カッターで鉛筆を削ろう!!
もう三年ほど前になるかな。近所に住む小学一年生の女の子Aちゃんと友達になった。
Aちゃんのお母さんは以前からよくウチに遊びに来ていたのだが、ある日Aちゃんを一緒につれてきた。
その時かっちゃん、この子に一目惚れしてシマッタ…。カワイイのだ。
「こんにちは…」
車いすに乗ってても彼女よりは目線が少し高いので屈んで声をかけると、Aちゃんも
「こんにちは…」とちょっと緊張した表情で、ハッキリと答えた。
しばらく母親と一緒に何度か来たが、そのうち一人で遊びに来るようになった。
周囲に母親や大人がいるとネコをかぶったように大人しいが、僕と二人きりの時は結構おてんばになる。
ちょっと複雑な家庭で育ったせいもあるかも知れないが気丈でとても頭のいい子だ。
僕のことは「かっちゃん」、時に「かつのりくん」と呼ぶ…。
僕の部屋に来るといつもシンセサイザーを弾きたがる。学校で習った唄を何度も何度も練習したりして。
ワープロにもすごく興味を示した。一人遊びも苦にならない子のようだ。
ある時の彼女、僕の部屋の隅っこに埋もれてた「動物カード」を見つけた。
もう随分昔に通販で買ったもので、一枚のカードの表には一種類の動物の写真、そして裏にはその動物の分類や詳しい生態など図鑑なみの内容の解説が書いてある。それが全部で数百枚のセットになっているものだ。
裏の解説は小学一年生のAちゃんには少し難しい言葉もあるが表の写真がとても気に入った様子で、全部見たいと言い出した。
カードは二十枚くらい毎にビニールでパック包装されていたが、いつか見ようと思いながらほったらかしにしてたので、ほとんど封を切ってなかった。
僕は机からカッターナイフを取り出し、Aちゃんの前で一つずつビニール包装に切れ目を入れていった。
これくらいの年の子は何にでも興味を持つんだろうか、僕がカッターで切る様子を真剣に見つめている。
Aちゃんの目が輝いていたので数パック切り終えたところで僕は彼女に声をかけた。
「Aちゃんも(カッターで)やってみる…?」、「うん!!」
今だったら“げっ!!、小学一年生の子にそんな危ないモノ持たせて…!!。他人さまの子供にケガでもさせたらどうすんのっ!!…。”という方もいるかも知れない。
しかし事務用のカッターナイフごときでは刃を出し過ぎさえしなければ、どう間違っても指一本切り落としたりすることはない。
それに大人がきちんと使い方を教えれば道具を使いこなすのは子供の方が早い。
僕は持ってたカッターをAちゃんに渡し、自分用にもう一本机から取り出した。
「ここ(カード)の隙間の溝にカッターを当てて、こんな風にスーッ、スーッって切るんやで…」
「こう?」
「そんなにチカラ入れなくても軽く、ほら、こうやって…簡単に切れるから」
「…ほんとだ…」
女の子だということもあるし、きっと家ではこんなことしたことないのだろう。やがて全部のパックを切り終わった。
「終わったら必ずカッターの刃を引っ込めといてよ…」
まだ小さかった頃、僕は親父からカッターを使って鉛筆の削り方を教わった。たぶん小学校の頃だったと思う。
鉛筆削り器が無かったわけではないが、親父にしてみれば息子とスキンシップのつもりもあったのかもしれない。
- 左手で鉛筆を持ち、右手のカッターを軽く鉛筆に当てる。
- 右手は力をいれずカッターの向きを固定するだけ。刃は出しすぎると固定しにくい。
- 左手の親指でカッターの刃の背を押し出して削り、鉛筆を回しながらそれを繰り返していく…
筋肉系の障害は生まれつきなので手や指の力も人の二十分の一以下と弱いが、コツさえ掴めば僕でも削れる。
親父のようにカッコいい形にはならなかったが、初めて自分で鉛筆を一本削ったときは何かとてもウレシかった。
自分で削ると鉛筆はどんな形にでもなる。何でもない鉛筆に想像力をかきたてられた。
今思うと何かとても大切な経験だったように思う。
小さい頃から工作が好きで、カッターナイフは僕の必需品だった。
空き箱やそこら辺の木材の切れっ端でいろんなものを作った。
その経験は今も役に立っている。
同じように子供の頃、母親の隣りで初めて自分で夏ミカンの皮を包丁で剥いたことがある。
その時はつい勢いあまって指を切ってしまった。
“痛っ!!”と思った瞬間、指を見ると一本の切れ目が入っていて次の瞬間には血がジワーッとあふれてきた。
血が怖かった。ちょっとした弾みで簡単に指を切ってしまうことを学んだ。
これも今思うと貴重な経験…。
今はほとんどの学校でナイフ類の持込みが禁止されているようだが、カッターも禁止なのだろうか…?だとしたら僕らの世代には考えられない状況だ。
僕の学生カバンにはいつもハサミやカミソリ型のカッターが入っていた。
子供たちのナイフ殺傷が相次ぐ中での措置なのだろうが、カッターは日本刀とは違って凶器としてではなく道具として生まれたもの。
“危険だから取り上げる…”という発想はクサいものにフタをするだけで根本的な問題解決を見るものではなく、その場しのぎの策でしかない。
むしろ学校だけでなく各家庭でも大人たちが子供に積極的にハサミやカッター、包丁の使い方を教え、時にはケガをして痛い思いも経験することで「道具としての素晴らしさ」「道具を使いこなす想像力」「ひとつ間違えれば凶器にもなる危うさ」を学んでいくのではないだろうか。
人類が今のように知能を進化させてきたのは、様々な道具を生み、それを使いこなしてきたからだという。
人類最初の道具は叩いたり切ったりする石器だったとか。
子供たちから“人間の知恵の象徴”である道具を取り上げていいはずがない。
極端な話、爆弾が落ちて街が壊滅した時に役に立つのはパソコンよりも金づちやスパナ、そしてハサミやナイフなどの道具だ。
子供たちにこれら道具の誤った使い方をさせないためにも、むしろ正しい使い方を特に親がきちんと教えていくべきだと思う。それとも、今の親たち自身がすでにカッターで鉛筆を削れない世代なのかな…?
自分の子にケガをさせたくないのはわかるが、子供の知恵や創造性を奪う権利は親にもないのだから…。
ところでAちゃんは最近全然見ない。もう四年生だと思うが随分大きくなったろうなぁ。
ウチでカッター触ったこと、覚えてるかな…。