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2016年オリンピック開催地のブラジル、リオ・デ・ジャネイロ発祥の伝統音楽ショーロを歌う片山叔美のウェブサイトです。


ショーロ歌手 Yoshimi Katayama のウェブサイト


ショーロとは19世紀中頃、ブラジルのリオデジャネイロで生まれた伝統的なポピュラー音楽。楽器で演奏することが前提である音楽ではあるが、1942年、アデミルジ・フォンセーカの登場により、それ以降ショーロにも歌のジャンルが認識される。しかしショーロの歌は高度なテクニックを要するためか、アデミルジのスタイルで歌う伝統を引き継ぐ者はブラジルに現れなった。2004年、片山叔美はブラジルへ渡り、以降そのアデミルジの伝統を引き継ぎ、現在も研究をしている。

ショーロの女王アデミルジ・フォンセーカ
ADEMILDE FONSECA(1921-2012)

1921年、ブラジルのリオ・グランジ・ド・ノルチ出身。ショーロとは本来インストルメンタル音楽であったが1942年、「tico tico no Fuba」の歌詞を知っていて歌えたことからショーロの有名なミュージシャンにその歌唱力も認められ、アデミルジはデビューした。アデミウジの歌でさらにショーロブームがブラジルで巻き起こり、その後、数々のショーロの名曲がアデミウジ・フォンセッカによって歌われるようになり、「ショーロの女王」という敬称で呼ばれるようになった。彼女の歌は、ショーロのメロディアスでテクニカルな旋律をさえずる小鳥のように可憐に歌い、聴くものに大きな感動と大きな愛を与えた。そのころのメディアであるラジオ番組の多くに出演、ブラジル各地でのコンサート、ヨーロッパへの演奏活動も行う。TVが普及した初期もかなりのTV出演があったという。レコード、CDなど60枚以上出している。今は亡き歴史的なショーロの作曲家、演奏家と交流があったショーロ全盛期時代を作った歌手であったが、2012年3月27日のテレビ番組の収録の仕事を最後に翌日の28日、突然この世を去った。ショーロの歌を自分のレパートリーに取り入れる歌手は何人かいたが、ショーロの特徴である、速くて器楽的なメロディを歌にできたのはアデミルジ・フォンセーカだけで、ショーロのあらゆる技を歌いこなせたのは彼女だけであった。このブラジルの伝統的なショーロ、近年になりブラジル文化を絶やしてはいけないと多くのミュージシャンたちが動き出しているが、歌においては歌いこなすのが難しいためかそれが行われておらず、アデミルジのショーロスタイルを引く継ぐ者は現れていない。そこへ、片山叔美は日本人ではあるがショーロ歌手として、ショーロの女王アデミルジ・フォンセーカより引き継いだ技術を守るために日々研究をしている。

アデミルジ・フォンセーカが歌う NOITES CARIOCAS(カリオカの夜)