|

「道を知っている者と、歩いてきた者とは違う」
私はかつて慈恵医大医学部付属病院 初代名誉教授であった森田正馬博士の弟子、鈴木知準医学博士の薫陶を受けた。その現場で様々な精神疾患の患者と向き合い、生活を共にしてきた経験がある。
人生の半分、精神医療の現場と向き合ってきた中で私が考えられることは、一定度以上「とらわれて」こんがらがった心の問題のある人たちが、単なる5分から10分程度の診察とお薬のみの処方で、不安症状を解決することは困難な場合が多いということであります。
もともと不安症状を持つ人たちは神経質な傾向がある。性質は内向的で、意識性が強く、よりよく生きたいという強い欲望に満ち溢れている人たちが多い。そのためにその心の裏側として、日常の生活に常に不安になりやすい。
この不安の心理状態を自分の現状に「あってはならない」と直感し、その不安と戦い、あるいは心の外に追い出そうとしてしまう。
そのため、不安症状がより大きく意識されて、その不安症状に追いかけられて、常時不安と戦う状態(心の葛藤)が常住してしまう結果となるのであります。ここから出発して「とらわれ」にまで発展し、身動きがとれない状態が続き、いつも自身の症状をまるで測定器のように気になってしまう。
不安症状のある人は、この理論を学ぶとそれなら不安と戦うことをやめて放置しようとする。
ところがそれも放置しなければいけないという「はからい」であるから、結果として同じように 不安の状態を強めてしまう。これらの心のからくりが、それほど強度でない場合には、そのままでいいと思う。
いわゆる掛け声だけで解決できる場合もあるが、一定のところまで「とらわれ」が強度になって神経症・不安障害にまで発展したものの大部分は、これら掛け声だけでは解決することが困難な場合が多い。
この掛け声だけではどうにもならないことは、不安症状をかかえる人たちは体験的に理解されている。
もともと、不安症状に陥る人たちは仕事をさせれば出世される人も多い。頭も良い。
私はいつも思うことでありますが、自らの体の異変に「びくびくはらはら」しながら常時内向的に不安症状を抱えて悩み苦しんでいるエネルギーを、ひとたび外交的に社会に向け発進すればどうなるか。
これは頼もしいにつきる。
不安症状を解決した人たちは、内向的→外交的にますます社会的地位も高く邁進されている人たちが多いのです。
いつも不安症状に注意が向いて寝込んでいる人たちが、不安と戦うことを辞め、ひとたびそのエネルギーを本来の生きる欲望に沿って、建設的に家庭や仕事に向き合い良い意味で自立されていくことを願うまでであります。
私たちは、「不安と戦わない心をどうやって皆様の心に発現させるか」ということを考え、精神的支援を行っております。
不安症状を抱える人たちは、遠い先祖からの遺伝的なものと、今まで生きてきた何十年間の家庭環境、および外部環境があいまって「あなた」という赤い花が咲いた。
しかし、不安症状を抱える人たちは「白い花になりたい」と云う。そうではなくて、赤い花のまま不安と戦わず本来の生きる欲望を内向的→外交的に向けて発進することで、これから深く太い根の凛とした花のように開花することができることでしょう。
家庭内の日常生活において支障をきたしているご家族様、まずはお気軽にご相談ください。
何かしらの解決の糸口がきっと見えてくると考えております。

|