇し、しかし、経済は成長せず、スタグフレーションになる、との見方が妥当なようだ。
 だとすれば、インタゲ派の主張は一部正しい。デフレをとめることができるからだ。しかし、それでいのだろうか?大変多くの副作用というコストを払って、その結果がスタグフレーションならば、やはり、インフレターゲットは支持できない。
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<「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」との神話> インタゲ派が主張するように、日銀が買いオペを進めるとデフレから脱却できる、とはどのような根拠なのか。それにはいくつかの前提がある。 @貨幣数量説を認めている。Aベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する。B従って日銀はマネーサプライをコントロールできる。以上3点を信じていることが前提だ。これに関しては、日銀は「日銀はマネーサプライをコントロールすることはできない」と主張するが、あまり積極的に主張はしていない。 @の貨幣数量説には異論もあるようだが、これも積極的な否定論は聞かれない。Aの「ベースマネーの増減によってハイパワードマネーが増減する」に関して反対論はない。TANAKAが経済学の教科書を調べたが、これに対する反対論、批判は見当たらなかった。 つまり。「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」は経済学の常識(神話)になっている。下の<参考文献>に上げた文献はすべて、「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」との経済学の神話に基づいて書かれていた。
「貨幣乗数」「トランスミッションメカニズム」などの用語を使うことによって、「ベースマネーの増減によってハイパワードマネーが増減する」との神話に疑いを挟まない姿勢になってしまっている。そこで「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」が経済学の神話であると、神話を暴いてみようと思うが、あまりにも信者が多いので、しっかりした数字とアマチュアでも判るような判りやすい説明をするために、十分な時間が必要になる。 そこで今回は、その取っかかり程度に挑戦することにした。ということで、「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」とは経済学の神話である、との主張を好奇心と遊び心をもって、ほんの入口程度に踏み込んでみることにした。
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<経済学の教科書が説明する、信用創造のメカニズム> 金融経済学で説明される「信用創造のメカニズム(トランスミッションメカニズム)」について書いてみよう。幾つかの教科書を参考に、「信用創造のメカニズム」を易しく書いてみる。
 たとえば日本銀行がA銀行に1000万円を供給したとする。A銀行は1000万円の10%である100万円を準備金として日銀当座預金に預け入れ、 残りの900万円をB社に融資する。 900万円の貸付を受けたB社は、それをC社への支払に充てる。C社は受け取った900万円をすべてD銀行に預けたとしよう。この場合法定準備率を10%と仮定しているから、D銀行は810万円を貸し付けることができる。 D銀行から810万円の融資を受けたE社はF銀行へ全額預けると、F銀行は81万円を準備金として日銀当座預金に入金し、729万円を融資することができる。 このような銀行の貸付行動により、預金通貨が創造されていく。
 1,000万円の本源的預金によって創造される派生的預金は、
  派生的預金=1000(0.9+0.9²+0.9³+……)
になる。ここで、( )の中は、初項0.9、公比0.9の無限等比数列の和だ。これを計算すれば、創造される派生的預金は9,000万円であることが導かれる。 これに本源的預金1,000万円を加えれば、預金総額は1億円になる。このケースでは、本源的預金の10倍の預金が創造されている。この倍数(ここでは、10)は信用乗数とか貨幣乗数と呼ばれている。
 これを貨幣供給の式として、M ,HM ,D ,Cp ,R ,m をそれぞれ貨幣量、ハイパワードマネー、預金、民間部門保有の現金、銀行準備、貨幣供給乗数とすれば、次のように示される。
  M=(1+Cp/D)÷{(Cp/D)+(R/D)}XHM=m・HM
 この式は、ハイパワードマネーHMが貨幣乗数mを掛けた数字だけ大きくなり、貨幣量Mとなることを表している。
 このように教科書の説明では、「ハイパワードマネーの増減によってマネーサプライが決まる。日銀は日銀当座預金残高を増減させることが出来るので、結果としてマネーサプライを増減させることできる」 となっている。このため「日銀は買い切りオペを増加させ、ハイパワードマネーを増減させ、インフレを1〜3%に調整する政策を取るべきだ」とのインフレターゲット論が出てくることになった。
<TANAKAが説明する、信用創造のメカニズム>
上記、教科書の「信用創造のメカニズム(トランスミッションメカニズム)」は非現実的で、実際は違った仕組みになっている、というのがTANAKAの説明だ。 
 銀行が企業に融資することによりマネーサプライは増加する。その仕組みはつぎのようになっている。 先ずA銀行がB企業に10億円融資する場合を考えてみよう。教科書の説明と違って、日銀の資金提供とか預金受け入れは必要ない。 銀行が企業に10億円融資する場合は、企業の口座に10億円入金する。ただし現金は必要ない。企業の通帳に10億円入金と記入するだけだ。後は銀行の帳簿を操作する。
 A銀行のバランスシートで、
 資産勘定で「B企業へ貸出 10億円」  負債勘定で「B企業の預金 10億円」 と変化する 
 つぎにA銀行は日銀当座預金に準備金を入れなければならない。その金額は10億円の0.1%から1.3%、A銀行の預金総額によって違ってくるが、ここでは分かりやくするために1%として話を進める。 詳しくは 準備金率▲ を参照のこと。
 A銀行は日銀当座預金に次の月の15日までに1000万円を入金しなくてはならない。ただしこれはB企業が1ヶ月間ずっと預金したままの場合で、たとえば銀行営業日数20日の月に1日だけ入金し、すぐに引き出すと、準備金は1000万円の20分の1、つまり50万円となる。 通常、企業は支払の必要から融資を受けるので、長く入金したままにしておくことは考えられない。
 このケースでは10億円の融資に対して、その準備金=日銀当座預金に次の月の15日までに入金すべきは50万円でしかない。
 預金受け入れも日銀からの資金提供も必要とせず、10億円融資してもこの程度の準備金を半月遅れで入金すればいい。そして日銀当座預金は利子が付かないので、銀行はなるべく必要な金額だけにして、余分な資金は入金したがらない。
 もしも、銀行が翌月の15日までに50万円用意できなければコール市場で借りればいい。その金利は年0.001%。ただし50万円を借りる事はできない。この市場での最小取引単位は5億円だからだ。50万円などという、はした金は取り引きすることができない。 このようにベースマネーの一部である日銀当座預金残高は、銀行が行う融資の総額によって決められる。つまり銀行の融資が原因となって、その結果、日銀当座預金残高、つまりベースマネーの額が決まる。 これで、銀行の融資活動の結果決まってくるマネーサプライの増減によって(原因)、ベースマネーが増減する(結果)ことが理解できるはずだ。
 このため「貨幣乗数」という言葉を使うと、ベースマネーが膨らんでマネーサプライになる、と考えがちになるが、実際は逆、マネーサプライの増加が準備率によってその何分の1かがベースマネーとしてして必要になるのだ。
  M=(1+Cp/D)÷{(Cp/D)+(R/D)}XHM=m・HM
 の式は、貨幣量Mの増減によってハイパワードマネーHMが増減し、それが何分の1になったかを貨幣乗数mと表現することを表している。
「貨幣乗数」とか「ハイパワードマネー」とか「信用創造プロセス」「トランスミッションメカニズム」との用語は「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」との神話を説明する言葉であって、この神話が崩れると意味をなさなくなる。いずれこの言葉は忘れ去られるであろう。
 なお現在の準備率は1991年に改訂されたもので、1986年から1991年までの準備率は現在の約2倍、0.25〜2.5%。従って上記ケースで最高の準備率を適用すれば125万円必要となる。それでも準備率10%で説明するのは、あまりにも実際とかけ離れ過ぎている。 こうした詰めの甘さが「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」との神話を生むことになったのだろう。
日本の銀行はそんなに資金不足なのか?  教科書の説明する「信用創造プロセス(トランスミッションメカニズム)」は日本の銀行が資金不足で、いっぱい預金が預け入れられたり、あるいは日銀からの資金提供がなければ貸出ができないかのように思えてくる。 資金さえあれば、それを原資に貸出し、それが支払われた企業が預金し、そこでそれを原資に貸出が行われと、預金が入金されるたびに貸出が行われる。この考えに従えば、「銀行は貸出資金がないから融資ができない。資金さえあれば企業は金を借りる」となる。
 1980年代、まだ不動産投資の総量規制が始まる前、銀行は不動産担保で積極的な貸出を行っていた。このためマネーサプライの伸びは急激で、「それを抑えなかった日銀の責任でバブルが膨らんだ」との批判もあるほどだ。では銀行の融資の原資は誰が提供したのだろうか? 日銀が提供したのなら、日銀の責任は「マネーサプライの伸びを抑えなかった責任」ではなくて、「銀行に貸出資金を提供した責任だ」と非難すべきだ。そうではない、ということは日銀が貸出資金を提供したのではない、ということになる。 ではどうして、銀行は積極的に融資することができたのか?その資金はどこにあったのか?
 答えは簡単。銀行は貸出資金に不安はない。沢山の資金を持っている。あのバブルが膨らんでいるときでも、「貸出資金が不足したので、持っている株や国債を売って。貸出資金の原資とした」などという話は聞かなかった。、
 教科書の「信用創造プロセス」は、なにかとてもミミッチイですね。日本の銀行がこんな苦しい資金繰りをしていると考えるなんて。
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<融資の違いを貨幣量と流通速度として考えてみる> 教科書によるマネーサプライの増加とTANAKAが説明するマネーサプライの増加は違う。教科書の説明でもマネーサプライは増加する。その違いを旨く説明できないだろうかと、考えた。
MV=PY ・・・・・・ただし、M=貨幣量 V=貨幣の流通速度 P=物価水準 Y=実質国民所得
 YをT(取引量)と置き換えて、MV=PTという恒等式も成り立つ。これが貨幣数量説だ。
 TANAKAが説明するのは、M=貨幣量を増やす、教科書の説明は、V=貨幣の流通速度を早める。このように理解するとい良い。
 教科書の増え方をよく見ると、「ホットポテト」という言葉が頭に浮かぶ。大勢の人が丸く輪になって立ち、みんな真ん中を向く。1人が熱いポテトを投げる。誰かがそれを受け取る。熱いのですぐに他の人に投げる。それを受け取った人もすぐに投げる。このようにして、ポテトが飛び交う。 遠くから見ていると沢山のポテトが飛び交っているかのように見える。しかしポテトは1つ。
 この言葉は為替取引や株取引に際して使われる。デイトレーダーや機関投資家が多く参加する取引では少ない物件が絶えず取引され、あたかも多数の物件が取引されているかのように見える。それでも、マネーサプライが増加することには違いない。
 教科書の説明する融資方法は、一定の資金があってそれを貸し出す方法だ。それは管理通貨制度以前の、金本位制ではこの方式だった。
田沼意次の財テク ここでは江戸時代に田沼意次の意向で行った幕府の財テクについて書いてみよう。これには老中松平右近将監武元・田沼意次・若年寄水野出羽守忠友・北町奉行曲淵甲斐守それに町人側から町年寄が登場する。
 先ずは明和8(1771)年12月に実施された町人向け資金原資として幕府が町年寄に貸し付けた5万両についてみることにしよう。
 融資の内容は次の通り。明和8(1771)年12月11日に松平右近将監から月番の町奉行(北町奉行曲淵甲斐守)経由で、喜多村彦右衛門、奈良屋市右衛門、樽屋与左衛門の三町年寄に対して、幕府資金(在方御手当)5万両の貸付が次のような条件で命じられることになった。
 元  金 5万両
 利  率 年10%(年間利息 5千両)
 償還期間 5年
 担  保 無担保
 その他  町年寄りに対して年間の利息5千両のなかから250両(元金に対して0.5%)を雑費用として与える。
 これらの融資先は、金吹町家持の播磨屋新右衛門のような両替、浅草瓦町家持の伊勢屋四郎左衛門や浅草新旅篭町家持の伊勢屋四郎兵衛のような札差などの大商人が主だったものだった。そして融資先は家持74名、地借7名、地守1名、家主1名となっている。このように幕府の資金が町年寄を通じて両替商、札差といった当時の町人向けと武家向けの金融機関に融資され、ともに運用されることになった。この5万両の融資話は1771(明和8)年11月に持ち上がり、12月中旬には市中消化が完了した。このように当時の江戸市中の資金需要は旺盛だった。 そして早くも翌年正月には明和8年12月分の利子が幕府に払い込まれた。
 このようにして実施された幕府の民間への融資制度=幕府の財テク、これは5万両を原資として行われた。この5万両をすべて貸し出してしまうと、それで一時ストップとなる。 それでも、タンス預金が活用され、流通速度が早くなって、経済を刺激したに違いない。(これに関しては <幕府の財テクは年利1割の町人向け金融>▲ を参照のこと)
消費者金融 流通速度を速める融資として、消費者金融の融資がある。これも信用創造ではないが、流通速度を速める。消費者金融は銀行から資金を借りて消費者に融資する。資金を右から左に動かすだけだが、これで流通速度は早まる。そして、この場合銀行が消費者金融に資金を融資することは信用創造と言える。 
国債を発行しての財政政策 このような例として、赤字国債を発行しての財政政策も考えられる。10兆円の国債を発行すれば、市場から10兆円を引き上げることになる。従って、「公共投資がGDPを0.5%引き上げる」と言うなら、「その前に、国債が民間資金を引き上げるために、GDPを0.5%引き下げる」と言うべきだ。 それでも、その10兆円が眠っている資金ならば、公共投資によって流通速度が速くなり、それなりの景気刺激策にはなるかも知れない。 (これに関しては 日本版財政赤字の政治経済学▲ を参照のこと) 
<管理通貨制度での銀行の錬金術> 前回の<量的緩和政策は不良債権処理支援策だった?>で書いた <<日銀当座預金での決済とは>▲ は銀行が流通速度を速める融資の方法だった。 「信用創造プロセス」という言葉は不適当だ。貨幣を創造するのではなく、貨幣の流通速度を上げているにすぎない。 金融経済学のポイントは「銀行は資金がなくても融資することができる」だ。 現代の錬金術は銀行が行う。しかし、現代の経済学者はこの錬金術を重視しない。田沼意次時代の融資の方が親しみを覚えるのだろう。この錬金術はいかにも市場経済・資本主義的で「市場原理主義」などという言葉を使って非難する隠れコミュニストに気を使う人は、あまり話題にしたくないかも知れない。 あまり触れずにそっとして置いて欲しいかも知れない。けれどもこれが資本主義経済を刺激する錬金術なのだ。「資金が無くても人に金を貸すことができる、錬金術」。
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<ベースマネーとマネーサプライの寓話>  外国からエコノミストがやって来て、日本の経済学者に言った。
「日本経済のパフォーマンスは素晴らしいですね。それは日本の長期金利を見れば判ります。長期金利が高いので、経済成長が堅実で企業の投資意欲が旺盛だということが判ります」
「なかなか良いところに目を付けましたね。仰有る通りです。わが国では景気が良いので、企業は少しぐらい金利が高くても、今のうちに設備投資・在庫投資をしておこうと銀行からの融資を受けています」
「そこで考えたのですが、わが国でも長期金利を高くすべきです。そうすれば日本と同じ様な成長が期待できます」
「ハハハ!違いますよ。もう一度経済学を基礎から勉強して下さい。経済が好調なのが原因で、金利が高くなっているのは結果です。結果である金利をいじっても原因である経済成長は期待できません」
「そうですか。教えて頂きありがとうございます。国に帰ってこんなことを言ったら、私が恥をかくところでした。もう一度経済学を勉強し直します」
 こんなようなことがあってから、今度の日本の経済学者が外国へ視察に出かけた。
「あなたの国の経済パフォーマンスは素晴らしいですね。それはベースマネーの増加率を見れば判ります。ベースマネーの増加率が高いということは、マネーサプライの増加率が高いということで、貨幣数量説から考えてもあなたの国の経済が好調だということが判ります」
「なかなか良いところに目を付けましたね。仰有る通りです。好景気で企業の銀行からの融資が増えていて、そのためにベースマネーである準備金=中央銀行当座預金が増えています」
「そこで考えたのですが、日本でもベースマネーを増加させるべきです。それには日銀は量的緩和政策をさらに進め、インフレターゲット政策をとりべきです。そうすれば日本も貴方の国と同じ様な成長が期待できます」
「ハハハ!違いますよ。もう一度経済学を基礎から勉強して下さい。マネーサプライの増加が原因で、ベースマネーの増加は結果です。結果であるベースマネーをいじっても原因であるマネーサプライは変化しません」
「そうですか。教えて頂きありがとうございます。日本に帰ってこんなことを言ったら、私が恥をかくところでした。もう一度経済学を勉強し直します。でもこのことは黙っています。自分の恥を公表する必要はないので、この件についてはあまり発言しなようにしておきます。 せいぜいインフレターゲットは日銀に対するいやがらせだ、と言ってインタゲ派からは距離を置くことにします」
 このような寓話はどうでしょうか?でもベースマネーの増減が原因でマネーサプライが増減すると、信じている人には悪い冗談としか思えないでしょうね。
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<融資総額を決めるのは、銀行の資金量か?企業の資金需要なのか?> 教科書の説明では、企業の資金需要があっても銀行の資金が足りない。そこで預金が預け入れられたり、日銀の資金提供があると、銀行はそれを原資として企業への融資を実施する。こうした状況なので、銀行の資金=日銀当座預金残高=ベースマネーの量によって貸出し総額が決まり、マネーサプライが決まる。このような説明になる。 この説明は何かに似ている。それは「供給はそれ自身の需要を創造する」と要約されるセイの法則に似ている。TANAKAの説明は「消費量は総需要によって決まる」だ。 
 「経済学はセンスだ」と思うことがある。教科書が説明する銀行貸出しの仕組みは間違いではないが、現代日本の銀行には相応しくない捉え方だ。資金難の銀行の、とても貧しいやり方に思えてくる。江戸時代の融資や消費者金融の融資とは違うはずだ。
 このホームページの 創刊号▲ で「外形標準課税という名の増税には反対です」と題して書いた。その中で「銀行員の給料は高すぎる、との嫉妬心が正義論として通用すると」という表現を使った。多くの金を扱う銀行員はそれなりに高級取りで良いと思う。 庶民感覚が大切だとの考えは頭から否定することはできないが、多額の金銭を扱う場合は、それに合った生活レベルとセンスも必要だと思う。教科書の説明からは大金を扱うセンスは感じられない。反証不可能な非科学的な発想ではあるが、このような発想も神話に挑戦するときには必要になると思う。
「なぜ、貨幣乗数が下がっているか?」との愚問 ベースマネーの増減が原因でマネーサプライが増減すると、信じている人は「なぜ、貨幣乗数が下がっているか?」との愚問を投げかける。「これほどまでに日銀当座預金残高が増えているのに、どうしてマネーサプライは増えないのだろうか?」 「その原因は、銀行が不良債権処理などでリスクを取らなくなっている。それと………」と話が進んで行く。本当は「マネーサプライがそれほど伸びていないのに、どうして日銀当座預金は伸びているのだろう。銀行にとって他に資金の運用方法はないのだろうか?」との疑問を持つべきだ。
 インタゲ派エコノミストは「量的緩和政策で日銀当座預金残高は25兆円を超している、それなのに、なぜマネーサプライは増えないのか?」に答えなければならない。そこで「いや、方法は他にもある。シニョレッジチャンネルもあるし……」と質問をはぐらかす。本当は「おかしい、ハイパワードマネーは増えている。それなのにマネーサプライは増えない。何故だろう?」 と悩んでいる。ベースマネーの増減が原因でマネーサプライが増減すると、信じている人は何とか理由を探さなくてはならない。誰かが、「ベースマネーの増減が原因でマネーサプライが増減する、というのは経済学の神話ですよ。マネーサプライの増減でベースマネーが増減するのだから、悩む必要はありませんよ」と言ってあげればいいのだが、エコノミスト業界全員が、この神話を信じているので、だれも忠告しない。
 これほどまでに全員一致が徹底すると怖ろしい。TANAKAは以前に <全会一致の怖ろしさ>▲ と題して書いた。 日本のエコノミスト業界が 自家不和合性▲ に陥っているのではないかと心配だ。
どうして神話を疑わないのだろうか? エコノミスト業界の人たちは「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」との神話をどうして疑わないのだろうか?実に簡単なことで、難しい理論も、法則も必要ない。実際に銀行でどのようなことが起こるのかを、考えればすぐに分かりそうなものなのだが……
 もしかしたら、準備率の具体的な数字を知らないのではないだろうか?今ではネットで調べれば誰でも簡単に準備率を知ることができる。教科書ではほとんどが「準備率を10%とすると」と話が進んでいる。準備率がたったの0.1%〜1.3%%ということが分かれば、 「銀行は手許資金がなくても貸し出すことができるのではないか?」と神話を疑い始めるはずだ。 そして、翌月の15日が締め切りと分かれば、そして、すぐに引き出されれば準備金はもっと少なくて済む、ということがわかれば、「今までの教科書に書かれている信用創造メカニズムはなにか変だ」と迷うはずだ。 そうして、岩田・翁論争で争点となった、「日銀はマネーサプライをコントロールできるか?」に自ずと答えが出るはずだ。銀行は日銀からの資金提供を受けなくても、需要さえあればいくらでも企業に融資することができる。それが分かれば、 「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」が神話で、本当は「マネーサプライの増減によってベースマネーが増減する」と神話を批判するはずだ。
 もう一つの誤りは、「貸出しとは手許現金を企業に手渡しすること」と思わせる文章だ。著者がどのように理解しているのか分からないが、読者はそのように思い込んでしまう。「通貨流通制度での銀行は、錬金術を心得ている」と分かれば、 田沼時代の融資や、消費者金融の融資のような流通速度を早める融資と区別して考えられるはずだ。
 準備率や歩積みに関心を持たずに、銀行でどのようなことが起きているかを考えず、学生時代教わった「信用創造メカニズム」をそのまま教えているのではないだろうか?それで仕事になっているのだとしたら、何ともさびしい業界だ。
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<アマチュアエコノミストTANAKA1942bが経済学の神話に挑戦します>  今まで多くの説明を省略してきた。銀行貸出がマネーサプライと同じであるかのように言い、日銀当座預金残高がベースマネーであるかのように書いてきた。それぞれの違いをハッキリさせるべきだし。 理論を正当化するには実際の数字で説明しなければならない。なにしろ、これほどまでに多くのエコノミストが信じている神話であり、すべての教科書が「ベースマネーの増減が原因でマネーサプライが増減する」との理論で書かれている(下の<主な参考文献>はすべてその考えで書かれている)ので、 それなりに十分な資料も必要になる。そうした資料を取りそろえた上で、アマチュアでも理解できる理論をやさしい文章で展開します。しばらくお待ちください。
(^o^)                  (^o^)                  (^o^)
<主な参考文献> これらはすべて「ベースマネーの増減が原因で、マネーサプライが増減する」との神話に基づいて書かれている
金融{新版}                池尾和人・岩佐代市・黒田晁生・古川顕 有斐閣      1993. 2.20
マクロ経済学 新経済学ライブラリ=3         浅井和美・加納悟・倉澤資成 新世社      1993. 2.25
入門マクロ経済学                             中谷巌 日本評論社    1993.12.30
金融                                  小野善康 岩波書店     1996. 1.22
現代マネタリーエコノミックス M.G&K.Gハジミカラキス  石橋春男・関谷喜三郎訳 多賀出版     1997.10.20
現代金融論講義                        藤原賢哉・家森信善 中央経済社    1998. 4.15
初級・マクロ経済学                 鴇田忠彦・足立英之・藪下史郎 有斐閣      1998. 6.20
事典 金融と経済のしくみがわかる                    芹澤数雄 中央経済社    1998.12.30
金融論 増補改訂版                            柴沼武 創成社      1999. 3.31
経済学入門 21世紀型文明をどう築くか                 正村公宏 筑摩書房     1999. 5.25
金融入門                               岩田規久男 岩波新書     1999. 9.20
日本経済学                               永谷敬三 中央経済社    1999.10.15
現代の金融と政策{郵政研究所研究叢書}            小佐野広・本多佑三 日本評論社    2000. 1.15
金融論{新版}                柴沼武・森映雄・藪下史郎・晝間文彦 有斐閣      2000. 2.20
経済学 基礎から実戦へ                         中桐宏文 有斐閣      2000. 4.10
金融                                 岩田規久男 東洋経済新報社  2000. 5.11
金融政策の論点 検証・ゼロ金利政策                 岩田規久男編 東洋経済新報社  2000. 7.13
インフレ・ターゲッティング 物価安定数値目標政策            伊藤隆敏 日本経済新聞社  2000.11.20
金融経済論                               里麻克彦 税務経理協会   2001. 1.15
金融政策の有効性と限界 90年代日本の実正分析      細野馨・杉原茂・三平剛 東洋経済新報社  2001. 3.20
マクロ経済学と日本経済                         松川周二 中央経済社    2001. 4. 1
金融のすべてがわかる事典                        三宅輝幸 日本実業出版社  2001.11. 1
デフレの経済学                            岩田規久男 東洋経済新報社  2001.12.27
やぶにらみ金融行政                            中井省 財経詳報社    2002. 1.18
マクロ経済学入門講義                           田中宏 慶應義塾大学出版会2002. 2. 1
マクロ経済学                              伊藤元重 日本評論社    2002. 2.25
国際金融のしくみ                        秦忠夫・本田敬吉 有斐閣アルマ   2002. 3.20
デフレ下の日本経済と金融政策 中原伸之・日銀審議委員講演録       中原伸之 東洋経済新報社  2002. 3.31
入門 現代日本の金融                         玉木勝 シグマベイスキャピタル2002. 4. 1
金融論入門                          藤原賢哉・家森信善 中央経済社    2002. 4.20
マクロ経済学<やさしい経済学シリーズ>                 浜田文雄 東洋経済新報社  2002. 4.30
入門 金融                               黒田晃生 東洋経済新報社  2002. 5.24
マクロ経済学と金融                     石橋春男・関谷喜三郎 慶應義塾大学出版会2002. 6.20
はじめての金融経済                 花輪俊哉・小川英治・三隅隆司 東洋経済新報社  2002. 7. 4
ビジュアル 金融の基本 日経文庫967                 高月昭年 日本経済新聞社  2002.11.11
最初の経済学 第2版            吉岡恆明・山田節夫・山中尚・大倉正典 同文館出版    2002.11.15 
テキストブック 現代の金融(第2版)                   古川顕 東洋経済新報社  2002.12.12
デフレの罠をうち破れ 日本経済土壇場の起死回生策            新保生一 中央公論社    2002.12.20
金融政策の政治経済学(下)                       北村行伸 東洋経済新報社  2002.12.28
まずデフレをとめよ                         岩田規久男編 日本経済新聞社  2003. 2.10
マクロ経済学パーフェクトマスター               伊藤元重・下井直毅 日本評論社    2003. 3.30
新版 図解 金融を読む事典                   日本総合研究所編 東洋経済新報社  2003. 8.14
マクロ経済学                              明石茂生 中央経済社    2003. 9.20
経済学が面白いほどわかる本{マクロ経済編/経済政策編}        大久保隆弘 中経出版     2003. 9.24
入門マクロ経済学 第2版                        井堀利宏 新世社      2003.11.10
テキスト現代金融                            土田壽孝 ミネルヴァ書房  2004. 1.30
「大停滞」脱出の経済学 デフレに勝つことが構造改革だ!          原田泰 PHP研究所   2004. 2.12
金融論 放送大学教材                         岩田規久男 放送大学教育振興会2004. 3.20
金融論                                 堀内昭義 東京大学出版会  2004. 4. 6
Q&A日本経済100の常識                   日本経済新聞社編 日本経済新聞社  2004. 9.16
新しい日本銀行{増補版} その機能と業務           日本銀行金融研究所 有斐閣      2004.10.30
はじめて学ぶ金融のしくみ                        家森信善 中央経済社    2004.12.10
マクロ経済学のナビゲーター(第2版)                   脇田成 日本評論社    2004.12.20
ベーシック マクロ経済学入門                      井上歳久 プレアデス出版  2005. 2.28
エッセンシャル マクロ経済学                      大住圭介 中央経済社    2005. 9.15
( 2005年10月17日 TANAKA1942b )
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量的緩和政策は不良債権処理支援策だった?
そして馬は水を飲まなかった
(1)先ずはじめに、量的緩和政策が採用された、その経緯を知っておこう………
(2)日銀が説明する「量的緩和政策3つの効果」についてよく考えてみる………
(3)TANAKAの考えた量的緩和政策のポイントは日銀とは違っていた………
(4)はたして日銀の思惑通りの経済効果はあがっていると言えるのだろうか?………
(5)インフレターゲットについてその提唱者の意見を聞いてみることにしよう………
(6)荻原重秀の「貨幣改鋳」と日銀の「量的緩和政策」はそっくりの経済効果が期待される………
(7)100兆円の金融政策によって日本経済はどのように変化するだろうか?………
(8)日銀ネットが即時グロス決済(RTGS)を採用した、その背景と経緯とは………
(9)「市場主義」、「設計主義」と分類して経済学に対するのセンスの違いを考えてみると………
(10)TANAKAの考える金融政策は日本経済の「治癒力」を生かす金融政策………

(1)先ずはじめに、量的緩和政策が採用された、その経緯を知っておこう………
 2005年5月30日、「量的緩和政策の緩和 その意味と日銀の情報公開性」と題して日銀の金融政策について書いた。アップロードしてからどうも気持ちが落ち着かない。いろいろ文献を調べて、ちょっと思い違いしていることに気が付いた。そして日銀の説明に矛盾があること、日銀を批判する人たちも間違えを認めるべきであること、に気付いた。 そこで「ゼロ金利政策と量的緩和政策」についてもう一度取り上げることにした。 先ず日銀の説明を聞いてみよう。日銀のホームページ「教えて!にちぎん」▲「日本銀行当座預金残高を増やすことによって、どのような効果が期待できるのですか?」の質問に答えているので引用しよう。
A.  期待される効果としては、次の 3つが考えられます。
(1) 短期金利の一層の低下。
(2) いわゆるポートフォリオ・リバランス効果。日本銀行当座預金は、安全ですが利息を生まない金融資産です。これが積み上がれば、金融機関はより有利な運用先を求めて貸出や債券・株式投資などに資金を回すことができるのではないか、という考え方です。
(3) 期待効果。「日本銀行が資金供給を増加させれば、いずれは物価上昇や景気回復につながる」という予想が人々の間に生じて、企業や家計の景気に対する見方が改善されることで、企業の設備投資や個人消費が改善すると期待されます。
 (1)「短期金利の一層の低下」と言うからには、ゼロ金利政策を行っていなかったということになる。それでは、もし一層の低下があるとどのような効果があるのか?ここで経済学を趣味とするTANAKAは経済学の入門書に出てくる言葉が頭に浮かぶ。「限界効用逓減の法則」という言葉が。 十分金利は下がっているのに、今更下げても効果は期待できないだろう。ビールは最初の一杯目が一番旨い。十分喉が潤ってからのビールは「もう結構だ」となる。
 (2)の場合、日本銀行当座預金から話が始まっている。日本銀行当座預金にはどのようにして積み上がって来たのか考えてみよう。市場から銀行が国債などを買い、これを日銀に売った金だ。当然利益は出している。それならば、その資金はまた国債を買うことに使うのがいい。 リスクの高い株券などに資金を廻すのは愚策だ。これは経済学の問題ではなくて、社会人として常識の問題だ。 ここでも日銀関係者は視野狭窄になっている。
 このように日銀のもくろみはピント外れだと言える。そして実際の結果は全く外れ。結果として市場から国債を買って、せっせと日銀に売った銀行が利益を得ただけ。コール市場での出し手は運用先を失ってしまった。つまり生保・年金・地銀などの犠牲によって銀行の不良債権処理が進んだのだった。 そして、もう一つ大きな問題は、この政策を論じる人たちは、日銀の力を買いかぶっている。「景気対策、日銀にできること、できないこと」▲がある、 「馬は水を飲まなかった」と今回の実験的な金融政策で悟るべきであり、 日銀の政策を批判して「インフレ・ターゲット導入」を主張人たちは、「ハイパワード・マネーは増加したが、マネー・サプライは増加しなかった」という事実を認めるべきであろう。そして、ここでハイエクの言う「市場には自生的秩序 (spontaneous order) がある」という言葉がTANAKAの頭に浮かぶ。
「限界効用逓減の法則」とは………  ウィキペディアには次のような説明がある。
 限界効用逓減の法則==投機的な目的を除けば、人が消費できる財の消費量には限度があるのが普通である。(最初の1杯のビールは美味いが、飲みすぎれば飲みたくなくなる。空腹時には1杯の白飯も美味いが、いずれ他のおかずも欲しくなるだろう。) 一般的に、財の消費量が増えるにつれて、財の追加消費分から得られる効用は次第に小さくなる。これを限界効用逓減の法則(げんかいこうよう ていげんのほうそく)、又はゴッセンの第1法則という。
 限界効用(げんかいこうよう)とは、財一単位の消費による効用の増加分のこと。より厳密には、効用関数を財の消費量で偏微分したもの。ミクロ経済学で用いられる重要な概念である。なお、ここでは、財が必要なだけ充分小さい単位に分割できるものと仮定されている。 これを簡単に言うと、「ビールは最初の一杯が一番旨い。その後は段々旨さが少なくなる」となる。金利の場合だと、「最初の金利を下げたときは効果が大きいが、その後は最初ほどの効果は期待できない」となる。これを「金利低下の限界効用」とでも言おうか。遊び心を失うとこうした発想は生まれない。使命感に燃えて、一心不乱に日本経済のことばかり考えていると、こうした発想は生まれない。 限界効用逓減の法則(げんかいこうよう ていげんのほうそく)ともいう。
「自生的秩序」とは………  ハイエクによれば、市場経済は自生的秩序 (spontaneous order) の一つである。「自生」という言葉は、誰かが意図や計画したわけではないのに、プリミティブな種が枝分かれしながら成長して、最初には思いもかけなかったような壮大で複雑な機能を有する自律的存在に発展するという事態を表現するのに適した表現である。 原始的な交易から始まった市場経済はそのとおりのものである。秩序という言葉も、市場経済が無秩序なものとして見下され社会主義が称賛されたハイエクの生きた時代には、市場経済の持つ法則性を公衆に印象づけるために適した表現であったであろう。
 市場経済は自然状態である。自然状態は無秩序ではなく、そこには市場による秩序付けが存在する。 (『現代日本の市場主義と設計主義』から)
「自生的秩序」とは………  誰かの計画によらなくともある意味で目的にかなった制度が自生的に成立することを示す、18世紀の社会と経済の理論の枠組みは、19世紀にC・ダーウィンによって、生物の種の生成の説明に利用されて大成功を収める。 つまり「自生的秩序」の概念は、現在の生物学にとって、進化による新しい種の成立の説明として、もっともなじみ深い概念である。そしてこそ進化の連鎖は、人類の発生及び「理性」の成立にまで当然つながるのである。 (『自生的秩序』から)
 自然界における動植物の生態系秩序をイメージすると良い。
<量的緩和政策への経緯>  今回の「やぶにらみ経済時評」は日銀の量的拡大政策を扱う。前回、2005年5月30日と基本的姿勢は同じだが、多くの人がいろんなことを主張している。そこで今回はテーマを広げ、掘り下げて扱うことにした。 アマチュアはニッチ産業狙いで、TANAKAの考えは「○○○論、みんなで主張すれば怖くない」とは反対の、誰も主張しないような点に目を向けて、人が気付かない面を明らかにしようと思う。 そのため、こうしたTANAKAの考え、人によってはこうした考え方は気に入らないかも知れない。そうした方は読み飛ばして頂きたい。アマチュアエコノミストの「戯れ言」と笑い飛ばして頂きましょう。
 まずは日銀の説明の矛盾点から取り上げるのだが、その前に関連する事項の略年表を見て、大きな流れを頭に入れて頂きます。

    ♠♠ゼロ金利政策・量的緩和政策を巡る略年表♠♠
1993年
8. 9 細川内閣成立(7党1会派の連立政権)
12.  稲作不作のため、コメの緊急輸入開始 コメのミニマムアクセスを受入れ、ウルグアイラウンド終結
1994年
4.28 羽田内閣発足
6.29 村山内閣発足。「自・社・さ」3党連立
1995年
1.17 午前5時46分、阪神大震災発生。死者6432人、約51万棟の住宅が全半壊。
3.20 地下鉄サリン事件発生。死者10人と5000人近い被害が出た。
4.19 1ドル79円75銭の超円高
9. 8 公定歩合を0.5%に引き下げ即日実施。史上最低の金利。
1996年
1.11 橋本内閣発足 自・社・さ3党連立
4. 1 三菱銀行と東京銀行が合併し、東京三菱銀行発足
5.10 住専処理の6850億円を盛り込んだ1996年度予算案が成立
11. 5 米大統領選で、クリントン大統領が再選
12.17 ペルーの日本大使館が武装した左翼都市ゲリラに占拠される
1997年
8.17 小川証券(山一証券系列)自主廃業
11. 3 三洋証券が会社更正法の適用を東京地検に申請し、事実上倒産。負債総額は3736億円。 コール市場で初のデフォルト発生
11.17 北海道拓殖銀行巨額な不良債権を抱えて経営破綻し、営業権を北洋銀行に譲渡すると発表した
11.24 山一証券が自主廃業を発表。簿外債務が2648億円
11.26 徳陽シティー銀行不良債権を抱えて経営破綻し、営業権を仙台銀行に譲渡すると発表
12.23 丸荘証券、自己破産申請
1998年
1.20 与党3党が大蔵省の財政・金融分離で合意
3. 1 大手行に第1次公的資本注入決定
3.19 松下康雄総裁、福井俊彦副総裁の辞任
3.20 速水優総裁、藤原作弥副総裁の就任
4. 1 新日銀法施行 山口泰副総裁、三木利夫、中原伸之、篠塚英子各審議委員就任
4. 8 植田和男審議委員就任
5. 2 鴨志田孝之理事自死
6.22 金融監督庁発足
7.30 小渕恵三内閣発足
9. 9 無担保コールレート0.25%へ引き下げ
10.23 日本長期信用銀行国有化
12.15 金融再生委員会発足
12.25 日本債券信用銀行国有化
1999年 
1. 1 欧州連合ユーロ導入
2.12 日銀政策委、ゼロ金利政策採用
3.12 大手行15行に第2次公的資金注入
4. 9 時間軸政策採用
10.10 後藤康夫審議委員退任
12. 3 田谷禎三審議委員就任
2000年
4. 2 小渕首相倒れる 森善朗内閣発足
7. 1 金融庁発足
8.11 ゼロ金利政策解除 コールレート0.25%に引き上げ
9.19 ジャパンネット銀行設立
11. 7 米大統領選挙(ブッシュ当選)
2001年 
1. 1 RTGSに切り替え
1. 5 金融再生委員会廃止
1. 6 中央省庁再編成(1府12省庁体制)
2. 9 ロンバート貸出制度導入 公定歩合引き下げ(0.25→0.35)
2.28 コールレート誘導金利引き下げ(0.25→0.15) 公定歩合引き下げ(0.35→0.25)
3.19 量的緩和策採用(当座預金残高目標5兆円に)
4. 1 三井住友銀行(さくら銀行と住友銀行が合併)発足
4. 2 東京三菱銀行(三菱銀行と東京銀行が合併)発足
4. 2 ソニー銀行発足
4.10 アイワイバンク銀行設立 5月7日 営業開始
4.26 小泉純一郎内閣発足
8.14 当座預金残高目標の増額(5→6兆円前後) 長期国債買い切りオペ(4000→6000億円)
9.11 米同時テロ勃発
9.12 日経平均株価1万円割れ
9.18 当座預金残高目標の増額(6→6兆円を上回る) 公定歩合引き下げ(0.25→0.10)
10. 7 米軍アフガニスタン空爆
12.19 当座預金残高目標の増額(6兆円を上回る→10→15兆円) 長期国債買い切りオペ(6000→8000億円)
2002年  
1. 1 EUユーロ現金流通
1.15 ユーエフジェイ銀行(三和銀行及び東海銀行が合併)発足  
2.28 長期国債買い切りオペ増額(8000→1兆円)
4. 1 ペイオフ定期性預金解禁
4. 1 みずほ銀行(富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行が合併)発足 システム障害で混乱。復旧に1ヶ月近くかかる
9.18 日銀、銀行保有株買入公表
9.30 竹中経済財政相が金融相兼任
10. 7 ペイオフ全面解禁2年延期決定
10.30 当座預金残高目標の増額(10→15→20兆円) 長期国債買い切りオペ(1兆円→1兆2000億円)
2003年
3. 5 当座預金残高目標の増額(4.1から17-22兆円)
3.19 速水優総裁、藤原作弥・山口泰副総裁の退任
3.20 福井俊彦総裁、武藤敏郎・岩田一政副総裁の就任
3.20 米軍がイラクに対する武力攻撃を開始、英国・オーストラリアもこれに追従。4月9日にバグダッドが陥落
4.16 産業再生機構発足
4.30 当座預金残高目標の増額(17-22→22-27兆円)
5.20 当座預金残高目標の増額(22-27→27-30兆円)
10.10 当座預金残高目標の増額(27-30→27-32兆円)
2004年
1.20 当座預金残高目標の増額(27-32→30-35兆円)
11. 2 米大統領選挙ブッシュ再選
2005年
5.20 当座預金残高目標現状維持、なお書き修正(目標を下回ることがありうるものとする)

● 1999年2月12日の金融政策決定会合において、「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コール(オーバーナイト金利)を、できるだけ低めに推移するように促す」というマンデート(指令)を執行部に与え、いわゆる「ゼロ金利政策」に踏み出した。このマンデートを受けて、金融調節の実行部隊である金融市場局は操作目標である無担保コール(オーバーナイト金利)をゼロに誘導するためのオペレーションを開始した。
● 2001年3月19日の金融政策決定会合において、「主たる操作目標を、これまでの無担保コールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変更」、いわゆる「量的緩和策採用」を採用。
<政策委員会・金融政策決定会合の結果発表>  日銀の金融政策の大筋は政策委員会の金融政策決定会合で決定する。「ゼロ金利政策」と「量的緩和政策」の決定、「なお書き修正」に関する日銀の発表をここに掲載しよう。
● ゼロ近畿政策  金融市場調節方針の変更について  1999年2月12日 日本銀行
(1)日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、金融市場調節方針を一段と緩和し、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。
 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。
 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。
(2)わが国の経済をみると、景気の悪化テンポは、公共投資の拡大に支えられて、緩やかになってきている。今後、緊急経済対策が本格的に実施されるにつれて、景気の悪化には次第に歯止めがかかるものと見込まれる。しかし、企業や消費者の心理は依然慎重なものにとどまっており、民間経済活動は停滞を続けている。物価も軟調に推移している。景気回復への展望は依然明確でない状況にある。
 金融面の動向をみると、短期金融市場取引や企業金融を巡る一頃の逼迫感は和らいできている。しかし、長期金利が大幅に上昇し、為替相場も円高気味の展開が続いている。株価も総じて軟調に推移している。 こうした市場の動きは、わが国経済の先行きに対してマイナスの影響をもたらす惧れがある。
(3)上記のような金融経済情勢を踏まえて、日本銀行は、先行きデフレ圧力が高まる可能性に対処し、景気の悪化に歯止めをかけることをより確実にするため、この際、金融政策運営面から、経済活動を最大限サポートしていくことが適当と判断した。
(4)日本銀行としては、上記の金融市場調節方針のもとで、より潤沢な資金供給を行い、これを通じて、マネーサプライの拡大を促すとともに、落ち着きを取り戻しつつある短期金融市場の安定に引き続き万全を期していく考えである。
(5)金融市場調節の具体的な運営に当たっては、短期金融市場の機能の維持に配意しつつ、従来と同様に短期の調節手段を用いて、より潤沢な資金の供給に努めていく考えである。なお、そのなかで、国債を対象とするレポ・オペ(国債を見合いに短期の資金供給を行うオペレーション)については、従来以上に、積極的に活用していく方針である。
 また、長期国債の買い切りオペレーションについては、これまでと同様の頻度、金額で実施していく考えである。
(6)日本経済を、しっかりとした景気回復の軌道に乗せていくためには、金融・財政面からの下支えだけでなく、金融システム対策や構造改革を着実に進めていくことが重要である。日本銀行としては、今回の金融緩和措置が、それら関係各方面の取り組みと相俟って、日本経済の直面する課題の克服に資することを強く期待する。 以 上
● 量的緩和政策 金融市場調節方式の変更と一段の金融緩和措置について  2001年 3月19日 日本銀行
日本経済の状況をみると、昨年末以降、海外経済の急激な減速の影響などから景気回復テンポが鈍化し、このところ足踏み状態となっている。物価は弱含みの動きを続けており、今後、需要の弱さを反映した物価低下圧力が強まる懸念がある。
顧みると、わが国では、過去10年間にわたり、金融・財政の両面から大規模な政策対応が採られてきた。財政面からは、度重なる景気支援策が講じられた一方、日本銀行は、内外の中央銀行の歴史に例のない低金利政策を継続し、潤沢な資金供給を行ってきた。それにもかかわらず、日本経済は持続的な成長軌道に復するに至らず、ここにきて、再び経済情勢の悪化に見舞われるという困難な局面に立ち至った。
こうした状況に鑑み、日本銀行は、通常では行われないような、思いきった金融緩和に踏み切ることが必要と判断し、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、以下の措置を講ずることを決定した。
(1)金融市場調節の操作目標の変更
 金融市場調節に当たり、主たる操作目標を、これまでの無担保コールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変更する。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)の変動は、日本銀行による潤沢な資金供給と補完貸付制度による金利上限のもとで、市場に委ねられることになる。
(2)実施期間の目処として消費者物価を採用
 新しい金融市場調節方式は、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続することとする。
(3)日本銀行当座預金残高の増額と市場金利の一段の低下
 当面、日本銀行当座預金残高を、5兆円程度に増額する(最近の残高4兆円強から1兆円程度積み増し<別添>)。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)は、これまでの誘導目標である0.15%からさらに大きく低下し、通常はゼロ%近辺で推移するものと予想される。
(4)長期国債の買い入れ増額
 日本銀行当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合には、現在、月4千億円ペースで行っている長期国債の買い入れを増額する。ただし、日本銀行が保有する長期国債の残高(支配玉<現先売買を調整した実質保有分>ベース)は、銀行券発行残高を上限とする。
上記措置は、日本銀行として、物価が継続的に下落することを防止し、持続的な経済成長のための基盤を整備する観点から、断固たる決意をもって実施に踏み切るものである。
今回の措置が持つ金融緩和効果が十分に発揮され、そのことを通じて日本経済の持続的な成長軌道への復帰が実現されるためには、不良債権問題の解決を始め、金融システム面や経済・産業面での構造改革の進展が不可欠の条件である。もとより、構造改革は痛みの伴うプロセスであるが、そうした痛みを乗り越えて改革を進めない限り、生産性の向上と持続的な経済成長の確保は期し難い。日本銀行としては、構造改革に向けた国民の明確な意思と政府の強力なリーダーシップの下で、各方面における抜本的な取り組みが速やかに進展することを強く期待している。 以 上
● 当面の金融政策運営について  (別添)2001年 3月19日 日本銀行
 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。
 日本銀行当座預金残高が5兆円程度となるよう金融市場調節を行う。
 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。 以 上
● なお書き修正  当面の金融政策運営について 2005年 5月20日 日本銀行
 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。
 日本銀行当座預金残高が30〜35兆円程度となるよう金融市場調節を行う。
 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。また、資金供給に対する金融機関の応札状況などから資金需要が極めて弱いと判断される場合には、上記目標を下回ることがありうるものとする。 以  上

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(2)日銀が説明する「量的緩和政策3つの効果」についてよく考えてみる………
<量的緩和でゼロより金利が低下するのか?>
 「教えて!にちぎん」の説明から話を始めよう。
(1) 短期金利の一層の低下。日銀の説明では、量的緩和策により短期金利の一層の低下が見込まれる、という。しかし、日銀は1999年2月12日の政策委員会・金融政策決定会合においてすでにゼロ金利政策を採用している。 すでに採用しているゼロ金利よりも「一層の低下」とはどのようなことなのだろう?意味のないことを言っている。2001年からコールレートが0.001%になっている。それ以前は0.01%であったが、これは最小単位を引き下げたのであり、すでにゼロ金利は実施されていた
 一般論として、金利も他の商品と同じように需要と供給のバランスで価格は決まってくる。資金が豊富にあれば金利は安くなり、需要が多くなれば金利は高くなる。経済学の教科書はそれでもいい。しかし今はゼロ金利政策をとっているのだ。これ以上下がりようのないゼロ金利なのだ。
 金利は低い方が良いのか?O/Nの利息収入はどうなるか?
 例えばコールレート0.01%で100億円の資金運用すれば、その利息は 10,000,000,000X0.01%X(1÷365)=2,739円  
 そして、コールレート0.001%で100億円の資金運用すれば、その利息は 10,000,000,000X0.001%X(1÷365)=273円 
 1000億円を運用して、その利息が2,739円 1兆円で27,397円
 そして短資会社の手数料が「資金の出し手、取り手双方から各々0.02%(1/50%)を片落しで受取る」とある。
 これでは出し手がいなくなる。金利ゼロと言えば、地域通貨が頭に浮かぶ。地域通貨については<地域通貨は金融経済学の最適教材か?>▲を参照のこと。
 地域通貨では利子がつかない。そのため投資家が現れない。事業意欲はあっても資金が借りられないので、金持ちのボンボンしか新規事業を始めることができない。年金運用などの運用先がなくなり、老後が心配になる。
 もう一つ、たとえゼロ金利ではなくて、一層の金利低下が期待できる状況としよう。その低下した金利がどの程度経済に影響するのか?ここで。「限界効用逓減の法則」という言葉が頭に浮かぶ。「ビールは最初の一杯が一番旨い」だ。すでに十分な低金利になっている。さらに金利が低下しても有難味は少ない。経済学を楽しんでいると、こうした専門用語がすぐに頭に浮かぶ。 視野狭窄にならないとはこうしたことを言う。使命感に燃え、命がけ、生活の全てを賭けていると視野狭窄になり易い。もっとも日銀の審議委員とはストレスの貯まる仕事なのかも知れない。一般職員と同じ時間に登行し、遅くまで残業し、運転手付の乗用車があり、トイレ付の個室があっても、秘書に監視されているように感じたら、ストレスは貯まる。 新聞記者のレポートによるとこうしたことがあったという。ある審議委員が茶目っ気を起こした。「トイレ入口にマットがあって、センサーが付いている。入ってから20分経っても出てこなかったら、ブザーが鳴って、秘書が飛んでくると言う。本当だろうか?試してみよう」。こうして審議委員はマットを踏んでトイレに入り、出るときにはマットを飛び越えて出た。はたして20分後にブザーが鳴って、秘書が飛んできたという。
 1,200万円の報酬を払い、十分に仕事をしてもらいた、日銀。しかしそのことがかえって重荷になってストレスのもとになる人もいる。そうした緊張感の中で仕事をしていると、「遊び心」など無縁になるだろう。そうした人の集まりであれば、雑種強勢は期待できず、 自家不和合性▲に陥りやすい。それでも視野狭窄にならないで仕事をしてもらいたい。
 日銀の「 短期金利の一層の低下」とは、それを目論むこと、期待することが間違っている。実際にどのような状況であったかは別にしても、「 短期金利の一層の低下」を期待して、量的緩和策を実施することが間違っていると思う。
 「こうしたことを期待するのが間違っていた」と同時に、その副作用についても問題だ。コール市場の機能低下、出し手の運用先を失うデメリットなど、こうしたことに対する配慮がない。ゼロ金利でコール市場は機能不全に陥っている。現場からの報告を読めば納得できる。そしてそれは予測出来たはずだと思う。 ゼロ金利でどのようなことが起こるか?事前に考えれば予想出来たはずだ。いいことしか予想しなかったとしたら、事務方は怠慢だった。
<準備金以上の当座残高はどのように運用するか?> (2) いわゆるポートフォリオ・リバランス効果。日本銀行当座預金は、安全ですが利息を生まない金融資産です。これが積み上がれば、金融機関はより有利な運用先を求めて貸出や債券・株式投資などに資金を回すことができるのではないか、という考え方です。
 「日本銀行当座預金は、安全ですが利息を生まない金融資産です」。確かにその通り。しかしその日本銀行当座預金はどのようにしてそこに入金されたのか?それは銀行が日銀に国債を売ったためにその口座に入っている。当然利益は出ている。だったらこれからもそうするだろう、市場で国債を購入し、それを僅かな利益であっても日銀に売る。それを繰り返して利益を積み重ねていく。 それが銀行にとって得策に違いない。日銀はこれから買いオペを続けると言っている。買い手がいるのだからこれほど安全な商売はない。リスクの高い株などに資金を任すのは愚の骨頂だ。しかし、日銀はそうは考えていない。銀行が国債を買わずに株を買うだろうと言っている。見方が狭い。
 日銀は「主たる操作目標を、これまでの無担保コールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変更する」と言った。ところが日本銀行当座預金から取り崩して運用することを期待している。買いオペを実施し、すぐに銀行が株などに運用したら残高は積み重なっていかない。そのときは買いオペを増額するつもりなのだろうか? 「残高」ではなく、「毎月いくら買いオペを実施し、そのつど銀行が株などに運用したら残高は変わらないが、それでもいい」と言っているのではない。銀行が運用して欲しいのか?それとも残高が多いことが安心材料なのか?何を望んでいるのか?言っていることが曖昧だ。それは考えていることが曖昧なのではないかと、思ってしまう。
<運用してデフレから脱却できるのか?>  量的緩和政策を2001年3月に発表して、8月に長期国債買い切りオペを月に4000億円から6000億円に増やした。月に6000億円ということは年に7兆2000億円だ。7兆2000億円をリスクのある投資に廻せばデフレ脱却となるのか?この発想は財政政策の発想だと思う。 バブル崩壊後何度も国債を発行して景気対策の補正予算を組んできた。一つずつ拾って集計しようと思ったが時間がかかりそうなので他の資料から引用すると、115兆円だそうだ。つまり累計115兆円の財政政策でもあまり効果はない。それで、7兆2000億円なら効果があるのか?1年ではなく何年も続ければ効果が出ると言うのか? 日銀が財政政策の発想をするのはおかしい。では、インタゲ派の考えるように、マネーサプライで考えるか?2005年4月の数字、代表的な指標の「M2+CD(現金、要求払い預金、譲渡性預金など)」の平均残高は705兆6000億円、これに郵便貯金や投資信託などを加えた「広義流動性」は1396兆9000億円。「これに7兆2000億円を加えればインフレが起こる」とでも言いたいのだろうか?
<何故量的緩和政策でデフレから脱却できるのだ?>  日銀の説明では「量的緩和政策でデフレから脱却できる」とは思えない。結局インタゲ派が主張する「日本銀行当座預金残高を多くして(ハイパワード・マネーを多くして)、トランスミッション・メカニズムを生かして、通貨流通量を多くすればインフレになる」との考え、すなわち「インフレはいついかなる場合も貨幣的現象である」を経済学の常識とする人たちの考えと、 昔からの日銀理論である「マネーサプライはコントロール出来ないから、ゼロ金利を維持するために資金を潤沢に供給しよう」との両派の妥協の産物であるようだ。つまり2つの考えがあって、両方に共通するのが「積極的に買いオペをすべし」ということで、量的緩和政策が生まれたように思える。だから結局どちらの政策にもないような、筋の通らない説明になってしまう。 その政策の基本になる考えがどうであるのかは問題ではなくて、「皆が量的緩和政策を支持するのだからこれで行こう。理由は後から考えよう」のように思える。 「実際にその政策がどのような結果になっているのか?」も、これから検討するのだが、出発点が曖昧であることをハッキリさせてから話を進めて行くことにしよう。
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(3)TANAKAの考えた量的緩和政策のポイントは日銀とは違っていた………
<日銀の目指したのは、通貨流通量増大ではなくゼロ金利維持だった>
 TANAKAはこのHPで日銀を何度か取り上げた。そのタイトルは次の通り。
景気対策、日銀にできること、できないこと
 景気対策、日銀にできること、できないこと(前)
 馬を水飲み場へ連れていくこと ( 2001年12月10日 )
 景気対策、日銀にできること、できないこと(後)
 日銀流「調整インフレ」の効果は?( 2001年12月17日 )
 景気対策、日銀にできること、できないこと(追加)
 先覚者たちの先進的通貨拡大政策( 2001年12月24日 )
 日銀が調整インフレを認めたようだ
 今までにない目標と手段、その成果を見守っていこう ( 2001年9月3日)
 小泉内閣の構造改革が始まった
 日銀もそれに歩調を合わせている ( 2001年9月10日)
 実はTANAKAは勘違いをしていた。日銀の発表を勝手に、自分好みに解釈していた。今回、文献・資料を読んで解った。ではどのように勘違いをしていたのか?そこから話を進めることにしよう。
 2001年3月19日の発表で次のような文があった。
(1)金融市場調節の操作目標の変更
 金融市場調節に当たり、主たる操作目標を、これまでの無担保コールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変更する。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)の変動は、日本銀行による潤沢な資金供給と補完貸付制度による金利上限のもとで、市場に委ねられることになる。
 この文から次のように解釈した。「日銀は操作目標を金利からマネーサプライに変更した」と。岩田vs翁論争で知られる翁邦雄著『金融政策』(東洋経済新報社 1993年11月)によると、「日銀はマネーサプライをコントロールできない」ということになる。ところが日銀はその「日銀理論」を捨てた、とTANAKAは思った。 バブルがふくらんでいった頃、日銀は「マネーサプライはコントロール出来ない」と考えていたのではなくて、マネーサプライを見ていなかったのだと思う。もし注目していたら「ヤヤ、マネーサプライの伸びが異常だ。今までコントロールできない、としてきた、しかし何とかしなければならない」そして、何らかの手を打ったはずだ。たとえそれが効果なくてもだ。 『金融政策』にはそのようなことは書いてない。日銀の金融政策は金利を金融市場調節の操作目標にしていて、マネーサプライは気にしていなかった、と考えられる。それが「日本銀行当座預金残高に変更する」と言うのだから、マネーサプライをハッキリ意識した、と思った。しかし日銀の目指したのは「ゼロ金利政策の維持」だった。そのための量的緩和政策だった。
<TANAKAの考えた量的緩和政策>  「量的緩和政策によって日銀はマネーサプライをコントロールしようとした」と考えたTANAKA、では、マネーサプライをコントロールしてどうしようと考えたのか?それについて話を進めよう。
 翁邦雄著『金融政策』で書かれているように、日銀は直接マネーサプライをコントロールする手段は持っていない。日銀にできるのはハイパワードマネー(ベースマネーとかマネタリーベースなどとも言われる)の中、日本銀行当座預金残高だけだ。しかし日本銀行当座預金残高をコントロールすればマネーサプライを間接的にコントロールできる可能性は高い。 現時点で考えれば、貨幣乗数は今までにないくらい下がっていて、ハイパワードマネーとマネーサプライ(M2+CD)の相関関係は見出せない程だが、2001年当時としてはかなり関係があると考えていた。そこで日本銀行当座預金残高を高めに維持し、トランスミッション・メカニズムを生かし、通貨流通量(マネーサプライ)を増大させる。「インフレはいついかなる場合も貨幣的現象である」を経済学の常識とすれば、 こうした政策によって、マネーサプライの増大によって、インフレが起こる、このように考えた。インフレとは、貨幣価値の低下であるから、「原油価格が上がった」「春闘で人件費が上がった」はインフレの直接的な原因にはならない。そうしたことから、通貨流通量が増大して、そこでインフレが起こってくる。これについてルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは次のような説明をしている。
 キャビアの供給がジャガイモの供給と同じくらい豊富であったとしたら、キャビアの価格──すなわち、キャビアと貨幣の交換比率ないしキャビアと他の商品の交換比率──は、かなり、変化することでしょう。そうなると、今日よりもずっと少ない犠牲で、キャビアを手にするのとができるでしょう。同様に、貨幣が増えると、貨幣一単位の購買力が減少します。したがって、この貨幣一単位と交換に入手できる商品の数量も減少します。
 16世紀に、金や銀の資源がアメリカで発見され採掘されたとき、膨大な量の貴金属がヨーロッパへ運ばれました。このように貨幣量が増大した結果、価格を全般的上昇させる傾向をもたらしました。同様に、今日、政府が紙幣の数量を増大させますと、その結果、貨幣一単位の購買力が低下し始め、したがって、価格が上昇します。これがインフレーションと呼ばれています。不幸なことに、他の諸国のみならず米国でも、インフレーションの原因は、貨幣数量の増加にあるのではなくて、価格の騰貴にあると考える人があります。 (「自由への決断」から)
<日本銀行当座預金は貸出保証金=トランスミッション・メカニズム>  ここで信用創造プロセス(トランスミッション・メカニズム)とはどういうことか、その仕組みをおさらいしておこう。と言うのも、インタゲ派の書物を幾つか読んで、トランスミッション・メカニズムの説明がなくて、読者がこの仕組みを誤解してしまうかも知れない、と感じたからだ。
 金融機関にとっては、顧客からの預金引き出しに備えて、自ら常にある程度の余裕金を保有しているのが健全な姿であろう。こうした余裕金を「支払準備金」と呼ぶ。そして支払準備金を法的に制度化したものが準備預金制度である。つまり、「市中金融機関の預金の一定割合を中央銀行に強制的に預け入れさせ、その預金率すなわち準備率を随時変更することにより、金融機関の現金準備を直接敵に増減させ、 それを通じてその与信行動を規制しようとする政策手段」(日本銀行『わが国の金融制度』)が準備預金制度である。 (『新・東京マネー・マーケット』から)
 このように準備率とは銀行が受け入れた預金額に対しての率であるが、それが銀行の貸し出し額に影響を与えることになる。それを理解するには銀行の貸し出し、信用創造についての理解が必要になる。
 例えば銀行が企業に1億円を融資する場合は、その企業の口座に1億円入金させることになる。といっても1億円の現金を動かす必要はない。企業の口座に1億円が入金されたことを示すため、通帳に1億円を記入するだけだ。そして、銀行は1億円を預け入れたことになる。 ここで、準備率が問題になる。つまり、銀行が融資すると、それによって預金が増え、準備金を日銀当座預金口座に入金しなければならなくなる。このようにして、本来「顧客からの預金引き出しに備えて、自ら常にある程度の余裕金を保有している」という準備金であるが、貸し出すことによって準備金を積むことになる。 そこで、このように考えることができる。日本銀行当座預金が多くある、ということは、特に現金を用意することなく預金を受け入れることができる⇒特に現金を用意することなく貸し出すことができる⇒つまり「日本銀行当座預金は貸出保証金」と考えるとトランスミッション・メカニズムを理解しやすくなる。 「貨幣乗数」の意味や、日本銀行当座預金が多くあることによってマネーサプライが増加する仕組みを理解することができる。このように現金を動かさずに銀行の貸し出しが行われる、信用創造と言われる仕組みについては<日銀当座預金での決済とは>▲に詳しい。
法定所要額の計算   では具体的に準備金率と法定所要額はどのようになっているのか?その計算を上に引用した『新・東京マネー・マーケット』から引用することにしよう。
 準備金率は、日本銀行の金融政策決定会議において決定される。現行の準備率(平成3年10月16日改定)は次の通り。預金等の種類および残高によって「超過累進制」の区分がなされている。
 ●銀行・長期信用銀行・第2地銀協加盟行・信用金庫/定期性預金(譲渡性預金を含む)の区分額についての準備率
   2兆5,000億円超=1.2%  1兆2,000億円超、2兆5,000億円以下=0.9%  5,000億円超、1兆2,000億円以下=0.05%  500億円超、5,000億円以下=0.05%
 ●銀行・長期信用銀行・第2地銀協加盟行・信用金庫/その他の預金の区分額についての準備率
   2兆5,000億円超=1.3%  1兆2,000億円超、2兆5,000億円以下=1.3%  5,000億円超、1兆2,000億円以下=0.8%   500億円超、5,000億円以下=0.1%
 ●外貨預金等の残高についての準備率
   非居住者外貨債務=0.15%
   居住者外貨預金  定期性預金=0.2%  その他の預金=0.25%
 (T注 「農林中央金庫」については省略)
 具体例で計算してみよう。ある日の終業時における預金残高がちょうど20兆円の普通銀行(居住者円預金のうち定期性預金12兆円、その他の預金6兆円、居住者外貨預金のうち定期性預金8,000億円、その他の預金2,000億円、非居住者預金1兆円)があったとする。各預金の種類に応じて準備金率を適用して、法定所要額を計算する。
 たとえば居住者・定期性預金12兆円に関して見てみよう(2兆5,000億円超の準備率は1.2%だが、しかし、12超X1.2%という計算にはならない。超過累進制であることに注意)。
 @ 500億円以下は準備率ゼロ   500億X0%=0円
 A 500億円超から5,000億円以下は0.05%  4,500億X0.05%=2.25億円
 B 5,000億円超から1兆2,000億円以下は0.05%  7,000億X0.05%=3.5億円
 C 1兆2,000億円超から2兆5,000億円以下は0.9%  1兆3,000億X0.9%=117億円
 D 2兆5,000億円超は1.2%  9兆5,000億X1.2=1,140億円
 よって、@ーDを合計すると1,262.75億円となる。つづいて、同様の計算を他の預金に対しても行い、法定所要額全体を求める。
 このような計算を他の預金に対しても行い、法定所要額全体を求める。
 このような計算を月初から月末まで毎日行うことによって算出された金額を1カ月間で合計したものが、その金融機関に対する月間所要 積数と呼ばれる。また、月間所要積数を1カ月の日数で割ったものが月間所要平残である。ちなみに、2002年1月の市場全体の月間所要平残は4兆1,400億円だった。
 準備預金制度適用先の金融機関は、対象となる月の月間所要平残を達成するために、その月の16日から翌月15日までの間に、日銀当座預金に資金を預けなければならない。 たとえば3月分の積み立て期間は3月16日から4月15日の31日間である。つまり、実際の預金に対して半月遅れの同時・後積み混合方式となっている。
 銀行休業日は日本銀行も休業するため、休み前日の準備預金残高は休日も継続することになる。しかがって、土曜日・日曜日の準備預金残高は金曜日の終業時点の準備預金残高がそのまま参入される。 なお、毎月15日を準備預金最終日という。 (『新・東京マネー・マーケット』から)
日本銀行当座預金残高が多ければ、銀行は安心して貸出を多くすることができる  このように本来は預金の払い出しに備えての準備金ではあるが、実際はこれが貸出を規制することになる。 銀行が企業に融資をすれば、結果として預金額が増えることになり、準備金を多くしなれけばならない。そこで、前もって当座預金残高を多くしてあれば、安心して融資を行う事ができる。 つまり、当座預金残高は、銀行にとって「貸出保証金」または「貸出権利金」のようなものだ。このように当座預金残高が多いということは、銀行は貸出権利が多くなったのだから多く貸し出し、それによってマネーサプライも増加するだろうと、期待しているわけだ。
 このように当座預金残高はマネーサプライに大きな影響を与えるために、日本銀行当座預金残高+現金通貨を「ベース・マネー」とか「マネタリーベース」とか「ハイパワード・マネー」などと呼ぶ。日本銀行当座預金残高が大きくマネーサプライに変わる仕組みを「信用創造プロセス(トランスミッション・メカニズム)」と言い、マネーサプライのハイパワード・マネーに対する比率を「貨幣乗数」と呼ぶ。
 現在これらの数字がどうなっているか、と言うと、日銀が2005年4月12日発表した2004年度の貸出・資金吸収動向(速報)によると、「国内銀行の年度平均の貸出残高は386兆511億円で、前年度に比べ3.5%減少した」とある。 そしてこれに対する準備金は、大体4兆円と言われている。つまり、4兆円の準備金と400兆円弱の貸出が対応していると考えれば良い。
しかし、日本銀行当座預金残高が多くてもマネーサプライが多くなるわけではない  日本銀行当座預金残高が多いということは、銀行が安心して企業への貸し出しを増やすことができる。馬を水飲み場に連れていって十分な飲み水を用意する。日銀にできることはそこまでで、馬が水を飲むかどうかは馬次第。 企業に資金需要があるかどうか?銀行が積極的に融資先を開発できるかどうか?それにかかっている。そして、ハッキリさせておかなければならないのは、「日本銀行当座預金残高が多くしても、通貨流通量が多くなるわけではない」ということだ。
 これをハッキリさせておこう。マネーサプライが増加するということは銀行が企業に多く融資すること(原因)⇒企業の口座に融資額が振り込まれる⇒銀行の預金額が増加する⇒必要準備金が多くなる⇒日本銀行当座預金残高が増加する(結果)⇒ベースマネーが増加する(結果)。
 分かりやすくするために。原因と結果という言葉を使った。これで分かるようにマネーサプライの増加が原因で、ベースマネーの増加が結果なのだ。ハイパワード・マネーとか貨幣乗数という言葉を使うことによって、原因と結果を取り違えそうになる。 日銀の量的緩和政策によってべースマネーが増えることによって、マネーサプライが増加するかのように思ってしまう。ここではこのことをシッカリと理解しておく必要がある。
そして馬は水を飲まなかった  馬を水飲み場に連れて行っても、水を飲むかどうかは馬次第、とはこういうことだ。
「馬を水飲み場へ連れていくことはできるが、水を飲むかどうかは馬しだい」 =「通貨流通量が増えるような状況を作り出すことはできるが、信用創造が増えるかどうかは、企業と銀行次第」
「水飲み場へ連れて行き、十分な水を用意する」 =「ハイパワード・マネーを増やす」
「水を飲み始める」 =「民間銀行が融資を拡大する」
「ドンドン水を飲む」 =「通貨流通量が増える」
「水を飲み元気になる」 =「需要が拡大し、設備投資が増え、景気が上向く」
こうした一方で
「水飲み場への給水を制限する」 =「三重野総裁時代のバブルつぶしのように、公定歩合をドンドン上げて信用創造プロセスをストップさせる」
「馬が1頭しかいないのに、2頭、3頭分の水を用意する」 =「量的緩和政策」
「水を無くしたり、馬が水飲み場に行くのを邪魔するはできるが、水を飲ますことは難しい」」 =「目標を設定してインフレを抑えることはできるが、目標を設定してデフレを変えることは難しい」
 なおインタゲ派の文章を読むと、「日銀は馬に水を飲ますことができる」かのような印象を持つ。 
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(4)はたして日銀の思惑通りの効果はあがっているのと言えるのだろうか?………
<量的緩和政策の効果は出ていない>
 2001年3月から始まった量的緩和政策、4年経った現在どのような状況なのだろうか?ここでは日銀の説明に従って検証するとして、もう一度日銀の説明を書き出してみよう。
A.  期待される効果としては、次の 3つが考えられます。
(1) 短期金利の一層の低下。
(2) いわゆるポートフォリオ・リバランス効果。日本銀行当座預金は、安全ですが利息を生まない金融資産です。これが積み上がれば、金融機関はより有利な運用先を求めて貸出や債券・株式投資などに資金を回すことができるのではないか、という考え方です。
(3) 期待効果。「日本銀行が資金供給を増加させれば、いずれは物価上昇や景気回復につながる」という予想が人々の間に生じて、企業や家計の景気に対する見方が改善されることで、企業の設備投資や個人消費が改善すると期待されます。
(1) 2001年3月当時、O/Nの最低レートは0.01%、つまりこれが最低単位だった。そのレートの最低単位が0.001%になった。このため短期金利が下がったわけだが、量的緩和政策の効果とは言えないだろう。それよりも副作用の方が大きい。
 ではタイボー(Tokyou Inter-Bank Offerd Rate)ではなく、銀行から企業への短期融資金利はどうなのだろう。これに関しては5月23日次のように書いた。
 住宅ローンや企業の設備投資、在庫投資、研究開発投資は長期金利で借りる。では短期とは、5,10日など支払日に資金不足を補う運転資金だろう。こうした資金が金利低下で借りやすくなるとどうなるか? これは、経営不振企業の延命策として有効かもしれない。つまり負け組の倒産先延ばしに有効だろう。そう考えると、それが日本経済に与える良い影響とは?取り上げるほど影響はないと思う。企業活動で、設備投資、在庫投資、研究開発投資は将来利益を生み出す可能性もあるが、 倒産延命策は後ろ向きの効果でしかない。それでもマイナスの効果ではないだろうが、どの程度の期待が持てるだろう?
 例えば資金不足の企業が運転資金を1億円、半月借りたとしよう。金利が2.5%だったものが、量的緩和政策により2.0%になったとしよう。この0.5%の金利低下がどの程度のものか、計算してみよう。
 元金X金利X期間=利息  100,000,000円X0.005%X(0.5÷12)=20,833 
 日銀の量的緩和政策により、1億円を半月借りて、2万円程度、金利が安くなる。たったこれだけ。0.5%であっても長期借り入れなら大きな影響もあるが、短期ではあまり影響はない。こうした金利低下も日本経済がデフレ・スパイラルかの脱出には効果はない、と言えるだろう。 そうして、この例の0.5%の金利低下はここでの仮定であって、実際の数字はわからない。
 金利低下が日本経済に良い影響を与えるとすれば、それは@長期金利であること。A高金利の時に金利低下があること。6%が3%になれば影響も大きいが、2.5%が2%のなった程度では影響は少ない。しかしこうした点に就いてのエコノミストの百花繚乱百家争鳴はないようだ。
 現在0.001%で推移している。変化はない。
「タンス預金化」する余剰資金
 短期金利の低下に関してTANAKAの見方にピッタリの現場からの報告があったのでここに紹介しよう。
  短期市場の低下とは、結局のところ日銀当座預金に「死蔵」する資金が増加し、市場の流動性が低下することを意味している。では、なぜ日銀当座に資金が眠ってしまうのか?
金利水準の極度の低下 量的緩和政策によって短期市場の金利水準は限りなくゼロ%に近づいている。その結果、市場で資金を運用しても利息はただ同然になる。 例えば、100億円をオーバーナイトで運用したとしよう。その利息は、
  オーバーナイトの金利   100億円の利息
      0.010%   2739円  
      0.005%   1369円  
      0.002%    547円
      0.001%    273円
となる。0.001%の場合、利息はわずか273円。これに種々の取引コスト(仲介手数料や資金送金の際に利用する日銀ネットの手数料、電話代など)を払うと明らかに赤字になってしまう。
 9月上旬(2001年)にコール取引の刻み幅が0.01から0.001になったが、これをきっかけに、市場参加者によっては最低運用下限レートを設定する動きが現れ始めた。例えば最低運用下限レートを0.005%に決めた場合、市場の調達レートがそこまで上がってこなければ、その金融機関の余剰資金は日銀当座預金に眠ることになる。 日銀当座には理想は利息はつかないがリスクはない(タンス現金を保有することと同じである)。よって、”無担保”でゼロ同然の運用を行うよりも、日銀当座預金に眠らせて「タンス預金化」する方がはるかに「合理的」な判断となる。 ただし、投資信託などの期間投資家は約款の関係で、余剰資金を運用しないわけにはいかない状況にある。このため、極限まで余剰資金を運用する一部参加者とそうでない参加者に二極分化している。
「ブタ積み」への抵抗感が消えた:資金繰りのディシプリン喪失  長い間、日本の金融機関は超過準備を保有することを極端に嫌がっていた。もし超過準備を保有する場合は担当役員の印鑑が必要となる、というような話は珍しくなかった。これは、日銀の過去の暗黙の指導の遺産というせいもあるが、それ以前に、超過準備とは資金繰りの失敗を意味するためでもあった。 超過準備を回避するスタンスは単にコストの問題だけではなく資金ディーラーのディシプリン(規律)の問題でもある。本来、きちんとした資金繰りをしていれば超過準備が発生するはずはなく、そのため超過準備は「ブタ積み」という俗な業界用語で表現される(「ブタ」の語源は花札から由来している模様)。
 しかし、日銀が8月(2001年)に日銀当座預金を6兆円に引き上げたため、超過準備回避を諦める金融機関は増加し始めた。それが、同時多発テロの大量資金供給で更に決定的になった。実はこれまでゼロ金利同然で資金運用していた金融機関は、利息収入を追い求めていたというよりも「ブタ積みへの心理的抵抗感、習慣」が動機となった面が強い。 よって、一度、資金繰りのディシプリンが崩れると、超過準備保有のコストもほとんどゼロであるため運用意欲が急速に萎えてくる。このため日銀当座への資金滞留は増加しやすくなり、市場のカネの巡りは悪化する。 (『日銀は死んだのか?』から)
(2) 債券・株式投資などに資金を回すことができるのではないか、と思っても、銀行は国債を買い続ける。それが銀行にとっての最善の策だからだ。そして買い切りオペによって利潤をあげ、不良債権処理を進める。
 日銀が毎月6000億円程度の買いオペを続けて、それで銀行が株を買ったら景気が良くなるのか?財政政策で効果のなかったことを日銀が行うのか?日銀にそのような政策・財政政策を要望するのか? あるいは「M2+CD(現金、要求払い預金、譲渡性預金など)」の平均残高は705兆6000億円、これに郵便貯金や投資信託などを加えた「広義流動性」は1396兆9000億円。その市場に日本銀行当座預金からの資金が回ることによって、マネーサプライが増加し、貨幣的現象であるインフレが起こるとでも言いたいのであろうか?
<コール市場の機能低下という副作用>  量的緩和政策は日銀の説明する効果は出ていない。せいぜい銀行の不良債権処理に役立った程度だ。それに対して副作用が出始めている。コール市場の機能低下、という副作用だ。
 コールレートが0.001%ということは10億円を借りて翌日返済すると、その金利は 1,000,000,000X0.001%(1÷365)≒27,4円  1000億円借りて、その金利が2740円。 そして短資会社の手数料が「資金の出し手、取り手双方から各々0.02%(1/50%)を片落しで受取る」となっている。これでは出し手がいなくなってしまう。 それでどうなるか、と言うと、地方銀行などコール市場での出し手の担当者が配置転換になってしまうケースが出始めている、ということだ。そうした事例のレポートを紹介しよう。
<ディーラーが消えたマーケット>  2002年7月半ば、日本銀行のある審議委員から指示を受けた1人の職員が、東京都内にある大手外国銀行の熟練ディーラーの元をひそかに訪れた。
 「仮に今後、ペイオフの全面解禁で預金が大幅に流出するような不測の事態が生じた場合、中小金融機関は問題なく短期金融市場から必要な資金を調達することができるでしょうか」。
 当時はまだ、政府がペイオフの全面解禁を2003年4月から2005年4月に2年間延期することを決断する3カ月ほど前。危機感を漂わせる職員からの真摯な問いかけに、熟練ディーラーはしばし沈黙した。そして一呼吸置いた後、こう切り出した。
 「1999年2月に日銀がゼロ金利政策を導入して以降、地方銀行が相次いで収益性の落ちた短期取引部門を大幅に縮小していることをご存じですか」。
 ペイオフとはやや異なる話を持ち出されたことに戸惑う職員に、熟練ディーラーはこう言葉を続けた。
 「このままゼロ金利政策が長期化すれば、こうした傾向がさらに強まるでしょう。そうなると、いくら日銀が潤沢な資金を出し続けたとしても、緊急時にとっさの判断で必要な資金を調達できる豊富な知識と経験を持った熟練ディーラーが東京市場からいなくなっている危険性を否定できません」。
 資金の余っている金融機関が足りない金融機関に融通することで成り立つ短期金融市場は、それぞれの金融機関が資金繰りの最終的な帳尻合わせに利用する重要な場所である。金融システムの維持を重要命題に置く日銀は、金融機関の資金繰りが生き詰まって金融システム不安が市場に広がる事態を未然に避けるため、 短期金融市場を日々注意深く監視するとともに、金融機関向けに潤沢な資金を供給し続けている。
 ところが資金供給をいくら増やしても対処できない深刻な問題が浮上してきた。厳しい経営環境を乗り切るためにリストラを急ぐ地銀が、相次いで収益性の低い短期取引部門の縮小に動き出した結果、「短期部門一筋で十数年」といった熟練ディーラーたちが市場から次々と姿を消しつつあるのだ。 日銀が景気下支えの切り札として打ち出したゼロ金利政策が、皮肉にも金融システム不安の原因になりかねない事態を招いていた。
 「毎日、大手都市銀行だけでなく、世界中に名を知られた欧米の有力銀行なんかを相手に、百億円単位の資金をやり取りするんです。その緊張感がたまらなかった。国債金融資本市場を相手に働くディーリング部門は、何物にも代え難い刺激に満ちた職場だったと思います。だけど僕は、地銀に勤務するサラリーマンでもあるんです。 上から他の部署への転勤辞令を出されれば、それに黙って従うしかないでしょう」。
 中部地方のある大手地銀に勤務する石川英治さん(40、仮名)は、十年近く短期取引部門で働いてきた熟練ディーラーの一人。しかしゼロ金利政策以降、短期金融市場でいくら資金を運用してみても、金利収入をほとんど得ることができなくなった。 勤務先の地銀が短期取引部門の大幅縮小に踏み切るのも無理はなかった。そして2000年に入ると、とうとう石川さんにも地元の支店への転勤命令が出された。それ以降の仕事は以前とすっかり様変わりした。 石川さんは百万円単位の取引を獲得しようと、地元の中小企業経営者を相手に、せっせと営業活動にいそしむ毎日をすごしている。 (『ドキュメント 惑うマネー』から)
<干し上がる短期市場>  筆者は短期市場の一つであるコール市場の現場に身を置いているが、量的緩和策が決定された直後、ある雑誌に次のように書いた。
 強力な時間軸の下では、短期のイールドは怖ろしいほどべったりとフラットになってくる。この状況では、運用手段で利益を得るよりも短期セクションの整理・縮小によるコスト削減を追求する方が得策になってくる。日本の金融機関は人事ローテーションが速いため通常の資金繰りの知識・経験が”伝承”されずに途絶えてくる恐れが考えられる。 市場機能はさらに低下し短期市場は干上がっていくだろう。量的緩和処置における短期市場の存在は、諫早湾干拓事業で壊滅的な打撃を受けた海苔養殖業者の境遇に近いものがある。この例えを先日ある短期市場関係者に話したところ、「日銀当座預金ターゲットが7兆、8兆と引き上げられれば、我々は絶滅に瀕した有明海のムツゴロウ状態になる」と苦笑いしていた(『週刊金融財政事情』2001年4月9日号「BOJウォッチング」)。
 少し書き過ぎたかとも思ったが、市場参加者から賛同の意を示す多くの反響をもらった。ある資金ディーラーからは「表現がまだ生ぬるい」との「お叱り」さえ受けた。
 実は、コール市場においては、導入直後からこの量的緩和策がもたらす弊害を指摘する大合唱が起きていた。本来、短期金融市場は中央銀行が金融政策を遂行する場であり、常にモニタリングすることによって経済の体温を測る窓口でもある。
 それゆえ、日本に限らず、短期金融市場に参加するディーラー、ブローカーは皆「セントラルバンク・ウォッチャー」であり、自然と他の市場よりも中央銀行に対して心情的な理解を示す人が多い。しかし、この政策導入以降、短期金融市場との信頼関係は壊れてしまった。 諫早湾の海苔養殖業者が怒っていたのは、単に金銭的な、問題だけではないだろう。海苔養殖の「職人の技術」が踏みにじられたことへの怒りが内在していたと想像する。短期市場に直接接している日銀スタッフは板ばさみにあって苦労しているが、この政策が長期化すればするほど彼らのモニタリング能力は低下していく恐れがある。 (『日銀は死んだのか?』から)
短期市場参加者の縮小。撤退  量的緩和策が一時的なののならば先の弊害も一時的であり深刻になる必要はないだろう。しかし、懸念されるのは、今回の量的緩和策には「強力な時間軸」がセットされている点である。 多くの市場参加者は短期市場で収益が稼げない環境が長期化すると思っている。となれば、短期セクションを維持するよりも、整理縮小によって人件費等の固定費を削減して、余剰資金を日銀当座預金に置きっ放しにする方が、はるかに有利な”運用”になってしまう。
 しかし、市場全体の人員が極端に削減されるとディーラーの金利に対する感応度は急激に低下する。これは既に起き始めている現象だが、例えば、市場レートが跳ねて歪みが生じた時に、有利な運用先があることをブローカーが連絡しても、担当者は会議中だったり、外回りの営業をしていたりして、つかまらないことが度々ある(リストラの環境の中で皆仕事量が増加しているので、もうからない短期取引は後回しになる)。 また、普段余剰資金を日銀当座預金に眠らせっぱなしにしている金融機関の場合、それが長期化してくると、少々のレート上昇では資金運用に乗り出してこなくなってしまう。少々の利息収入のために不慣れな事務フローが発生するのを嫌がるからである。
 量的緩和策が実際に3〜5年以上続いた場合、市場機能がどれほど麻痺しているか、想像するのも怖ろしい。 (『日銀は死んだのか?』から)
『日銀は死んだのか?』に対する批判  量的緩和政策を扱った最近の本の中で『日銀は死んだのか?』は他とは違っている。他の本は著者が学者かジャーナリストで、金融市場の現場からの報告はこれだけだ。それだけに他の本とは違った視点が感じられる。そして、それだからだろう、批判する人もいる。 どのような批判か?少し引用してみよう。
●短期金融市場の機能不全というが……  本書は、著者が市場関係者であるだけに、一般になじみの少ない短期金融市場の様子が微に入り細にわたって描写されている。 ゼロ金利政策のもとでは、日銀がいくら貨幣を供給しても、金融機関は運用収入より事務コストが上回るので運用せず、金融機関は手元に死蔵する実態とそのメカニズムが明らかにされている(第1章)。 このため、量的緩和やインフレターゲットでは、ゼロ金利で短期金融市場が機能不全になっている以上、その政策効果はないと断じている(第2章)。
 もし評者が短期金融市場になじみがなかったら、おそらく『加藤本』に対して未知なる事実を教えてもらったという畏敬を抱き、あるマクロ経済学者のように好意的な書評を書いていただろう。 金利ゼロでコール市場が機能不全になるのは当然であり、その結果この市場の仲介を業とする短資会社が危機感を持つのは理解できる。 日銀がコール市場を政策実施の場とする以上、短資会社と密接な関係にあるのも自然であり、短資会社を日銀のファミリー企業とみる人も多い。 もちろん個人の資格により書いた『加藤本』を色メガネでみることは適切でない。むしろ『加藤本』は短期金融市場の実情を正確に描写している。 しかし、それと金融政策としての有効性とどのような関係があるであろうか。日銀からの資金が本来資金を保有しておく必要がない短資会社の日銀当座預金になったとしても、または金融機関に滞留しても、それは量的緩和が効果がないことを意味するのか、 機能不全に陥った短期金融市場と量的緩和政策の有効性とはまったく別次元の問題である。本書で、日銀の貨幣供給によって市場がジャブジャブと表現されているが、それは物事の一面をみたにすぎない。
 本書の議論には大きな見落としがある。量的緩和によるマネーの供給増にともなう通貨発行益の効果(seigniorage channel)である。たとえば、日銀券発行では発行価額の99.8%程度の発行差益が、国庫納付金となって国民に、または日銀から直接に金融機関にばらまかれて需要を創出するはずだ。 この通貨発行差益チャンネルによる効果によって、ゼロ金利でも量的緩和は実態経済に影響を与えるのだ。なお、このように貨幣部門の超過供給が非貨幣部門の超過需要を引き起こすことは、経済学ではワルラスの法則(経済全体の総需要価値額は総供給価値額に等しい)として知られている。(以下略) (『エコノミスト・ミシュラン』から) (T注 「通貨発行差益」については、ここより後の「(7)100兆円の金融政策によって日本経済はどのように変化するだろうか?………」で扱っています。いわば「借金踏み倒し政策」)
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(5)インフレターゲットについてその提唱者の意見を聞いてみることにしよう………
<インフレターゲットとは>
 インフレターゲット推進派でない人間が「インフレターゲットとはどういうことか」を書くのは難しい。というのはインタゲ派の書いた本には「誰々はインフレターゲットを誤解している」というようなニュアンスの文が目立つからだ。 自分なりに理解した「インフレターゲット論」を書くと、「まったく誤解している」と批判されそうなので、その人たちの文章を引用することにしよう。
伊藤隆敏著『インフレターゲッティング』 目次を見ると「インフレ・ターゲッティングとは何か」とあり、小見出しとして「金融政策の新しい枠組みである」「どこがすぐれているか」「インフレ・ターゲッティングの具体策」「海外先進国ではスタンダードな政策」 「インフレ・ターゲット政策はインフレ率引き上げにも有効か?」「数値目標はだれが決めるのか」「実体経済など諸要素を無視してよいわけではない」などが並ぶ。
 先ず「金融政策の新しい枠組みである」から一部引用しよう。この本は2000年11月20日初版発行。
 物価安定が目的 インフレ・ターゲッティングとは何でしょうか。簡単に言えば、年間の物価上昇率を「1パーセントから3パーセントの範囲内」といった数値目標として定め、中央銀行は、その目標を達成するように金融政策を行うと宣言することです。
 インフレ・ターゲッティングというネーミングがどうもよくないのではないかと言われます。「インフレ」という言葉には、オイルショックの時代に起きた「狂乱物価」など物の値段が暴騰するというようなマイナスのイメージがあるからです。後で詳しく説明しますが、インフレ・ターゲッティングとは、物価上昇率を「物価安定」と整合的な範囲内にコントロールすることであり、 物価を急上昇させる政策や、インフレ率が高ければよいという政策ではありません。ですから、本書では、無用の誤解を避けるためにもインフレ・ターゲッティングのことを「物価安定数値目標政策」と言い換えたいと思います。
 ただ、欧米の文献では、「インフレ・ターゲッティング」「インフレ・ターゲット」という言葉で一般化し、研究も進んでいます。ネーミングだけの問題ですので、本書では「インフレ・ターゲッティング」と「数値安定数値目標政策」の両方の言葉を使いますが、同じ意味であるということをご諒解ください。(中略)
 インフレ・ターゲッティングの具体策 それでは、日本銀行が実際に物価安定数値目標政策を導入することになったとしたら、どういう宣言が必要になるか、どういうことを発表していくかについて具体例をあげながら説明しましょう。 
 まず日本銀行が、たとえば「2年後に消費者物価指数(除く、生鮮食品)のインフレ率を1〜3パーセントの範囲にするということを目標に、金融政策を運営します」ということを宣言すれば、これは物価安定数値目標政策の発動ということになります。
 @この「消費者物価指数(除く、生鮮食品)」が目標として取り上げる適切な物価指数であるのかどうか、Aその数値を「1〜3パーセント」と設定するとはどういうことなのか、B期間を「2年後」とすることにどういう意味があるのかということについて、順に説明しましょう。
 次ぎに「インフレを起こすことはできるのか」から一部引用しよう。
インフレは必ず起こせる まず、「物価安定数値目標はたしかに好ましいし、デフレを止めるのもよいことだ。しかし、その手段がないじゃないか」という意見があります。すでに利子率(名目の利子率)はゼロになっていて、これ異常金利を下げられない状況です。そういうなかで、どうしたらデフレを止めることができるかという批判があるかもしれません。
 これに対する答えは、「インフレは必ず起こすことができる」ということです。(T注 「馬に水を飲ませることが出来る」と言っている。そうであるならば、「長期不況ということは今後起こらない」、「景気循環はなくなる」と言っているに等しい。)
 近代以降の日本、そして世界を見渡すと、これまでの政府や中央銀行にとっては、むしろインフレを止めることが非常に大きな課題でした。デフレを止めるということはほとんど経験がなかったわけですが、インフレは、金融政策を運営する限り必ず起こすことができます。むしろ、これまでのインフレの環境下では、やっていけないと言われていた、「不適切」と呼ばれるような政策を金融当局が行えばよいのです。 たとえば、大量の量的緩和や、長期債の買い切りオペの増額、さらに株式の購入などです。ただしアメリカの著名な経済学者であるポール・クルーグマンは、ある論文のなかで、このような政策のことを指して、日本銀行は、「無責任な政策」をとるべきだ、と言ったのですが、このような言い方は、世間に誤解を与えてしまったようです。
インフレをどうやって起こすのか 現在のマネーマーケットの状況をみると、いまは短期の名目利子率がゼロになっていて、しかも「積みの余剰」と呼ばれるダブついた資金が、日本銀行に預け戻されているという状況になっています。 そういった特殊な状況の中でデフレを阻止する、つまり日本銀行がこれ以上さらにお金を市場に供給するにはどうしたらいいかという、技術的な議論になってきます。
 私の提案では、日本銀行は、まず長期国債の買い増しをすべきです。これまでも日本銀行は長期国債を毎月ある一定額買ってきているわけですが、これの購入の額を増額する。よりたくさんの長期国債をマーケットから買っていくということが考えられます。 (T注 ではいくらにすればいいのか?具体的な数字がない。この本が出版された時点では、月額4,000億円の買い切りオペ、現在はその3倍の1兆2,000億円)
 この場合、注意が必要なのは、長期債を買うといった場合も、流通市場で買うのが原則で、財政法で禁じられている「国債をそのまま日本銀行に引受させる」ということは、好ましくないということです。これは、市場から買い入れることで、これを後に売却することも容易になります。 政府発行のものを「引き受ける」ということは、価格づけの考証から行わなくてはいけないので、政府が、財政規律を失わせる可能性があるからです。 (T注 「買い切りオペ」ではなく「買いオペ」を想定している。「買いオペ」=「テンポラリー供給オペ」とは短期買い現先オペ、レポオペ、手形買いオペ、CPオペなど期日が来る供給オペのこと。「買い切りオペ」=「アウトライトオペ」とは、短期国債買い切りオペか中長期債買い切りオペのこと。つまり将来日銀は国債の売りオペを行うと考えているようだ。将来売りオペを行えばマネーサプライが減少しデフレになる。)
 日本銀行が長期債を買い上げることによって多くの現金が市中に流れるわけですから、これまで長期国債を持っていた人たちが現金を手にすることになります。そうなると彼らは何か別のものを買うことになります。それは株式の購入に向かうかもしれないし、外貨預金に回るかもしれません。「今よりもう少しリスクをとっていいかな」というふうに考えるようになるだろうというのが、一つのロジックです。 株式を購入すれば、株価が上昇し資産効果によって景気はよくなります。外貨を購入すれば、円安となり輸出産業を中心に景気回復に向かいます。あるいは、消費財や投資財を買うかもしれない。その場合には直接、景気を狙撃することになります。どのようなチャンネルにしろ、景気がよくなり、デフレが止まります。 (T注 この説明は日銀の説明とまったく同じ。国債を売って儲けた人は、柳の下のドジョウを狙って、また国債を買う。これが賢い資金運用方法。) (『インフレターゲッティング』から)
中原伸之著『デフレ下の日本経済と金融政策』  次ぎに、日銀の審議委員であった中原伸之著『デフレ下の日本経済と金融政策』から引用しよう。この本は2002年3月31日初版発行。
量的緩和のトランスミッション・メカニズム 量的緩和を行うと、経済にどういった経路で好影響が出てくるかというトランスミッション・メカニズムについて、私の考えを述べたいと思います。ただし、この点について厳密にいえば、ゼロ金利政策のトランスミッション・メカニズムについても必ずしも明確でないことをあらかじめ申し上げておきます。 
 第1は、より長目のターム物金利の低下を通じての短期的な効果です。コールレートのオーバーナイト物についてはもはや限界のところまで下がっており、金利と量との裏表の関係は崩れていますが、タームものについてはまだ下がる余地があります。量的緩和によりさらに金融緩和を進めれば、ターム物金利が下がることによって実体経済を刺激することができると考えています。 ただ、もしその結果として景気が良くなれば、中長期的には期待インフレ率が上昇し、名目金利が上昇していくことになることを申し添えておきます。その場合でも、当面、実質金利は低下して、その影響を期待できると思っています。 (T注 これは誤り。景気が良くなれば名目金利・実質金利ともに上がる。「景気が上向いてきた、設備投資・在庫投資・研究開発投資など、少しぐらい金利か高くなっても、積極経営に転換しよう」と資金需要が拡大すれば、金利は上昇する。)
 第2は、金融機関がポートフォリオを変化させることを通じての効果です。量的緩和を行うと短期金融市場での資金がジャブジャブになりますが、後ほど説明させていただきますように、短資会社等が抱えているいわゆるリーケージには限界があるので、今以上にさらに資金供給を増やしていけば、いずれ金融機関の過超準備が膨らんでいくことになると考えられます。それがかなりの金額となれば、金融機関は資産構成を変化させ、日銀の当座預金から、債券、株式、あるいは貸出を増やすという行動につながる可能性があります。 ただ、このルートがよりうまく働くためには、インフレーション・ターゲッティングと組み合わせることで経済主体の期待を変化させる必要があると考えます。
 第3は、期待インフレ率が上昇することにより実質金利が低下することの効果です。実質金利が低下し、期待収益率がこれを上回ることになれば、設備投資が刺激されます。 (T注 期待インフレ率が上昇すると、実質金利も上がる)
 こうした金融から実体経済等に直接効くいわばメインストリームのトランスミッションに加え、ゼロ金利政策により実質的に量的緩和が進んだ過程でみられた、次ぎに述べる4番目、5番目のトランスミッション・メカニズムがあります。
 第4は、為替が円安方向に向かうことを通じての効果です。たとえば、生保やヘッジファンド等の機関投資家は、為替売買を行う時に日米のベースマネーの絶対額の比率を一つの有力な材料としてみていることは、良く知られています。
 第5は、株価が上昇することによる資産効果です。1999年9月末の時価総額をみると約400兆円と、2月25日事典の約288兆円に比べ100兆円以上増加していることがわかりますが、このような株式含み益の増大は、企業がそれを原資としてリストラを促進させるような効果が期待できます。 (T注 株価が上がるのは名目であって、実質はわからない。インフレのため名目は上がっていても、実質は下がるかもしれない) (『デフレ下の日本経済と金融政策』から)
岩田規久男編『まずデフレをとめよ』  岩田規久男編『まずデフレをとめよ』では多数のエコノミストが執筆している。それは次の人たち、岩田規久男・安達誠司・岡田靖・高橋洋一・野口旭・若田部昌澄。まえがきに次のようにある。
 本書は、分担執筆であり各章の最終的責任は各執筆者に属する。しかし、その内容は個々の執筆者の意見表明ではない(所属する機関の意見を反映したものでもまったくない)。 もとよりすべての論点で私たちの意見が同じわけではないが、本書は度重なる研究会や電子メールで頻繁に議論を交わした成果であり、他のメンバーの研究成果を相互に取り入れて執筆した、真の意味での協同作業の結果である。
 本の題名からしてインタゲ派であることが解る。では具体的に何を主張しているのか?TANAKAが読んで感じたポイントを引用しよう。この本は2003年2月10日初版発行。
 インフレ目標を設定せよ  ここ数年の物価下落率は、消費者物価でみて1%程度である。しかし、白塚によれば、消費者物価指数は実際よりも1%程度高くな性質があるから、実際の物価下落率は2%程度になると考えられる。
 最近10年ほどの世界各国の経験によれば、消費者物価指数の上方への偏りを除去する前の物価上昇率が、安定期に2〜3%の国は、経済パフォーマンスがきわめて良好である。この経験から判断すると、日本の物価上昇率は望ましい水準よりも3〜4%も低いことになる。つまり、望ましい物価上昇率がゼロであれば、1%のデフレはたいしたことはないと思われるかも知れないが、 2〜3%が望ましい上昇率であるとせれば、1%のデフレは経済が巡航速度で進ためには大きな障害になる。
 しかも、このデフレに激しい資産デフレが加わっている。資産デフレによって各経済主体のバランスシートが悪化すれば、各経済主体はバランスシートを改善しようとして、貯蓄に励み、リスクのある資産の獲得や設備投資を控えるようになる。そうした行動がさらにデフレを加速する。
 そこで、なんとしてもデフレから脱却することが不可欠になる。デフレからの脱却については、財政支出を民間投資誘発型にする政策も一定の効果を持つが、 (T注 ここでは財政政策の効果を認めている)根本的な政策ははじめに述べたような金融政策のレジーム転換である。
 そのようなレジーム転換を図るためには、まず、金融政策の目標としてインフレ目標を設定することが必要である。インフレ目標を採用している国は、1〜3%の間にインフレ目標を設定し、実際の物価上昇率を、2.5%程度に維持しながら、日本よりも高い2〜4%程度の実質経済成長を長期的に維持してきた。 この日本と比べた経験は、デフレ下では、すでに述べたような様々な解決困難な問題が発生し、産業構造調整も進まないが、マイルドなインフレであれば、そうした難問に遭遇することなく、産業構造調整もスムーズに進ことを示している。
 そこでまず、インフレ目標の下限を1%、上限を3%程度に設定する。しかし、インフレ目標を設定しても、いつまでに達成するかを明示しなくては、誰も金融政策を信用しない。過去の歴史的事例をみると、金融政策をはっきりとリフレ政策にレジーム転換すれば、1年以内にデフレから脱却できると考えられる。 したがって、日銀は1年以内(長くても2年以内)にインフレ目標を達成すると宣言し、そのためには、できることはなんでもやるという姿勢、すなわち、インフレ目標への強いコミットメントを鮮明にする必要がある。
 長期国債買いオペを大増額せよ  これまで日銀は、長期国債の買いオペ額は月額8000億円に制限するとか、日銀が保有する国債の残高を日銀見の発行残高に抑えるといった制限を設けてきた。そのような制約はすべて取り払うことが必要である。 長期国債を買っていく、あるいは、ドル建て債を同時に定期的に買うことも、早期に円安を誘導し、デフレを脱却する上で有効であり、考慮に値する。 (T注 制約を取り払っていくらにするのか?)
 この政策では、銀行が発行市場や流通市場から長期国債を購入し、その国債を日銀が購入するということが、大量に繰り返される。銀行が市中から長期国債を買うときには、銀行は購入先の預金口座の預金を長期国債代金だけ増やすことによって支払うから、預金(マネー)が市場に大量に出回ることになる。
 日銀は、マネーはすでにじゃぶじゃぶだと主張してきたが、企業と家計はそうしたじゃぶじゃぶのマネーを飲み込んだ上で、なおも、現金や預金の保有を増やし続けている。それは、人々や企業の間にデフレ予想がすっかり根を下ろしてしまい、マネーを持っていればデフレ分だけ利子がつくと思っているからである。 このような状況で、デフレから脱却してマイルドなインフレに移行するには、まず、日銀がインフレ目標の実現に強くコミットした上で、大量のマネー需要を飲み込む以上に、マネーを供給し続けることが必要である。そのことによってはじめてデフレが終息し、インフレ予想も形成されるようになる。
 デフレは「貨幣的現象」であり「実物的現象」ではない  デフレーションとは、いうまでもなく、一般物価の下落である。逆にいえば、財貨サービスに対する貨幣の価値の上昇である。バブル崩壊後の日本経済では、消費者物価指数、卸売物価指数、GDPデフレーターの上昇率が低下し続け、卸売物価上昇率は91年末から、GDPデフレーターの上昇率は94年後半から、 消費者物価上昇率は98年後半から、ほぼ恒常的にマイナスに転じた。まさに、デフレである。 
 奇妙なことに、この日本のデフレーション=貨幣価値の上昇について、一部の論者は「実物的現象であって貨幣的な現象ではない」という主張を行っている。たとえば、元日銀副総裁の福井俊彦氏(T注 現日銀総裁)は、「いまのデフレは、単なる貨幣的な現象を超えた根深いものだ。 国債競争の激化により、物価は世界的に下がっており、円高が加わる日本では高コスト構造の是正や産業の整理が避けられない。だから金融政策だけでデフレが解消できると考えるのは間違いだ」と述べている。また、野口悠紀雄氏も、「物価下落が生じている基本的な原因は、中国の工業化などのリアルなものだ。こうした問題を金融政策で解決することはできない」と主張している。
 このような主張の当否を明らかにするためには、まず、名目と実質、あるいは貨幣と実物という区別の意味を明確にしておく必要がある。貨幣とは本来、経済循環を媒介する標章にすぎない。経済活動の実体=「実物」とは、生産や消費および投資の直接の対象である財貨や」サービスにある。 名目と実質、貨幣と実物という区分は、インフレやデフレのような貨幣的な変化を、財貨サービスの生産増大や相対価格変化のような実体経済そのものの変化と区別するためのものである。したがって、「実物的なデフレ」といったものは、そもそも概念として成立しないのである。
 にもかかわらず、一部の論者が「貨幣的な出樹売れ、実物的なデフレ」なる珍妙な区別を持ち出すのはなぜなのだろうか。それはおそらく、「貨幣の長期的中立性、短期的非中立性」という考え方を誤解しているためと思われる。つまり、なぜかこれを誤って「デフレは長期においては貨幣的現象だが、短期では実物的現象だ」というように考えてしまっているのである。 しかし、「貨幣の長期的中立性、短期的非中立性」が意味するのは、「貨幣は長期には実物経済に影響を与えないが、短期では影響を与える」ということである。つまりそれは、長期にせよ短期にせよ、「実物的なデフレ」なるものとは、まったく無関係なのである。 (『まずデフレをとめよ』から)(T注 これを簡単に言えば「インフレはいつ、いかなる場合も貨幣的現象である」となる。あるいはルートヴィヒ・フォン・ミーゼスの喩えも分かりやすい)
<インフレの微調整はできない>  買いオペか、買い切りオペかハッキリしないオペレーションを積極的に行って、どうしてデフレから脱却できるのか?買い切りではない買いオペだと、いずれ売りオペを行うことになる。そのときは買いオペと反対の経済効果があるはずだ。 買いオペでインフレになったのなら、こんどは売りオペでデフレになるはずだ。だから「買いオペ」ではなく「買い切りオペ」であるはずだ。
 そして、買い切りオペで日本銀行当座預金がふえることによって、どのようなメカニズムでインフレになるのか?これも説明不足だ。「インフレはいついかなる場合も貨幣的現象である」ならば、通貨流通量がどのようなメカニズムで増えるのか説明すべきだ。 TANAKAは準備率と馬を水飲み場に連れていく喩えで説明した。準備率から言えば、10兆円もあれば、銀行の貸出が現在の倍になっても準備金を心配する必要がないから、それで十分なはずだ。15兆円、20兆円にしても意味はない。「ビールは一杯目が一番旨い。以後段々にありがた味は減っていく」。 限界効用逓減の法則だ。10兆円もあれば十分で、それ以上日本銀行当座預金を増やしても効果はない。この点に関しては日銀とインタゲ派は共通の感覚を持っているようだ。
 こういう主張もある。「マネタリーベース増の効果として、マネーサプライ増が見込まれる。これに関して、たしかに貨幣乗数は低下しているが、効果低下と効果ゼロとは大違いなので、積極的にマネタリーベースを増やすべきだ」というもの。
効果低下と効果ゼロとは大違い──マネタリーベース増の効果  量的緩和の効果を巡っては意見が大きく分かれているのが実状です。過去においてはマネタリーベース増加率とマネーサプライ増加率の関係は密接でした。ところが、バブル崩壊後この関係が乱れてきています。
 90年代に入ってからマネーサプライ増加率がマネタリーベース増加率を下回る傾向が見られます。言い換えれば、貨幣乗数(=マネーサプライ/マネタリーベース)の低下傾向が見られるということです。とくに日銀は2001年春先から「量的緩和政策への転換」を表明し、現実にもマネタリーベースの増加率を大きく高めてきていますが、それに見合ってマネーサプライ増加率が高まっていません。
 このようにマネタリーベース増加率とマネーサプライ増加率の関係が変わってきたのは事実ですが、その程度をしっかり把握する必要があります。というのは、関係が全くなくなったのであれば、マネタリーベースを増やす政策をやる必要はありません。しかし、関係が弱くなっただけであれば、マネタリーベースを強力に増やす必要があるからです。その点を調べてみましょう。
 ここからは、ややめんどうな式や計算がでてきますが、決して難しいわけではありません。189ページまでは、実際に貨幣乗数が低下していることを理論的・実証的に確かめる作業です。(中略)
 このことは、近年においてもその影響力は小さくなったものの、依然マネタリーベースを増やせばマネーサプライが増えるという関係がが損さしているということを示しています。
 つまり、マネタリーベース増加率がマネーを増やす効果が小さくなったというのは事実ですが、ゼロになったということではないということです。このことは重要です。効果がゼロになったのなら、量的緩和という政策は取る意味がありません。しかし、底効果が小さくなったということであれば、全く話は別です。より思い切って量的緩和をすすめるべきだという結論になるからです。 (『新しい日本経済講義』から)(T注 上にも書いたが、銀行貸出が増加し(原因)、マネーサプライが増加したことによって、準備金が増加し、日本銀行当座預金残高が増加し(結果)、マネタリーベースが増加するのだが、この本の著者の論理では、「マネタリーベースが増加すると(原因)、マネーサプライが増加する(結果)」と因果関係が逆になってしまう。
 マネタリーベースは銀行貸出(信用創造)によって必要となった分だけ伸びてきた。それが量的緩和政策によって必要とする以上に積み上がってきた。この因果関係を理解すれば貨幣乗数の低下は簡単に理解できるはずだ。)
 微調整はできないという点に関しては、2001年12月10日に次のように書いた。
 <それでも「インフレターゲット論」は採用できない> 馬を水飲み場まで連れていく日銀の政策として、それでも「インフレターゲット論」は採用できない。その理由は、「ターゲットを10%から20%の範囲」ならば可能性もあるが、「ターゲットを2%から5%の範囲」ではコントロール不可能だからだ。買いオペを続けることにより、ベースマネーが増加し、それによりマネーサプライ大幅に伸び、そうしてデフレからインフレに変わり始めたとしよう。日銀がその傾向になったと判断し、買いオペをストップしたとしてもインフレが止まるには時間がかかる。「インフレは急には止まらない」
 制動をかけてインフレ率2%から5%の範囲で停止させるのは無理だ。そんな微調整はできない。10%から20%の範囲なら可能かも知れない。しかし10%から20%では国民の支持は得られないだろう。「通貨流通量を増加させ、デフレスパイラルから抜け出す」この政策を認めても、インフレターゲット論以外の目標設定でなければならない。ではどのような目標がいいのか?それに対して日銀は何ができるのか?そして何をしているのか?その効果は出ているのか?について次回書くつもりです。ご期待ください。
 インフレは急には止まらない。そこでインフレがひどくなり苦しんだり、そのインフレを止めようとしてデフレになって苦しんだり、と微調節できないので苦しむことになる恐れがある。こうしたことに関してミルトン・フリードマンが解りやすい喩え話をしているので、引用しよう。これはアメリカのプレイボーイ誌とのインタビュー。とにかく解りやすい。
<ミルトン・フリードマン著『政府からの自由』>ミルトン・フリードマンはプレイボーイ誌の読者に経済学をわかりやすく話している。「素人さん、大歓迎」の姿勢だ。プレイボーイ誌記者とのインタビューの文章を引用しよう。
プレイボーイ インフレは、なぜ、いつまでも解決できない問題なのでしょうか。
フリードマン いや、技術的に言えば、インフレを止めることはそんなに難しくないんですよ。問題なのは、インフレになると好影響が先に出てきて、悪影響があとになることです。酒と同じですよ。インフレになり始めの数ヶ月あるいは数年というのは、ちょうど2,3杯ひっかけたときみたいに、いい気分のものなんです。使えるお金は増えるし、物価の上昇はまだひどくないし。ところが、物価が本格的に上がり始めると、これはもう二日酔いみたいに苦しい。もちろん、一口にインフレに苦しむといっても、人によって程度の差があるのも問題ですね。一般に、政治的な発言力をもたない層、貧しい人や年金などで暮らしている人がいちばんの被害者です。 その一方で、インフレの影響をまったく受けない人や、インフレで大儲けする人もいるわけです。
 さて、インフレ退治に乗り出すと、今度は困ったことに、すぐに悪い影響が出てくる。失業者はふえる。金利は上がる。資金繰りは苦しくなる。とにかく不快なことばかりで、それを通り過ぎないと、価格上昇が止まったことの良い影響は出てこない。治療中のこの苦しい期間を、迎え酒に頼らずにどうやって乗り切るか、それが問題ですね。 インフレ退治でいちばん困るのは、しばらくすると治療より病気の方が楽だと皆が思い始めることなんです。治療に成功すれば、経済成長と価格の安定の両立だって夢ではないのに、そこのところが分からない。ニクソンのときに見たとおり、治療などうっちゃって、また病気に戻りたいというすさまじい圧力が市民の側から起こってくるのです。いつまでも酩酊状態でいたいんですね。(中略)
プレイボーイ 連邦準備制度がどうやってインフレを起こすのですか。これは、言ってみれば政府の銀行に過ぎないでしょう。
フリードマン 「すぎない」と言っても、結構いろんなことができるのですよ。連邦準備制度は政府の銀行ですから、お金を作り出す、つまり印刷する権限をもっているわけで、お金が多すぎる事こそインフレが起こる原因なのですから。
 連邦準備制度がなぜインフレの元凶であるのか。それを多少なりとも理解するには、まず、この制度にどんな権限が与えられているかを知っておく必要がありますね。一つは紙幣を印刷する権限です。あなたのポケットに入っているお金は、ほとんどこうして印刷された、連邦準備紙幣と言われるものです。また、市中銀行に預金をすることもできますが、これは結果的には紙幣を印刷するのと変わりません。ほかに、銀行に信用を供与することもできますし、加盟銀行の預金準備率を定めることができます。この預金準備率というのは、各銀行が自分のところで預かっているお金1ドルにつき、どれだけを現金で保有し、あるいは連邦準備銀行に預け入れておかなければならないかを定める数字です。準備率が高くなれば、それだけ銀行が貸し出せるお金の量が少なくなりますし、 逆に低くなれば貸し出せるお金の量は増えます。
 こういう権限をもつ連邦準備制度理事会は、通貨と預金を合わせて、いつもでれだけの貨幣が国内に流通しているかをにらみ、それを増やしたり減らしたりしているわけです。理事は大統領によって任命され、上院の承認を受けますが、ほとんどが名のある金融問題の専門家です。しかし、どんなに有能な人たちであるにしても、これは少人数のグループに任せるには、いかにも大きすぎる権限であると言わなければなりません。過去60年の間、彼らは、経済の動向を予測し、それを平坦な成長の道にとどめておこうと努力してきました。私はアメリカの貨幣史を研究し、それについて本を書いたこともありますが、連邦準備制度が創立されてから後と、南北戦争から1914年までを比べてみると、創立後のほうに深刻な経済危機が多いという結論を得ました。 二つの大戦中という特殊な時期を除いても、連邦準備制度は、経済の安定を保つという使命をうまく果たしているとは言えません。
プレイボーイ なぜそうなのでしょう。
フリードマン 基本的には、人間から構成される制度であって、規制だけで成り立っているのではないと言うことですね。人間は過ちを犯します。制度を運営する人々は、私が先にも言ったように、最善の決定を下しているのだと思います。彼らも正しいことをしたいのです。ところが、私たちの知識というものは不完全でして、ときにはすべての事実を入手していないこともありますし、ある事実だけを過大に見てしまうことだってあります。大不況が起こったとき、連邦準備制度は通貨残高を実に3分の1も激減させてしまいました。 もちろん、彼らには彼らなりの立派な理由があったのでしょうが、通貨残高の減少こそ、まさにやったはならないことだったのです。国中の銀行が軒並み休業に追い込まれているというのに、連邦準備制度は割引率を上げました。割引率というのは、要するに各銀行への貸し出し利率のことで、これが高くなったのですからたまりません。銀行の倒産が一挙に増加しました。確かに、連邦準備制度があってもなくても、1930年代には経済不況が避けられなかったかも知れません。しかし、この制度がその巨大な権限によって、ただでだえ悪い状況をいっそう悪化させたりしなければ、あれほどの大不況にはならなかったのではないでしょうか。(中略)
*                *                 *
プレイボーイ おっしゃるとおり、最低賃金法が非生産的な法律だったとしても、原則として、貧しい人のために政府が介入する必要はあるのではないでしょうか。何しろ自由放任といえば、昔から「苦汁労働工場」と呼ばれる搾取工場や自動労働と同義語になっています。そういった酷い状態は、社会立法によってはじめて取り除かれたのではなかったのですか。
フリードマン 搾取工場や児童労働は、自由放任経済の結果ではなく、貧困のなせる業と言ったほうが正しいでしょう。今日でも社会福祉関係の法律だけは完備しながら、極度の貧困にあるために、依然、悲惨な労働条件にあえいであるような国が世界にいくつもあります。アメリカにいるわれわれが、もはやその種の貧困に苦しまなくていいのは、まさに自由企業制度のもとで裕福になれたからです。
 誰でも口を開けば、自由放任経済には心がないなどど言います。しかし、アメリカで民間の慈善活動が最も盛んだったのはいつだと思いますか。19世紀ですよ。非営利病院の建設運動が大きな盛り上がりを見せましたし、海外への伝道も盛んでした。図書館普及運動が展開されたのもこの頃なら、動物虐待防止協会が作られたのもこの頃です。庶民が、わずかな所得しかなかった人たちが、生活水準と地位を飛躍的に向上させたのもこの頃です。何百万という移民の群れが、それこそ自分の肉体以外には何も持たずに外国からやってきて、自らの労働で生活水準を大幅に高めることができた時代でした。
 私の母は14歳でこの国にやってきました。あなた方が言うところの「苦汁労働工場」でお針子として働いたわけですが、しかし搾取的であれ何であれ、そういう工場があって、そこで仕事を得られたからこそアメリカに渡って来ることができたのです。それに、母は生涯そこで働き続けたわけではありません。母にとって、搾取工場は一時しのぎの場所だったのですし、それは、ほかの人々も同じだったでしょう。それに酷いとは言っても、もと住んでいた国での生活よりは数等よかったことを忘れてはいけません。今の人は、自由放任経済なんてと小馬鹿にしますが、そうやって嘲っていられるのは、当の自由放任経済のおかげなのです。 19世紀に最低賃金法があったり、福祉国家の罠があちこちに仕掛けられたりしていたら、おそらく『プレイボーイ』の読者の半数はまったく存在しないか、ポーランドやハンガリーといったどこかの国で生まれていたことでしょう。『プレイボーイ』を読むなんて思いもよらない状態になっていただろうと思いますよ。 (『政府からの自由』から)
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<インフレ・ターゲット論は日銀への”嫌がらせ”>  インフレ・ターゲット論を主張するエコノミストは多い。しかし、それを正面から批判する人は少ない。赤信号で横断歩道を渡っている人がいても、それが大勢だと「赤信号ですよ。危険ですよ」とは注意し難い。そんな中で小宮隆太郎が実にハッキリ言っている。 こういうセンス、好きなのでここに引用することにした。
 日銀あるいは政府、あるいは両者が、ゼロ%よりも上のインフレ・ターゲットを設定すべきだと主張する人が多い。現状では要するに日銀に対する”嫌がらせ”のようなものである、と私にはみえる。それは、現状では政府あるいは首相に、1%、あるいは2%以上の「経済成長率ターゲット」を設けよ、という主張と同じようなものである。 いずれもできそうもないからである。ターゲットを設けても守らなくても構わないのであれば何のことはないが、インフレ・ターゲット論者は、ターゲットを設けて「達成できなかったときには責任をとれ」と、身構えてターゲット論を主張しているわけである。
 金融政策に携わる人々は、インフレ率をゼロ以上にしたいと思い、政府の経済政策に携わる責任者達は成長率を少なくともプラスに、できれば2%か3%にしたいと思っているに違いない。しかしそのための方法がないのが現状である。そういう現状でゼロ以上のインフレ・ターゲットを設定せよというのは、要するに金融政策を担当する日銀に対する”嫌がらせ”に過ぎない。 インフレ・ターゲットをゼロ以上にせよと言っている人が提案している金融政策の具体案も、説得力のあるものではない。 (『金融政策論議の争点』から)
 日銀にインフレ・ターゲットの設定を求める声が高いが、現在の日本では、それは総理大臣に「経済成長率ターゲット」の設定を求めるのと同様に、一種の「嫌がらせ」に過ぎない。物価上昇率をプラスにすること、実質成長率をせめて2%くらいにすることが望ましいことは、誰も百も承知のことだが、そのための手段がなかなか見つからないのが現状である。 (『金融政策論議の争点』から)
量的緩和策は「隠れた補助金」  日銀の中長期国際買入れオペに「札割れ」がなく、応札倍率が結構高いのは、応札したものが落札すれば一般の流通市場で国債を売却するよりも有利だからで、そこに応札者にとって「妙味」があるからではなかろうか。現先取引等について「札割れ」が頻発するのは、日銀が「量的緩和」政策で余剰のリザーブを遮二無二供給しようとするときに、現先取引のような短期資金の貸借取引には、そのような「妙味」がないからであろう。 そして短期国債の買い切りオペは、両者の中間なのであろう、と推測する。
 以上のことから私が理解したもう一つのことは、現在の日本の短期金融市場の仕組みでは、長期国債の買い切りオペの金融政策上のメリットは、それによって差し当たり確実にリザーブが供給できる、ということであろう。 つまり長期国債の買い切りオペは少なくともこれまでのところ、1回も「札割れ」を起こしていない。これに対して短期の現先等による資金供給(オペ)は、頻繁に「札割れ」を起こしている。また短期のオペでは、満期がすぐに到来するから繰り返し頻繁にオペを実施しなければならず、その事務量が多大になり、日銀側にとっても民間の銀行・証券会社の側にとっても煩雑である、という問題もあるらしい。ただし、後者の場合「札割れ」の頻発は、一つには前者によって民間銀行の必要とするリザーブが供給されてしまうからであろう。 そして日銀が目指す「超過準備」の額があまり大きくなると、やがては長期債オペについても「札割れ」が生じるようになるかもしれない。
 もしいま述べた推測が正しいとすれば、「量的緩和」政策のもとで巨額の「超過準備」の供給・維持は、前記の応札者にとっての「妙味」、つまり一種の「隠れた補助金」(implicit subsidies)によって支えられているものである、と解釈される。もしそうであれば、それは有意義な「補助金」なのか、ということが問われるだろう。 (『金融政策論議の争点』から)
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(6)荻原重秀の「貨幣改鋳」と日銀の「量的緩和政策」はそっくりの経済効果が期待される………
<日銀は、荻原重秀の貨幣改鋳と同じことをしている>
 この「やぶにらみ経済時評」は構想を練って、資料を集め、キーボードに向かって原稿を作成するのだが、キーボードの打ち込みに時間がかかる。休みの日、平日の夜、時間がかかるので打ち込んでいる内に初期の構想と違うことが頭に浮かぶこともある。この<日銀は、荻原重秀の貨幣改鋳と同じことをしている>もそうなので、 初めに考えていなかったことなので、全体の流れから外れている。あるいは全体の主張と矛盾するかも知れない。しかし頭の中に生まれた突然変異が他のアイディアと交配させて一代雑種が生まれたようなので、ここに書くことにした。考えている内の、2代、3代となると雑種強勢が失われるので、とりあえずここに取り上げることにした。
 元禄時代と言えば、華やかな町人文化が咲き誇っていた頃、しかし幕府の財政は赤字続きで破綻寸前だった。その時御側用人柳沢吉保の命を受けて、勘定組頭荻原重秀(1658-1713)(万治元-正徳3)は財政再建へ取り組むことになった。 そこで重秀が考えたのは貨幣改鋳だった。慶長小判の金含有量を減らし、出目を稼ぎ、通貨を拡大すること。つまり小判10枚を回収して、 これを改鋳して15枚として流通させる。これで幕府の財政は潤うと考えた。こうした貨幣改鋳政策は4代将軍家綱の時代にも幕府内で 検討されたが、時の老中土屋数直の反対「邪(よこしま)なるわざ」として葬られている。しかしこの時は、重秀のそれまでの仕事ぶ から柳沢吉保・将軍綱吉の信頼もあって実施されることになった。これが1695(元禄8)年。  幕府はこの改鋳の目的を「刻印が古くなって摩滅したため」と説明した。勿論本当の目的は品位の高い慶長小判を回収して品位を 落としたものに改鋳し、出目の獲得を狙ったものだった。慶長小判が86%の金品位だったものを、56%に減じたもの。これで出目は大きく、銀の改鋳と合わせて、全体で500万両にも及んだと試算される。この貨幣改鋳により@幕府の財政が潤った。A通貨流通量拡大により景気が良くなった。Bインフレになった。と言われている。 これに関しては荻原重秀の貨幣改鋳と管理通貨制度 ( 2002年2月11日 )▲を参照。
 現在の日本経済に求められているのはこのような金融政策だ。江戸時代は貴金属である金を貨幣として使用していた。現代は兌換紙幣を使用する金本位制度も経験した後の「管理通貨制度」だ。荻原重秀の貨幣改鋳など現代のデフレ対策に参考にならないと思われている。 しかし、違う。実は日銀のとっている金融政策は荻原重秀の貨幣改鋳と同じことをしているのだ。不思議なことに、だれもこのことに気付いていない。この「量的緩和政策は不良債権処理支援策だった? そして馬は水を飲まなかった」の流れからは少し脱線するようだが、ここで取り上げることにする。
(A)幕府は「刻印が古くなって摩滅したため」と言って市場から小判を回収する。代わりに新しく鋳造した品位の落ちた小判を渡す。旧小判10枚を回収し、新小判15枚を作る。これで幕府の財政を救った。
(B)これを現代流にやるとこうなる。日銀は使い古した1万円札を市中から回収し、新しい1万円札を政府に渡す。この時古い紙幣10を回収したら、新しい紙幣15枚を政府に渡す。これで財政は持ち直し、今までの国債も償還でき、通貨流通量も増え、これが成長通貨として生きてきて、景気も回復し、デフレから脱却し、インフレになる。しかしこんな金融政策が許されるはずがない。
(C)企業や個人は銀行に税金を納める。銀行はそれを日本銀行当座預金に入金する。日銀はそれを政府の口座に振り替える。このとき銀行の口座から50兆円落とし、政府の口座に75兆円入金させたとすると、これは荻原重秀の貨幣改鋳と同じことになる。もちろんこのようなことはできない、このように入力してもコンピュータがエラーとしてはじいてしまう。手書きで帳簿を作ったらどうか、 それも法律が許すはずがない。
(D)では、政府が25兆円の国債を発行し、日銀がそれを引き受けたらどうだ?50兆円の税収と25兆円の国債分で、計75兆円使えることになる。これなら貨幣改鋳同じだ。しかしこれは「将来国債を償還させなければならないから違う」と言うかも知れない。との批判があっても、国債を書き換え先の延ばし、50年後、100年後に償還するかも知れない。 こうなると現在の時点で75兆円使える、ということで貨幣改鋳と同じ経済効果が見込まれる。しかしこれも日銀引受は法律で禁じられている。
(E)25兆円の国債を発行し、銀行が買う。それと同時に日銀が買い切りオペで銀行から買う。これも貨幣改鋳と同じ経済効果が見込まれる。しかし日銀は「やらない」と言っている。
(F)新規国債の買い切りオペを行わないなら、それと同額、発行済み国債を買うのはどうか?25兆円程度の国債を発行し、多少時期がずれても良いから日銀が25兆円相当の買い切りオペを行う。 これによって政府は税収50兆円にプラスして25兆円、つまり75兆円使えることになる。これなら法律違反ではない。
(G)金額を少し変えて考えてみよう。税収45兆円で、国債14兆4000億円ならどうだ?この程度の改鋳(?)ではすぐにインフレは起きないかも知れない。しかしこの政策を毎年続けていればインフレが起こるだろう。「インフレはいついかなる場合も貨幣的現象である」という経済学の常識を素直に受け入れる人なら同意するはずだ。
 ここまで書けば賢明な読者は気付くはずだ。そう、(G)は現在日銀が実施している量的緩和政策の実際だ。日銀は元禄時代に荻原重秀の行った貨幣改鋳と同じ様な金融政策を行っているのだ。ふしぎなことに、日本のエコノミストは誰も気付いていない。視野狭窄のようだ。
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(7)100兆円の金融政策によって日本経済はどのように変化するだろうか?………
<100兆円の国債発行と買い切りオペ>
 インタゲ派の主張には具体的でないところがあり、その真意を測りかねる点もあるが、それなりに推測して話を進めることにしよう。 例えば、日銀のオペ、6000億円ではなく上限を定めずに買うように、と言う。では上限を定めずにいくら買えばいいのか?上限を定めても、毎月10兆円なら少なくはないだろう。1〜3%のインフレを2年以内に、と言う。ではその後はどうするのか?など不明な点は多いが、ここでは次の様な政策を考えて、それで経済がどにようになるか予想してみよう。
 ここで100兆円の国債買い切りオペを例にしたのは次のような文があったからだ。著者はインタゲ派と見た。100兆円の日銀買いオペを主張しているわけではないが、前後の文章からそのように判断できたので、ここで100兆円の買い切りオペを例として取り上げることにした。
 完全失業率とGDPギャップ(実際の実質GDPの水準と現在の日本経済の実力水準である潜在GDPとの差)との安定的な関係(オーカンの法則)を用いると、現時点のGDPギャップは150兆円となる。
 いま財政支出の乗数を1.2程度に見積もったとしても、実質GDPベースで約100兆円以上の膨大な追加財政支出が必要という計算になる。現在、積極財政派でさえ、事業規模で50兆円、真水で5兆円程度(ただし、この場合は名目ベース)の追加的財政支出を主張しているにすぎないことを考えると、この資産が示唆するのは、積極財政派が主張する程度の追加的な財政支出では、日本をデフレの罠から脱却させることはできないということである。 このような超積極財政を、財政赤字の対GDP比率がマイナス8.7%(2002年6月発表のOECDエコノミックアウトルックによる)と、OECD加盟国の中でチェコ共和国に次ぐ第2位の財政赤字を記録しているわが国で実施しようとしても、政治的な支持は得られないだろう。 (T注 赤字国債を発行する財政政策が支持されなくて、赤字国債を日銀が買う金融政策は支持されるのか?) (『平成大停滞と昭和恐慌』から)
 政府と日銀は次のような政策を採用したとする。
@日銀は「2年以内にインフレ率1〜3%にして、以後このインフレ率が継続するような金融政策をとる」と宣言する。
Aこのために100兆円の国債を発行し、日銀は発行済み国債を100兆円分買い切る。
 このような金融政策を採用した場合、日本経済はどのようになるだろうか?インタゲ派に代わってアマチュアエコノミストが推理してみよう。
国債の利率は4%以上  政府・日銀がインフレ率1〜3%を目指すと発表した以上、国債の利率が3%であったら実質利率は0%。したがって国債は年利4%以上となる。国債の利率が4%以上なら住宅ローンなどは5%以上になる。 このように長期金利が上がる。金利が上がれば為替は円高となる。これにより輸出産業は困るが、輸入品は下がる。消費者=生活者は喜ぶ。
 このような見方と「購買力平価」から考えて、日本はインフレで貨幣価値が下がるのだから「円」は下がる、との見方ができる。これは金利が上がったことと、貨幣価値が下がったこと、どちらを重く見るか、に係ってくる。
 長期金利が上がれば、短期金利も上がる。これで短期金融市場=コール市場は活気を取り戻す。地銀・生保・年金・投信などが運用を活発にする。『日銀は死んだのか?』の著者も市場が生き返り安心する。
マネーサプライ増加以前にインフレになる  マネーサプライがいつから増加するかと言うと、日銀が買いオペを実行したときからではなく、政府が国債を使い切ったとき、多分年度末になる。 ミルトン・フリードマンに言わせれば、年度が替わってから9カ月〜24カ月でインフレが始まる、となるのだが、実際は政府が国債を発行するのが確実、と市場が判断した時からになる。 なぜなら国債が4%以上になるなら長期金利が上がるのは確実。そうなればマネーが増加しなくても期待インフレ率があがり、物価上昇が始まる。
 しかし、このようはシナリオも考えられる。100兆円の買い切りオペを行っても物価に変動は起きない。誰もが統計を疑っている。「そんな筈はない。インフレになるはずだ」と見守っている。1年経った。突然物価が上がり始めた。前年比2%、5%、8%と上がり始めた。2カ月経って前年比10%のインフレになった。さて、そこでどうするか?
 @日銀は公定歩合を引き上げ、売りオペを始めた。インフレは急には止まらない。15%、20%とインフレが進む。世論は黙っていない。平成の鬼平を期待する。強力なインフレ潰しが始まった。それでも効果はなく、半年過ぎた。すると物価が下がり始めた。下がり始めると速い。一気に前年比0%になった。さらに下落していく。すさまじい物価の乱高下になった。
 A日銀は事態を見守っている。インフレは20%から更に進むようだ。ここで公定歩合の引き上げと売りオペを始めた。しかし一度上がった物価は下がらない。結局20%上がったまま高値安定になってしまった。
 どのような事態になるのか、だれも予想はできない。それでも物価の乱高下は起こりそうだ。インフレを急に起こすことができないように、インフレを急停止させることもできない。物価の乱高下は覚悟しなければならないだろう。
 短期的には物価の乱高下、中期的にはインフレからデフレに後戻り、長期的には「一体、何をやっていたんだ!」との怒りの声が響き渡るだけ。そのような事態も予想できないことはない。
多くの人が国債発行に反対する  新規発行の国債が年利4%ならば、発行済み国債はどうなるか?投げ売りが始まる。企業・個人・金融機関で国債をもっている者は自分の国債の価値が極端に低下するのでこの政策に反対する。あるいは補償を求めて訴訟を起こすかも知れない。
毎年4兆円の国債利払い  国債の利率は4%。従って毎年4兆円の利払いが生じる。現在国税は45兆円の収入がある。4兆円の利払いとは、税収が41兆円になるということだ。 別の言い方をすれば、「毎年4兆円のマネーサプライの減少がある」あるいは「毎年4兆円ずつデフレに向かって行く」とも言える。
10年後の国債償還はどうする  10年後には国債を償還しなければならない。毎年3%のインフレで、10年後には1.3439、つまり134%のインフレになるのだが、話をわかり易くするために200%=物価が2倍になるとして話を進めよう。 10年後の200%のインフレになるとすれば、100兆円の償還は現在の感覚でいえば50兆円になる。10年後に50兆円の償還があると考えるとわかりやすい。これはどの程度の経済問題なのだろうか?税収45兆円で50兆円の国債償還だ。
 TANAKAは以前<日本版財政赤字の政治経済学>で次のように書いた。
 日本版財政赤字の政治経済学(Democracy in Deficit)の結論は、「借金をするときは返済計画を立ててからにしましょう」という極めて常識的なものだ。30兆円の国債を発行するなら「国債償還のために、3年後から 7年間にわたって消費税を 3%アップして 8%とする」のような返済・増税計画を発表すべきだ。「そんなに借金して、消費税アップしてまで景気対策する必要はない」との意見もあるだろうし、「それでも対策が必要だ」と国民が言うなら対策は実行することになる。それが民主制度であり、その結果の責任は国民が負うことになる。  国債発行時には、その返済・増税計画を発表し、それを国民が判断することが大切だと考えるものである。
 ここでは消費税1%で1兆2000億円の税収として計算している。これを50兆円に適用すると、4%の消費税アップを10年続けることになる。 つまり、今後10年間消費税を9%にするということだ。「何が何でも消費税反対」派は反対闘争の目標ができたと喜ぶ。
高橋是清財政は国債を償還していない  インタゲ派が成功例として戦前の高橋是清の政策を取り上げている。これを財政政策としてではなくて金融政策として取り上げることには賛成、しかし見落としていることがある。それは高橋財政は国債を償還していない、ということだ。
 国債を償還しない内に大東亜戦争になり、敗戦になり、戦後インフレになってから償還している。ではどの程度のインフレだったのか?このような文があったのでここに引用しよう。
 金本位制から変動相場制へに移行に伴い、円相場は下落しますが、政府はこれを放任しました。この結果、円の相場は31年12月の1ドル2.0円から32年1月の2.8円へと、わずか1カ月で40%もの大幅な円安となりました。 また32年7月以降は再び円安が進行し、同年12月には1ドル5円となりました。これは2003年前半の120円前後の相場でうえば、1ドル120円が1カ月間で170円、1年で300円になるという大幅な変動に相当します。 (『デフレとインフレ』から)
 こういう数字もあった。値段のうつりかわり、として「金」を取り上げると、金1グラムが1931(昭和8)年では1円68銭、1934((昭和9)年では3円43銭、1945(昭和20)年では4円80銭、1953(昭和27)年では585円。 (『値段史年表』から)
 31年12月の1ドル2.0円から戦後は1ドル360円になったということは、ドルに対して180分の1になったということだ。今ここで問題にしている100兆円の国債、償還時に180分の1になったとしたら、償還なんて楽なこと、楽なこと。5555億円の国債償還なのだから。 これでわかるように高橋是清財政は国債を償還していない。借金をして返済をしていない、借りっぱなし、踏み倒し。この高橋是清財政を成功例として参考にすべき?教訓とすべき?ちょっとおかしなセンスだと思う。上記に引用した本では次のように結んでいる。
 現在、当時と同じような政策対応をする環境にないのは明らかです。また、国債を日本銀行が直接引き受ける施策は財政規律を喪失させ、それが高インフレを招いたため、経済学でも望ましくないとのコンセンサスが得られており、現在は法律(財政法)で禁じられています。このように外部環境は大きく異なりますが、昭和恐慌時に智恵を絞り、当時とり得るベストの手段を用い、その相乗効果でデフレを脱した点は重要な教訓と言えます。 (『デフレとインフレ』から)
経済成長かスタグフレーションか?  非常にラフな予測ではあるが大筋では間違っていないと思う。これがインタゲ派の主張するシニョレッジ効果(seigniorage channel )というものの実際なのだ。 100兆円の国債買いオペでインフレになることは間違いない、たしかにデフレから脱却するだろう。しかし、それが経済成長なのか?スタグフレーションか?これは現時点で確定することはできない。
借金をするときは返済計画を立ててからにしましょう  <日本版財政赤字の政治経済学>▲では消費税を上げてでも国債を発行し、景気を刺激すべきかどうか、国民が判断すべきだ、と書いた。この場合もそうすべきだと思う。 将来消費税アップを条件に国債100兆円を発行し、景気を刺激する金融政策、インタゲ派が主張するこの金融政策を採用すべきかどうか、国民の審判をあおぐのが民主制度のあり方だと思う。 TANAKAは2001年6月25日に「日本版財政赤字の政治経済学」と題して、「国債発行時にはその返済・増税計画の発表を」と主張した。これは財政政策の有効性に疑問を投げかけたのだが、国債を扱っているので、金融政策にもこの主張は当てはまる。 ここでは次のように主張した。
 「日本版財政赤字の政治経済学(Democracy in Deficit)の結論は、「借金をするときは返済計画を立ててからにしましょう」という極めて常識的なものだ。30兆円の国債を発行するなら「国債償還のために、3年後から 7年間にわたって消費税を 3%アップして 8%とする」のような返済・増税計画を発表すべきだ。「そんなに借金して、消費税アップしてまで景気対策する必要はない」との意見もあるだろうし、「それでも対策が必要だ」と国民が言うなら対策は実行することになる。それが民主制度であり、その結果の責任は国民が負うことになる。 国債発行時には、その返済・増税計画を発表し、それを国民が判断することが大切だと考えるものである」。 
 30兆円の国債償還でこの程度の消費税値上げなら、100兆円ではどうなるか?消費税1%の値上げで、1兆2000億円の税収として計算している。100兆円国債がインフレで現在の50兆円相当になったとして計算すると、消費税4%の値上げを10年間続けることになる。 そこでインタゲ派は次のように国民に呼びかける。「デフレを脱却させるために100兆円の国債発行し、日銀は銀行と通して100兆円の買いオペをします。それによりいずれデフレから脱却します。インフレになったら国債償還のために10年間消費税を4%アップします。現在のデフレを脱却させるためにこのように提案します。国民皆さんの賛同を求めます」と。
 こうした提案は一人ではしにくい。しかし「インフレ・ターゲット、みんなで主張すれば怖くない」でしょう。
 「(国債の)ご利用は計画的に(消費者金融の忠告)」「吸いすぎに注意しましょう、ニコチン依存症になる恐れがあります。借りすぎに注意しましょう、国債依存症になる恐れがあります。(もう依存症になっている)」「返済計画も立てずに借金するよう勧める人たちは怪しい」
現在の1兆2000億円の買い切りオペの償還はどうなるのか?  現在日銀は毎月1兆2000億円の買い切りオペを実施している。将来この国債は償還される。その財源はどう手当するのか? 1兆2000億円とは国民1人当たり1万円に相当する。つまり国民1人が毎月1万円を税金として納め、これが公共投資でもなく、福祉にでもなく、自然保護にでもなく、借金の返済に使われるのだ。わびしくなる。
 こういう計算もできる。消費税1%で約1兆2000億円の税収と考えられる。そこで、今の買いオペを1年間続けたとしたら、その償還のために12%の消費税アップが考えられる。12%が厳しいのなら、3%アップを4年間続けるという案も考えられる。政府も日銀もインタゲ派もこのことについて説明していない。
 荻原重秀が貨幣改鋳を行いマネーサプライを増加させ、経済を活性化させた。その後、新井白石が貨幣を元に戻し=マネーサプライを減少させ、デフレを起こした。こうした日本の経済史も知っておく必要がある。 「経済学者たちの闘い・エコノミストの考古学」とか「経済史の教訓・危機克服のカギは歴史の中にあり」といった姿勢もエコノミストには必要だ。
頭の体操です  @日銀は「2年以内にインフレ率1〜3%にして、以後このインフレ率が継続するような金融政策をとる」と宣言する。 Aこのために10兆円の国債=利息4%を発行し、日銀は発行済み国債を10兆円分買い切る。
 このような政策をとったらどうなるか?利息4%の国債を発行すれば長期金利は5%以上になるだろう。人々はインフレになると信じる。それを口実に便乗値上げが出てくる。少なくとも諸物価上昇、という現象は出てくるだろう。景気が回復するとは断言できないが、物価が上昇しスタグフレーションにはなりそうだ。 さて、それでインフレになるかどうか?それがきっかけで景気回復に結び付くかどうか?頭の体操です。インタゲ派の主張に「利息4%の国債を発行する」と加えると、インフレ期待が大きくなると思うのですが、どうでしょうか?
 アップロード直前に思いついたので、TANAKAの答えは出ていません。どなたか分かり易い説明があったら教えてください。
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(8)日銀ネットが即時グロス決済(RTGS)を採用した、その背景と経緯とは………
 今回の「やぶにらみ経済時評」で扱っているのは、短期金融市場、日銀当座預金、日銀ネットなどだ。これらは一般の経済現象とは少し違っていて、仕組みに馴れないと理解しにくい面がある。 荻原重秀時代の貨幣問題は、「金」という現物を扱っていたので、目に見えて解りやすい。戦前の金融問題は「金本位制」という制度の、政府が保有する「金」によって発行する貨幣が制限される。 つまり政府が保有する「金」がどの程度かを知れば問題が解決しやすい。高橋是清の時代も「金本位制」は離脱したが、それでも保有する「金」を無視しては理解し難かった。ところが現代の「通貨管理制度」ではかつての「金」に相当するのが「信用」という目に見えないものだ。 このため融資だとか、銀行間の取引など、物を動かさず、「信用」という「情報」をやり取りすることによって決済する。こうした抽象的なシステムを頭の中で組み立てないと理解できない。「インフレはいつ、いかなる場合も貨幣的現象である」なども、キチッと解っていないと「量的緩和政策」を理解するのは難しい。 かと言って、ここで「金融経済入門」を書くほどのエネルギーはない。そこで銀行間の取引の一例を説明した文章を引用した。皆さんの理解のための助けになれば、と思います。
<日銀当座預金での決済とは>  銀行間の振り込みについての説明を引用しよう。これは読者がA銀行から2000万円の住宅ローンをかり、A銀行ではなくB銀行に口座のある住宅メーカーに2000万円を振り込むケースだ。
 読者から振り込みを依頼されたA銀行は、読者のA銀行預金口座から2000万円を引き落とし、住宅メーカーが預金を保有しているB銀行に必要なデータを送信する。 このデータを受けたB銀行は、住宅メーカーのB銀行預金口座に2000万円を入金する。このデータの送受信のやり取りは、全銀システムと呼ばれるコンピュータ・システムによって実行される。これによって読者の住宅メーカーへの支払は完了する。
 次ぎに、A銀行は読者が住宅メーカーのB銀行預金口座に振り込んだ2000万円に相当するお金を、次のようにしてB銀行に支払う。銀行間の決済は、銀行が日本銀行に持っている預金口座を利用して行われる。 この銀行が日本銀行に持っている預金口座を日本銀行当座預金(以下略して、日銀当座預金)という。全銀システムは、日銀ネットと呼ばれるコンピューター・ネットワーク・システムと結びついている。 全銀システムの中心である全銀センターはA銀行からの依頼を受けて、この日銀ネットに対してA銀行からB銀行への振替を依頼する。この依頼があると、日本銀行はA銀行の日銀当座預金を2000万円だけ引き落とし、B銀行の日銀当座預金に2000万円だけ入金する。
 これからわかるように、同一銀行内の振替の場合には1円のお金も必要としないが、支払先である住宅メーカーが読者と同じA銀行に預金口座を持っていない場合には、A銀行からB銀行への日銀当座預金の振り替えが必要になる。したがって、支払者である読者と受取側の住宅メーカーとの預金口座が異なる場合には、銀行は住宅ローンと同額の日銀当座預金を持っていなければならないことになる。
 しかし、B銀行に預金を持っている人が、A銀行に預金を持っている人に振込によって代金を支払うケースもある。この場合には、B銀行の日銀当座預金からA銀行の日銀当座預金への振替が行われる。この振替により、B銀行の日銀当座預金が減って、A銀行の日銀とうざ預金が増える。実際には、A銀行からB銀行への日銀当座預金の振替額と、B銀行からA銀行への日銀当座預金の振替額の差だけが振替の対象になる。
 例えば、A銀行はある日1億円の住宅ローンを貸出し、借りた人はすべてB銀行に預金口座を持っている住宅メーカーに振込によって代金を支払うとしよう。他方、B銀行も同じ日に1億円の住宅ローンを貸し出し、借りた人たちはすべてA銀行に預金口座を持っている住宅メーカーに振込によって代金を支払うとしよう。この場合には、A銀行からB銀行への日銀当座預金の振替必要額と、B銀行からA銀行への日銀当座預金の振替額はともに1億円である。 両銀行の振替必要額は一致するので、実際には、両銀行間の振替は行われない。したがってこのケースでは、A銀行とB銀行は共に1円の現金も日銀当座預金を持たずに、1億円の住宅ローンを貸出、その利息を稼ぐことができる。これはまさに錬金術である。
 しかし、2つの銀行の振替必要額が全く同じになるのは稀である。この数値例で、A銀行の住宅ローン総額は1億円で変わらないが、B銀行のそれは1億3000万円であるとしよう。この場合には、A銀行からB銀行への振替必要額は1億円で変わらないが、B銀行からA銀行への振替必要額は1億3000万円になる。 したがって、差し引きの3000万円だけがB銀行の日銀当座預金からA銀行の日銀当座預金に振替られる。このケースでは、A銀行は1億円の住宅ローンについて、1円の現金も日銀当座預金も必要としないが、B銀行は1行く3000万円の住宅ローンについて、3000万円だけの日銀当座預金を持っていなければならない。その数値例でも、A銀行の錬金術に変わりはない。 他方、B銀行も3000万円の日銀当座預金を持っていれば、その約4.3倍に相当する1億3000万円の住宅ローンを貸出て利息を稼ぐことができる。これも錬金術というべきであろう。 (『スッキリ!日本経済入門』2003.1.6 から)
 さて、これで銀行間の資金のやり取りが理解できたでしょうか?この文章を引用したのは、実はこの文章に誤りがあるのです。2000年12月まではこのようなやり取りもあったのだが、2001年1月からは「即時グロス決済」(Real Time Gross Settlement<RTGS>)という方式に統一されている。この本は2003年1月6日の初版。金融市場現場の動きに鈍感、または無関心です。 なぜRTGSが採用されたかが分かると、それを知らなかったということがいかに「金融危機問題」に無関心だったかが、バレてしまう。
時点ネット決済【じてんネットけっさい】  システムに参加している金融機関が中央銀行に対して決済を指示した場合,振替指図が一定の決済時点まで蓄えられた後,各金融機関の総受取額と総支払額の差額を決済する方法。 〔即時グロス決済に比べ必要とする資金量が少なくてすみ,日銀ネットでは多くがこの方法で決済されていた〕
即時グロス決済【そくじグロスけっさい】  〔real time gross settlement〕 システムに参加している金融機関が資金や債券を取引する際,中央銀行に対して決済を指示した場合,用件ごとに即時に決済する方法。RTGS。 〔決済用資金は大量に必要となるが決済の不履行による連鎖破綻リスクを抑えられる。日銀ネットでは時点ネット決済もあったが,2001 年(平成 13)1 月から本システムに統一された〕 (「goo辞書」から)
 「RTGS」とは、英文Real-Time Gross Settlement――日本語に訳せば「即時グロス決済」――の頭文字をとった略語であり、「時点ネット決済」と並ぶ中央銀行における金融機関間の口座振替の手法の一つです。「時点ネット決済」では、金融機関が中央銀行に持込んだ振替指図が一定時点まで蓄えられ、その時点で各金融機関の受払差額が決済される一方、「RTGS」では振替の指図が中央銀行に持込まれ次第、一つ一つ直ちに実行されます。
 「RTGS」の下では、「時点ネット決済」とは異なり、ある金融機関の不払が必ずどの金融機関への支払の失敗であるか特定され、その他の金融機関の決済を直ちに停止させることがありません。その意味で、「RTGS」は金融機関が決済不能に陥り得る環境の下においては、優れた仕組みであり、このため欧米およびアジアの中央銀行は近年次々と「時点ネット決済」から「RTGS」へ移行しているところです。
 日本銀行ではかねて「時点ネット決済」とともに「RTGS」のサービスも提供しており、金融機関が自由に選択できるよう手当てしていましたが、現実には「受払いの差額のみ決済すればよい」という資金効率の良さから「時点ネット決済」ばかりが利用され、「RTGS」は殆ど利用されていません。こうしたことから日本銀行では、最近における金融環境の変化をも踏まえ、「時点ネット決済」の提供を停止し、「RTGS」に原則一本化するとの基本方針を固め、2001年 1月 4日に実施しました。 (「教えて!にちぎん」から)
用語解説■決済のRTGS化  中央銀行の当座預金口座決済方法には一定の時間に資金の出入りをまとめて決済する「時点ネット決済」と即時決済する「即時グロス決済」(Real Time Gross Settlement)の2種類があります。A行が午前10時にB行に10億円支払う必要があり、午前10時30分には逆にB行がA行に5億円支払うというケースを考えましょう。 時点ネット決済なら決められた時間にA行が差し引き5億円をB行の口座に払い込んで決済が完了します。即時グロス決済(RTGS)では、決済案件ごとに、相互の口座で資金をやりとりします。
 世界各国の中央銀行口座を使った決済は1982年の米国を皮切りにRTGSに移行しつつあります。これは決済資金の巨大化・取引の国際化で、決済トラブルが増えると予測されるためです。RTGSなら仮にどこかの銀行が支払い不能になっても、決済不履行となる取引は1件ですが、時点ネット決済だとあおりを受けて決済ができなくなる銀行が増えるおそれがああります。日銀は2001年1月から決済システムを全面的にRTGS化しました。 (『金融入門』2002.1.18 から)
 金融市場・インフラの整備についても在任中に大きな進展があった。金融市場は、中央銀行が金融政策を実施する場であり、そうした場が十全に機能するようにきちんと整備されているか否かは、政策効果のよりスムーズな波及、実現という面で極めて重要な要素である。 それだけに、金融市場の整備や機能の強化は、中央銀行にとっては常に取り組むべき重要な課題と言える。
 2001年1月に実現した日本銀行当座預金と国債決済の「即時グロス決済」化も、決済システム改革、市場整備に一環として行われた。real time gross setlemennt の頭文字をとってRTGSと呼ばれている。従来の方式である時点ネット決済方式からRTGS方式への変更には2つの大きな特徴がある。
 第1は、従来、金融機関が日本銀行向けに発した指図を「一定の時間までためておき、まとめて」決済していたのを、「指図が日本銀行に届けられ次第、直ちに」決済するようにした点である。 第2は、日本銀行における資金や国債の決済に際して、従来は「各取引先の受払の差額分のみ」を口座から出し入れしていたのを、「各取引先の受払一つ一つについてその全額」を出し入れするようにしたことである。
 RTGSへの移行は、時点ネット方式が抱えているシステミック・リスク(一つの決済不履行や遅延が、連鎖して多数の金融機関、ひいては世の中全体の決済を混乱させるリスク)を削減することを狙った措置である。
 日本銀行は、これまで潤沢な流動性供給を通じて市場の安定確保と、それを通じた景気の下支えに努力してきたが、RTGS化に伴うこうした決済面でのリスクの削減も、大きな役割を果たしていることは言うまでもない。一般の国民にとっては目に付かない変革であり、直接的な影響はないわけだが、決済システムの安全性向上は、金融システムを強靱にし、国民経済にも寄与するものなのである。 (速水優著『強い円 強い経済』から)
 朝金(午前9時)、交換尻(午後1時)、3時(午後3時)、為決(通常午後5時)などの言葉はこれからは使われなくなった。証券取引などの市場取引もコンピュータ取引になり、場立ちでの取引で、ザラバが英語で "Open Outcry" と呼んだのもコンピュータ取引では意味をなさなくなった。 こうした変化は長くこの業界にいて職人気質を持った人には寂しいことなのだろう。
「即時グロス決済」へのシステム切り替え  TANAKAの知っている銀行の支店では、このRTGSの導入が前年、2000年11月から導入された。全部が一斉に切り替わったのは2001年1月からなのだが、順次拠点ごとに切り替わり、両システムが並行して採用されていた。
 2000年11月から、本部のインストラクターが数名来て、ハイカウンターの後ろに控えた。テラーたちは馴れないため処理が進まない。窓口には客がいっぱい順番待ちをする。ロビーに入りきれず、支店の外にも行列が出来る。97年11月24日に山一証券が自主廃業を決めてから、支店に客が殺到した。あの状況を思い出すくらいの混雑ぶりだった。 クイックのテラーたちは十分な休憩もなく処理を進めた。そうした混雑が数日続いた。どの支店も同じ状況であったと言う。お客には「将来、銀行が統合される時のためにシステムを新しくします」と説明された。テラー、スタッフに説明する役席者もそのように信じているかのようであった。こうした混乱時期、ミスやトラブルはなかった。ヒューマン・キャピタルのレベルの高さを知った。 護送船団方式から脱皮しつつある銀行業界、リストラも進み、業務量も増え、それでも現場は変革しつつある。かつては「春になると、業務時間中でも交代で花見に行ったものだった」などど言うベテランの言葉がウソのようだ。毎月最終日のうちあげもないし、一部の銀行では給食がなくなり、役席者が食堂で奥様手作りの弁当を開いている光景も見受けられるようになった。
銀行以外の金融機関はどうだろう?  システム切り替えの混乱を乗り切った銀行、では他の金融機関ではどうだろうか?たとえば、郵政。特定郵便局の窓口では小さなケアレスミスが多い。それでも、顔見知りの顧客が多いせいか、あまりトラブルにはならない。銀行ではあり得ない、テラーが客のために入出金伝票を書く様子も見受けられる。 特定郵便局では、総務主任になっても局長が世襲制の所が多いため、さらに上に行こうとのインセンティブが働かない。民営化されて他の金融機関と競争になるといろいろな問題が表面化してくることだろう。
 証券会社は、となると少し様子が違う。彼女たちはテラーであるよりも、トレーダーであるからだ。窓口業務だけでなく、電話営業もする。つまりセールスなのだ。日々の研修の成果のため、経済の動きに関しては知識が豊富だ。この点に関しては銀行員よりも上であるだろう。
<三洋証券のコール市場でのデフォルト>  1997年11月4日、三洋証券が破綻し、群馬中央信用金庫(現在のぐんま信用金庫)が三洋証券に貸し付けていた約10億円が焦げ付き、無担保コール市場が大混乱に陥った。これは戦後初めてのことで、今までだれも予測していなかった事態だった。 それからほんの少し後に、今度は11月17日、北海道拓殖銀行は営業継続を断念する決定を下した。その結果、1998年11月13日をもって営業を終了し、北海道内の営業は北海道3位行であった第二地方銀行の北洋銀行に、本州での営業は中央信託銀行(現在の中央三井信託銀行)に譲渡された。1999年3月31日付で法人解散。
 1997年11月24日、野沢正平山一証券社長は東京証券取引所で記者会見を行い、山一証券の自主廃業を発表した。 この瞬間、創業百年の歴史を誇り、従業員7千5百人、顧客からの預り資産24兆円に達する四大証券会社のひとつ、山一証券の消滅が決まった。負債総額は3兆円を超え、事実上、戦後最大の倒産となった。
 ところで山一証券は債務過剰で本来は会社更生法の適用を申請し、債務・債権を裁判所の管理下に置くべき経営内容であった。しかし、当時の長野大蔵省証券局長は野沢社長に「自主廃業を」と言った。 これは三洋証券の例があったからだ。山一がコール市場でデフォルトを起こすと三洋証券以上の混乱は必至だった。長野大蔵省証券局長の判断はルール違反であったけれども、混乱を最小に止める手段として評価して良いと思う。
 さてこうした金融業界の破綻が続く中で、混乱を最小に止めるシステムとして「RTGS」が浮かび上がってきた。つまり、金融機関が破綻しても混乱を少なくするためのシステムであった。しかし、当時銀行の窓口でそのようには説明できなかった。ユーザーには金融不安がいっぱいあった。そこで「金融機関が破綻した場合の対策」と言えば、まだ一般には知られていない破綻が起こりそうだと、不安を倍加させる恐れがあった。 当時は、その位金融機関に対する不安が大きかった。少し前、証券会社の株価ボードの前では「次ぎはどの金融機関が危ないか?」が話題になっていた。 都心の金融機関が立ち並ぶところを歩くと、客の入りが多い銀行、閑古鳥が鳴く銀行、ハッキリしていた。客が窓口で「○○銀行は危ないと聞いたのですが?」との質問が多く、そのための接客マニュアルが用意されていた銀行もあった。 そのような金融不安の時、それに比べれば、「金融危機は過去のものになった」と言える。
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(9)「市場主義」、「設計主義」と分類して経済学のセンスを考えてみると………
<日銀もインタゲ派も市場を信頼していない>
 インタゲ派は日銀を批判する。しかしTANAKAから見るとどちらも同じ、「市場を信頼していない」と感じる。、「インフレは必ず起こすことができる」とか「金利ゼロでコール市場が機能不全になるのは当然である」は、 市場をコントロールできるとか、短期市場は機能しなくてもいい、との考えだ。そう言われると思い出す、以前金融経済学の入門書を読んだとき、一番初めに出てきたのが「イレブン・ライボー=11LIBOR(London Inter-Bank Offered Rate)」という言葉で、これを理解しない限り国際金融は理解出来ない、と書いてあった。ロンドンではないけれど、タイボーも大切だと思う。その機能が低下してもしようがない、とは理解出来ない発想だ。 規制緩和とか構造改革とは、市場のメカニズムが十分機能するように、との改革だと思う。そうした市場重視の考えと正反対にあるのが、社会主義経済の立場。そしてその中間に、フランスでは混合経済(mixed economy = économie mixte )、イギリスではベバリッジ報告(Beverage report)に基づく「ゆりかごから墓場まで」の福祉社会主義、ドイツではエアハルトの社会的市場経済」(social marketeconomy=soziale Marktwirtscaft)がある。 当然日本でも社会民主主義の主張があっても自然だし、それならそれでもいいが、インタゲ派が社会民主主義とは思えない。こうした点でTANAKAは市場を重視し、信頼を寄せる。
<市場には「自生的秩序がある」との考え>  TANAKAは経済学という科学的な学問も扱う人のセンスによって随分違ってくると書いてきた。市場のメカニズムをどの程度信頼するか?などは「理論」と言っても「センス」の違いといった方が良さそうな場合がある。 インタゲ派のセンスは市場を信頼するセンスかと思っていたが、間違っていたようだ。「インフレは必ず起こせる」とか「短期金融市場が機能しなくなることは判っていた」などは市場のメカニズムを過小評価していると感じる。一方に社会主義という思想があり、その近くには、フランスではモネプランと言う「混合経済」の考えがあり、イギリスにはビバレッジ報告に基づく「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家主義があり、 ドイツにはエアハルトの「社会的市場経済」の経済観がある。こうした考えでヨーロッパの戦後経済復興は指導されてきた。「日本株式会社」とは違う「社会主義経済」をやってきた。日本ではこうした民主社会主義が弱くて目立たないが、反市場経済・非市場経済の考えは多くの人に見られる。本人は意識していないかもしれないが、何かの拍子にその考えが表面化する。 「景気対策、日銀にできること、できないこと」として、日銀にはできることと、できないことがあるのだ、とくにできないことを理解しよう、とのTANAKAの考えはインタゲ派の人たちとは違うようだ。そしてニッチ産業を目指す立場もあって、世間ではあまりこうしたセンスは知られていないようなので、少し関連する考えを紹介することにしよう。
<ハイエクの自生的秩序>  ハイエクによれば、市場経済は自生的秩序 (spontaneous order) の一つである。「自生」という言葉は、誰かが意図や計画したわけではないのに、プリミティブな種が枝分かれしながら成長して、最初には思いもかけなかったような壮大で複雑な機能を有する自律的存在に発展するという事態を表現するのに適した表現である。 原始的な交易から始まった市場経済はそのとおりのものである。秩序という言葉も、市場経済が無秩序なものとして見下され社会主義が称賛されたハイエクの生きた時代には、市場経済の持つ法則性を公衆に印象づけるために適した表現であったろう。しかしながら、ハイエクが意図して避けた表現ではないかと思われる。古い用語の自然状態という言葉で市場経済を私はあえて表現したい。
 自然状態という言葉は、ハイエクが批判し続けたT・ホッブズの社会観との関連で有名である。自然というもは人為(政府)によって意図的に人間社会に秩序が敷かれていない状態を意味する。常識的には、また第一直感では、第1章で引用したホッブズの有名な叙述のように、自然状態は人間の人間に対する闘争が間断なく続く、人間が極端に悲惨な生活を送らざるをえない、無秩序・混迷といった言葉で適切に特徴づけられる世界のように思われる。 だから、ハイエクは自然状態という言葉を避けたのではないかと思われる。それにもかかわらず市場経済が自然状態であると表現すべきと思うのは、ハイエクや市場経済の理論の創設者と普通されるアダム・スミスも考えていたように自然状態は無秩序ではなく、市場によって秩序づけられているという、常識的な第一直感には反する。第1章第1節ですでに述べた逆説的な事実を強調すべきであると思うからである。つまり、
特性1:市場経済は自然状態である。自然状態は無秩序ではなく、そこには市場による秩序付けが存在する。
 日本的市場主義者のなかには白紙の上に絵を描くように経済社会を構想したいという人がいるが、社会経済に白紙の状態はないというのが特性1の含意である。 (『現代日本の市場主義と設計主義』から)
市場はどちらに向かうのか? 市場経済が自生的秩序ならば、進化するに従ってどちらの方向に進むのか分からない。そのことについては次のように考えられる。
 人間が意図的に作った組織・社会(人工社会)には、当然その作られた目的がある。たとえば、企業は利潤を獲得することを目的としている。一方、誰かが意図して作ったのではない、自然にできあがった秩序(自然社会)である市場経済には、意図された目的はない。
 市場経済が誰も意図しなかった機能を果たすことはありうる。第1章で述べたように、誰かが作成したものでない市場が、構成員の誰も意図しないような目的に資する。これが、アダム・スミスでは比喩的に(Hyek,"Law Legistration and Liberty" 1973.P.9 の表現を使えば anthropomorphic に)市場経済の説明に神という概念が引き合いに出される理由である。
 エコロジーとの類比は特性3についても成り立つ。人間が目的をもって作った田・畑・花壇等々とは違って、エコロジー秩序も何ら意図的に与えられた目的は存在しない。 (『現代日本の市場主義と設計主義』から)
<日本の不況は市場が望んだからかも?> 長引く不況に対して多くの分析・対策が提案されている。それらの多くは「政府の政策次第で景気が回復する」「それをやらない政府は怠慢だ」というものだ。それは「政府は景気を左右できる」との考えからで、合理的期待形成とは違うし、「市場の自生的秩序」を重視しない見方だ。 「改革なくして成長なし」とのスローガンも「改革すれば成長する。だから小泉内閣は改革を押し進めるのだ」ということで、景気に対する政府の影響力の大きいことを前提としている。では改革を進めると本当に成長するのだろうか?市場のメカニズムがもっと有効に働くと経済は成長するのだろうか? 答えは「必ずしも成長するとは限らない」だろう。と言っても「規制緩和は経済成長に効果がない」と言って、規制緩和反対を唱えるのではない。
 市場のメカニズムが十分に発揮されると、資源の有効利用に役立つ。そして、人々の利益を増大する方向へ向かう。では人々の望む利益とはどのようなことだろうか?すぐ出てくる答えは「豊かな社会」だろう。それを実現するには高い経済成長が必要だ。しかし、もしそれとは違ったことを望んでいたら? 例えば「日本は戦後高い経済成長を遂げて豊かになった。これからは物質的な豊かさではなくて、精神的な豊かさ、つまり余裕ある生活実現を目標にすべきだ」と多くの人が考えたとしたらどうなるか?「収入は多くならなくてもいいから、働く時間を少なくしよう」がスローガンになったら、経済は停滞するだろう。 市場主義に徹すると、このような見方もできる。
<設計主義の犯した罪> 市場経済が自生的秩序を保っているように、民主制度も自生的秩序を保っている。デモクラシーを民主主義と訳すと違ってくる。崇高な目標に向かって進むイデオロギーとなる。この場合は自生的秩序という概念はない。社会は思い通りに設計し、作り替えることができる、と考えることになる。 これを設計主義と呼ぶならば、社会主義は設計主義と言うことになる。設計主義はあるイデオロギー、権力集団が一般人や市場を無視して都合のいいように作り替えようとする。その悲惨な結果は旧ソ連や東欧諸国の破綻をみれば明らかな事だとわかる。 すべての国民ができるだけ平等な機会を得るべきだという考え方で、社会主義という制度を取り入れた国がどのようなことになったのか、「はじめての経済学」から引用しよう。
 社会主義の考え方は、本来は弱者にも配慮したものであったはずです。富や所得が一部の特権階級に集中することを排除し、すべての国民ができるだけ平等な機会を得るべきだという考え方です。しかし、現実に社会主義を導入した多くの国では、弱い国民を迫害するような結果になりました。 現在の北朝鮮の飢餓の現状を見れば現実の社会主義がいかに矛盾に満ちたものであるかわかると思いますが、かつてのソビエト連邦や中華人民共和国でも多くの国民の命が経済体制の問題点の犠牲になりました。文化大革命の中国で多くの知識人が迫害にあったこと、そして経済運営の失敗から多くの中国人の命が犠牲になったことはいろいろな形で報告されています。 ある調査によれば、社会主義体制の下で犠牲になったソ連国民の数は、第二次世界大戦によって亡くなったソ連国民よりもはるかに多い数になるということです。 (『はじめての経済学(上)』から)
<「共有地の悲劇」論の開発支援論> 「共有地の悲劇」で知られる生物学者=ガレット・ハーディンが「サバイバル・ストラテジー」(The Limits of Altruism An Ecologist's View of Survival)で言っている最貧国援助の考え方は「マンチャイルド」以上にクールだが、無視することのできない考えなので、ここに引用することした。
 共有地の悲劇を阻止すべきというなら、主権を主張する各単位──各国家──はフランクリン的責任を引き受け、その人口を国土の扶養能力に見合う水準に調整しなければならない。これはいかなる国もその必要とする原材料を自給自足する必要があるという意味ではない。工業国で、銅、クローム、ボーキサイト、石油、バナジウム等々の必要資源をことごとく自国内で調達できるような国はただ1つもない。しかし大過なくやっている国なら何かを余分に生産するであろうし、それを輸出して自国で足りないものを輸入することができる。つまりどの国も自力本願でやっていけるのである(完全に自給自足できる国は皆無に近いとしても)。一国が自立できる状態になっている場合は、その国は、国土の扶養能力の範囲内で生きていると言うことができる。こうして、人間の世界では扶養能力の概念が動物の場合とは重要な違いをもっていることがわかるであろう。
 貧しい国で何百万人もの人間が飢えている光景を見ると、同情深い人々は緊急事態のための食糧を送ろうとする気持ちになるかもしれない。しかし「緊急事態」というのは誤った呼び方で、本当は一時的な危機ではなくて恒常的な窮迫なのである。(もちろん、そのひどさ加減は時により変化する)。食糧を送る狙いは生命を救うことにある。この目標が見事に達成されればされるほど、思わぬ副作用の危険はますます大きくなる。つまりそのような援助がなければ、苦境に陥った人々に人口と扶養能力をバランスさせる行動をとらせたであろう。その行動のバネを弱めるのである。
 腹一杯食べている豊かな国民が、「貧しい国でも長期的には外からの食糧援助なしにもっとよい暮らしができるはずだ」と指摘すると、そういう忠告は「利己的だ」という非難を浴びることを免れない。なるほど利己的かもしれない。しかしわれわれはこの非難の裏を調べ、こう反問しなければならない。「食糧の援助を止めることは、長期的には貧窮者(ニーデイ)の必要(ニーズ)にもプラスになるのではないか」と。
 貧しい国が何よりも必要としているのは物質的なものではない──それを心理的、道徳的、精神的等々、どう呼ぶにせよ、である。このことを認識しないうちは、われわれは国際的な分野で碌なことはできないであろう。基本的な論点は、数年前南アメリカで明らかになった個人的はヒロイズムの物語の中にあからさまに示されている。ウルグァイのラグビー・チームを乗せた飛行機がアンデスの山中に墜落し、ほとんどの乗客が生存状態で残されたのである。聴こえるラジオを手にしてからは、彼らは来る日も来る日もチリの空軍が空から自分たちを捜索しているというニュースに耳を傾けていた。ついに、運命の日がやってきた。大破した飛行機の外でラジオを聴いていた少数のグループが「捜索は打ち切られた」というニュースを聴いたのである。チリ当局は、乗客が生きている可能性はもはやないと見なしたのであった。ウルグァイ人の大半は機体の中にいて、このニュースを聴いていなかった。「ほかの人たちにはどう言えばよいのだろうか」とラジオを聴いた一人が言った。
   「言っちゃいかん」とマルチェロが言った。「このまま希望だけはもたせておこう」
   「いや」とニコリッチが言った。「みんなに言わなくちゃ。最悪の事態を知る必要があるんだ」
   マルチェロはなおも顔をおおってすすり泣きながら、「おれには言えない。おれには」と言った。
   「おれは言うぞ」と言ってからニコリッチは飛行機の入り口の方へ戻っていった。
   ニコリッチはスーツケースとラグビー・シャツでつくった壁の穴から上がり、トンネルの入り口のところで身をかがめて、
   こちらを向いた大勢の悲壮な顔を眺めた。
   「おい、みんな」とニコリッチは叫んだ。「言い知らせがあるぞ。今ラジオで聴いたところだ。捜索は打ち切りになった」
   大勢が押し込まれたキャビンの内部では声もない。この苦境から逃れる見込みがないということがわかってくると、人々は泣いた。
   「そんなことがどうしてよい知らせなんだ」とパエスが怒ってニコリッチに食ってかかった。ニコリッチは言った。
   「どうしてかって?そうなるとおれたちは自力でここから脱出することになるだろうからさ」
 そして彼らは脱出したのである。全員ではない。だがもし彼らが悪いニュースを聴いていなかったとすれば、もし彼らがそこで坐してひたすら救援を待っていたとしたら、全員が死んでいたであろう。
 この実際にあった話は、私に言わせてもらえば、貧しい国の道徳的状況によく似ている。われわれが彼らに与えることのできる最大の贈り物は、「自力でやる」ということを知らしめることである。
 (『サバイバル・ストラテジー』 から)
<自然界に「福祉主義」はない>上記ガレット・ハーディンと似た立場からもう一つ引用しよう。「自由主義」「平等主義」とは全く違った考え方だ。いろんな違った立場の考えが、交雑育種法によって新種の理論が生まれるといいのだが、社会科学の分野ではその可能性は少ないところが多いようだ。それよりも「自家不和合性」が心配だ。
 いわゆる進化とは、自然の失敗の結果である。つまり、病気や能力喪失、あるいは突然変異がもたらした欠陥を過剰に補償するという、自然の失敗の結果なのである。正常な発達をとげた有機体はその環境にうまく適応し、その子孫の全世代にわたって安定している。だからここには次のような2つの相異なる傾向が見られるのである──ひとつは、その環境との最適な関係を見出し、安定的な形態に到達する生物、いま一つは過剰補償の連続によって生き延びているにすぎない不安定な生物である。徐々に新しい種への転換をやってのけるのはこの後者の方である。 そこで思い切ってこういうこともできよう。進化は最適者生存のせいではない。むしろ自己および子孫における一連の過剰補償を通じて新しい形態をつくりあげるのは不安定な生物であり、一方適者は、すでに達成した形態を維持するように、自己を一層適者ならしめる緩慢な修正を行う。
 自然の中では病気の動物が生き残れるチャンスはほとんどない。病気の動物が、ただ自分が生き続けるだけでなく、その子孫にも伝えられるような新しい方法を見出すのはごく稀な場合にすぎない。治療法の進歩のおかげで病人は死ぬことから免れるが、またこれによって不釣り合いに多くの欠陥遺伝子が次代に伝えられる。こういうわけで、人間は他のいかなる動物よりも急速な進化上の変化を示したのである。この加速的な進化には、家畜やペットの場合も含まれる。というのは獣医学のおかげで、それがなければ不安定だったような形態が生命を維持するからである。(中略)
*                *                 *
 博愛主義者や自由主義者は無力な子供に必要なものを用意してやる親の役割を自ら買ってでる傾向がある。それによって彼らは面倒を見てもらう側の幼稚化を助長しているのである。貧乏人であろうと不具者であろうと、また差別の犠牲者であろうと、この種の非保護者に共通した性質がひとつある。何らかの形で彼らは無力な様子をしているのである。この無力ということには、鉄の肺に入っているポリオの犠牲者の場合のように現実にそうであることもあれば、高い賃金を貰っているのに、さらに多くを要求してストライキをする労働者の場合のように想像上のものに属することもある。 労働者は、自分がその労働に対して得ている以上に社会は自分のおかげをこうむっているのだから、面倒を見てくれるのが当然だ、という感情を抱くのである。(中略)
 現実には、恵まれない人間は、いかに孤立無援だとしても、実は自分の力の及ぶ範囲にその無能力をつぐなうだけの、あるいは過剰に補償するだけの力をもっているものである。例えば手を失うという自体に直面した時、足で絵を描く芸術家がいる。片脚を切断してから一本脚で滑りつづけるスキーヤーもいる。貧民窟から身を起こして産業界の大立て者になる人間もいる。これは進化の全体を通じて起こる過程であって、ここではハンディキャップを負わされた動物は補償と過剰補償によって生き残るしかない。動物界には博愛主義的機構など存在しないのである。
 こうして博愛主義的機構やひとつの姿勢としてのリベラリズムは、面倒を見てもらう方の人間から、本来ならばあったはずの補償的能力を発展させる性質を事実上奪ってしまう。そして現実に起こることはこうである。すなわち、恩恵をほどこす方は、保護者である親の役割を引き受けることで、ほどこされる側に、自分では何も努力しなくてもその気まぐれを何でもかなえてもらえる、という子供の態度を助長するだけのことである。(中略)
 だが今日では、自分の面倒は自分で見よ、とか過剰補償とかいった生物学的見解は反動的だと見なされる。その反対に、全面的な保護や扶助の必要を説くリベラル派の反生物学的見解が進歩的だとされるのである。このこと自体が人類の進む方向をまことによく示していると言えよう。 (『マンチャイルド』から)
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(10)TANAKAの考える金融政策は日本経済の「治癒力」を生かす金融政策………
<公定歩合1%、日本銀行当座預金残高10〜12兆円>
 いろいろ日銀やインタゲ派を批判してきた。これだけ批判すれば自分の立場をハッキリさせなければならない。TANAKAの考える金融政策は「治癒力」を生かす金融政策。具体的には次ぎのようになる。 @公定歩合を1%とし、適時0.75%や1.05%を採用する。日銀は短期市場のレフェリーとして市場の動きに注目し、市場の動きを刺激するために0.75%を採用したり、過熱を抑えるために1.05%を採用する。
A日本銀行当座預金残高を10〜12兆円に保つように金融市場調節を行う。
Bこの政策は消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続することとする。
 日本経済から過剰補償能力を奪わないようにする。戦後の日本経済を支えてきたのは日本の「治癒力」であった。若い経験不足の経営者が試行錯誤を重ねながらも新しい日本を築いていった。一万田日銀総裁から「ペンペン草を生やしてやる」と言われた川崎製鉄の社長西山弥太郎、 通産省事務次官の佐橋滋とけんかした本田宗一郎、ソニーの井深大、先日亡くなられたヤマト運輸の小倉昌男、その他ここでは取り上げなかったけれど経済界の良心であった東京電力社長・経済同友会の木川田一隆など、経験者がいなくなって青天井になっても新しい力が台頭してくる。 一部閉鎖的な社会、自家不和合性に陥っている社会もあるけれど、日本の経済界にはエコノミストの想像以上の「治癒力」があると思う。日銀もインタゲ派もこの「治癒力」には気づいていない。アニマル・スピリットを持ったモルモットが出てくる可能性は大きい。
 公定歩合1%ならば、出し手も資金運用の場として真剣に取り組む。市場の役割はスムーズな流通と経済状況を示す指標の役割がある。経済の状況に応じて、つまり「ブル」か「ベアー」かがコール市場の動きを見れば判る。エコノミストの中には市場を読むことができず、この動きを無視する者もいるようだが、温度計・体温計・気圧計・湿度計など生活に多くのメーターがあるように、経済にも株式市場・為替市場・コール市場などのメーターがあり、これを読むことによって経済の動きを知ることができる。 このメーターの働きを無視したり、「必要ない」と言うのは普通人の生活に温度計や気圧計は必要ない、と言うのに等しい。そしてゼロ金利ではこのメーターが働かなかった。公定歩合1%ならば、その機能を発揮するであろう。その他の指標を見ながら、日銀は0.75%にしたり、1.25%にしたりする。馬を水飲み場に連れていって、水を少な目にしたり、多目にしたりする。水を飲むのは馬だけど、それを促進したり、ちょっとセイブしたり、それが日銀の役割だ。 市場でのプレーヤーではないけれど、だからと言って無関係ではない。市場でのマネーゲームがスムーズに進むようにレフェリーとしての役割を果たす。これが日銀の役割だ。
 補完貸付制度(いわゆるロンバート型貸出制度)は止める。歩積みの最終日である15日に準備不足のため慌ててコール市場で手当しようとする金融機関が出るかも知れない。その場合、1%ではなく2%、3%あるいは瞬間的に4%の取引が生じるかも知れない。それは容認すべきだ。余りにもセイフティー・ネットが完備していると、自己責任意識がなくなる。 過剰補償能力を発揮する機会がなくなる。「自分では何も努力しなくてもその気まぐれを何でもかなえてもらえる、という子供の態度を助長するだけのことである」。
 銀行の貸し出し残高は386兆511億円。この準備金が約4兆円。余裕をみて5兆円としてその倍、10兆円もあれば経済が活気づいてきても慌てることはない。これよりも沢山積んでいても、「1頭の馬がいる水飲み場に、3頭分、4頭分の水を用意してもムダ」との考えだ。
 1〜3%のインフレを約束すると、それで長期金利が上昇し、景気回復へのブレーキとなってしまう。この点に関して、インタゲ派は無神経だ。消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続することとする。として、それが達成されれば、当然公定歩合もアップし、状況に応じて日銀当座預金残高も変化する。
 日銀の発表によってインフレに向かう、との「言霊」のような考えは持たない。日銀も、日銀を批判するインタゲ派も、「日銀が宣言する事によってインフレ期待が高まる」と、日銀の言葉に信頼を寄せている。TANAKAは違う。日銀の言葉には期待しない。 企業間の競争によって、博愛主義的機構やひとつの姿勢としてのリベラリズムによって生き延びていた企業が市場から撤退することによって、構造改革が進み、経済成長への道が開ける。ちなみにエコノミスト業界でも競争原理が導入されると、不勉強なエコノミストが業界から撤退することによって青天井となり、新しい力が台頭してくると考える。
 設計主義の悪い影響が出て、過剰補償能力が失われている。一時的な治療法によってさらに過剰補償能力が失われては日本経済の将来は暗い。 時間はかかるかも知れないが、日本人の治癒力を信頼し、過剰補償能力を発揮する「アニマル・スピリット」「モルモット精神」に期待しよう。
(^o^)                  (^o^)                  (^o^)
<主な参考文献・引用文献>
デフレ下の日本経済と金融政策 中原伸之・日銀審議委員講演録        中原伸之 東洋経済新報社   2002. 3.31
金融政策論議の争点  小宮隆太郎・吉川洋・岩田一政・岩田規久男・香西泰・新保生二他 日本経済新聞社   2002. 7. 8
縛られた金融政策                             藤井良広 日本経済新聞社   2004. 1.20
日銀はこうして金融政策を決めている                    清水功哉 日本経済新聞社   2004. 9.21
金融政策の論点  岩田規久男編・浜田宏一・小宮隆太郎・翁邦雄・白塚重典・中原伸之他 東洋経済新報社   2000. 7.13
金融入門                                岩田規久男 岩波新書      1999. 9.20
インフレ・ターゲッティング 物価安定数値目標政策             伊藤隆敏 日本経済新聞社   2000.11.20
ゼロ金利 日銀vs政府 なぜ対立するのか                  軽部謙介 岩波書店      2004. 2.26
金融政策                       酒井良清・榊原健一・鹿野嘉昭 有斐閣アルマ    2004. 2.26
まずデフレをとめよ 安達誠司・岡田靖・高橋洋一・野口旭・若田部昌澄著・岩田規久男編 日本経済新聞社   2003. 2.10
日銀は死んだのか?                             加藤出 日本経済新聞社   2001.11.12
ドキュメント 惑うマネー 「お金」が天下を回らない        日本経済新聞社編 日本経済新聞社   2003. 3.25
中央銀行の独立性と金融政策                         速水優 東洋経済新報社   2004. 1.22
新しい日本経済講義 社会人講座 エッセンスだけをわかりやすく       新保生二 日本経済新聞社   2004. 1. 5
金融政策の話<新版>                           黒田晃生 日経文庫      1998.11. 9
金融読本                             呉文二・島村高嘉 東洋経済新報社   2004. 4. 8
経済セミナー 量的緩和政策    小川一夫・原田信行・加藤出・渡部和孝・小林慶一郎 日本評論社     2004. 6月号
貿易黒字・赤字の経済学 日米摩擦の愚かさ                小宮隆太郎 東洋経済新報社   1994. 9.22
現代日本の市場主義と設計主義                        小谷清 日本評論社     2004. 5.20
経済学を知らないエコノミストたち                      野口旭 日本評論社     2002. 6.29
サバイバル・ストラテジー             ガレット・ハーディン 竹内靖雄訳 思索社       1983. 4.20
マン・チャイルド              D.ジョナス D.クライン 竹内靖雄訳 竹内書店新社    1984. 7.10
自由への決断              ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス 村田稔雄訳 広文社       1980.12.25
政府からの自由 ミルトン・フリードマン          西山千明監修 土屋政雄訳 中央公論社     1984. 2.10
平成大停滞と昭和恐慌 プラクティカル経済学入門         田中秀臣・安達誠司 日本放送出版協会  2003. 8.30
日本再生に「痛み」はいらない                 岩田規久男・八田達夫 東洋経済新報社   2003.12. 4
スッキリ!日本経済入門 現代社会を読み解く15の法則          岩田規久男 日本経済新聞社   2003. 1. 6
現代日本の市場主義と設計主義                        小谷清 日本評論社     2004. 5.20
自生的秩序                                 嶋津格 木鐸社       1985.11.30
日本経済新聞朝刊 経済教室 日銀当座預金の目標割れ容認           中曽宏 日本経済新聞社   2005. 7. 1
デフレとインフレ                             内田真人 日経文庫      2003. 7. 7
値段史年表 明治・大正・昭和                      週刊朝日編 朝日新聞社     1988. 6.30
ベーシック 金融入門                       日本経済新聞社編 日本経済新聞社   2002. 1.18 
新・日銀ウォッチング                           小塩隆士 日本経済新聞社   2000. 7.10
日本の金融がいつまでもダメな理由 現場からの報告         日本経済新聞社編 日本経済新聞社   2002. 6.20
強い円 強い経済                              速水優 東洋経済新報社   2005. 3. 3
新しい日本銀行 その機能と業務                日本銀行金融研究所編 有斐閣       2004.10.30
やぶにらみ金融行政                             中井省 財経詳報社     2002. 1.18
エコノミスト・ミシュラン               田中秀臣・野口旭・若田部昌澄 太田出版      2003.11. 7
ポスト・バブルの金融政策      日本銀行金融研究所・翁邦雄・白塚重典・田口博雄 ダイヤモンド社   2001. 4.19
はじめての経済学 上                           伊藤元重 日本経済新聞社   2004. 4.15
東京マネー・マーケット 第5版                   森田達郎・原信 有斐閣       1996. 4.10
新・東京マネー・マーケット                     東短リサーチ編 有斐閣       2002. 8.10
( 2005年7月18日 TANAKA1942b )
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あの人も、この人も神話を信じている
どのような説明なのか、聞いてみよう
 2005年10月17日に「インタゲ政策でローンはどうなる?」と題して書いた。このとき金融経済学の教科書、マクロ経済学の教科書を参考にした。そしてすべての教科書の著者が「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」との神話を信じていることがわかった。 そこで今回は<あの人も、この人も神話を信じている>との書き出しで始めることにした。テレビにも度々登場し、名前も顔もよく知っている、あの人も、この人も「ベースマネーの増減が原因でマネーサプライが増減する」との神話を信じていたのだった。そこで、まず神話をどのように説明しているのか?そのことから話を始めよう。 最終的には「経済学の常識」のように扱われていることが、実は神話であった、と言いたいのだが、とても一度では説明しきれない。そこで今回は「あの人も、この人も神話を信じている」と題して、「どのように説明しているか、聞いてみよう」と決めた。今回は神話を暴く、ということはできないが、 対象となる神話をどのように信じているのか?それをハッキリと理解しておくことにしよう。
(^_^)                  (^_^)                   (^_^)
<信用創造の不思議なメカニズム==斎藤精一郎> テレビ東京WBSでお馴染みの斎藤精一郎『ゼミナール現代金融入門』からの引用。元日銀マンということからか、日銀に対する批判はあまりない。けれども「ベースマネーの増減が原因でマネーサプライが増減する」との考えで書かれている。正統派金融経済学の教科書と言えそうだ。
*               *                *
 市中銀行が預金の単なる受け手でなく、貨幣の供給機関であることがわかっても驚くにはあたらない。というのも、預金通貨を創造する市中銀行のすべてを考慮に入れると、銀行システム全体でが膨大な預金通貨の創造が行われる結果になるからである。
 これが金融論で必ず誰もが不思議な思いにさせられる預金創造のメカニズムである。
 さて、この市中銀行の信用創造であるが、まず、ここに本源的預金100万円があるとしよう。本源的預金とは預金者が現金とか小切手をもって預ける預金とする。
 まず、この預金者が現金100万円をA銀行に当座預金として預ける。一般に銀行が手元に現金準備として残す比率(現金準備率)を10%とすれば、A銀行は100万円のうち10万円の現金を残して、残りの90万円を企業aに貸し出す。
 次ぎに90万円の貸出を受けた企業aは取引銀行のB銀行に90万円の預金をする。B銀行には派生預金が90万円発生したことになる。このB銀行も同様に、10%の現金準備を残し、残りの81万円を企業bに貸し出す。
 さらに企業bは、C銀行にこの81万円を預金する。C銀行は10%の8.1万円を現金準備として、残りの72.9万円を貸し出す。
 このようにして貸出と預金の連鎖は続いていく。これが預金創造であり、信用創造の波及メカニズムといえあれるものだ。
 この結果、最初の本源的預金100万円は次々と派生預金を創り出し、最終的には1000万円の預金が創造されることになる。まさしく預金の乗数的拡張である。
   預金総額=100+90+81+72.9+…………
 したがって、この預金創造プロセスを定式化すると次のようになる。
   預金総額=本源的預金X{1÷(1−預金歩留率)}=本源的預金X(1÷現金準備率)
 つまり、現金準備率をαとすれば、最初の本源的預金の1/α倍の預金が創造されるわけで、預金創造乗数は、1/αということになる。
貨幣供給はコントロールできるか これまで現金通貨ならびに預金通貨がいかなる仕組みで供給されるかについて考えてきた。現金通貨は日本銀行の対市中銀行信用増減ルートを通じて基本的にはコントロールできる可能性がある。
 問題はもう一方の貨幣である預金通貨である。というのは、前述のように、預金通貨は銀行システム全体でみると、乗数的に信用拡張されるからである。
 しかし、預金通貨の拡張は決して無限ではない。預金通貨が次々と派生的に増大していけば、それにしたがって預金の引出も増加してくる。したがって、市中銀行の現金準備の規模が預金の乗数的拡張に限界を与えるのだ。
 日本銀行が発行する預金通貨とは統計的には市中(民間非金融部門)が保有している流通銀行券と銀行が手元に保有する現金準備とで構成される。この2つの合計が現金である。
 ところが、市中銀行による預金通貨の供給を考える場合に、見落としてならない「隠れ現金」が存在する。それは市中銀行の「日銀預け金」である。
 それは日銀と市中銀行とを結ぶ銀行券の流出入のパイプである。日銀が市中銀行に現金を供給する場合、それが貸出にせよ、買いオペにせよ、必ず「日銀預け金」(日銀当座預金、通商は日銀当預という)に現金が振り込まれる。
 したがって、市中銀行からみれば、預金通貨の供給、すなわち信用の拡張の際に、ベースとなる手元現金準備とは銀行の手持ち現金残高に日銀に持つ「日銀預け金」(日銀当預)残高を加えた金額となる。
 以上3つの現金(市中の流通現金、銀行の手持ち現金、日銀当預)を合計したものが「ハイパワード・マネー」(hight-powered money 高権貨幣と訳される)とか「ベースマネー」(base money)あるいは「マネタリーベース」(monetary base)と呼ばれている。 つまり、「ハイパワード・マネー」とは預金通貨を含むマネーサプライのベースになる貨幣のなかの貨幣、すなわち「究極の貨幣」だということだ。
 日本銀行はこの「ハイパワード・マネー」のなかの市中銀行手持ち現金準備ならびに「日銀当預」の総量を対市中銀行信用の増減を通じて操作することによって、最終的には預金通貨の供給やマネーサプライ全体(M2+CD)をコントロールする。
 この意味で、短期的には難しいものの、基本的には日本銀行は現金準備(R)の管理を通して貨幣供給量を制御できると考えられている。
 (T注 「考えられている」?では、先生はどのように考えているのでしょうか?上の青い字の文章を信じれば、日銀は「貨幣供給量を制御できる」と断言できることになる)
フリードマンの貨幣乗数(信用乗数)  ハイパワード・マネー(H)は大別して、民間非銀行部門が保有する現金C(流通現金)と、銀行部門が保有する現金準備R(手元現金準備および日銀預け金)の2つから成る。つまり
   H=C+R                       ………@
 ところで、マネーサプライをM、民間部門(非銀行)の預金をDとすれば
   M=C+D                       ………A
 アメリカのM・フリードマンは@、Aから、次ぎのB式を導き出した。つまり@式をA式で割ると
   M÷H=(C+D)÷(C+R)
 両辺にHを乗じ、かつ右辺分子、分母をDで割ると
   M={(C÷D)+1}÷{(C÷D)+(R÷D)}XH ………B
 C÷Dは民間部門の現金通貨と預金通貨の比率で一定と考えられる。R÷Dは銀行の預金準備率である。したがって、ハイパワード・マネーHの1単位の変化によって、マネーサプライは乗数{(C÷D)+1}÷{(C÷D)+(R÷D)}だけ変動する。 これをフリードマンは貨幣乗数と呼んだ。 (斎藤精一郎『ゼミナール現代金融入門』から)
 (T注 フリードマンは「右辺の変化、つまりハイパワード・マネー(H)の変化によって(原因)、左辺のマネーサプライMが変化する(結果)」と言う。 TANAKAは「左辺のマネーサプライMの変化によって(原因)、右辺のハイパワード・マネー(H)が変化する(結果)」と主張する。「インフレはいつ、いかなる場合も貨幣的現象である」とのフリードマンの主張は経済学の常識だと信じているのですが、こちらの式はどうも……)
(^_^)                  (^_^)                   (^_^)
<信用乗数とマネーサプライの変化==伊藤元重> テレビ東京WBSでお馴染みの伊藤元重『マクロ経済学』からの引用。ここでも貨幣乗数の式が書かれている。恒等式であるからこれだけでは原因と結果は分からない。従ってこの式が間違っているとは言えない。 しかし、TANAKAは「原因と結果が逆ですよ」と主張します。
*               *                *
 信用乗数の理論によれば、マネーサプライの量は、
 M={(1+α)÷(α+λ)}XH 
という形で表されます。すなわち、ハイパワード・マネーの量(H)、リザーブ率(λ)、現金預金比率(α)に影響を受けるのです。これらが変化すれば、当然、マネーサプライも変化します。
 たとえば、ハイパワード・マネーが増加すれば、通常はマネーサプライも増加します。預金準備や現金預金比率が一定であれば、ハイパワード・マネーの増加に対して、その乗数倍の規模でマネーサプライが増加します。 公開市場操作などで中央銀行が市中の債権を購入(買いオペ)すれば、その分だけハイパワード・マネーが増えます。これはマネーサプライを拡大させることを通じて、景気刺激効果を持ちます。
 次ぎに、ハイパワード・マネーが一定であっても、預金準備率(λ)が低下すればマネーサプライが増加します。すでに説明したように、預金準備率は法定預金準備率によって大きな影響を受けますので、たとえば法定預金準備率を低下させるような政策はマネーサプライを増加させ、景気刺激効果を持ちます。 逆に法定預金準備率が引き上げられれば、マネーサプライは減少します。
 次ぎに、現金預金比率(現金保有性向)について説明しましょう。人々の現金保有性向が高くなると、預金が現金として引き出されますので、預金の自己増殖作用が弱まります。したがって、ハイパワード・マネーが一定の下では、現金保有性向の高まりはマネーサプライを低下させることにつながります。
 年末や正月など、人々の消費活動が活発になって現金保有性向が高くなっているときには、ハイパワード・マネーを一定にしておくとマネーサプライは急速に収縮してしまいます。 そこで、中央銀行は、現金の需要が高まるような時期には、積極的にハイパワード・マネーを拡大して、マネーサプライの減少を防いでいます。 (伊藤元重『マクロ経済学』から)
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<マネーサプライ管理は日銀の責任==中谷巌> テレビ東京WBSでお馴染みの中谷巌『入門マクロ経済学』からの引用。ここでは、「である論」よりも「べき論」が中心になる。日銀がマネーサプライをコントロールできるかどうかではなく、「コントロールするのが日銀の仕事だ」と話は進んで行く。 当然「ベースマネーの増減が原因でマネーサプライが増減する」との考えで書かれている。 
*               *                *
 貨幣の厳密な定義として、M1,M2,M3などのうちいずれをとるかは別として、これらの貨幣量の供給がどのようなメカニズムで行われるのか、検討しましょう。
 貨幣供給のおおもとを管理しているのは、いうまでもなく各国の中央銀行です。しかし、中央銀行が直接コントロールすることができる貨幣量は、経済全体に出回る全貨幣量(それがM1であれ、あるいはM2、M3であれ)のごく一部にすぎません。 中央銀行が直接コントロールできる貨幣量のことをハイパワード・マネー (High-powerd Money) 、もしくはマネタリー・ベース (Monetary Base) と呼んでいます。
 ハイパワード・マネーとは、通貨当局が発行する通貨と、民間の銀行が日銀に預ける金の合計を指します。ハイパワード・マネーの供給にあたってはつぎの4通りの方法が使われます。
 貸出政策、公開市場操作、法定準備率操作、道徳的説得(窓口規制)をあげ、さらに、貨幣乗数 M=mHの式を説明し、預金の創出、と話は進んでいく。 そして、話は「マネーサプライ管理は日銀の責任」へと進んでいく。ここではその「マネーサプライ管理は日銀の責任」から引用することにしよう。
*               *                *
 岩田─翁論争に対して東京大学の植田和男氏はつぎのように述べています。
 中央銀行はベースマネーをコントロールできないのであろうか。正しい答は、日々の単位である程度できる。1カ月の平均から数ヶ月程度ではかなり難しい。1,2年程度の長期になれば、大きな誤差を伴いつつも強い影響を与えることができる。
 たしかに、1カ月程度の期間では翁氏が主張するように、許容範囲の金利変動の中ではたいしてハイパワード・マネーをコントロールする力はないと思われます。しかし、もし本気でハイパワード・マネーを増やしたいのなら、公定歩合をさらに大幅に低下させ、コールレートを低め誘導するなどして、資金需要を喚起し、マネーサプライを徐々に増やすことは十分可能だと考えるべきでしょう。
 植田氏のこのような見方はおそらくもっともバランスを得た見方だと思われますが、重要な点は、長期的な観点からみても金利を動かさないでハイパワード・マネーを動かすことはできない(法定準備率の変更がないとした場合)ということです。 長期的にマネーサプライを適切な水準に維持し、コントロールすることは依然として日銀の責任であり、「日銀はマネーサプライをコントロールすることはできな」という短期の議論をふりかざすことは世間に誤解を与えるだけで決して正しいアプローチであるとは言えません。そのような議論はとりもなおさず、日銀の政策責任の放棄とも受け取られかねません。 第1、日銀がマネーサプライのコントロールをしないのであれば誰が行うのでしょうか。準備需要に追随してハイパワード・マネーを供給するというのであれば、準備需要そのものをコントロールする責任はないのでしょうか。
 結局、根本のところにあるのは、短期にハイパワード・マネーがコントロールされうるかどうかといった技術的な細かい議論ではなく、その時々の経済情勢に対してマネーサプライの水準が正しいものであるのかどうかという判断であると思われます。たとえば、平成不況が厳しさを増していると伝えられた1992年秋の段階でマネーサプライの伸びがマイナスとなりました。 このようなマネーサプライの推移には問題がないのでしょうか。もし、政策当局がこのようなマネーサプライの急激な低下が好ましくないと判断するのであれば、公定歩合をもっと早くから引き下げるなどの手段を積極的に講じつつ、ハイパワード・マネーの供給、さらには、マネーサプライを増やすためのあらゆる努力をすべきでした。
 日本銀行調査統計局長の加賀景英氏は1992年末時点のマネーサプライの水準は適正であるとの判断を示しています。氏はマネーサプライの急激な低迷が「資産価格の急激な低下や景気の減速に伴う資金需要の低迷を反映したものであり、直ちに景気の先行きを規定するものではない」と述べ、とくにマネーサプライの伸び率を政策的に上昇させようとは考えていないことを明らかにしました。 氏はさらに、「最近のマネーの伸びの低さは確かに『異例』ではあるが、『異常』とはいえない」とも述べています。
 しかし、マネーサプライと実体経済の関係が希薄化しつつあることは事実だとはいえ、筆者はマネーサプライの伸びがマイナスという事態はやはり「異常」であると考えます。マネーは身体でたとえれば血液のようなものだとしばしばいわれます。血液は栄養を体内に運ぶ役割を果たしていますが、血液が十分に回らなければ人間は衒気に活動することはできません。 これと同じことで、マネーサプライが経済に十分に行き渡らなければ、経済活動が沈滞するでしょう。
 第15章でみたように、アメリカの恐慌とマネーサプライの低下は密接な関係があったと思われます。原田泰、白石賢の両氏は「マネーサプライは日銀がコントロールできるハイパワード・マネーによって決まる。裁量的な金融政策は70年代、80年代に2度誤りを犯した。この経験に学ぶべきだ」と現在の日銀政策を厳しく批判しています。 「バブルの責任は日銀の長期にわたる低金利政策の結果である」という批判があり、そのために、金融緩和にはことさら慎重になる金融当局の気持ちもわからないでもないのですが、マネーサプライがここまで大きく変調をきたしたことに対してはもう少し危機感をもって対応すべきではないでしょうか。
 もっとも、マネーと経済の関係をもっとも注意深く観察しているのは他ならぬ日銀ですから、よもや判断の間違いはないものと確信したいところです。日銀の判断が正しいかどうかは1993年以降の日本経済がどういう経路をたどるかによって判定が下されるでしょう。その結果が果たしてどう出るか、マクロ経済学をここまで勉強された読者にはとりわけ興味をそそられる話題ではないでしょうか。 (中谷巌『入門マクロ経済学』から)
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<「日銀理論」を放棄せよ==岩田規久男>  「ベースマネーの増減によって、マネーサプライが増減する」との神話が論争の焦点になって話題になったのは、いわゆる岩田・翁論争のときであった。 「日銀は公定歩合操作という金融政策を捨て、ベースマネーを増やし、マネーサプライを増加させよ」というのが『「日銀理論」を放棄せよ』の論旨だったと思う。そこで、 週刊東洋経済(1992.9.12)に掲載された、インフレターゲット論の中心的主張者でもある岩田規久男の『「日銀理論」を放棄せよ』を紹介しよう。 論争はその後、週刊東洋経済1992年10月10日号に、翁邦雄の<「岩田論文」に反論する 「日銀理論」は間違っていない>が掲載され、さらに、岩田規久男『金融政策の経済学』や翁邦雄『金融政策』が出版され論争は続いている。 そして経済学の教科書ではすべてが岩田規久男側の「日銀理論は間違っている」との立場をとり、「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」との神話を「貨幣乗数」「ハイパワードマネー」「信用創造プロセス」「トランスミッションメカニズム」などの言葉を使い説明している。
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 景気後退・株価暴落の原因 「日銀理論」を放棄せよ──公定歩合操作は有効ではない。 景気後退、株価暴落は「日銀理論」の誤りにも原因がある。ベースマネーはコントロールできないという日銀理論を捨て、その供給を増やすべきだ。
 さる7月27日に、公定歩合が0.5%引き下げられ、年3.25%になった。この第5次公定歩合の引き下げの目的の1つは、株価下落が企業マインドへの影響を通じて、実体経済をこれ以上悪化させることを食い止めることにあったと考えられる。 しかし、これに対して当日の日経平均株価は124円45銭安の年初来安値更新で応え、マーケットの政府・日銀の景気対策に対する普請が改めて強調された形になった。
 この不信の背景には、今回の景気後退はそもそも政府・日銀の景気判断ミスによって生じたものであるという政府・日銀に対する不信感があると思われる。しかし、景気判断ミスだけでなく、そもそも「日銀理論」に基づく金融政策事態が誤っているのであり、問題はより深刻である。
 本稿では「日銀理論」の誤りを指摘し、日銀が「日銀理論」を放棄しない限り、たとえ景気判断にミスがなくても、1973〜74年の大インフレーションや今回のような資産価値の高騰と暴落および政策不況といった金融政策を原因とする経済的混乱を今後も引き起こす可能性が大きいことを明らかにし、「日銀理論」に基づく金融政策をかたくなに守る日銀に金融政策を委ねてよいのかという根本的な問題を提起しておきたい。
 このように始まり、「景気にも物価にも有効でない公定歩合操作」「日銀信用の削減がベースマネー減少の原因」「ベースマネーをコントロールしない日銀」「<日銀理論>を捨てベースマネーを増やせ」と見出しが続く。それは「バースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」との考えであり、「日銀がベースマネーを増やすことにより、マネーサプライが増える」と発展する。 ここでは最後の部分「<日銀理論>を捨てベースマネーを増やせ」を紹介しよう。
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 日銀はベースマネーをコントロールできないという「日銀理論」を直ちに放棄して、ベースマネーを手形や国債の買いオペなどのよって積極的に増やすべきだある。ベースマネーを絶対額で減少させて、マネーサプライの増加率を一定以下に抑制するといった危険は賭けに挑むべきではない。
 これに対して、日銀は120円台前半にまで円高・ドル安にならない限り、これ以上の金利低め誘導は出来ないと主張すると思われる。しかい、貿易黒字の増加を抑制するには1年程度の短期でみるかぎり、多少円安に振れても、内需拡大によるほうが効果的である。今後、財政支出増加によって内需が拡大するにつれて、マネー需要が増加し始めると、金利は上昇し始めるであろう。 したがって、ベースマネーの増加率を現状よりも高めることは、金利上昇を抑制して投資家需要の落ち込みを防止することになる。
 貿易黒字の増加をもっぱら財政支出の増加によって抑制すべきであるのは、経済が企業内失業が存在しない完全雇用の状態にあるときであった、現在のように景気後退期や景気回復期の場合には、金融政策もまた緩和の方向で運営されるべきである。
 そして、金融緩和政策とは「日銀理論」とはちがって、公定歩合を引き下げることではなく、ベースマネーの供給を増やすことによってマネーサプライの増加率を引き上げることをいうという当然のことを強調しておきたい。
 世間も公定歩合の引き上げ下げで金融政策の状況を判断することを急速にやめない限り、いつまでたっても日銀のの禁輸政策の誤りを見抜くことはできない。今後は、金融政策の是非を判断するうえでは、公定歩合ではなく、ベースマネーに着目すべきである。 (岩田規久男『「日銀理論」を放棄せよ』から)
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<「2階建て」モデル、「3階建て」モデルと「日銀流理論」==小宮隆太郎> 岩田・翁論争以前に似たような議論があった。それは小宮・外山論争とも呼ぶべきものであった。ここでは小宮隆太郎『現代日本経済』から、日銀理論の批判、つまり「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」との神話に関する部分を引用しよう。
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 まず、最初に指摘したいことは、金融セクターについてどのようなような理論モデルをとるにせよ、貨幣量(M1あるいはM2)とか全国銀行貸出残高は、内生(従属)変数であって外生(独立)変数ではない、ということである。それらの変数は他の変数に依存して決まるものであって、物価変動やインフレの始発的な「原因」ではありえない。 「金融機関の与信活動が46年7〜9月期以降に著しく活発化したことが、最近の広義マネー・サプライ増加の基本的原因にほかならない……」というような言い方は、原因・結果の捉え方の主客が転倒している。マネー・サプライに関する金融政策により、マネーサプライが決まり、金融機関の貸出の規模が決まる、と考えるべきである。
 「過剰流動性」の問題にかぎらず、マネー・サプライをはじめ金融政策の諸問題を考える際の、日銀流の思考方法(以下では1972〜73年当時の日本銀行の多数派の人々の金融政策についての基本的な理解を「日銀流貨幣理論」と呼ぶことにしよう)の1つの特徴は、(1)日本銀行と預金銀行(deposit money banks)を統合したマネタリー・セクターと、 (2)ノン・マネタリーな政府・民間部門との間の取引関係という、「2階建て」のモデルを基準にして考えることである。その場合(1)のセクターの(2)のセクターに対する負債の主要部分がM1である。
 しかし金融政策の問題を分析する場合には、このような考えはしばしば不適切である。金融政策の諸問題は、(3)通貨当局 (monetary authorities,日本の場合には、日本銀行と外国為替資金特別会計)、(4)預金銀行、それに(2)のノン・マネタリーな政府・民間部門という、「3階建て」のモデルを基準にして考えるべきだある。その場合の(3)の部門の負債の主要部分が「ハイパワード・マネー」(中央銀行貨幣とも呼ばれ、中央銀行との間で決済にしようしうる貨幣のことであり、現金通貨と預金銀行の日銀預け金からなる)あるいは「マネタリー・ベース」と呼ばれるものである。 ハイパワード・マネーは、預金銀行の信用創造にとっての基礎となるのでマネタリー・ベースと呼ばれ、ハイパワード・マネーの大きさの変化はその何倍かのM1、あるいはM2の変化を引き起こす。
 ハイパワード・マネーの残高とM1、M2の残高に比率は、預金銀行が法定準備として、また日々の業務のために、各種の預金残高に対してどれ位の比率としてハイパワード・マネーを保有するか、また企業・家計などの各経済主体が、現金貨幣と預金貨幣をどのような比率で保有するかに依存する。 この比率は、一般的傾向として金融緩和字には上昇し、引締時には低下し、1973〜74年には預金準備の引上げを反映してかなり顕著に低下している。それでも季節的変動を除けば、変動の幅なそれほど大きなものではない。
 オーソドックスなセントラル・バンキングの理論では、ハイパワード・マネーの変動はその何倍かのM1、あるいはM2の変化をひき起こすと考えられている。ところが日銀理論では、そのような観念は稀薄のようである。
 日銀流理論の1つの構成要素は、さきの引用にもその一端が表れているように「ハイパワード・マネーの増減は民間金融機関の資金需給行動の結果として起こるものであって、直接統制に訴えることなしには、日本銀行がハイパワード・マネーの残高を金融政策によって操作することはできない、あるいは少なくともきわめて困難である」という考え方である。 このような観念が明示的(explicit)に述べられらことは比較的稀であるが、それは日銀を中心とする金融政策の制度、その実際の運営、日銀が発表している統計表(たとえば「資金需給実績」)や毎月の金融情勢の説明等の根拠に存在しているもので、その影響ははかりしれないくらい大きい。私にはこのような観念に基づく日銀流理論には根本的な難点があり、それがしばしば金融問題の解釈・判断ひいては金融政策の運営を誤らせ、また不適切な制度を存続せしめているように思われる。
 日銀理論において、なぜハイパワード・マネーの増減が民間金融期間の行動の結果であって日銀が操作することのできないものと考えられているかというと、それは日々のごく短期の事実についての認識と、1,2カ月とかあるいはもう少し短く数週間にわたる期間について、金融政策は市場の諸力をつうじてハイパワード・マネーをコントロールするものであるという理論的理解が区別されていないからである。
 すなわち、日々の業務において、資金の不足した市中銀行が日本銀行に貸出(市中銀行からみれば借入れ)を求めてきた場合に、もし日銀がそれを拒否すれば、その銀行は顧客の預金引出要求に応じられなくなり、支払い不能に陥る。 「最後の貸手」(the kender of last resort)である中央銀行としての日銀は、市中銀行をそのような支払い不能状態に追い込むことはできないから、日銀は貸出の求めに応ぜざるをえず、いいかえればハイパワード・マネーを供給せざるをえない。
 かくして、ハイパワード・マネーの変化は市中銀行をはじめ民間金融機関の行動(たとえばさきに引用した民間金融機関の「貸進み」)の結果であり、金融政策によるハイパワード・マネーの供給量の変化が民間金融機関の行動を左右する原因にはなりえない、と考えられているのである。
 このような観念に立脚して、個々の銀行に対する貸出限度額制度、貸出増加額制度、窓口指導といったまさに直接統制そのものの日銀独特の金融政策方式が正当化されることになる。このようにして直接統制が必然的、不可避的なものと考えられているので、「3階建て」の3階から2階、1階を間接的手段によってコントロールするという観念がなくなり、金融問題をつねに「2階建て」モデルの2階全体の問題として考えないことになる。
 したがって、このような日銀流の観念は、同時に価格機構あるいはマーケット・メカニズムに対する不信の観念でもあり、直接統制を賛美するとまではいかなくても、少なくともそれを正当化するための理論的根拠となっているのである。
 しかし、このような日銀流の観念は基本的に誤っている。市中銀行の日々の緊急な資金不足に対して、日本銀行が「最後の貸し手」として資金を供給しなければならないということと、一定の期間にわたって直接統制の要求を含まないオーソドックスなセントラル・バンキングの手段により、市場の諸力をつうじてハイパワード・マネーの規模をはじめ各種のマネー・サプライの指標を適切にコントロールするということとは、十分に両立するのである。 それこそまさに中央銀行が果たさなければならない金融政策の課題なのである。英・米・カナダ等の中央銀行も「最後の貸し手」であることにかわりはないが、原則として直接統制手段を使うことはない。
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 外山氏の私の論文に対する批判にはいくつかの論点があり、簡単に漸くすることは難しく、また批判の対象になっている私が要約することは適当ではないかもしれないが、どのような事柄が批判の対象となっているかという問題の輪郭を読者の念頭に置いて頂くために、ここでそれをあえて要約してみると、おおよそ次ぎの通りである。
(1)小宮教授は、ハイパワード・マネーの供給量に信用拡張係数を乗じただけのマネー・サプライが生ずると考えているが、信用拡張係数は事後的な比率にすぎず、それに乗数的な役割を与えることは誤りである。
(2)小宮教授は、民間銀行は日銀等から借入れて資金を調達し、貸出を行なうと考え、1973〜74年のインフレーションは日銀の「貸し進み」によって生じたと考えているが、そのような考え方は誤りである。日銀貸出しは一般財政や外為特別会計の受け払いを一定とすれば、現金通貨が増発となるとき増加する。現在通貨増発は市中銀行から預金が引き出されるときに生じ、これを補填するための日本銀行の現金通貨供給は「貸し進み」ではない。日本銀行は現金通貨の需要に対してはほとんど受け身である。
(3)小宮教授は現金通貨(あるいはハイパワード・マネー)の急増がマネー・サプライを急増させ、インフレーションを起こしたとみるが、インフレーションの原因は既往のマネー・サプライの急増にあり、ハイパワード・マネーの増加はインフレーションの結果であって原因ではない。
(4)小宮教授は1971年夏から72年夏にかけての日銀信用の収縮を「不胎化」として高く評価し、そのため当時はインフレにならなかったとするが、これは誤りである。誤りの第1は、日銀信用が収縮したのだから、引締的であったと見る点である。当時引締政策はとれれていない。誤りの第2は、当時の市中金融機関の貸進みによって生じつつあったマネー・サプライの動きを軽視する点である。日銀信用と現金通貨の動きを重視するあまり、マネー・サプライの動きを看過したのである。
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 米国流の経済学あるいは金融政策の理論では、ハイパワード・マネー(hight-powered money)の残高の大きさ、その変化の速度、つまり中央銀行によるハイパワード・マネーの新規供給の速度が、マネー・サプライの決定と、したがって金融政策(セントラル・バンキング)にとって決定的な重要性をもつものと考えられている。経済学の初歩的な教科書の金融政策にかんする章は必ずそのことを述べている。 (T注 確かにその通り。ただし、そのこと「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」を「それは神話ではないのか?」と疑うかどうかが、分かれ目だ)
 たとえば日本でもよく知られているポール・サミュエルソンの『経済学』の金融政策にかんする章は、次のような説明から始められている。
 「中央銀行の……主要な機能は、……ハイパワード・マネー(あるいはハイパワード・リザーブ)の供給をコントロールし、それをつうじて一国の経済の貨幣と信用の供給をコントロールする(こと)……である」
 あるいはスタンレー・フィッシャーおよびルーディガー・ドーンブッシュの経済学の入門書は、次のように述べている。
 「貨幣残高{マネー・サプライ}を決定する諸要因を示す式は
   貨幣残高=貨幣乗数Xハイパワード・マネー
 と表すことができる。この式は貨幣残高に影響を及ぼす2つの要因を示しているので有意義である。第1に、中央銀行{連邦準備制度}はハイパワード・マネーに影響を及ぼす公開市場操作をつうじて貨幣残高を直接、変化させることができる。このようにして中央銀行は存在するハイパワード・マネーの数量をコントロールする。これが中央銀行による貨幣残高(money multiplier)の大きさを変えることである。 中央銀行は預金準備率の変更によってこれを実行することができる」 (T注 ベン・バーナンキの教科書にも同じようなことが書かれている)
 ハイパワード・マネーはいまの説明からもわかるように、マネー・サプライの「基礎」になっていると考えられるので、「マネタリー・ベース」(monetary base)とも呼ばれる。現在の日本の場合、これが変化する主要な経路は(1)日本銀行の民間銀行に対する貸出、(2)一般財政・国債資金の収支、(3)日本銀行と金融機関との間の債券・手形の売買、(4)外国為替市場への介入(外交為替の売買)、の4つであり、 それらを通じて日銀からハイパワード・マネーが出てゆけばマネー・サプライは増大して金融は緩和し、逆にそれらを通じてハイパワード・マネーが日銀に環流すればマネー・サプライは収縮し、金融は引き締まる傾向が生じる。 また準備預金制度のもとで準備率が引き上げられれば、他の事情を一定とするとき、貨幣乗数の値が小さくなってマネー・サプライは減少して金融は引き締まり、準備率が引き下げられればマネー・サプライは増大して金融は緩和する。これがマネー・サプライがどのようにして決まるかについての初歩的な経済学原理である。 (小宮隆太郎『現代日本経済』から)
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<胸を借りて、神話に挑戦します> ここで引用した教科書、斎藤精一郎・伊藤元重・中谷巌・岩田規久男・小宮隆太郎、よく知られた人たちです。ホームページ「趣味の経済学」を立ち上げた4年半、この人たちの著書をたくさん読み、新しい知識を吸収しました。 そのような先生方に、今回は胸を借りるつもりで、経済学の神話に挑戦します。「日銀はマネーサプライをコントロールできるか?」「日銀はハイパワード・マネーをコントロールできるか?」 「マネーサプライの増加によって経済は活性化するか?」など扱うべきテーマは多いのですが、ここでは「ベースマネーの増減によってマネーサプライが増減する」は神話である、とのことを中心に話を進めていきます。なお、現在連載中の「大江戸経済学」、その次から始めるシリーズ、それぞれ毎週月曜日更新の予定なので、こちらは2,3週間毎の更新を予定しています。 アマチュアエコノミストが経済学の神話に挑戦します。ポイントは「銀行貸出の増減によって(原因)、日銀当座預金残高が増減する(結果)」です。どうぞ、ご期待ください。
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<主な参考文献・引用文献>
ゼミナール現代金融入門                      斎藤精一郎 日本経済新聞社   2003. 1.23
マクロ経済学                            伊藤元重 日本評論社     2002. 2.25
入門マクロ経済学 第3版                       中谷巌 日本評論社     1993.12.30
週刊東洋経済 1992.9.12 「日銀理論」を放棄せよ         岩田規久男 週刊東洋経済    1992. 9.12
金融政策の経済学 日銀理論の検証                 岩田規久男 日本経済新聞社   1993. 8. 2
週刊東洋経済 1992.10.10 「日銀理論」は間違っていない        翁邦雄 週刊東洋経済    1992.10.10
金融政策 中央銀行の視点と選択                    翁邦雄 東洋経済新報社   1993.11
現代日本経済 マクロ的展開と国際経済関係             小宮隆太郎 東京大学出版会   1988.11.10
金融問題21の誤解                          外山茂 東洋経済新報社   1980. 3.27
( 2005年10月31日 TANAKA1942b )
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経済学の神話はアメリカでも生きていた
次期FRB議長も説明している
<マネーサプライ決定の原理==バーナンキ他『マクロ経済学』> 「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」との神話はアメリカでは信じられているのだろうか?そう思い調べてみた。貨幣乗数の式を提案したのがミルトン・フリードマンであるから、当然アメリカでこの神話は信じられていた。まず最初に引用するのは、次期米連邦準備理事会(FRB)議長ベン・バーナンキとA.B.エーベルの『マクロ経済学』から。 アメリカで今後、景気が低迷したら日本の量的緩和政策のようなこと、あるいはインフレ・ターゲット政策が採られるのだろうか?ベースマネーを増やしてもマネーサプライが増えるわけではない、ということは日本で実証済なのだが…………
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 一国のマネーサプライはいかにして決まるのか。本書ではこれまで、マネーサプライは中央銀行によって直接決まると仮定してきた。この単純化は役に立つが、厳密には正しくない。 中央銀行によるマネーサプライのコントロールといっても間接的にすぎなく、ある程度は経済の制度的な構造に依存することになる。最も一般的にいえば、中央銀行、預金期間、および公衆の3つがマネーサプライに影響を与える。
1、ほとんどの国では、中央銀行 (central bannk) が金融政策に責任をもつ政府機関である。中央銀行の例としてはアメリカの連邦準備制度、ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)、日本銀行などがある。
2、預金機関 (depository institutions) は公衆から預金を集め、公衆に直接貸付(預金や貸付)を行っている民間銀行や貯蓄機関などである。ここでは預金機関というときには銀行を指すことにする。
3、公衆というときには、通貨や硬貨、あるいは銀行預金などの貨幣を保有するあらゆる人々と(銀行を除く)企業を意味する。いい換えれば、銀行部門を除くあらゆる民間経済のことである。
 アメリカのように金融制度が整備されている国において、これらの3つの主体がどのように作用してマネーサプライが決定されるのかを検討する前に、「アグリコーラ」という原始的な農業経済国家の例から初めてみよう。 アグリコーラにおける貨幣の導入と銀行の発展を研究することによって、われわれはマネーサプライを決定する要因を明らかにすることができる。さらにもう1つわかることは、アグリコーラにおける貨幣制度や銀行制度の発展が、多くの国々で何世紀にもわたって改善され発展してきた現実の貨幣・銀行制度とおおまかにではあるが似通っていることである。
 以下「通貨のみの経済におけるマネーサプライ」「部分準備制度におけるマネーサプライ」「銀行取り付け」「公衆の通貨保有と部分準備制度におけるマネーサプライ」「公開市場操作」「応用例:大恐慌にあいだの貨幣乗数」「アメリカにおける貨幣のコントロール」と続いていく。ここではその一部から、貨幣乗数に関する部分を引用することにしよう。
 M={(cu+1)÷(cu+res)}×BASE
 =マネーサプライ
 cu=人々によって選択される現金・預金比率
 res=銀行によって選択される準備・預金比率
 BASE=マネタリー・ベース
 この式はマネーサプライがマネタリー・ベースの乗数倍であることを示している。マネーサプライとマネタリー・ベースの関係は人々によって選択される現金・預金比率であるcuと、銀行によって選択される準備・預金比率であるresとのよって決定される。 マネタリー・ベース1ドルが何ドルのマネーサプライをつくり出すかを示す係数である(cu+1)÷(cu+res)は貨幣乗数 (money muktipkier) と呼ばれる。たとえばresが1より小さいとき(つまり部分準備制度のもと)には、この貨幣乗数は1より大きくなる。 人々が現金通貨をいっさい保有しないとき(cu=0)には、貨幣乗数は1/resとなり1より大きくなる。これはあらゆる貨幣が銀行預金であるという前述の例と同一となる。
 アメリカにおけるマネタリー・ベース、貨幣乗数、およびマネーサプライ
 現金通貨、CU                      3,013(億ドル)
 準備、RES                        566(億ドル) 
 マネタリー・ベース、BASE(=CURES)       3,571(億ドル)
 預金総額、DEP                      7,571(億ドル) 
 マネーサプライ、(=CUDEP)            10,584(億ドル)
 準備・預金比率、res(=RESDEP)              0.0748
 現金預金比率、cu(=CUDEP)                0.3980
 貨幣乗数、(cu+)/(cures)                   2.96
 マネーサプライ、ベース比率、M/BASE            2.96
 上記数字はアメリカのデータをもとに、貨幣乗数、現金通貨、準備、マネタリー・ベース、マネーサプライなどの数字とそれらの関係を示している。 表の通貨、準備預金、預金などの数字から、現金・預金比率が0.3980であり、準備・預金比率が0.0748であることが計算できる。このとき貨幣乗数(cu+)/(cures)は2.96となる。 この乗数の計算が正しいことは、マネーサプライ(10,584億ドル)をマネタリー・ベース(3,571億ドル)で割ると2.96が得られることによっても確かめられる。
 現金・預金比率cuあるいは準備・預金比率resのいずれかが上昇すれば、貨幣乗数は計算上低下することになる。こうした結果を直観的に理解するためには、マネタリー・ベースが「乗数倍」されるのは、部分準備制度のもとでは銀行が預金のある部分を人々に貸し付けることができるからであるよいうことを思いだせばよい。 人々は銀行から貸付を受けた貨幣を現金という形で保有することもでき、あるいは貸し付けられたものをふたたび銀行システムのなかに預けることもできる。しかし、いずれの場合でも貸付がなされる以前と比べると、マネーサプライ総額は増えることになる。準備。預金比率が上昇するとき、銀行の預金1ドル当たり貸し付けることができる金額は減少し、一定のマネタリー・ベースから創造される貨幣金額は減少する。 こうして準備・預金比率の上昇は貨幣乗数を低下させる。現金・預金比率が上昇すると人々が銀行に預ける貨幣が減少し、銀行が貸付に回せる貨幣が減ることになる。銀行の貸付が減少すると一定のマネタリー・ベースから創造される貨幣は減って、このときも貨幣乗数は低下することになる。
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連邦準備がマネーサプライを変化させたいとき 連邦準備がマネーサプライを変化させたいときには、まず第1に公開市場操作を行う。たとえば、マネーサプライを増加させたいときには、連邦準備は公開市場で買いを行い、公衆からアメリカ財務省証券を購入する。(T注 「公衆から」ではなくて「銀行から」ではないのかな?) 10億ドルの証券購入は10億ドルのマネーサプライの増加となる。この証券購入の支払として、連邦準備は小切手を切る。これを銀行は連邦準備におく預金としてあるいは現金として受け取ることになる。いずれの場合でもマネタリー・ベースは10億ドル増加する。貨幣乗数を与えれば、マネタリー・ベースの増加はその乗数倍のマネーサプライの増加をもたらすことになる。
 逆に、マネーサプライを減少させるためには、公開市場で売りを行う。連邦準備が10億ドルの財務省証券を公衆に売れば、その見返りとして銀行が切った小切手を受け取り、連邦準備の資産は10億ドル減少する(保有証券が10億ドル減少する)。連邦準備は受け取った10億ドルに相当する預金を貯蓄機関から削減させることになる。したげって、マネタリー・ベースは10億ドル減少する。
 連邦準備がマネーサプライに影響を与える主な方法は公開市場操作であるが、その他に2つの方法が考えられる。必要準備率と割引窓口貸出の変更である。マネーサプライに影響を与えるこれらの要因については表にまとめてある。
 連邦準備は、預金のタイプに応じて銀行が保有しなければならない預金準備の最低金額を設定する。銀行は必要準備率 (reserve requiremennt) の引き上げによってより多くの準備を保有しねかればならないので、準備・預金比率が上昇する。準備・預金比率の上昇は貨幣乗数を低下させるため、ある水準のマネタリー・ベースのもとでは、マネーサプライの減少をもたらす。
 連邦準備は過去数年にわたり、多くの預金についての必要準備率を撤廃させてきた。最近では、当座預金(主に小切手預金やNOW勘定)以外のあらゆる預金についての必要準備率は撤廃された。1992年12月以降は、銀行は最初の4,680万ドルの当座預金に対して3%の準備、4,680万ドルを上回る当座預金については10%の準備を保有することが義務づけられた。
マネタリー・ベース、貨幣乗数およびマネーサプライ
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要因       マネタリー・ベースへの影響 貨幣乗数への影響 マネーサプライへの影響
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準備・預金比率(res)の上昇   変化なし          低下       減少 
現金・預金比率(res)の上昇   変化なし          低下       減少
買いオペ           増加            変化なし     増加
売りオペ           減少            変化なし     減少
必要準備率の上昇       変化なし          低下       減少
割引窓口貸出の増加      増加            変化なし     増加
公定歩合の上昇        減少            変化なし     減少
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(バーナンキ他『マクロ経済学』から)
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<法定準備金所要額==サムエルソン他『経済学』13版> サムエルソンの『経済学』13版には、ハイパワードマネー、貨幣乗数、トランスミッションメカニズム等の言葉は出てこない。「ベースマネーの増減によって(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」との神話を信じていない。「中央銀行がマネーサプライを操作するのは準備金率である」と読みとれる。 準備金率が8〜14%と高い率であることがポイントだ。日本の準備金率のように低いと、その変化で銀行融資に影響を与えるのは難しい。「限界効用逓減の法則」をイメージすると理解できる。 TANAKAが(10)TANAKAの考える金融政策は日本経済の「治癒力」を生かす金融政策▲で、「@公定歩合を1%とし、適時0.75%や1.05%を採用する。日銀は短期市場のレフェリーとして市場の動きに注目し、市場の動きを刺激するために0.75%を採用したり、過熱を抑えるために1.05%を採用する」と書いたのも、「あまり低すぎると、それを変化させても影響はない」との考えからだ。 したがって、アメリカでは準備率を変更することによって、連邦準備制度はマネーサプライをコントロールすることになる。
 ここでは、銀行が金細工業から発展したのを例にして、銀行融資と準備金との関係を説明している部分と、準備金率に関する部分を引用しよう。
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連邦準備制度と中央銀行の金融政策 連邦準備制度の目標は国民産出の着実な成長と低失業であって、その不倶載天の敵はインフレーションである。もしも集計需要が過度に多くて物価がせり上げられる状態になると、連邦準備制度理事会は、貨幣供給の成長を減速させる措置を進んで採り、かくして集計需要や算出を抑える。 また、もしも失業率が高くてビジネスが沈滞気味であると、Fed は貨幣供給の成長を増加させることによって集計需要を引き上げ産出の成長率を高める方針を検討するだろう。
 一言で言えば、これが中央銀行業務の機能であって、この機能はすべての混合経済におけるマクロ経済的管理の基本的な部分をなす。 (T注 サムエルソンの目から見るとアメリカも日本も「混合経済」ということになるのだろう)
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銀行はどのようにして金細工業から発展したか 時には、歴史の1ページは1つの章を占めるぐらいの分析に価する。銀行業がどのようにして金細工業から発展したかの歴史は、近代銀行進化の過程を教えるのである。 イギリスにおける商業銀行業は、人びとの金(きん)や貴重品を安全補完するようになった金細工師から始まった。最初はこの種の仕事場は、今日でいう手荷物預かり所か倉庫のようなものにすぎず、預ける人は、自分の金を安全保管のために置いて行き、受取をもらい、後日、その受取を提出するとともにわずかの料金を保管料として払ったうえで、自分の金を受け戻した。
 しかしながら、貨幣は匿名の性質のもので、どの1ドルも他の1ドルと同じであるし、またどの純金1片の他の純金1片と変わりはない、ということに注意されたい。金細工師はまもなく、顧客が置いていった金片に名札そのものを返せるように特定の個人に属する金片に名札を付けるようなことをしなくてすめば、そのほうが便利だということを発見した。 そして顧客の側でも、自分の置いていった特定の金片それ自体が返ってこないとしても、所与の金量に対しての受取りを渡されることで満足したのである。
 この「匿名性」が重要である。この点にこそ、銀行と手荷物預かり所、または倉庫とのあいだの重要な違いが存する。もしも私がデンヴァー空港で私のかばんを預けたあと、誰かがそのかばんを持って街を歩いているのを見たら、私は怒って航空会社に電話するだろう。 しかし、もしも私が1枚の10ドル札に自分の頭文字を記入したうえで、それを銀行の私の預金勘定に入れたあと、その10ドル札を誰か第三者が持っているのを見たとしても、私は銀行の経営者に文句を言うようなことはしない。銀行は私の求めに応じて10ドル払うことに同意しただけで、その10ドルはどんなに古いお札だってかまわないのである。
 そこで金細工業の例に立ち返るが、それの典型的な場合を考えるとしたら、貸借対照表はどんな形をとるであろうか。おそらく次のようであろうと思われる。
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         貸 借 対 照 表
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    資   産    │    負   債    
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現金準備 $1,000,000  │要求払預金 $1,000,000
       ──────  │      ──────
合  計 $1,000,000  │合   計 $1,000,000
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 最初の金細工師的銀行は要求払預金に対して100パーセントの現金準備を保有していた
 原始的な銀行制度においては、要求払預金に対して100パーセントの裏打ちをもっていて、新しい準備金から貨幣を創出するということは出来なかった
 われわれはここで、最初の金細工師銀行は金の延べ棒を細工することは最早やっておらず、人びとの貨幣を安全保管する業務に専念していると前提する。 この時までに100万ドルが預けられて金庫の中に入っており、その全額が現金資産(貸借対照表の中の「現金準備」の項目)として保有されている。そして、この資産と釣り合う形で同額の要求払預金があるので、現金準備は預金の100パーセントということになる。
 銀行貨幣が、銀行の金庫内にあって現実の流通過程から引き上げられた通常の貨幣(金または通貨)の数量をちょうど相殺する形のなるので、貨幣創造はそのに全然発生していない。その過程は、公衆が5セント貨を10セント貨に換えると決めた場合に抱かれる以上の関心を呼ぶ事柄ではない。 われわれは、100パーセント準備をもつ銀行制度は、Mの総額を増やしもせず減らしもせず、貨幣やスペンディングや物価に対して中立的な効果を持つという言い方をするのである。
近代の部分準備銀行制度 さて、さきの金細工師=銀行家の例にかえって、近代の銀行がどのようにして徐々に進化してきたかを調べてみよう。金細工師=銀行家は機敏な利潤追求家であれば間もなく気がついたであろうが、彼のところに預けられている預金は要求払預金であるけれど、いっぺんにその全部が引き出されるわけではない。 突然すべての預金者に全額を同時に払い戻さねばならないようなことがあれば、100パーセントの準備金が必要であろうが、そのようなことはほとんど起こらないことが、彼にもまもなく分かる。所与の日に一部の人たちは預金を引き出しに来るだろうが、同時にほかの人たちが預けに来るので、この両者は大体において釣り合うこととなる。 預金と引き出しがほぼ同額となる結果として、大部分の銀行は、現金払底を避けるため預金の1パーセント程度の現金を容易しておくだけで足りるだろう。
 くだんの銀行家はまた、準備金として保有されている資金は、金庫内の現金か金の形であって利子を稼がないから、言わば不毛であるということに注目する。現代の連邦準備制度に寄託される準備金も同様に利子を稼がない。しかし銀行家は、彼らの資金を稼働させたいのである。したがって、初期の銀行も、自分のところに預託されている貨幣を使って債券なりその他の利益を生む資産なりを購入するという考えを思いついた。 彼らはまもなく、その預かっている預金を投資にまわすことは、預金者は依然として要求に応じた支払いを受けるのだから、自分たちにとって利益のあることだということを発見したのであって、事実、銀行はなにがしかの余分の収益をあげたのである。
 実際に、銀行は、彼ら自身と顧客と両方に利益をもたらしている。銀行の側では、それぞれの顧客の預けた貨幣の大部分を収益資産に投資して預金に対しては部分的な現金準備しか保持せぬことに顧客の同意を得ることにより、自らの利潤を極大化する。そして、この利潤でもって、銀行は、預金者に対し余分のサービスを提供するなり、手数料を引き下げるなりすることができるのである。
 最初の金細工師=銀行が、預金に対しては100パーセントではなく、部分的な準備金で用が足りると決めたことは革命的であった。今や預金の総額は金準備の総額を超えることになる。すなわち、銀行は貨幣を創出しうるのだ。以下のところで、この過程がどのようになされるかを明らかにしよう。
 歴史のこの1ページの教訓は何であろうか。それは、銀行が手荷物預かり所的存在から部分的準備をもつ保管所ないしは貸付期間へと進化するにつれ、銀行はもはや中立的存在ではない、ということにほかならない。銀行は、文字どおり影井を創出しうるのである。すなわち銀行は、1ドルの金準備(または今日の中央銀行の準備金)を数ドルの貨幣に転化させる。 (T注 日本では金細工師銀行ではなくて、頼母子講を例に説明するといいだろう。実際江戸時代の頼母子講が明治になって法人組織になり、その後相互銀行になり、第2地方銀行になったのだから。そうした実例を多くすることによって経済学に親しみを覚えるようになる。多くの人が「趣味は経済学です」と言うようにするには、興味を引くような話題で説明するといいと思う)
法定準備金要額 銀行業においては、準備金というのは、銀行の資産の中で手元現金としてかあるいは中央銀行での預金としてか保有されている部分である。銀行が日常の取引に十分な現金を保持していることを顧客に安心させるだけの関心をもつ用心深い銀行家であっても、銀行の資産の1〜2パーセントを準備金として保持するだけでよいと思うかもしれない。 ところが実際には、銀行は、その小切手用預金の10パーセント以上を、一般的にはわが国の中央銀行である連邦準備制度に、準備金として預託している。
 何故、準備金はそんなに高額なのだろうか。その理由は、金融機関が法律および連邦準備制度規則によってその資産の相当部分を準備金として保持するよう求められているということにほかならない。 1980年以来、すべての金融的媒介業は、異なる種類の預金にたいして準備金を保持することを求められている。預金は、小切手のタイプと貯蓄用のタイプに分類されていて、準備金所要額は、手元現金の実際の必要または預金を受け入れている金融機関の種類とは独立に、それぞれのタイプの預金に対して課せられる
 表は、所要準備率の水準を示したものである。その水準の幅は、小切手タイプの勘定にたいする12パーセントから個人の貯蓄勘定にたいするゼロまでとなっている。数字例でもって論ずる場合の便宜のため、われわれは10パーセントという準備率を使うが、それは、実際の所要率は10パーセントとは多少異なるという了解のもとにおいてのことである。
 これらの法定準備金所要額は、Fed が銀行貨幣の供給を統御するにあたってのメカニズムのきわめて重要な一部分をなしているので、ここで更に詳しく説明しておく必要がある。
法定準備率は高すぎるであろうか  銀行家たちは、彼らの分別で妥当と思われる以上に、いや、引き出し預け入れの干満に対処するのに客観的第三者が必要だと考える額以上にさえ、無収益資産を保持しなければならぬ、と不満を訴えている。 彼らは、何故自分たちは大事な稼ぎを失わなければならぬのか、と言う。そして実のところ、何人かの経済学者は今日、準備金所要の制度を完全に廃止して、金融制度を全面的に規制緩和すべきだと主張しているのである。
 こうした考え方は、銀行かの立場からすれば取り柄のあるところだが、マクロ経済的な立場を見失っている。すなわち法定準備金所要額が高すぎるくらいになっているのは、中央銀行が貨幣供給を統御するのを助けるためなのである。 換言すれば、中央銀行は、準備金商用額を銀行自身が望む水準よりもかなり高く設定することにより、適格な準備水準を決めて貨幣供給の統御を行うことができるのだ。高率の法定準備金所要額の制度がどのようにして中央銀行による貨幣供給の統御に資することができるかの論理は、このあとで説明することにする。
表 金融機関のための所要準備
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預金の種類       │準備率% │連邦準備制度(Fed)が変更しうる幅
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小切手(取引)勘定    │     │
 最初の4000万ドル   │   3 │変更認められない
 4000万ドルを越える額 │  12 │  8〜14
───────────────────────────────────────
有期預金および貯蓄預金 │     │
 個人のもの      │   0 │
 非個人のもの     │     │
  満期1年半まで   │   3 │  0〜9
  満期1年以上    │   0 │  0〜9
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 法定準備金所要額の主な機能は、預金に安全性または流動性を持たせるとか、預金の要求払いを可能にする、とかいうものではない。その特に重要な機能は、銀行が創り出しうる小切手預金の大いさを連邦準備制度が統御できるようにするということである。 一定の高率の法定準備所要額を課すことにより、Fed は一層有効に貨幣供給を統御できるのである。 (T注 サムエルソンは「準備率は高くてもいい」と考え、バーナンキは「準備率という規制は緩和すべき」との考えと感じた)
貨幣供給乗数 サムエルソンの『経済学』には、日本の教科書に出てくる「貨幣乗数」という言葉は出てこない。似た言葉で「貨幣供給乗数」という言葉が出てくるが、これは「ベースマネーに対するマネーサプライの比率」ではなくて、最初の貸出からそれが支払われ、受け取った企業が預金し、それを原資に貸出が行われ……の流れの、最初の預金と最終の預金の比率だ。 それは、次のように書かれている。
 新預金の準備金増加に対する比率は貨幣供給乗数と呼ばれる。ここで分析した単純な場合には、貨幣供給乗数は
10=1÷0.1=1÷(所要準備率)
に等しい。
 貨幣供給乗数は、銀行がどのようにして貨幣を創り出すかを要約する。全体としての銀行制度が準備金の原初の増加を新しい預金、または銀行貨幣の倍数額に転形できるのである。 (サムエルソン『経済学』13版上 から)
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<連邦準備および中央銀行の金融政策==サムエルソン『経済学』6版> サムエルソンは「ハイパワードマネー」「貨幣乗数」「トランスミッションメカニズム」などの言葉を使わない。「ベースマネーの増減によって、マネーサプライが増減する」との神話を信じていないようだ。 それでも中央銀行の主要な業務がマネーサプライのコントロールにある、と説明する。これについて古い版ではどうなのか、調べてみた。6版(日本での出版は1966年)では次のように書かれている。
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 連邦準備制度は中央銀行、すなわち銀行家のため、および政府のための銀行である。どの中央銀行も、その経済の貨幣と信用の供給を統御する仕事にたずさわる、という主要な機能をもっている。 もしも景気が悪化し雇用が減退しつつあるなら、連邦準備制度理事会は貨幣や信用を拡張しようとするだろう。しかし、もしも支出が過剰気味で、物価は上昇し求人数は求職数を大きく上まわるようになると、連邦準備当局(または、銀行家や金融界新聞による呼称ではFed)は、ブレーキを踏んで貨幣や信用を収縮させることに全力をつくす。金融政策は、そのときどきの総需要支出の不足または過剰という事態に対して、いわば「向かい風に立つ」わけで、かくして最適の実質成長率や物価水準安定を助長しようとするのである。
 一言でいえば、これが中央銀行業務の内容である。本章では、Fed が貨幣や信用を拡張したり収縮したりするのに使ういくつかの武器を調べることにしよう。
金融政策は支出を統御するうえでどのように作用するか 連邦準備当局が一般的な支出に影響を与える過程は、精確に言うとどのようなものであろうか、その過程には次のような5つの段階がある。
1 前章で明らかにしたとおり、商業銀行または加盟銀行はその資産や預金を支えるために準備金をもっていなければならない。
 そこで、Fed が金融的ブレーキをかけようと思うときにとる第1段階は、加盟銀行にとって利用可能な準備金を削減するよう行動をとるということである。
2 銀行準備金における1ドルの収縮は、銀行貨幣全体、すなわち要求払預金総額で、5ドルの収縮を余儀なくさせる。
3 貨幣総額の収縮は信用を一般的に逼迫させる。すなわち、それを高価にもし、また入手しにくくもする。Mが減れば利子率を高める。そして同じく重要な点だが、Mが減れば、ひとびとにとって信用は入手しにくくなる。(中略)
4 信用が高価となり入手困難になると、民間投資も公共投資も低下する傾向をもつだろう。(中略)
 もしも高い利子を払わなければならないとか、金を借りるのが非常に困難であるとかいうことになると、彼らはしばしばその投資計画を切り詰める。同じことは、州政府や地方政府についても言えるだろう。適度の利子率では債券を発行できないと知ると、たとえば市政府は、古い道路につぐはぎの修理をして新しい道路建設は延期することになる。 金を借りるのにいまや3分とか2分5厘とかいうのでなく4分の利子を必要とするため、市民にとってその税率が上がるとなると、新しい学校の建設計画においても、雨天体操場や図書館は予算から削られることになるだろう。
5 最後に、信用や投資支出に対して加えられる圧力が、I+G表の下方移動をとおして、所得支出や物価や雇用に下圧的な効果を与えるだろう。第12章の乗数分析は、このような投資の削減がいかに所得支出を急激に押し下げることになる」かを明らかにした。
 もしもFed がインフレ状態の診断において正しかったとするなら、貨幣所得は、医者が事態の改善のために指示したとおりのところまで低下するだろう。Mの収縮がインフレ・ギャップを削減するのに成功したことになる。 (サムエルソン『経済学』6版上 から)
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<マネーサプライのモデル==マンキュー『マクロ経済学』> マンキュー『マクロ経済学』でも「ベースマネーの増減によって(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」との考えで書かれている。以下、貨幣乗数に関する部分を引用しよう。
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銀行が信用創造することを学んだところで、マネーサプライを決めているものは何かをもう少し詳しく調べてみよう。ここで提示されるのは、部分準備制度の下でのマネーサプライのモデルである。モデルは3つの外生変数をもっている。
マネタリーベース (monetary base) Bは、公衆が保有する現金通貨Cと銀行準備Rとの合計額である。この額は中央銀行によって直接コントロールされる。
準備・預金比率 (reserve-deposit ratio) rr は、銀行が預金のうち準備として積む比率である。この比率は、銀行の経営戦略と銀行を規制する法律によって決定される。
現金・預金比率 (currency-deposit ratio) cr は、人々が保有する現金通貨Cと要求払い預金Dとの比率である。この自立は、貨幣をどのような形で保有するかについての家計の選好を反映する。
 われわれのモデルでは、マネーサプライがマネタリーベース、準備・現金比率、現金・現金比率にどのように依存しているのかが明らかになる。(中略)
 M={(cr+1)÷(cr+rr)}×B
 この式は、マネーサプライが3つの外生変数にどのように依存するかを示している。
 これにより、マネーサプライがマネタリーベースに比例することがわかる。比例係数である(cr+1)/(cr+rr)は貨幣乗数 (money multiplier) とと呼ばれる。貨幣乗数をmで表せば、次式が得られる。
 M=mXB
マネタリーベース1ドルは、mドルの貨幣を生み出す。このように、マネタリーベースはマネーサプライに乗数倍の影響をもたらすことから、ハイパワードマネー (high-powered money) と呼ばれることもある。
 アメリカの現状に合うような数値例をつくってみよう。マネタリーベースBを5000億ドル、準備・預金比率rrを0.1、現金・預金比率crを0.6としよう。この場合、貨幣乗数は、
 m=(0.6+1)÷(0.6+0.1)=2.3
したがって、マネーサプライは
 M=2.3X5000億ドル=1兆1500億ドル
となる。マネタリーベース1ドル当たり2.3ドルの貨幣を創造するので、マネーサプライの総額は1兆1500億ドルになるのである。
 これで3つの外生変数(B、rr、cr)の変化がマネーサプライをどのように変化させるかを明らかにすることができる。
1、マネーサプライはマネタリーベースに比例する。したがって、マネタリーベースの増加は、マネーサプライの同率の増加をもたらす。
2、準備・預金比率が低いほど、銀行は多く貸し出すので、準備額に対して銀行が創造する貨幣額も大きくなる。つまり、準備・預金比率の低下は、貨幣乗数を高め、マネーサプライを増加させる。
3、現金・預金比率が低いほど、マネタリーベースのなかで公衆が現金通貨として保有する部分は小さくなり、銀行が準備として保有する部分が大きくなるので、銀行が創造できる貨幣も増加する。つまり、現金・預金比率の低下は、貨幣乗数を高め、マネーサプライを増加させる。
 以下「金融政策の3つの手段」として、「公開市場操作 open market operation 」、「必要準備制度 reserve requirements 」、「公定歩合 discount rate 」を挙げて説明している。 (『マンキュー マクロ経済学(第2版)U』から)
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<マネーサプライのコントロール=スティグリッツ『マクロ経済学』> スティグリッツの『マクロ経済学』も「ベースマネーの増減によって(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」との神話に基づいて書かれている。ここでは、ごく一部を引用しよう。
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金融政策の手段
1、支払い準備率:必要とされる準備金の預金に対する比率、連銀(Fed)は、支払い準備率、すなわち銀行が準備金として保有しなければならない金額を変化させることができる。
2、公定歩合(割引率):連銀が加盟銀行への貸付けに際して課す利子率、連銀は、公定歩合を変化させることによって、銀行g亜準備金として保有しようとする金額と、銀行が課す貸付け利子率を変化させることができる。
3、公開市場操作:連銀は、財務省短期証券(TB)の売買を通じて、準備金の供給量、したがってマネーサプライを変化させることができる。
マネーサプライのコントロール どのような理由に基づくものであれ、政府がマネーサプライ(貨幣供給量)を10億ドル増加させたいと考えているとしよう。そのためには、準備金をどれだけ増加させなければならないだろうか。
 貨幣乗数が20であるならば、準備金を5000万ドル増加させれば、マネーサプライは10億ドル増加する。
 しかし、何が貨幣乗数を決定するのだろうか。支払い準備率が5%である場合には、銀行が超過準備をもたず、かつ個人が受け取ったお金のすべてを銀行に預金するならば、貨幣乗数は20となる。
 実際には、貨幣乗数にはある程度の変動がある。経済が景気後退局面に陥ると、銀行は超過準備を保有しようとする。すなわち、正の収益をもたらす(財務省短期債のような)安全な投資先がある一方で、準備金の収益率はゼロであるにもかかわらず、連邦(Fed)に準備金を預ける銀行がある。 また、個人も、現金を保有しようとするかもしれない。すなわち中央銀行にとって最大の関心事は、マネーサプライの変化を予測する能力を増すことである。 (スティグリッツ『マクロ経済学』から)
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<ハイパワードマネーのコントロール=J・サックス他『マクロエコノミクス』> 「貨幣乗数」「ハイ・パワード・マネー」などの言葉を使ってマネーサプライの増減を説明している。ここでは、その中で中央銀行がハイパワードマネーをコントロールすることによってマネーサプライをコントロールする、との説明を引用しよう。
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貨幣供給と中央銀行 一般に、各国の中央銀行はハイパワード・マネー(Mh、つまり、民間銀行によって中央銀行に保有される準備金と経済で流通する通貨の合計の供給を決定することができる。 たとえばアメリカ・ドルをみてみよう。すると、紙幣の上部中央に記されているように、それが「連邦準備紙幣」であることに気がつくだろう。中央銀行は、連邦準備紙幣を発行できる唯一の当局であるため、中央銀行がその経済におけるこれらの紙幣の供給を決定する。 しかし、ハイ・パワード・マネーは貨幣のカテゴリーの1つにすぎないし、非銀行民間部門の貨幣保有を定義しているわけでもない。貨幣にはいくつかの広義のカテゴリー、M1、M2、M3等々がある。一般に、M1,M2、M3の流通量を決定するのは、中央銀行がどれだけハイ・パワード・マネーを発行するか、 いかなる規制が銀行制度に課されているか、人々が投資ポートフォリオのためにいかなる金融手段を選択するか、の組合せである。これらの要因の相互関係がいかに働くかがこの章の1つの焦点である。
中央銀行の貨幣供給コントロール 中央銀行は貨幣供給に重要な影響を与えることができるが、完全にコントロールすることはできない。これまで見てきたように、中央銀行は、公開市場操作をとおしてハイ・パワード・マネーの残高を相当効果的にコントロールすることができる。これらを用いることで、中央銀行は、窓口割引からの借入や外国為替操作など、他の理由からもたらされるMhの変化を不胎化することができる。 乗数に関しては、、通貨当局は、マネタリー・ベースほどのコントロールはできない。中央銀行は要求準備と公定歩合を決定するが、両者は銀行が実際に保有する準備金の水準に影響を与える。しかしながら、中央銀行は預金準備率を直接決定することはできず、民間が保有する通貨・預金比率へのコントロールはさらに限られる。 (J・サックス他『マクロエコノミクス』から)
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<貨幣供給:中央銀行と金融政策:要約=R・ドーンブッシュ他『マクロ経済学』> 「ベースマネーの増減によって(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」との神話をしっかりと信じて書かれている。途中の説明は省略して「要約」を引用することにしよう。
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要約
1 貨幣供給は中央銀行がハイパワード・マネーをコントロールすることによって決定される。民間は望ましい現金ー預金比率を通じて、また銀行は望ましい支払準備率を通じて、貨幣供給の決定に影響を及ぼす。
2 貨幣供給の量はハイパワード・マネーの量よりも大きい。これは貨幣の一部が銀行預金からなり、銀行は預金1ドルに対して1ドル以下の支払準備しか保有しないためである。
3 貨幣乗数は貨幣供給量とハイパワード・マネーの比である。この価は支払準備率が小さければ小さいほど、また現金ー預金比率が小さければxひいさいほど、大きくなる。
4 中央銀行は、資産(たとえば国債、金、外国為替など)を購入して自らのバランスシートの負債を増やすことでハイパワード・マネーの供給を増加させる。これらの資産の購入によって、市中銀行が中央銀行の口座にもっている支払準備が増加し、貨幣乗数のメカニズムによって、中央銀行が資産購入のために支払った額より大きい貨幣が創り出される。
5 貨幣乗数は銀行が自らの支払準備ー預金比率を望ましい水準に保つために民間に貸出しを行う。(または債券を購入する)という銀行の調整行動、ならびに民間が現金ー預金比率を望ましい水準に保つために貸し出された資金を再び銀行に預金するという民間の調整行動、という2つの調整行動の結果である。
6 中央銀行は3つの政策手段をもっている。それは公開市場操作、公定歩合の変更および銀行に要求する最低必要準備率の操作である。
7 銀行にとって望ましい支払準備ー預金比率は、利子率の上昇とともに低下するので、貨幣供給関数は利子弾力的である。
8 中央銀行は政策目標の変数として、利子率と貨幣供給の両方を同時に選ぶことはできない。中央銀行は、単に貨幣需要曲線上の利子率と貨幣供給の組合せを選ぶことができるだけである。
9 中央銀行は、貨幣供給と利子率に関して目標範囲を設定するという形で、金融政策を行っている。中央銀行は、生産量の目標水準を達成しようとしているときに、もしIS曲線が不安定なのでその変動が大きいのであれば、貨幣供給を一定に保つことに集中すべきである。もしそうでなくて、貨幣需要関数が経済の不安定性の中心であるならば、中央銀行は利子率を一定に保つことに集中すべきである。
10 1979年10月、FRBは政策を転換させて、金融政策は貨幣供給に関する目標を厳格に守ることを主たる関心とし、利子率の変動は放置するという宣言を行った。それ以後の3年間、実際に利子率は以前よりも大幅に変動したが、同時に貨幣供給も以前より性格に目標値に沿って増加したわけではなかった。1982年の秋以降、FRBは貨幣供給への関心をいくぶん弱め、貨幣需要のシフトに対処しうるような政策へと、再度、金融政策を変更した。
11 金融政策の目標の設定にあたって、中央銀行は次のようなトレードオフに直面する。それは正確に達成することができるが最終目標からはやや乖離している中間目標と、最終目標に近づくことはできるが完全に達成することは難しい中間目標の2つのうち、どちらかを選ぶというトレードオフである。これまでのFRBの政策に対して批判的なマネタリスト達は、中央銀行は責任をとることができるような目標を選ぶべきであると主張する。これは、中央銀行は比較的性格に達成することができる目標を選ぶべきであるということを意味すると考えられる。 (R・ドーンブッシュ他『マクロ経済学』から)
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<アメリカの経済学教科書> 読んだのは、短期間に、せいぜい10冊程度の教科書、そしてベースマネーとマネーサプライとの関係だけの部分ではあるけれど、日本の教科書と違うな、と感じた。 読者=学生=お客様は神様です、に徹底して、いかに多くの読者を掴むか工夫している、と感じた。そして「ベースマネーの増減によって(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」との神話は生きていたのだが、サムエルソンはその神話を採用していない。
 もっと時間をかけて、多くの部分を検討すれば、日本の教科書とアメリカの教科書の違いをいっぱい指摘できるに違いない。そうした文献は見当たらない。まだまだアマチュアが研究できる、隙間はいっぱいあるように思う。これがきっかけでチャレンジする人が出てくることを期待しています。
 次回からいよいよ「ベースマネーの増減によって(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」との神話に挑戦します。ポイントは「マネーサプライ増減の主要な要因である銀行貸出の増減によって(原因)、法定準備金である日銀当座預金残高が増減する(結果)」です。
(^o^)                  (^o^)                  (^o^)
<主な参考文献・引用文献>
マクロ経済学{U}応用編  A.B.エーベル , B.S.ベルナンケ(バーナンキ) , 福地崇生監訳 シーエーピー出版  2002. 1.30
経済学 13版 上                     P.サムエルソン 都留重人訳 岩波書店      1992. 5.15
経済学 6版 上                      P.サムエルソン 都留重人訳 岩波書店      1966. 5.10 
マクロ経済学(第2版)U        マンキュー 足立英之・地主敏樹・中谷武・柳川隆訳 東洋経済新報社   2004. 4. 1
マクロ経済学 ジョセフ.E.スティグリッツ 藪下史郎/秋山太郎/金子能宏/木立力/清野一治訳 東洋経済新報社   1999. 4.15 
マクロエコノミクス  ジェフリー・サックス,フィリップ・ラレーン 石井菜穂子/伊藤隆敏訳 日本評論社     1996. 6.10
マクロ経済学 改訂第4版 日本語版(下)  R・ドーンブッシュ、S・フィッシャー 廣松穀 シーエーピー出版  1996. 2.15
現代経済学[上]    L.C.サロー、R.ハイルブローナー、J.K.ガルブレイス 中村達也訳 TBSブリタニカ  1990. 4.25
図解 マクロ経済学         H・R・ヴェイン/J・L・トムプソン 水原総平他訳 東洋経済新報社   1999. 4.21
( 2005年11月14日 TANAKA1942b )
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神話の内容をハッキリ理解しておこう
信用創造プロセスから検討する
<「信用創造プロセス」の神話> 「経済学の神話」として問題にするのは「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」という神話だ。すべての教科書がこの表現をしてメイリオ;いるわけではないけれども「ハイパワード・マネー」「貨幣乗数」「トランスミッション・メカニズム」といった言葉を使う場合、それは「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」ということを前提としていることになる。 もしもこの神話を信じていなければ、こうした言葉を使うことはない。経済学の教科書の中でサムエルソンの『経済学』だけはこうした言葉を使っていない。サムエルソンだけが神話を信じていないようだ。
 経済学の神話が新たな神話を生み出す。そうして生み出された神話が「日銀が積極的な買いオペを進めることによって、デフレスパイラルから脱出できる」というインフレターゲットへと発メイリオ;展していく。 インフレターゲット論のことを「何かおかしいな」と思いながらも、決定的に否定できないのは「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話を信じているからだ。 また、「ベースマネーは増えているのに、どうしてマネーサプライは増えないのだろう?」との愚問も「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話を信じているからだ。
 こうした問題は、経済学者が「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」という神話を信じているから、根本的な回答が出せないでいる。これが神話であるとわかれば多くの疑問が解決される。 その神話の内容を理解するために、先ず「信用創造メカニズム」から検討することにしよう。前回、「インタゲ政策でローンはどうなる?」では<経済学の教科書が説明する、信用創造のメカニズム>▲と題して説明した。重複するようだがここでも教科書の説明を書いてみよう。
(^_^)                  (^_^)                   (^_^)
<マネーサプライ決定の原理==バーナンキ他『マクロ経済学』> 今話題の人、次期FRB議長のバーナンキ(Ben Shalom Bernanke) (この本では ベルナンケ と表示されている)と エーベル(Andrew B.Abel)との共著である『マクロ経済学U応用編:マクロ経済政策』から「マネーサプライ決定の原理」と題された部分を引用しよう。少し長いのだけれど教科書の内容を正確に伝えるために、引用することにした。
*               *                *
 一国のマネーサプライはいかにして決まるのか。本書ではこれまで、マネーサプライは中央銀行によって直接決まると仮定してきた。この単純化は役に立つが、厳密には正しくない。 中央銀行によるマネーサプライのコントロールといっても間接的にすぎなく、ある程度は経済の制度的な構造に依存することになる。最も一般的にいえば、中央銀行、預金期間、および公衆の3つがマネーサプライに影響を与える。
1、ほとんどの国では、中央銀行 (central bannk) が金融政策に責任をもつ政府機関である。中央銀行の例としてはアメリカの連邦準備制度、ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)、日本銀行などがある。
2、預金機関 (depository institutions) は公衆から預金を集め、公衆に直接貸付(預金や貸付)を行っている民間銀行や貯蓄機関などである。ここでは預金機関というときには銀行を指すことにする。
3、公衆というときには、通貨や硬貨、あるいは銀行預金などの貨幣を保有するあらゆる人々と(銀行を除く)企業を意味する。いい換えれば、銀行部門を除くあらゆる民間経済のことである。
 アメリカのように金融制度が整備されている国において、これらの3つの主体がどのように作用してマネーサプライが決定されるのかを検討する前に、「アグリコーラ」という原始的な農業経済国家の例から初めてみよう。 アグリコーラにおける貨幣の導入と銀行の発展を研究することによって、われわれはマネーサプライを決定する要因を明らかにすることができる。さらにもう1つわかることは、アグリコーラにおける貨幣制度や銀行制度の発展が、多くの国々で何世紀にもわたって改善され発展してきた現実の貨幣・銀行制度とおおまかにではあるが似通っていることである。 (T注 アグリコーラにおける例は銀行制度ができた初期の仕組みの説明として分かりやすい。しかし、日本のように金融制度が整備されている国においては違う説明でなければならない)
通貨のみの経済におけるマネーサプライ いま想定しているアグリコーラは農業国家であり、果物、木に実、野菜、穀物などを豊富に生産している。書記の段階ではこの国には貨幣は存在しない。じかに物々交換することによってすべての取引がなされる。しかしながら、物々交換にもとづく取引制度は非効率である。つまり、物々交換のもとでは、大麦を手放してザクロを手に入れたいと考えている農民は、物々交換でザクロを分けてくれる人を見つけ出さなければならない。これは時間もかかり、費用もかさむことになる。
 アグリコーラの聡明な指導者は物々交換から生じる不便を認識し、アグリコーラ国民の取引を活性化させるために、全国的な通貨を発行することによって問題を解決する。通貨発行の第1段階はアグリコーラ中央銀行と呼ばれる国の機関を創設することである。 中央銀行が設立された後、中央銀行は紙幣を印刷する。そして1枚の紙幣を1フロリン(flと略す)と呼ぶという布告を出す。アグリコーラ政府はアグリコーラ中央銀行以外がこの紙幣を発行することを禁止する。
 このフロリンを流通させるために、中央銀行はこの紙幣を用いて公衆が保有する不動産資産の購入をする。農業国家であるアグリコーラにおいて、不動産資産つまり土地はココナッツのような保存がきく農業生産物と同じ意味をもつ。したがって、中央銀行は新しく発行する紙幣フロリンによって公衆からココナッツを購入することになる。 アグリコーラの人々はなぜ高価なココナッツを差し出して新規に発行される紙幣を保有したがるのだろうか。一般的に、人々は紙幣をもっていれば将来他の財・サービスや資産を購入できるので、財・サービスや資産などの支払手段として紙幣を受け入れる。 いいかえれば、他人も紙幣を受け入れると信じるからこそ紙幣を受け入れるのである。紙幣はそれ自体価値をもついという信念が、貨幣を正当化することになる。つまり、大多数の人々が貨幣は価値をもつと信じれば、貨幣は価値をもつのである。 現実には、政府は貨幣は法貨、つまり貸し主は負債の決済において貨幣を受け入れなければならないと宣言したり、公衆からの税金の支払いにおいて貨幣を歓迎するということによって、紙幣が価値をもつということを公衆に確信させる努力を行う。
 アグリコーラ国民が新しい通貨を受け入れると、中央銀行は100万ココナッツと交換に100万フロリンを国民に与える。アグリコーラ中央銀行のバランスシートは次のようになる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
          アグリコーラ中央銀行
─────────────────────────────────
資産             │ 負債
ココナッツ  1,000,000 fl  │ 通貨    1,000,000 fl
─────────────────────────────────
 バランスシートの左辺は中央銀行の資産、つまり中央銀行が何を保有しているか、あるいは保有されているかを意味する。この場合にはココナッツを保有している。 右辺は中央銀行の負債であり、これは逆に中央銀行が他の人から借りがあることを意味する。フロリン通貨は技術的に中央銀行にとって支払義務があるものであり、バランスシートの右辺に負債として記入される。 貨幣として用いられる中央銀行の負債はマネタリー・ベース (monetary base) と呼ばれたり、ハイパワード・マネー (high-poweredmoney) とも呼ばれる。したがって、アグリコーラのマネタリー・ベースは100万フロリンとなる。
 アグリコーラは初期には銀行制度がないと仮定しよう。銀行がなく、銀行預金も存在しないわけであるから、マネーサプライは公衆が保有する通貨だけである。つまり、アグリコーラ中央銀行によって発行された紙幣がそのまま通貨として用いられる。アグリコーラのマネーサプライは100万フロリンとなり、これはマネタリー・ベース(アグリコーラ中央銀行の負債である)と等しくなる。 この例からわかるように、すべての貨幣経済において(銀行が存在しないときには)、マネーサプライはマネタリー・ベースに等しくなる。
部分準備制度におけるマネーサプライ アグリコーラの人々が金融取引にたけてくると、商業銀行の制度が生まれる。商業銀行が公衆からの預金を歓迎するとこ公表する。しばらくすると、現金通貨でもっているとなくしたり盗まれやすいために、人々は現金ではなく銀行預金という形で貨幣を保有しようとする。 人にとがすべての現金(100万フロリン)を銀行預金にした場合、銀行全体を統合したバランスシートは次のようになる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         銀行全体のバランスシート
─────────────────────────────────
資産             │  負債
通貨    1,000,000 fl  │  預金    1,000,000 fl
───────────────────────────────────
 銀行部門の資産は銀行の金庫にある100万フロリンである。銀行部門の負債は預金であり、これは銀行が公衆に対して負っている債務である。中央銀行のバランスシートは以前と同じである。
 預金保有者の預金の引き出し要求に応えたり、預金者の勘定から引き落とされる手形の決済に応じるために、銀行が保有する流動資産は銀行準備 (bank reserves) と呼ばれる。 一般的に、銀行準備は、市中銀行の金庫に保管されている現金通貨に市中銀行が中央銀行にもっている預金を加えたものである。ここで想定しているような単純なケースでは、銀行の準備はすべて銀行の金庫にある現金通貨である。 この場合には銀行準備は100万フロリンの預金総額に等しくなることに注意してほしい。こうしたタイプの銀行システムは、銀行が預金の100%に相当する準備を保有しているので100%準備制度 (100%reserve banking) という。 100%準備制度の場合には、人々の通貨を安全に守る役割を担う以外の何者でもない。銀行が100%準備のもおとで、かかった費用を賄いかつ利益をあげるための唯一の方法は、預金者に対してお金を預かることの見返りに手数料を課すことである(これは預金に対して負の金利を支払うことになる)。
 しかし、ある日アグリコーラの1人の才気ある銀行家が、預金者から預かったフロリン紙幣が銀行のきれいな棚で無駄に眠っていることに気がつく。実際は、預金者が他の銀行に預金をもっている人に小切手をきったときや、預金者が口座を他の銀行に移したときなどに、わずかなフロリンが出ていくだけである。 しかし、このフロリンの流出は、他の銀行から引き落とされた小切手の受け取りや預金者が他の銀行から預金を移したことによって生じる流入にほぼ一致するのである。注意してみると、預金総額のたとえば20%に相当するフロリン紙幣を金庫に保有していれば、不意に生じる金の出入りに十分対応できることがわかる。 銀行は、預金総額のうち残る80%にあたるフロリンを貸し出して、利子を稼ぐことができる(銀行は天才的なすばやさで理解できる)。
 アグリコーラの銀行の制度では、銀行が保有する準備は銀行の預金総額の一部にすぎない。とりわけ、準備を預金総額で割った準備・預金比率 (reserve-deposit ratio) は20%となる。 銀行が保有する準備が預金の一部分でよい、つまり準備・預金比率が1以下であるような銀行制度は部分準備制度 (fractional reserve banking) と呼ばれる。この部分準備制度のもとでは、銀行は金庫のなかに利子を生まないお金を退蔵しておく代わりに、預金者から預かった資金の一部を利子を生み出す貸出に勝つようすることができるので、この部分準備制度は銀行にとって利益を生む制度である。 部分準備制度のうま味はたちどころにアグリコーラすべての銀行家の知るところとなり、銀行は金庫におくフロリン紙幣(準備)は預金総額の20%だけにとどめ、残りの80%(すなわち80万フロリン)は農家への貸出にあてるようになる。 農家は銀行からの借入金を使って肥料を買い、肥料の売り手は80万フロリンを受け取る。人々は通貨を保有するときには銀行預金にすると仮定しているので、彼らは80万フロリンを預金する。 こうしてすべての預金が銀行に戻ってきた後の銀行全体の統合バランスシートをみると、次のようになる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        統合された銀行のバランスシート
───────────────────────────────────-
資産              │負債      
通貨(=準備) 1,000,000 fl │預金      1,800,000 fl
農家への貸付   800,000 fl │
合計      1,800,000 fl │合計      1,800,000 fl
──────────────────────────────────-
銀行の資産には80万フロリンの農家への貸付が含まれている(貸付は銀行からの借金であり、銀行の資産であるから)。また銀行の100万フロリンの紙幣も含まれる。これは準備の20万フロリンに、肥料の売り手が預金する80万フロリンを加えたものである。 銀行全体の負債は180万フロリンの預金である。これはもともとの100万フロリンの預金に、肥料の売り手の80万フロリンの新な預金が加わったものである。
 ここで銀行家はバランスシートをみて、準備(保有しているフロリン紙幣)が100万フロリンに戻っているこのに気がつく。いま、預金総額は180万フロリンである。準備が預金の20%という原則からみると、100万フロリンの準備は大きすぎる。 銀行は36万フロリン(0.20 180万フロリン)だけの準備で十分である。残りの64万フロリン(100万フロリン−36万フロリン)を、さらに利子をつけて貸し出すことができる。
 こうして銀行は64万フロリンの貸付を追加することになる。銀行から貸付を受けた人はそれを元手に購入を増やすことができる。するとすべての銀行を統合したバランスシートは次のようになる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        統合された銀行のバランスシート
─────────────────────────────────-
資産              │負債      
通貨(=準備) 1,000,000 fl │預金      2,440,000 fl
農家への貸付  1,440,000 fl │
合計      2,440,000 fl │合計      2,440,000 fl
─────────────────────────────────-
 銀行部門の資産には、100万フロリンの紙幣(準備としてすでに保有されていた36万フロリンに、公衆によって再預金された64万フロリンを加えたもの)と、144万フロリンの貸付(最初の段階での80万フロリンの貸付に第2段階での貸付64万フロリンを加えたもの)が含まれる。 負債は244万フロリンに新たな預金(最初からの180万フロリンに新たな預金64万フロリンを加えたもの)である。
 このプロセスはこれにとどまらないこの状態での貸付と再預金を含めたバランスシートを検討してみると、銀行家は銀行全体の準備(100万フロリン)が依然として預金額の20%(240万フロリンの20%にあたる48.8万フロリン)を上まわっている。そこで、貸付と預金の循環がもう1度なされることになる。
 このプロセスでは貸付と預金の乗数的拡大 (multiple expansion of loans and deposits) と呼ばれ、部分準備制度が貸付と預金を拡大させていき、銀行全体の準備が預金の20%になるまで続く。 1回1回の循環の期末には銀行準備は必ず100万フロリン(紙幣の全供給量)となるので、このプロセスは銀行全体の預金が100万フロリン/0.20または500万フロリンになるまで続くことになる。最終段階での銀行部門の統合バランスシートは以下のようになる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        統合された銀行のバランスシート
─────────────────────────────-
資産              │負債  
通貨(=準備) 1,000,000 fl │預金      5,000,000 fl
農家への貸付  4,000,000 fl │
合計      5,000,000 fl │合計      5,000,000 fl
─────────────────────────────-
 最終段階にきて、預金に対する準備率が銀行が望んでいた率(20%)に等しくなった。預金に対する準備率が許容しうる下限になったため、これ以上貸付や預金の拡大を図ることは不可能である。
 このプロセスの最終段階でのアグリコーラのマネーサプライはどうなるのか、公衆は現金通貨はいっさい保有しないで銀行部門に通貨を預ける。それが銀行準備という形をとる。銀行の金庫にある通貨は取引には使われないので、貨幣とはいえない。 しかしながら、公衆は預金を保有している。それらの預金は流動性がきわめて高いので、銀行預金はマネーサプライの一部と見なされる。この例では公衆はいっさい現金通貨を保有しないので、銀行預金だけがマネーサプライとなる。 したがって、この場合にはマネーサプライは預金総額の500万フロリンに等しくなる。
 部分準備制度のもとで公衆が現金通貨をもたないときに、マネーサプライとマネタリー・ベースとの間の関係はどうであろうか。この問いに答えるために、以下のような変数を用いて数式によって示す。
    M=マネーサプライ
 BASE=マネタリー・ベース
  DEP=預金総額
    res=銀行の望ましい準備・預金比率=RES/DEP
 公衆によって通貨が保有されていないのでマネーサプライは銀行預金額に等しくなる。
 M=DEP                (1)
預金額DEPがいかなる水準にあっても、銀行が保有しようとする準備額(res)(DEP)となる。乗数的拡大のプロセスが終わった時点では、銀行準備は中央銀行によって供給された通貨額(マネタリー・ベース)に一致しなければならない。したがって、
 (res)(DEP)=BASE          (2)
が得られる。(2)式をDEPについて解くと、DEP=BASE/res が得られる。ここでの例では(1)式のようにマネーサプライが預金額に一致しているので、
 M=DEP=BASE/res         (3)
となる。
 部分準備制度と公衆が現金通貨を保有しない経済においては、マネーサプライはマネタリー・ベースを準備・預金比率で割ったものに等しいということができる。アグリコーラではマネタリー・ベースが100万フロリン、準備・預金率が 0.20 となっている。 したがって、マネーサプライはすでにみたように100万フロリン/ 0.20 となり、500万フロリンとなる。
 貸付と預金の乗数的拡大のもとでは、経済はマネタリー・ベースを大きく上回るマネーサプライを創造することができることになる。1単位のマネタリー・ベースは1/res 単位の貨幣をつくり出すことができ、これがマネタリー・ベースの乗数にあたるマネーサプライとなる。 このマネタリー・ベースがハイパワード・マネーと呼ばれるのは、1単位のマネタリー・ベースから何倍ものマネーサプライが生み出されるからである。
公衆の通貨保有と部分準備制度におけるマネーサプライ ほとんどの経済では、第1の例のように公衆はいくらかの現金を保有すると同時に、第2の例のように部分準備制度が存在する。公衆の手元にある通貨も銀行預金も、いずれも取引にしようされるので、1つの通貨という形態である。 公衆が流通通貨といわれるCUに等しい現金通貨を保有し、銀行預金がDEPに等しいとすれば、マネーサプライは
 M=CU+DEP             (4)
となる。
 この場合、マネタリー・ベースは2つに分けられる。マネタリー・ベースのある部分は公衆によって保有される現金(CU)であり、残りは銀行に保有される準備(CU)である。したがって、マネタリー・ベースは公衆によって保有される現金と銀行預金の合計である。 つまり
 BASE=CU+RES          (5)
である。
 あとで検討するように、中央銀行がコントロールできるのはマネタリー・ベースであり、マネーサプライを直接コントロールできない。マネーサプライとマネタリー・ベースの関係をみるために、(4)式のマネーサプライを(5)式のマネタリー・ベースで割ると、
 M/BASE=(CU+DEP)/(CU+RES)  (6)
となる、次に、(6)式の右辺の分子と分母をDEPで割ると、
 M/BASE={(CU/DEP)+1}/{(CU/DEP)+(RES/DEP)} (7)
となる。(7)式の右辺は2つの重要な比率から成り立つ。1つは現金・預金比率(CU/DEP、または cu と略す)であり、これは公衆によって保有される現金通貨と銀行の比率である。この現金・預金比率は公衆自身によって決まられるものであり、公衆がどれくらいを現金通貨で保有するか、どれくらい銀行預金にしておくかによって決まる。 公衆は銀行から預金を引き出すことによって(つまり、手元の現通貨を増やし預金を減らすことになる)、いくらでもこの比率を高めることができる。また、逆に銀行預金を増やすことによってこの比率を低下させることができる。
 (7)式の右辺における第2番目に重要な比率は、準備・預金比率(RES/DEP、または res と略す)であり、これはすでに論じた。この比率は銀行が預金のうちどれくらいを貸付に回すかについての決定に依存する。
 貸付と預金の乗数的拡大が終了したときには、現金・預金比率は人々が望むこの比率である cu に等しくなる。また準備・預金比率は銀行が望む比率である res に等しくなる。(7)式においてCU/DEPの代わりに cu を、RES/DEPの代わりに res を代入し、両辺にBASEを掛けると、
 M={(cu+1)/(cu+res)}XBASE    (8)
 (8)式は、マネーサプライがマネタリー・ベースの乗数倍であることを示している。マネーサプライとマネタリー・ベースの関係は人々によって選択される現金・預金比率である cu と、銀行によって選択される準備・預金比率である res とによって決定される。 マネタリー・ベース1ドルが何ドルのマネーサプライをつくり出すかを示す係数である(cu+1)/(cu+res)は貨幣乗数 (money multiplier) と呼ばれる。たとえば res が1より小さいとき(つまり部分準備制度のもと)には、この貨幣乗数は1より大きくなる。 人々が現金通貨をいっさい保有しないとき(cu=0)には、貨幣乗数は1/resとなり1より大きくなる。これはあらゆる貨幣が銀行貨幣であるという前述の例(3)と同一となる。
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表1 アメリカにおけるマネタリー・ベース、貨幣乗数、およびマネーサプライ
──────────────────────────────────────────
 現金通貨、CU                      3,013(億ドル)
 準備、RES                        566(億ドル) 
 マネタリー・ベース、BASE(=CURES)       3,571(億ドル)
 預金総額、DEP                      7,571(億ドル) 
 マネーサプライ、(=CUDEP)            10,584(億ドル)
 準備・預金比率、res(=RESDEP)              0.0748
 現金預金比率、cu(=CUDEP)                0.3980
 貨幣乗数、(cu+)/(cures)                  2.96
 マネーサプライ、ベース比率、M/BASE            2.96
──────────────────────────────────────────
 表1はアメリカのデータをもとに、貨幣乗数、現金通貨、準備、マネタリー・ベース、マネーサプライなどの数字とそれらの関係を示している。表の通貨、準備、預金などの数字から、現金・預金比率が 0.3980 であり、準備・預金比率が 0.0748 であることが計算できる。このとき貨幣乗数 (cu+1)/(cu+res) は 2.96 となる。 この乗数の計算が正しいことは、マネーサプライ 10,584(億ドル) をマネタリー・ベース 3,571(億ドル)で割ると 2.96 が得られることによっても確かめられる。
 現金・預金比率cuあるいは準備・預金比率resのいずれかが上昇すれば、貨幣乗数は計算上低下することになる。こうした結果を直観的に理解するためには、マネタリー・ベースが「乗数倍」されるのは、部分準備制度のもとでは銀行が預金のある部分を人々に貸し付けることができるからであるよいうことを思いだせばよい。 人々は銀行から貸付を受けた貨幣を現金という形で保有することもでき、あるいは貸し付けられたものをふたたび銀行システムのなかに預けることもできる。しかし、いずれの場合でも貸付がなされる以前と比べると、マネーサプライ総額は増えることになる。準備。預金比率が上昇するとき、銀行の預金1ドル当たり貸し付けることができる金額は減少し、一定のマネタリー・ベースから創造される貨幣金額は減少する。 こうして準備・預金比率の上昇は貨幣乗数を低下させる。現金・預金比率が上昇すると人々が銀行に預ける貨幣が減少し、銀行が貸付に回せる貨幣が減ることになる。銀行の貸付が減少すると一定のマネタリー・ベースから創造される貨幣は減って、このときも貨幣乗数は低下することになる。
公開市場操作 マネタリー・ベースと貨幣乗数がどのようにしてマネーサプライを決めるかをみてきた。マネーサプライ水準を変化させるために、中央銀行はマネタリー・ベースの金額を変えるか、貨幣乗数を変えなければならない。本章の広汎では、中央銀行がいかにして貨幣乗数に影響を与えるかを論じよう。ここでは、マネーサプライを変化させる手法として、マネタリー・ベースの増減という最も直接的で最も頻繁に用いられる方法に焦点をあてているからである。 ある一定の貨幣乗数のもとでは、(8)式からわかるように、マネタリー・ベースの変化がマネーサプライに与える影響は限定的である。
 アグリコーラ中央銀行がマネタリー・ベースを100万フロリンから110万フロリンに10%増加させたとしよう。これは実際にはどのような手段を踏むのであろうか。まず第1に、中央銀行が10万フロリンの紙幣を増刷する。 中央銀行はこの10万フロリンに見合うだけの資産(ココナッツ)を人々から購入する。このココナッツを購入した後のアグリコーラ中央銀行のバランスシートは次のようになる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        アグリコーラ中央銀行
───────────────────────────────-
資産              │負債  
ココナッツ   1,100,000 fl │通貨      1,100,000 fl
───────────────────────────────-
 10万フロリンのココナッツを購入する見返りとして、中央銀行は10万フロリンの紙幣を追加的に流通させる。中央銀行の負債と同額であるマネタリー・ベースは110万フロリンに増える。貨幣乗数を一定とすると、マネーサプライは10%増加する。
 逆にアグリコーラ中央銀行がマネタリー・ベースを10%削減しようとする場合には、中央銀行は10万フロリンと引き換えに、10万フロリンのココナッツを公衆に売ればいい。中央銀行に引き上げられた10万フロリンは流通しなくなる(引き上げられた通貨は中央銀行の資産とはみなされない。借金の返済を済ませて借用書を返してもらったとき、その借用書を自分の資産とはみなさないのと同じである)。 この場合のアグリコーラ中央銀行のバランスシートは次のようになる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        アグリコーラ中央銀行
─────────────────────────────-
資産              │負債  
ココナッツ    900,000 fl │通貨      900,000 fl
─────────────────────────────-
 アグリコーラ中央銀行の負債残高(マネタリー・ベース)は90万フロリンに減少する。貨幣乗数一定のもとでは、マネーサプライは一定の割合で減少していく。
 第7章のでみたように、中央銀行による資産の購入は買いオペと呼ばれ、買いオペはマネタリー・ベースを増加させ、マネーサプライを増やす。一方、中央銀行が公衆に資産を売ることは売りオペと呼ばれ、これはマネタリー・ベースの減少をもたらす。 買いオペと売りオペの両方をあわせて公開市場操作と呼ぶ。公開市場操作は中央銀行がマネーサプライを変化させるうえで最も直接的な方法である。 (T注 サムエルソンは必要準備率の変更が有効であると書いている)
連邦準備がマネーサプライを変化させたいとき 連邦準備がマネーサプライを変化させたいときには、まず第1に公開市場操作を行う。たとえば、マネーサプライを増加させたいときには、連邦準備は公開市場で買いを行い、公衆からアメリカ財務省証券を購入する。 10億ドルの証券購入は10億ドルのマネーサプライの増加となる。この証券購入の支払として、連邦準備は小切手を切る。これを銀行は連邦準備におく預金としてあるいは現金として受け取ることになる。いずれの場合でもマネタリー・ベースは10億ドル増加する。貨幣乗数を与えれば、マネタリー・ベースの増加はその乗数倍のマネーサプライの増加をもたらすことになる。
 逆に、マネーサプライを減少させるためには、公開市場で売りを行う。連邦準備が10億ドルの財務省証券を公衆に売れば、その見返りとして銀行が切った小切手を受け取り、連邦準備の資産は10億ドル減少する(保有証券が10億ドル減少する)。連邦準備は受け取った10億ドルに相当する預金を貯蓄機関から削減させることになる。したげって、マネタリー・ベースは10億ドル減少する。
 連邦準備がマネーサプライに影響を与える主な方法は公開市場操作であるが、その他に2つの方法が考えられる。必要準備率と割引窓口貸出の変更である。マネーサプライに影響を与えるこれらの要因については表にまとめてある。
 連邦準備は、預金のタイプに応じて銀行が保有しなければならない預金準備の最低金額を設定する。銀行は必要準備率 (reserve requiremennt) の引き上げによってより多くの準備を保有しねかればならないので、準備・預金比率が上昇する。準備・預金比率の上昇は貨幣乗数を低下させるため、ある水準のマネタリー・ベースのもとでは、マネーサプライの減少をもたらす。
 連邦準備は過去数年にわたり、多くの預金についての必要準備率を撤廃させてきた。最近では、当座預金(主に小切手預金やNOW勘定)以外のあらゆる預金についての必要準備率は撤廃された。1992年12月以降は、銀行は最初の4,680万ドルの当座預金に対して3%の準備、4,680万ドルを上回る当座預金については10%の準備を保有することが義務づけられた。
マネタリー・ベース、貨幣乗数およびマネーサプライ
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要因         マネタリー・ベースへの影響 貨幣乗数への影響 マネーサプライへの影響
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準備・預金比率(res)の上昇   変化なし          低下       減少 
現金・預金比率(res)の上昇   変化なし          低下       減少
買いオペ           増加            変化なし     増加
売りオペ           減少            変化なし     減少
必要準備率の上昇       変化なし          低下       減少
割引窓口貸出の増加      増加            変化なし     増加
公定歩合の上昇        減少            変化なし     減少
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(バーナンキ他『マクロ経済学』から)
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<日本の教科書による信用創造のメカニズムの説明> 信用創造のメカニズムについて日本の教科書の説明を紹介しておこう。
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<管理通貨制度とマネタリー・ベース> 貨幣はどのようにして供給されるだろうか。貨幣が供給されるメカニズムを理解するには、まず、管理通貨制度の仕組みを理解しておく必要がある。 現在の日本では、通貨制度として、管理通貨制度が採用されている。管理通貨制度の下では、 日本銀行は日本銀行券の発行額を金本位制と違って、金貨との交換という制約を受けずに、自らの裁量によって決定することができる。
 民間銀行(以下、誤解のおそれがない限り、単に、銀行と呼ぶ)は日本銀行当座預金(以下、日銀当座預金という)を一定以上保有することが義務づけられている。この一定額は、銀行の各種預金債務にあらかじめ定められた比率(これを所要準備率という)を乗じて算出される。 この場合の所要準備率は、準備 (Reserve) または準備預金と呼ばれる。所要準備率は日本銀行の金融政策上の決定事項である。この制度は準備預金制度と呼ばれ、マネーサプライ (貨幣供給量) のコントロールという機能を担っている。
 銀行が保有する日本銀行券と硬貨とは手許現金と呼ばれ、非銀行部門が保有する現金とは区別される。
 日本銀行によって発行された日本銀行券、(これを略して発行銀行券という) と、民間銀行部門が保有する日銀当座預金 (すなわち、準備) とは、マネタリー・ベース (Monetary Base) とか、ハイ・パワード・マネー (Hight Powered Money) あるいはベース・マネーと呼ばれ、金融政策上の重要な変数である。本書では以下、マネタリー・ベースで統一する。
民間銀行の預金創造 民間銀行は貸出や証券投資などによって、預金という貨幣(ここでは、預金通貨だけでなく定期性預金やCDを含む広義の貨幣)を供給する機能を持っている。このことを、ある1つの民間銀行を例にとって説明しよう。
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表1     資産      ┃     負債          
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現金          100  │ 家計Aの本源的預金   100        
               │                 
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合計          100  │ 合計          100   
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 いま、銀行Xが家計Aから100の現金を預金として受け入れたとしよう。これにより表1のように、銀行Xのバランス・シートは資産側で現金が100増え、負債側でAの預金が100増える。実際には、銀行は株式を発行して資金調達しているが、ここでは、その点は無視する。 所要準備率を5%とすると(T注 準備率は1.3% 日銀当預には次月15日までに入金)、 銀行は最小限、預金100の5%に相当する現金5を、日本銀に日銀当座預金として預けなければならない。仮に、銀行が20の預金を日銀当座預金(準備)として日本銀行に預けるとすると、銀行のバランス・シートは表2のようになる。 銀行は預金100に対して現金80(これを、手許現金という)を保有しているが、家計Aは1カ月の間はAの預金引き出しに備えて、現金を10だけ保有していればよく、残り70の現金は企業や家計に貸し付けたり、満期が1カ月未満の短期証券に運用したりして、利子収入を得ることができる。
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表2     資産      ┃     負債 
──────────────────────────────
日銀当座預金       20  │ Aの預金        100
現金           80  │ 
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合計          100  │ 合計          100
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表3     資産      ┃     負債
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日銀当座預金       20  │ Aの預金        100
現金           80  │ Bの派生的預金     50  
貸し出し         50  │ 
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合計          150  │ 合計          150
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 そこで、仮に、企業Bに50だけ貸出すとしてみよう。このとき、銀行は企業Bに自行に預金口座を作らせ、その口座に50だけ入金することによって、貸出を実行する。 この貸出により、銀行の資産側で貸出債権が50増え、負債側でBの預金が同じ50だけ増える。(表3)。銀行が負っている預金は全部で150になるから、少なくとも、その5%の7.5を準備として保有しなければならない。しかし、銀行はすでに20の日銀当座預金を持っているので、準備を増やす必要はない。 企業Bは1カ月間に預金を現金で5だけ引き出すと仮定すると、1カ月後のこの銀行のバランス・シートは表4のようになる。AとBは現金でそれぞれ10と5だけ引き出しているので、Aの預金は90,Bの預金は45になる。預金は現金で合計15だけ引き出されるので、銀行の手許現金は表3の80から65に減少する。
 以上のことから次のことが分かる。
 (1) 預金者は預金のすべてを現金で引き出さないため、銀行は預金のある割合を他の企業や家計に貸し出すことによって、利子を獲得することができる。
 (2) 銀行が貸し出すときには、自行に預金口座を作らせ、それに入金するという形を取るため、貸し出しに伴って貸し出しと同額の預金(派生的預金)が作られる。(T注 ほとんどの教科書は、「銀行が企業に融資するときは、口座に入金するのではなく、札束を手渡す」かのように読める説明になっている)
 上の例では、Bに対して貸し出したときに、50の預金が作られている。このように、「銀行が貸し出すことを信用創造といい、それに伴って預金が作り出されることをいう」。預金は貨幣(マネー)であるから、銀行の預金創造とは銀行による貨幣の供給に他ならない。貸し出しに伴って作られた預金は、派生的預金(表3)と呼ばれる。 それに対して、当初、Aが預けた預金は貸し出しとは無関係であるので、本源的預金(表1参照)という。
 以上のようにして、銀行は預金を創造することによって、支払手段である預金通貨という貨幣を企業Bに供給したことになる。企業Bは預金50を現金で引き出せば、その現金を支払い手段として使える。また、50の預金を他の経済主体の預金口座に振り込めば、現金として引き出すことなく、支払手段として使用することができる。
銀行の証券投資による預金(マネー)の供給 以上と同じことは、銀行が証券を購入することによっても可能である。例えば、表4で、銀行が企業Cの発行する社債を20だけ購入するとしよう。企業Cがこの銀行に預金口座を持っているとすれば、銀行は社債の購入代金20をこのCの預金口座に入金することによって支払う。 したがって、表5のように、銀行の資産側で、社債が20だけ増え、負債側で、Cの預金が同額の20だけ増える。その結果、預金総額は155になるので、銀行は預金総額155の最低5%(所要準備率を5%と仮定していることに注意)の準備である7.75を日銀に当座預金として預けなければならない。しかし、銀行はすでに、20の日銀当座預金を保有しているので、準備を増やす必要はない。
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表4     資産      ┃     負債
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日銀当座預金       20  │ Aの預金        90
現金           65  │ Bの預金        45  
貸し出し         50  │ 
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合計          135  │ 合計          135
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表5     資産      ┃     負債
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日銀当座預金       20  │ Aの預金         90
現金           65  │ Bの預金         45 
貸し出し         50  │ Cの預金         20
社債           20  │ 
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合計          150  │ 合計          150
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 このように、銀行は社債のような証券を購入することによっても、預金を創造し、企業や家計に対して支払手段を供給することができる。
預金の振込と預金創造 表5で、銀行Xは利益を生まない現金を65も保有しているので、銀行はさらに貸し出したり、証券などに投資したりすることによって、信用を創造しようとする。それに伴って預金がさらに創造される。銀行が負っている預金が増えれば、それにつれて保有しなければならない日銀当座預金(準備)も増えていく。
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表6     資産      ┃     負債
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日銀当座預金       5  │ Aの預金         90
現金           65  │ Bの預金         45 
貸し出し         50  │ Cの預金         5
社債           20  │ 
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合計          140  │ 合計          140
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表7     資産      ┃     負債
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日銀当座預金        7  │ Aの預金        90
現金           63  │ Bの預金        45  
貸し出し         50  │ Cの預金         5
社債           20  │ 
──────────────────────────────
合計          140  │ 合計          140
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 ここで、預金者が預金を現金で引き出すことによってではなく、振込によって決済する場合を考えてみよう。企業Cは、銀行Yに預金口座を持っている企業Dから15の価値に等しい製品を購入し、その代金を振り込みによって決済するとしよう。 表6は、この場合の銀行Xのバランス・シートの変化を示したものである。この預金の振り込みによる決済を完了させるためには、銀行Xは銀行Yに向けて15の日銀当座預金を振り替えなければならない。したがって、銀行Xの日銀当座預金は20から5に減少し、同時にCの預金も15だけ減少して5になる。この結果、銀行Xの負っている預金総額は140になる。
 銀行Xはこの140の預金に対して少なくとも5%である7だけ、日銀当座預金を準備として保有しなければならない。しかし、銀行Xは日銀当座預金を5だけしか保有していないので、2だけ準備が不足する。銀行Xは現金65を持っているので、そのうち2だけを日銀に自行の日銀当座預金として預ければ、所要準備を満たすことができる。
 銀行は預金の現金による引き出しに備えて、手許現金を、預金の振り込み決済に備えて、日銀当座預金を、それぞれ、保有していなければならない。したがって、以上のように預金が現金で引き出されたり、預金の振込決済が行われたりすると、それだけ銀行が創造できる信用(貸し出しや証券投資)と預金の金額は減少する。
預金創造の基礎としてのマネタリー・ベース 上に述べたことから、銀行が貸し出しや証券の購入を通じて預金を創造(供給)するためには、ある程度の現金か日銀当座預金を持っていなければならないことが分かる。(T注 現在の銀行は十分な資金を持っていて、条件に合った需要があればいくらでも貸し出す事ができる。むしろ借り手がいなくて余った資金を国債や株で運用している)現金と日銀当座預金はマネタリー・ベースである。以上から、マネタリー・ベースは銀行の預金創造(預金供給)の基礎になることが分かる。 ある時点で存在する現金と預金の量をマネーサプライ(貨幣供給量)という。マネーサプライのうち、預金はマネタリー・ベースの量が多くなれば増える傾向がある。 (T注 預金が増えると、銀行は日銀当預を増やさなければならない)そこで、日本銀行はマネタリー・ベースの量を変化させることによって、マネーサプライをコントロールしようとする。これが、金融政策の基本であるが、この点については第13章で説明することにする。
 以上のように、広義の貨幣のうち、日本銀行券は日本銀行によって供給され、預金(要求払い預金と定期性預金など)は民間の銀行によって供給されるのである。 (岩田規久男『金融論 放送大学教材』から)
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<信用創造の過程> 中央銀行は、公定歩合操作等の政策手段を用いて、マネーサプライをコントロールする。しかしながら、中央銀行は、マネーサプライを直接コントロールできるわけではない。中央銀行が直接コントロールできるのは、ハイパワードマネー(マネタリーベース)である。(T注 必ずコントロールできる、というわけでもない、ということは後で書きます) ハイパワードマネーは、民間保有の現金と準備金の合計である。また、準備金は、法定準備と超過準備に分けられる。
 例えば、マネーサプライ統計の1つであるM2は、現金通貨、預金通貨(要求払い預金)、準通貨(定期性預金)の合計で定義される。つまり、M2の中には、市中銀行によって創造される派生的預金が含まれている。この創造の過程を信用創造という。
 信用創造の過程を簡単な例で説明しよう。中央銀行が公開市場操作により買いオペレーション(国債の購入)を行い、K氏が1,000万円の現金を受け取ったとしよう。(T注 日銀は直接個人とは取引しない。買いオペとは、日銀が銀行から国債を買い取ること) この時、ハイパワードマネーは増加している。さらに、K氏は受け取った現金をA銀行に預金したとしよう。これは、本源的預金と呼ばれる。
 A銀行は、預け入れられた預金1,000万円をB社に貸し付ける。しかしながら、A銀行は、1,000万円全てを貸し付けることはできない。なぜなら、市中銀行は預け入れられた預金の1定割合を準備金として中央銀行に預金さなければならないからである。 ここで、法定準備率が10%であり、市中銀行は超過準備を保有しないと仮定しよう。(T注 準備率は1.3% 日銀当預には次月15日までに入金すればいい) この時、A銀行は、 900万円をB社に貸し付けることが可能である。 900万円の貸し付けを受けたB社は、それをC社への支払に充てる。C社は受け取った900万円をすべてD銀行に預けたとしよう。法定準備率は10%だから、D銀行は810万円を貸し付けることが可能である。このような銀行の貸付行動により、預金通貨が創造されていく。 (T注 銀行が融資を実行するときは、企業の口座に入金する。このとき現金は動かさない。この説明では、1,000万円の札束のうち、100万円の札束を日銀に運び、残りの900万円の札束を企業に手渡すように勘違いしてしまう)
 1,000万円の本源的預金によって創造される派生的預金は、
  派生的預金=1000(0.9+0.9²+0.9³+……)
である。ここで、( )の中は、初項0.9、公比0.9の無限等比数列の和である。これを計算すれば、創造される派生的預金は9,000万円であることが導かれる。これに本源的預金1,000万円を加えれば、創造される預金総額は1億円である。このケースでは、本源的預金の10倍の預金が創造されている。この倍数(ここでは、10)は信用乗数と呼ばれている。
貨幣乗数  それでは、M2は、ハイパワードマネーの何倍になると考えられるだろうか。理論的には、以下のように考えることができる。まず、M2は、現金、要求払い預金、定期性預金の合計で定義されるので、
  M2=                (1)
である。ここで、人々は要求払い預金のα倍の現金、β倍の定期性預金を保有すると仮定する。つまり、
  αD  TβD  α>0  β>0      (2)
である。
  さらに、準備金は、
   λρDλγT  1>λρλγ>0     (3)
と定式化される。ここで、λρ:要求払い預金の法定準備率、λγ:定期性預金の法定準備率、:超過準備、である。 定期性預金は、要求払い預金に比べて引き出される可能性が小さいので、その法定準備率も小さいと想定する(λρλγ)。また、市中銀行は、預金の払い戻しに応じるため、要求払い預金γ倍の超過準備を保有すると仮定する。つまり、
   γD                    (4)
である。
  ハイパワードマネーは定義により、
                     (5)
である。
 (1)〜(5)を整理すれば
   M2=(1+αβ)÷(αλρλγβγμH  (6)
が得られる。(6)はハイパワードマネーのμ倍のマネーサプライ(M2)が生みだされることを示している。ここでは、μは貨幣乗数と呼ばれている。
 もし、この貨幣乗数が安定的であるならば、ハイパワードマネーをコントロールすることによってマネーサプライ(M2)をコントロールすることが可能となる。 しかしながら、αβは個人の資産選択に、γは市中銀行の行動に依存している。それゆえ、金融技術の革新によりこれらの変数が変化すれば、貨幣乗数も変化する。 また、市中銀行が超過準備を多く保有しようと考えれば、貨幣乗数は小さくなると考えられる。それ故、貨幣乗数が安定的であるか否かについては様々な議論がある。
(藤原賢哉・家森信善『金融論入門』から) 
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<日米「信用創造のメカニズム」の説明の仕方> バーナンキもサムエルソンも銀行制度が出来始めの頃からを例にして説明している。日本の教科書でこうした例は見当たらなかった。どの教科書も現代の話として説明している。アグリコーラの例も金細工師銀行の例も、どちらもその時代の話としては説得力がある。 問題はそれが現代の金融制度に当てはまるかどうか、ということだ。TANAKAは「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」は神話であると決めつけているのだが、それでも銀行制度でき始めのころの信用創造メカニズムとしてバーナンキとサムエルソンは説得力があると感じた。 しかし、日本の教科書の説明はいきなり現代の話になるので、「これはおかしい、神話に違いない」と疑問をもって調べ始めた。もし、さきにアメリカの教科書を調べていたら神話に対する感じも違っていただろうと思う。
 バーナンキもサムエルソンも日本の教科書も「信用創造のメカニズム」の説明の仕方に大きな違いはない。短く、やさしく説明すればTANAKAが <経済学の教科書が説明する、信用創造のメカニズム>▲と題して書いたようになる。次回は教科書の説明とは違う<TANAKAが説明する、信用創造のメカニズム>を書いてみようと思う。ポイントは「マネーサプライ増減の主要な要因である銀行貸出の増減により(原因)、法定準備率に従い各銀行が(日銀ではない)日銀当座預金を増減させる、これによりベースマネーが増減する(結果)」です。
 アマチュアでも納得できるようなやさしい表現にするにはどうしたらいいか?苦心しています。ご期待ください。
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<主な参考文献・引用文献>
マクロ経済学{U}応用編  A.B.エーベル , B.S.ベルナンケ(バーナンキ) , 福地崇生監訳 シーエーピー出版  2002. 1.30
金融論 放送大学教材                           岩田規久男 放送大学教育振興会 2004. 3.20
金融論入門                            藤原賢哉・家森信善 中央経済社     2002. 4.20
( 2005年12月5日 TANAKA1942b )