Artist Data
BOUGUEREAU, William
1825-1905
French Painter
Academism
Painting Data
The Remorse of Orestes
(Les remords d'Oreste)
1862
Oil on Canvas, 231.1 x 278.4cm
The Chrysler Museum of Art, Norfolk
  
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  《復讐の女神たちに追われるオレステス》(Orestes Pursued by the Furies)という別題でも知られる作品です。
  主題はアイスキュロスの悲劇「供養する女たち」。そのラストシーンに描かれている、母殺しの青年オレステスが良心の呵責に狂い立つ姿です。
  彼の父であるアガメムノンはトロイア攻めに赴くギリシア軍の総大将でした。しかし、既にアウリスの港に軍勢が集結し出帆の準備も整っているというのに、一向に順風が吹かないため船が出せません。予言者に原因を尋ねたところ、何と、
「これはアガメムノンに敵意を抱く女神アルテミスの怒りによるものだ。彼の長女イピゲネイアを女神への生贄に捧げなければ、船出はかなわない」
とのこと。志気上がる将兵らに責め立てられたアガメムノンは泣く泣く娘殺しを承知し、故国にいる最愛の娘を「ギリシア軍随一の勇者アキレウスの嫁にするから」とめでたい嘘で騙して呼び寄せ、その白く細いうなじに手ずから刃を打ち下ろしました。
  しかし、この卑劣な謀りを知った妃のクリュタイムネストラが激怒。誰よりも可愛い娘を殺された怨みにそれまでの夫への愛情も吹っ飛び、きっとあの見下げ果てた男に復讐してやろうと決意します(実際には娘は死んではおらず、アルテミスの慈悲により雌鹿とすり替えられて九死に一生を得ていたのですが、クリュタイムネストラはこの話を聞いても「今度は私を丸め込もうとしてくだらぬ嘘っぱちを言うのか!」と信用しなかったのです)。そして10年後、トロイアを陥落させて意気揚々と凱旋してきた夫を愛人と共謀して斬り殺しました。
  ところが、この母の暴挙に今度は子供たちが反発。とりわけ次女のエレクトラと息子のオレステスは母を憎み、「父の仇を討て」と命ずるアポロンの神託を恃んで遂に剣を取り、見事母と愛人を成敗してのけたのです。
  しかし、殺された父の仇を討つことは息子たる者の義務ながら、生みの母を手にかけることは神人ともに許さざる大罪。この矛盾と葛藤がオレステスを狂気に陥れました。
  上の絵をご覧下さい。恐ろしい形相で彼を取り囲む蛇髪の女神は復讐の女神エリニュスたち――血の繋がりを何よりも尊ぶ古来の掟を司り、近親間の犯罪、特に母親殺しをそれはそれは厳しく追及する女神たちです。彼女らは陰気な黒衣に身を包み、片手には地獄の松明を、別の手には自らの頭から引き抜いた毒蛇を振りかざして罪人をどこまでも追い回し、耳元で絶えず犯した罪の重さを責め立て、血の涙を流す両目で睨みつけて、最後には発狂させてしまうといいます。まさにその通りの姿が画布の上に再現されていますね。
  そしてエリニュスたちが揃って指差し、オレステスに見ろと迫っているのは、彼がその手で殺した母クリュタイムネストラの骸です。もちろん幻影なのですが、かつては縋って乳を飲んだ胸に突き立ったままの短剣を、流れた血を思わせる真紅の衣を、罪悪感に打ち震えるオレステスは直視することができません。彼に出来るのはただ必死で咎めの声に耳を塞ぎ、犯した罪から目をそらして、自分は正義を行ったのだという信念ひとつに縋りつき、救いを求めて彷徨うことだけ。
  大義のために娘を殺した父。娘のために夫を殺した妻。そして、父のために母を殺した息子……それぞれがそれぞれの理由によってこれらの悲劇を引き起こしました。もしもあなたが裁判官なら、果たしてオレステスは有罪・無罪のいずれでしょうか? またクリュタイムネストラは? アガメムノンは? 有罪とするならば、他にどうすればよかったのか。無罪とするならば、現にその手で散らされた生命はどうなるのか。難しい問題ではありますが、一度はじっくり考えてみる価値のある事柄ではないでしょうか?
 
 
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