ミオパチー外伝
ミオパチーとオカンの味噌汁
子供の頃、僕は味噌汁が嫌いだった…いや、嫌いだと思い込んでいた。
オカンは毎朝かかさず味噌汁を作った。学生時代が終るころまで毎朝毎朝、味噌汁を作り続けた。
僕はそれがとても嫌だった。
たまに食堂の定食などについてくる味噌汁は食べる。自分から好んで食べる。
田舎のバアさんが作る味噌汁も食べる。お代わりして食べる。
永谷園の「あさげ」や「ゆうげ」も食べる。
他の人が作った味噌汁は喜んで食べるのだ。
じゃあなぜオカンの味噌汁だけ…?、味がマズイのか…?
いや、そうではない…。
オカンの味噌汁は美味しい。
決して高い食材を使うわけではないが、それでも出汁(ダシ)が効いててとても美味しい。
むしろ食堂の定食やインスタントものなんかよりずっと美味しい。
田舎のバアさんが作る味噌汁には敵わないが、バアさんはいつも魚をふんだんに使って出汁を取るのでこれは負けても仕方がない。
それほど美味い母の味噌汁の何が気に入らなかったのか…。
「おふくろの味」より定食やインスタントの味噌汁を採る理由とは…。
そのことを子供の頃はあまり深く考えたことがなかった。
やがて、ある程度大人になった頃、なんとなく気付き始めた。
味は悪くないのにイヤイヤ飲んでたオカンの味噌汁。その理由はふたつあった。
それは具がめちゃくちゃ多いこと、そして必ずワカメが入っていること…。
ただそれだけだったのだ。
「美味しい上に具が多いなんて良いお母さんではないか。そんなことで文句を言うなんて罰当たりだ!!」
そんなお叱りの声が聞こえてくる。
しかし…違うのだ。
朝起きぬけに味噌汁を出された時、皆さんはまず一口汁をすするか、それともいきなり具から食べ始めるか、どちらが多いだろう?
やはりまずは一口、熱〜い汁をすすりたくなるのではないか。
しかし僕はこの“最初のひとすすり”を我慢して、いつも具から先に食べ始める。
そのまま具が三分の一以下になるくらいまで、黙々と食べ続ける。
特にワカメはほとんど完全に見えなくなるまで食べ尽くしてしまう。
なぜか…?
その理由を書く前にまず僕の味噌汁のすすり方を説明する必要がある。
ミオパチー患者の僕は肩や腕の力が弱いため、自力では味噌汁の椀を口元の高さまで持ち上げることができない。
そこでまず両手で椀を持ち、そのまま片方ずつゆっくりとテーブルに肘を突く。
肘は両方一度には持ち上げられない。だから片方ずつ、味噌汁をこぼさないようバランスを取りながら慎重に肘をテーブルに乗せていく。
先に手ぶらで両肘を突いて後から味噌汁の椀を持ち上げられれば話は簡単なのだが、肘が拘縮して曲がっていることや筋力の関係でそれもできない。
だから椀を先に持つより仕方が無い。そこから神経を集中させて慎重に肘を突いていく。
この“芸当”がうまくできればその時点で既に味噌汁は口元の高さまで来ているので、後はゆっくり汁をすするだけ。
これが永谷園の「あさげ」や田舎のバアさんが作る味噌汁なら何の問題もなく出来る。
定食の味噌汁も大抵はノープロブレム。
しかしオカンの味噌汁はこうはいかなかった…。
まず具が多いため、椀が重いのだ。
あまりにボリュームがあって重いので、先に少し具を食べて減らさないと例の“芸当”ができない。
もっとも椀を軽くするだけなら何も具が三分の一になるまで食べなくても良い。
そこでたっぷり入ったワカメが…コイツが“すすりにくさ”に追い討ちをかけてくるのだ。
普通味噌汁をすする時、皆さんは片手で椀を持ち、片手で箸を持って具を上手く避けながら飲むだろう。
しかし僕は椀を両手で持ちながら飲まないといけない。
するとどこからともなく椀の口元に集まってきて邪魔をするのである…ワカメが。
汁をすすり出すと熱〜いワカメが忍者のように現れ、唇にペチャッと張り付いてヤケドしかけたことが今までに何回あったか。。。
これが汁を飲まずに先に具を食べ続ける理由、そしてワカメがほとんど見えなくなるまで執拗に食べ尽くす理由だ。
筋力が弱いと食べ物を噛んだり飲んだりするのにもかなりの体力を使う。
「食べる」という行為で既に疲れてしまうのである。
また体中の骨格が変形して胃を圧迫してるため、たくさん食べることができない。
結果、ある程度まで具を食べ終わった段階でもう食べることに疲れ、お腹も一杯になり、もはや汁をすすろうという気力が無くなってしまう。
何とか頑張ってすすっても、もう感激がない。
これが学生の頃の朝のお約束だった。
もちろんオカンには「もう少し具を減らしてほしい」と何度も懇願した。
しかし母様は「イヤなら食べなくていいっ!!」と怒鳴る。
母は僕がわがままで言っていると思っていた。
僕もなぜ具が多いと“ツライ”のか、もうひとつ自覚がなかった。
ただただ毎朝、オカンの味噌汁が憂鬱だった。。。
…母と子のカナシイすれ違いの経緯である。
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
オカンはどんな料理にも具をたっぷり入れる。どっさり入れる。アホほど入れる。
具の量が多いだけでなく、何を作らせても同じ具材が入っている。
豚汁でも粕汁でも赤出汁でも雑煮(?)でも、たいてい豆腐・大根・豚肉・白菜・ニンジン・ジャガイモ・卵そしてワカメ入り…。
…でも、さすがにアサリの味噌汁には大根や豚肉は入ってなかったな。
しかし煮物でも炒め物でも思いつく食材を全部入れていたので、何を食べてもよく似た印象になる。
ま、それがウチの「おふくろの味」なのだろう。
レパートリーは多くはなかったが母の料理はどれも美味しかった。
そして何よりも具の多い料理のおかげで今日まで健康に過ごすことができた。
母の田舎では客が来ると「もう食えない」と言うほどの料理でもてなす。
もともと大家族の中で生まれ、来客の多い環境の中で育った母は「料理と言えばいくつもの大きな皿にたっぷり盛るもの」と思い込んでいる。
だから今でも料理と言えば具だくさん、そしてお皿に盛る時もドカッと入れる。
弟が家を出たため家族が減った今でも「誰がこんなに食べるの?」と思うくらいの量を作り、年老いて食が減った親父や、もともと小食の僕に今でもドカッと盛る。
ま、これは亡くなった祖母ゆずりの習慣でもあるので、今さら直りはしないだろう。
こうした母の作る、本当は美味しいはずの味噌汁を気持ちよく食べる方法はただ一つ。
それは「スプーン」を使うこと…。これなら最初から汁も飲める。
だがラーメンの汁やコーンスープならそれでいいとしても、味噌汁をスプーンで飲んで美味しいか…?
やはり日本人なら味噌汁だけは直接、椀からすすりたいだろう。
とは言え、背に腹は代えられない。
ミオパチーなら味噌汁にスプーンの選択肢もアリなのだ。
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
先天性障害者の場合、中途障害の方とは違って「健常者の感覚」を全く知らない。
生まれた時から自分の身体能力が基準であり、周りの人も皆そうだと思いこんでる部分すらある。
だから日常の動作で少々不便を感じたり苦手意識を持つ出来事があったとしても、最初は個人差の問題くらいにしか感じていなかったりする。
もう四十年もミオパチーと付き合っている僕でさえ未だに後から気付く“障害”…。
その一つが今回のエピソードというワケ。
子供の頃、味噌汁が苦手だと感じていた「真の理由」は具の多さやワカメではなく、箸で具を避けながら汁をすすれないことだった。
しかしそれが筋力の弱さのせい、障害のせいだと気付いてしまえば対処法はいくらでもある。
あとはスプーン、レンゲを使うなり食べやすい環境を工夫すればいいこと。
こうした自覚もあって今ではオカンの味噌汁をシアワセな気持ちで食べられるようになった。
ところで最近ではよくヘルパーさんに味噌汁を作ってもらう。
材料は全て僕が指示…もちろん具は少なめ、ワカメは入れない。(^v-)v☆
豆腐と大根、そこに豚肉か鶏肉がベスト。大根の代りにジャガイモもいいなぁ。。。
刻みネギはたっぷり入れる。
まず一口、熱〜い汁を直接椀からすすりながら口に入ってくるネギの香り…やっぱ、これがたまらない。