「十六茶」の謎!?


テレビCMでおなじみアサヒの「十六茶」。
我が家でも500mlボトルをケースごと買って愛飲している。
健康にどういいかは別として、わりと口当たりがよくスッキリと飲みやすい。どんな食べ物にもそれなりに合う。
この「十六茶」について以前から人知れず疑問に思っていることがある。
なぜ“十六種類”なのか…?
別に十五種類でも十七種類でも、あるいはそれ以外の数字でもよかったはずなのにナゼ…?

毎年一月に食べる「七草がゆ」はビタミンが不足しがちな冬場に旬の野菜を効果的に摂るための古人の知恵であり、“七”という数は語呂の良さや縁起のいい数字であるとともに「なるべく多くの野菜を…」という意味合いを含んでいるのだろう。

では「十六茶」の“十六”はどうか…。
「なるべく多くの…」という意味ではこんな半端な数にはなるまい。
縁起の良し悪しにもあまり関係なさそうな数字である。
味覚の面でもこの“選ばれた十六種類”だけが黄金比的な絶対・絶妙のブレンドだとは考えにくい。一つや二つ、増えても減ってもそれなりに製品になりそうな気がする。
また使われている素材の中に「霊芝」や「熊笹」などが含まれるところから、何やら“薬効”的な意味のある特別な組み合わせの感もしなくはないが、そんなことはラベルのどこにも謳われていない。

…とすれば残るは「語呂の良さ」、つまり“ネーミング先導説”だ。
かっちゃんとしてはこの説を強く支持したい。
つまりこの商品を開発していく過程のどこかで「十六茶」というネーミングが決定され、その後商品に関わるすべての作業プロセスやコンセプトが“十六種類であること”に向けて意思統一されていったのではないか、ということ。
今や新商品がヒットするかどうかの要素としてその商品の品質以上に“ネーミング”の良し悪しが影響する時代だ。企業は新商品の開発に際しネーミングのためだけに独立したセクションやチームを設け、大変な時間をかけて検討を重ねる。
ターゲットとする顧客層にとって憶えやすくインパクトがあり、商品の特徴を一言で表しながらしかも購買意欲をそそる、センスの良い商品名は時として大ヒット商品を生む。「たまごっち」「ゴキブリホイホイ」etc...
品物がどんなによくてもネーミングがダサければヒットには結びつかない。ネーミングはその商品の品質の一部であり、その商品の命運を握っているといってもいい。

「十六茶」も最初は七種類だったのかも知れないし、十種類だったのかも知れない。もしかすると十六種類より多かったかも知れない。しかしネーミングを検討する中で、使われている材料の数を商品名に取り込んでアピールしてはどうかというアイデアが出される。そこで「○○茶」の○○の中に様々な数を入れてシミュレーションし、語感やインパクトが何度も検討され続けた。
「十茶」以下ではインパクトがイマイチ。
「十二茶」「十五茶」では語呂がよくない。
「十三茶」はなんとなくキモチ悪い。「十七茶」は少し言いにくい。
「十八茶」は「鬼も十八、番茶も…」とイメージがダブる。
「十九茶」以上は返ってインパクトがぼやける。
そして語呂も語感も爽やかで憶えやすく、しかも意味ありげな材料名を数えてみたいと思わせる限界(?)の数字を取り込んでアサヒ「十六茶」が完成した…。
これが私の想像する「十六茶」誕生のプロセスだ。

実はこの章の原稿を練る際、ネットで情報を調べてみた。するとなんと「十六茶」の公式サイトらしきものがあった。
もしそこに“十六”という数の意味が明確に示されていればこの章の構想は根底から崩れる。
恐る恐るサイトを読み進んでいくと、あった…。「十六種類のひみつ」という項があるにはあった。
だがその内容はというと「東洋医学に基づく“六臓六腑”で十二、そこに“甘い・苦い・酸い・塩辛い”の四味覚を足して“十六”…つまりカラダにやさしくおいしい…」などという全くワケのわからん説明があるだけだった。
明らかにこれは後から取って付けた理由だとしか思えず、この時私は先の“ネーミング先導説”を改めて確信した。
“六臓六腑”などという苦し紛れの辻褄合わせこそ、「十六茶」の全てがネーミングから始まった証拠だと…。

しかし“真実”などかっちゃんには知る由も無い。いくら「十六茶」を飲んでもわからない…。
ギョーカイのみなさん、ホントのとこはどうなんですか…!?

 
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