デイセンターの木洩れ日
週一回、近くのデイセンター(通所施設)に通い始めて3年目に入った。
毎回、車いす用リフトを装備したバスで自宅まで送り迎えしてくれる。
2000年に介護保険制度が始まって以来こういった通所施設を運営する事業所はいたる所で見られるようになったが、僕が通うデイセンター「悲田院」はかなり古くから活動しているらしい。
こういった施設を利用するための制度として高齢者には先の「介護保険制度」があり、障害者には「支援費制度」がある。しかし支援費による障害者の利用を受け付ける事業所はまだ少なく、「悲田院」はここ羽曳野市周辺でも数少ない“身体障害者が通える”施設だ。
デイセンターにある浴槽
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ここへ僕が通うようになった当初の目的は、お風呂に入れてもらうためだった。
重度肢体不自由者の自宅での入浴は本人だけでなく介護する家族にとっても大きな負担となることが多く、ウチでも入浴は週一回程度が限度だ。
「悲田院」には写真のような椅子ごと入れる構造の浴槽があり、体洗いもすべてスタッフがしてくれるので家での入浴より負担も少なく楽に入れる。
この浴槽、聞けば一基で家一軒買えるほど高価なモノとか…。
でも使ってみるとその値打ちを十分に感じる。たとえ週一回でも僕にはありがたいサービスだ。おかげで今では家と合わせて週二回入れる。
次は在宅入浴サービスの利用も考えたい…。
施設は入浴だけで帰っても自由だが、他に昼食サービスやリハビリも受けられると聞いて半日ここで過ごすようになった。
こんなふうに開いたりして…
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朝10時から昼2時半頃までの間に入浴、食事、レク、リハビリ等が組まれているがそれらの合間には結構時間があって、お茶しようが雑誌読もうがお喋りしようがテレビ見ようがポケ〜ッとしようが自由…。趣味の手芸道具を持ってくる人もいる。
半日フル参加の利用者は20人程度で、ほとんどが介護保険を使うじいちゃんばあちゃんたち。
ここではとてもゆ〜ったりした時間が流れる。めっちゃ、ゆ〜〜〜ったりと…。
施設の紹介はこれくらいにして…
最初のころは、学校でもなく病院でもない、この不思議な温かさの中に自分がいることに戸惑いがあった…。
スタッフは皆とても愛想がよくて親切だ。若い人もいてとても楽しい。
朝、施設に着くと皆「おはようございまーす!!」と笑顔で迎えてくれる。
お茶が欲しいと言えばいつでも熱いお茶を入れてくれるし、ひとりで椅子を退けようとしたりしてるとすぐに飛んできて、
「ひとこと言って下さったらいいのに…」と言って手伝ってくれる。
帰り際には「ありがとうございました。またお待ちしてまーす」と最後まで手を振って見送ってくれる…。
至れり尽くせりで有難いことだらけなのだが、
「僕なんかがこんな温かい場所にいてていいんだろうか…」という思いで妙に落ち着かないというか…。
病院やリハビリ施設のように“時間がかかってもいいから自分でできることは自分でする…”“集団生活なんだから毎日の時間はきちんと守る”という「厳しい」環境しか知らなかった僕には一種のカルチャーショックだったのかも知れない。
“大事にされること”と“甘やかされること”を混同して、後ろめたさにも似た思いがあったのだと思う。
譬えれば、道に生えてる雑草が急にビニールハウスに入ってきたような気持ち…とでも言うか。
「医療施設」である病院と「福祉施設」であるデイセンターの違いがわからなかったのだ。
しかし、環境にすぐ順応してしまうのがB型かっちゃんの得意技…!?。
『「福祉施設」っていうのはこういうウレシイ場所なんだ。週一回くらいここで息抜きして楽しんでもバチは当たらねぇや…』
じいちゃんばあちゃんたちとも仲良くなり、今ではここでの半日を自然体で楽しめるようになった。
ここを利用する高齢の方々は「介護保険」を利用している以上何かしらの介護を必要とする方たちばかりなのだが、それでも積極的にこういう場所に出てくる人たちは総じて皆、元気だ。
おとなしい人もいれば話好きなひともいる。
昔フランス語を習ってた人、戦時中に夫と死別し行商をしながら何人もの子供を育ててきた人、いつも大きな声で皆を元気づけてくれる人、お嫁さんのグチばかりこぼしてる人、口は悪いがとても温かく面倒見の良い人、どこまでもマイペースな人、いつもワンテンポずれてるが陽気な人…。
最初の頃は「合間の時間にはこの人たちの話し相手になってあげよう…」という少しエラそうな思いが僕の中にあったのだが、こんなじいちゃんばあちゃんたちと話をしていると逆にいろんなことに気付かされ、考えさせられる。
皆、年老いていきなり今の姿になったのではなく、若い頃からの生き方の積み重ねがそうさせていること…。
ここの利用者には早歩きの人もいなければ早口の人もいない。ここだけ、時間が別世界のように流れる。でも「早い」ことに本当は何の意味もないこと、そしてそれでもここには笑顔や温もりがあり一人一人に見事な個性があること、それぞれが深い人生を抱えていること…。
ここは特別な場所なんかじゃなく、人間は皆いつかこうなること…。
学ぶことがたくさんある。
ところで、ここでの半日に慣れてきた僕は、もっともっと“ここで過ごす意味”を広げていきたいと思うようになった。そこでスタッフに頼み込んで、半年ほど前から毎月一回、音楽レクの時間にスタッフに代わってキーボードを弾かせてもらったりしている。
演奏の方は手指にも障害があるので決して人に自慢できる腕ではないが、それでも車いすに乗ってる若い?利用者が演奏することで、少しでもここに集うじいちゃんばあちゃんたちの刺激や励みになればと思った。もちろん僕自身の指のリハビリにもなるし、なにより、楽しい。
(スタッフから見れば“出しゃばりな利用者”なのかも…皆さんゴメンネ(^_^;)ゞ)
ま、いいじゃん…。☆
そうそう、この章では親しみを込めて「じいちゃんばあちゃん」という表現を多用しているが、僕以外にも若い人はいる。
一年ほど前から僕より一つ年下の失語症の女性が通ってくるようになった。
言葉を失ってるのでコミュニケーションは容易(たやす)くはないが、とても前向きな人のようだ。
それにとってもカワユイ…(*^v^*)
若くしてこういう施設の世話をもらうことになった境遇自体は本人にとって決してウレシイものではないと思うが、彼女もきっと“ここへ通う意味”を自分なりに模索してるに違いない。
ここのじいちゃんばあちゃんたちにとっても若い人がひとりでも増えればきっと大きな刺激になるはず。もちろん僕もウレシイ…。
施設構内には他に特別養護老人ホームやリハビリ施設なども隣接してるが、デイセンター用の部屋は窓がとても大きいので室内はいつも明るい。
そこからはため池が見下ろせ、その向こう正面には同じ事業系列の大学も見えたりする。
天気のいい日はこの窓からポケーッと外を眺めて、ため池周りのカメやタヌキを探すのもいい。
春はここの窓辺の日差しがまた、気持ちいいのだ。o(-−o)...zzz...zzz