タバコを吸うパワー
【喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります。】
【妊娠中の喫煙は、胎児の発育障害や早産の原因の一つとなります。疫学的な推計によると、たばこを吸う妊婦は、吸わない妊婦に比べ、低出生体重の危険性が約2倍、早産の危険性が約3倍高くなります。】
…2004年11月から2005年6月にかけてタバコのパッケージの有害表示が一新された。
タバコを吸う方は当にお気づきだと思うが、「有害」を警告するメッセージの表示面積が極端に広くなり、表現もより具体的になった。
冒頭の文はどちらも今、実際にタバコに表示されている警告メッセージのひとつ。
…大歓迎だ。ついでにタバコの税金も上げたらいいのに…と思う。
僕はタバコは吸わない。もっとも肺活量が500cc台しかなく、夜間に人工呼吸器まで使っている人間がスパスパやってたらヒンシュクものだろう。
しかし、実は四歳の時に一度だけ吸ったことがある。
ウチの親父はタバコに火を付けて、それを灰皿の端に置いたまま用事をするクセがあった。
(この時、タバコから出る煙(=副流煙)だけでも周囲は大変な迷惑なのだが…。)
ある時、親父がタバコに火を付けたとたん誰かに呼ばれ、例のごとくそれを灰皿に置いたまま部屋を離れたことがあった。
それを見ていた四歳の僕はつい、そのタバコに手を伸ばしてシマッタ。
「おとうさんが毎日吸ってるタバコって、どんなんだろう…」
少しだけ吸ってみた…。
「ゲホッ、ゲホッホッホッ…(+_+)ゲホーーッホッホッ、ゲホッホッ…、ゲホーーッホッホッ(>_<)」
「オエ〜〜〜(T_T)ゲホッホッ…(>_<)」
噎せて(むせて)噎せて噎せて噎せて噎せまくった。苦しかった…。死ぬかと思った。
「こんなもの…ゲホッ、もう二度と…ゲホッ、ゲホッ、吸わ…ゲホッ、吸わないぞ…ゲホーーッ」
四歳の時に一生“禁煙”を決意した。
タバコは百害あって一利なしと言われる。それでも未成年の内から多くの人が吸っているのは周知の事実。
どうして人は百害無一利のタバコを簡単に吸い始められるのか。
最初から「ああ、なんて美味しいんだ…」などと思う人はおそらく皆無であろうタバコを、しかも若いうちから大人の目を盗んでまで吸い始められるのはなぜだろう…。
冒頭にこそいきなり愛煙家が忌み嫌う表現を載せたが、ここでタバコの害について触れるつもりは毛頭ない。
「タバコなんて吸うヤツらの気が知れない…」というニュアンスでも、決してない。
「どうして人は簡単に…」という疑問の裏側にあるのは、多くの学生たちが当たり前のようにタバコを吸い始める中で最後までそんな気になれなかったマイナー組としての自分自身への問いかけ…。
吸う側でなく吸わない側の心の中を、自分自身で突き詰めてみたくなったのだ。
そんな思いを抱くきっかけになった出来事がある。
まだ高校を卒業したての頃だったか…。ある日、中学の時の仲間で同窓会を開いた。
どこかの料理屋の二階で、十五、六人くらいは集まったと思う。もちろん女の子も半分近くいた。
やがて昔話も落ち着いて料理も尽き始めた頃、誰かがタバコを吸い始める。
いわゆる「食後の一服」。
…と、一人が吸い始めるとこれが次々に伝染し始めた。もちろん皆、まだ未成年。
気が付くとタバコを吸っていないのは僕を含めて僅か四人…(ちゃんと数えたことを覚えている)。
吸わないグループは皆、いつも僕の周囲にいたマジメな“坊ちゃん組”…。
このことがすごく寂しかった。そして悔しかった。今も覚えているくらい…。
世間では一応、未成年は吸わないのが当たり前。しかし“当たり前のように吸う連中”に囲まれて、むしろ吸わないことの方がマイナーであるような錯覚を覚える。
「タバコを吸おうと思わない俺は、一体、何なんだ!!」
別にタバコが吸いたかったワケでは決してない。タバコを吸う吸わないの問題ではなかった。
その光景の前で、何か説明のつかない“孤独”を感じたのだ。
それは未青年でタバコを吸ってる人たちだけが持っている(ように見えた)自分にはないパワーに対する一種のコンプレックスとでも言うべきものだったのかもしれない。
僕たち“吸わない組”は学校ではいつもマジメな生徒だった。
学校の規則には無条件に従った。そのことに何の疑問も必要なかった。
規則が僕たちの日常生活の前に立ちはだかることなどなく、それを守っていても何一つ不自由しなかったから。
しかし、なにか一つでも僕たちが望む世界の前に規則が立ちはだかっていたら、僕はそれを破ってでもその世界に飛び込もうとすることができただろうか…。
最近、何人かの友だちに聞いてみた。
「タバコを吸い始めたキッカケって、何なん?」
答はたいてい、皆、同じ…。
「大して理由なんかないわ。なんとなく興味が湧いたからかな…」
…そのパワーはどこから来るねん?
大して理由もなく、なんとなくぐらいの興味で親や教師に睨まれるリスクを侵してまでタバコを吸ってみようと思うそのパワーは、一体どこから来るねん?
僕が自分の意思で「吸いたくない」という思いを貫いたのならこんなこと何も思わなかったし、こんな文章は書かなかっただろう。
でもきっと“吸わなかった”のではなく“吸えなかった”と言う方が正しかったような気がする。
たかがタバコくらいでそんな大げさな…と思われるかもしれないが、例えば規則を破ってでも好きなバイクに乗る、髪を染める、タトゥを入れる…そういったバイタリティについての話として考えてほしい。
学生の頃、「タバコを吸ってるやつら」は自分たちとは違う世界の人間のように感じていた。
“やつら”の中に、僕にはない何か底知れぬ制御不可能なエネルギーを感じていたのかもしれない。
その行為が良いことかどうか、正しいことかどうかという話ではなく、誰に何と言われても自我を実現するエネルギー、どんなに笑われても自己を表現しようとするパワーは人が強く生きていく上で大切なもの。
いくらマジメに勉強しても、それだけでその強さを身に付けることはできない。
そんなパワーを持っていた(ように見えた)彼らが羨ましかったのだ。
僕の知らない何でもありの人生を生きている(ように見えた)彼らがとても羨ましく感じたのだ。
“行為”の良し悪しなどどうでもいいことだった。
僕の中では「未成年がタバコを吸う姿」=「生命がどんなに抑えつけられても自我のままに生き抜こうとする姿」であり「欲しいものはなんとしても手に入れようとする強さ」の象徴だったのかもしれない。
もちろん今思えば、僕も周囲の反対を押してやり続けたもの、どんなに叱られても夢中になって続けたものはいくらもある。結構、ガンコ者だとか強情だとも言われる。あるいは体が健康だったらタバコくらいは手を出していたかもしれない。それでも体のことを理由にすることすら、当時は悔しかった。
(何度も言うがタバコが吸いたかったわけではない。)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて、タバコでも何でも興味を持って飛びつくパワーは欲しいが、しかしタバコの煙や臭いはやはり個人的には大嫌い…と、ここからはそういうお話。
愛煙家のマナーとして人前で吸う時に一言「タバコを吸ってもよろしいですか?」と許可を求めるのが礼儀だ、みたいに思っている人がいる。
確かに何も言わずに所かまわず吸いまくる人と比べれば紳士的でカッコイイかもしれない。
しかしその時、僕のように「呼吸器が弱いもので…」とか「子供がアレルギーなので…」などという言葉を用意できる人は多くはないはず。
もとからタバコを吸わない人たちのほとんどが他人のタバコの煙を本当に迷惑に感じているが、「よろしいですか?」と聞かれて“煙たい、臭い”という理由だけで毅然と「ダメです」と答えられる人は少ない。
「『…吸ってもよろしいですか?』がマナーだ」というのは、吸わない者から見れば所詮、吸う側の論理に過ぎない。
一度でもタバコの味を知ってしまうと、吸わない人たちがどれほど迷惑しているのか全然分からなくなってしまうようだ。
郵便局時代の友達の中にヘビースモーカーがいる。
その男曰く「嫌煙権とか分煙とかガタガタ言うんやったら、俺らの“吸う権利”はどないなるねん!!」と。
まるで「喫煙権を保障しろ」と言わんばかりの時代錯誤もはなはだしい言い分だ。
もう「フ・ザ・ケ・ル・ナ!!(--〆)★」…と言いたい。
「吸いたけりゃ好きなだけ吸えばいい。それでお前がガンになろうが脳卒中になろうが俺の知ったことじゃない。でも煙を一切外に出さないようにして吸え!!」…と。
昔はこんなことを考えた…タバコを吸うなら内側を湿らせたビニール袋を二つ用意する。
一つは火の付いたタバコの先に被せておき、もう一つは一回吸うごとに口や鼻に当ててその中に煙を吐く。こうすれば周囲に煙が拡がらないし他人に迷惑をかけずに済む…。
ビニール袋は酸素は通しても煙の微粒子は通さないくらいの穴が開いていればなお良し。
それが嫌なら、同じく内側を湿らせたもっと大きなビニール袋を頭から被り、その中で吸う…。
まるで時代劇に出てくる虚無僧の姿!?、“パーソナル分煙”とでも名づけようか。(~^.^~)v
冗談はさておき…「禁煙パイポ」という商品は今もあるが「煙取りパイポ(?)」なんていうのは出ないものだろうか。
禁煙パイポは所詮、禁煙しようという意思のある人しか使わないアイテム。
そうではなく、コン○ームのようにタバコの先に被せてその煙を吸収してくれるような商品なら、吸う側ももっと堂々と吸えるし、需要はあると思うのだが。
また仏壇の前でたく線香など煙の少ないものが開発されている。同じように研究開発すれば煙の出ない、または少ないタバコを作れそうな気もするのだが。
お役人の目で見ればタバコには税収入が絡んでくるためタバコへの規制は痛しかゆしかもしれない。しかし他の先進国のタバコ規制への努力はもっと具体的で進んだものだと聞く。
アジアのある国では真っ黒になった肺の写真をパッケージに載せているとも…。
日本が“喫煙大国”の汚名を返上するのはいつのことだろう。
最近、オヤジだけでなくオカンまでがタバコの味を覚えてくゆらせ始めた。
…煙たいわぃッ、もぉー!!、こうなったら俺もグレてやるぅぅぅ…!?。