奄美大島が消える日


私の母の故郷、奄美大島。
年配の方なら「♪奄美な〜ち〜か〜ぁ〜しゃ(懐かしい)、ソテツ〜のか〜げ〜で〜♪」という唄をご存知だろう。
大島紬(つむぎ)とソテツの木で有名だ。他には…美しい海くらいか。
実はかっちゃん、まだ奄美大島には一度も行ったことがない。
一度は行ってこの眼で母の故郷を見ておきたいと思っているが、今では親せきもいないので余程の根性がなければ車いすの体で行くのはムツカシイ…。

沖縄と同じような離れ島であり、沖縄以上に独特の方言を持つ。しかし沖縄がよく芸能文化などの面で全国的に話題になり著名人を多く輩出しているのに対し、奄美大島の文化は廃れる一方のように聞く。
沖縄と比べて人口が少ないせいもあるだろうが、そこに住む人々のパワーの違いが一番大きい気がする。
沖縄人が自分たちの島を愛し自分たちの文化に誇りを持っているのに対し、奄美の人には本島(本土)に対するコンプレックスがあるようだ。
もちろん皆がそうではないだろうが、母の話を聞く限りその島の風土の中に島国根性的な劣等感が見て取れる。こんなことを書くのも自分たちの素晴らしい文化に誇りを持ってほしい、そして自分たちの手でそれを後世に残していって欲しいと思うからである。

一般論として地方から都会へやってくる人の中に“田舎もんコンプレックス”を感じる人がいるのはよくある話。そんな人たちはまず大抵、方言の抜けない自分の言葉にコンプレックスを持つ。関西に住む母の親せきの中にもそんな人は多い。
関西弁しか知らないかっちゃんとしては、どんな「方言」も素晴らしい文化だし、半ばバイリンガル(?)の人を見るようでむしろウラヤマシイくらいなのだが。
しかし言葉だけの問題ではないのだろう。よそよそしく冷たく騒がしい都会に一人で出てきたら気後れするのも無理ないかも知れない。
むしろ人前でも堂々と奄美の方言を使い通すウチのオカンみたいな人間の方がメズラシイか…。

ところで母はなんとか奄美の方言を後世に残したいと言う。

実は昔、我が家では母方の祖母が私たちと一緒に暮らしていた。私が高校3年の時に老衰(94歳だったかな?)で亡くなったがそれまではとても元気な人だった。
母と祖母の普段の会話はほとんど奄美の方言だった。

皆さんは奄美の純粋な島言葉を聞かれたことがあるだろうか。
一度でも聞いたことのある人ならわかると思うが、ムズカシイ…。
はっきり言ってムズカシイ…。“これってホントに日本語?”と思うくらいムズカシイ…。
東北弁や名古屋弁など目じゃないくらいムズカシイ、いやムズカシイのではなく本土とは単語も発音も全く違うのだ。小さい頃から母と祖母の会話を聞いて育った私でさえ正確にわかるのは3分の1くらいか。自分ではほとんど喋れない。

「かーしがでぃ、うとぅまらしゃんくゎや、ぬぅがかっちょ…」

…まじないの呪文ではない。
「こんなにも変わった(あまのじゃくな)子といったらもう、どうしてだろうね…」と子供に手を焼いてる状況を島言葉で言ったものだ。
味のある素晴らしい言葉だが、今では島民でさえ純粋な方言を使える人が少なくなったと聞く。
この言葉、なんとかして残したい。
しかし如何せん、奄美の言葉を文字にして残すのはこれまたヒジョ〜に難しい…。
これは東北弁や名古屋弁などにも共通して言えることだが、発音記号を使ってもカバーしきれない独特の発音やイントネーションがやはり奄美にもある。もちろん島にも元々、方言を文字で記述して残す習慣はない。
先の「かーしがでぃ…」については最も近い発音になるよう選んだ文字だがすべてがこうはいかない。録音技術や機材の発達した現在ではおそらく生の方言を録音して残すのが最良だろうが、いちいち機材を準備するのも大変だ。そして方言の使い手を捜すのはもっと大変である。

関西にも奄美の県人会はいくつかあるようだ。そのほとんどはノスタルジックな趣の集まりのようだが、県人会にかかわらず、もしウチの母と同じく方言を後世に残したいとお考えの方々がおられれば連絡を頂ければと思う。

本当にフシギな魅力を持った言葉だ。おぼらだれん…(=ありがとう…)

 
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