サンショウウオの棲む場所の土壌作り

 1956年里山の麓の疎開生活に終わりを告げるために、もとの故郷の
新潟に家を建てることになりました。

 そのために依頼しておいた運送業者さんから宅地埋め立て終了の報告が
あり行ってみて驚きました。

 土砂の他に、1トンもありそうなコンクリートの塊が混在していたのです。
聞けば、その時木造の新潟市役所を取り壊して、鉄筋コンクリートの高層建築に
建て替えるための整地作業中で、その残土を持ってきたとのことで、
昔の市役所の土台のコンクリート塊でした。
 その中から御影石の三等三角点の標柱も出てきました。



  これらの土石、コンクリートの塊のほかに、
造園用としてチエンブロックを使わなければ
動かせない大岩が5個、テコ棒で動かせる中石が
2トン車2台、両手
でどうにか持てる石を2トン車で3台用意されました。

 石と砂の話ばかりで申し訳ございませんが、
これがサンショウウオの棲み家と
なったのです。


サンショウウオの棲まない別天地へ

 新潟から天ケ沢への荷馬車の旅も遠かったが、サンショウウオにとつて
矢代田から新潟への距離は、はるかに遠隔の地であり、自力で御訪問
願うわけにもいきませんでした。

 どうしても私が乗り物でお迎えに行かなければなりません。
そのかわり、その新居(土の中だが)は、
全く先輩のいない別天地です

 

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という事は、その幼生が幼体となって水中生活を終えて上陸し、

地中生活を始めてから⇒
何年後に産卵のために地上に姿を現すのか?

が判明するわけです。