バリアフリー
数年前に思い切って家を建て替えた。念願だったバリアフリー仕様にするためだ。
それまでの我が家は典型的な木造の日本家屋で、家の玄関だけでなく各部屋ごとの入り口にも数センチ以上の段差があり、廊下も狭かった。
当然、車いすは使えない。自力では歩くどころか全く立つこともできない僕は、食事、トイレ、風呂、洗面、就寝そして階段の昇り降りと、部屋を移動する時はいつも親父か弟に背負ってもらっていた。三十年以上、毎日毎日だ…。(ちなみに自分の家でも一度も入ったことの無い部屋や納戸もあった。)
しかし親父もいつまでもそんな体力が続くわけない。弟だって自分の生活があるしいつかは家を出るだろう…。
また前の家は僕自身の体にとってもいい環境ではなかった。
車いすが使えないので家の中の僕は地べたに座ったままの毎日。座位のまま少しずつ動くことはできたが、そのスピードは亀と競争しても負ける程度で、自力で部屋から出ることはまず無かった。
年々、関節や筋肉の硬縮が進み、座る姿勢のバリエーションが減ってくる。地べたに座り込んだままでは体を大きく動かすことができない。筋肉の硬縮を少しでも防ぐには毎日、可動範囲いっぱいに体を動かし続けることが何より大切なのにそれができない。ますます体の筋肉が減ってくる。
座っているのはほとんど畳の上だが、ずっと座り続けているのでお尻にタコができる。これがまたメッチャ痛い。タコはちょうど体の重みが一番かかる両足の付け根の骨のところ。痛みを和らげるために無理な姿勢をとり続けると今度は背骨に負担がかかって痛み出す。寝転べば取りあえず痛みは楽になるが、自力では起き上がれないのでそれも億劫になってしまう。痛みを我慢するだけの毎日で体の機能は衰える一方だった。
「家の中でも自由に車いすが使えたらこれらの問題も随分改善されるだろうに…」
ちょうどそんな頃、知り合いの方が某大手建設メーカーに勤めていることを知った。
僕自身も郵便局在勤十年目となって職場の制度で借りれるローンの額が一気にアップしたりした。
座り続ける体の負担も限界だったし、そんなこんなで思い切ってその知り合いの方に相談し、以前から考えていたバリアフリー住宅を本気で建てることになった。
…これが我が家を新築するに至った経緯だ。
実は数年前にも一度、バリアフリー化の話を進めたことがあった。その時は両親の主導で話が進んだが、やはり新築となると経済的にも精神的にも大変なパワーが要る。僕の入院など諸々の事情で計画は一旦流れた。
そして今回実現したバリアフリー住宅への建替えはすべて僕の主導で進んだ。
結果的にそれでよかったと思っている。
半年以上かけて業者側の担当者と何度も打ち合わせをしては図面を書き直させ、途中またまた僕の入院もあったりしてほぼ一年後に今の家が完成した。
そしてベッドで寝る時以外は一日中車いすで過ごす生活が始まった。
新しい家の中で車いすを走らせてみて、僕の世界が今までと大きく変わった…。
まず目線の高さが今までと違うのだ。
畳や床が遠くなり、天井が随分近くなった。
テレビも机も家具もベランダも食卓テーブルも、こんな高さで自由に見たことがない。
いや、家族に背負ってもらっていた時も見ていたのかもしれないが、家族に対する「いつも申し訳ない」という気持ちが眼や心を塞いでいたのだろう。外ではいつも車いすなのでこの高さには慣れてるつもりだったが、その感覚ともやはり違う…。
今は誰にも気を使わず、何にも縛られず高いところからありのままの周囲が見れる。
自由にモノを見下ろす快感(?)とでも言おうか…。
車いすだと動くスピードもケタ違い。少なくとも亀には絶対、負けない。
自分が動くと周囲の景色も3D映像で動くのだ。まるで映画を見ているように新鮮な毎日だった。
壁を見つめながらそこから離れたりまた近づいたりして…(☆こんなことすら楽しめるかっちゃん)。
家の中なのに廊下を走れば風も感じる。風を切って空を飛ぶスーパーマンのような思いだ。
ある時、部屋の中を一匹のハエがうろついた。
新築前、地べたに座ってた頃はハエには好きなように弄ばれていた。頭や顔に止まっても腕が自由に上がらないので首を振って追い払うのが精一杯。それでも食事時には僕の周りから離れない。
もちろん追いかけて叩き落すなんて到底できない。
「へへ、こいつは安全パイだ、怖くないぜ」…ハエにもそう思われてただろう。
だが今は違う。基本的に命あるものはすべて外に逃がしてやりたいかっちゃんだが、再三の警告に関わらず僕の穏やかな生活を邪魔する者とは闘わねば(?!)ならない。
今までと違ってハエ叩きを持って追いかけられるのだ。
「うっ、今までのコイツじゃないなっ…!!」
ヤツも今度はそう思ったに違いない。こうなればこっちのもの…。
筋力が弱いのでハエ叩きを振り下ろすスピードよりヤツの逃げ足の方が速いが、そこはかっちゃん、スピードでは負けても知恵では負けない(たぶん…)。
ハエ叩きをギュッとU字にしならせて、そーっと壁のハエに近づく。
(そっと近づけるのも車いすのおかげ。)
そして射程範囲に入った時、片手を離す。
しなったハエ叩きがピンッ!!と元に戻るスピードはぼくがそれを振り下ろすスピードをはるかに上回り、さらにハエの反射神経をも若干上回る。
…ピシャッ!!…ポトッ…。ワーッハッハッハッハッ…。
うれしかった。僕がハエを叩き落とすなんて…。
その瞬間はまるで世界を征服したような気分だった。
ハエの話はともかく、家をバリアフリーにしたことで物理的にだけでなく精神的にも随分自由になれたことを少しでもお伝えできただろうか。
バリアフリー(barrier free=障壁のない)な世界を実現するには、バリアをブレーク(break=壊す)することが必要だ。そしてそれは障害者自身がバリアをバリアと見抜き、意識し始めることから始まる。
障害者自身が、
「社会なんてこんなモンだろう…」「これ以上わがまま言うのは贅沢だ…」
などと思っているうちは身の回りのバリアフリーは少しも進歩しない。
ところでバリアフリーを考える時、業者や専門家なら何でも知っているとは考えない方が良い。
大手の業者でも知らないことはたくさんある。業者が「それは不可能だ」と言ってもそれを鵜呑みにしては損をする。
実際、僕が建築を頼んだ大手建設メーカーは「丈夫で見栄えのいい家」を作るのが“売り”だったが、ことバリアフリーについてのノウハウは決して豊富ではなかった。
僕の経験ではバリアフリーについて一番しっかりした哲学やノウハウを持っているのは、大手ではナショナル住宅だ。
この他、名もない小さな企業でも素晴らしいノウハウを持つところがたくさんある。
また人によっては専門家ですら見たことの無い設備や道具が必要な場合もあるが、仮にそれが今の世の中に無いものなら新たに作ってしまうぐらいの発想も必要だ。それくらいの思いがないと障害者稼業(?)は勤まらない。
用途は違っても案外身近にあるものや手に入りやすいものが、今までバリアになってたところで思いがけず役に立つこともある。使えるものは何でも利用する発想…これもバリアブレークを実現するパワーの源。
今回の建替えは僕にいろんなことを教えてくれたし、いろんな世界を見せてくれた。
おかげで30年ローンは残ったが…。
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この文章を読んで下さった方の中にはこれから自宅をバリアフリーにしたいと考えている方もおられると思いますが、我が家で良ければいつでも見学に来ていただいて結構です。
(☆事前にメールで連絡ください…(^o^)/)
ただし我が家もそうですが完璧なバリアフリーなどはあり得ません。
住んでいる人の障害の度合いも変化していきますし、同居する家族の生活様式が少しずつ変わっていくこともあります。以前は必要だった設備や道具が必要でなくなったり、またより高度な設備が必要になることもあるでしょう。
我が家にもまだまだ反面教師的な部分があり、新築後に付け足した設備もすでにいくつかあります。それらも含めて参考にして頂けたらと思っています。
(我が家の具体的な設備については「バリアフリーなのダ」のコーナーで…)。