知多四国の歴史〜参考情報

〜このページでは知多四国の歴史について少しふれてみます。〜

「始まりは夢のお告げ」

 知多四国八十八ヶ所霊場は文化6(1809)年3月17日、知多市古見(こみ)妙楽寺(みょうらくじ)亮山(りょうざん)上人に、「知多に霊場を開創せよ」と弘法大師の夢のお告げがあったのが霊場開創の始まりという。

「十六年の歳月」

 亮山上人へのお告げから全八十八寺の札所を定めるまで実に16年間。文政7(1824)年3月、夢告は知多四国霊場として実現した。特筆すべきは、遍路しやすいように1番から88番まで半島の輪郭をなぞって順序よく札所が制定されていることだ。

「三人をまつる開山堂」

 亮山上人とともに知多四国の開創に尽力した岡戸半蔵行者と武田安兵衛行者。知多四国にはこの三人が開山としてまつられている。
【古見・妙楽寺】亮山阿闍梨(あじゃり)(*1) 
【古布・誓海寺善林堂】岡戸半蔵行者(ぎょうじゃ)(*2)
【布土・葦航寺】武田安兵衛行者
*1:師、先生、徳の高い僧のこと。亮山上人は阿闍梨の位である
*2:仏教修行者。定まった装束で巡拝する人

「八宗の寺院、全九十八霊場」

 知多四国霊場は、真言宗・曹洞宗・西山浄土宗・天台宗・浄土宗・臨済宗・時宗・尾張高野山宗の八宗の寺院で、構成されている。札所は、一番から八十八番までのお寺と開山所三ヵ寺・番外の七ヵ寺を合わせ、全九十八ヵ寺を参拝する。