「金光教」の参拝の仕方について、6つ≪なぜ教会にお参りするのか?「参拝とは?」、金光教ではどんなふうに祈るの?「祈りの作法」、ご神殿に掲げられているものは何?「天地書附」、取次って何?「お結界にて取次」、お供えはどうするの?「お供え」、お結界でいただいたこれは何?「御神米」≫にまとめました。
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「教会」は信奉者の交流の場ともなりますが、第一の目的は「信心のけいこ場」です。
日頃、各人が教会に参拝をして信心の仕方の「けいこ」をし、また帰って日々の生活の場で信心の「実践」をします。
金光教の教祖は取次に専念するまで、「月の三日(さんじつ)参り」といって、月の三日は仕事を休み、一日がかりで遠路の参拝をして、信心のけいこをされました。
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「神様を拝むのに決まりはない。真心の一心が大切」というのが重要な教えですが、ここでは、通常行なわれている参拝の仕方を紹介します。
日本橋教会では「ご神前」の中心に「天地金乃神」を祀り、同時に、教祖「生神金光大神」、およびこの教会ゆかりの先生方や信者の霊神(みたま様)が祀られています。
そして参拝場所の椅子または床に座り、(1)一礼・四拍手・一礼 (2) 天地金乃神様・生神金光大神様へ心中祈念 (3)一礼・四拍手・一礼 (4)霊神様へ心中祈念 (5)一礼・四拍手・一礼 の順で拝礼します。
*天地金乃神様・生神金光大神様への拝礼は、生神金光大神様の取次によって天地金乃神様に祈ります。
*参拝時の拍手は4回(四拍手)です。
*拍手は、神を拝む際に、手の平を打ち合わせる拝礼作法ですが、金光教では、「拍手によって、神は扉を開いて、その祈りを聞き届ける」という伝承が残っています。
*神を拝むには真心を向けることが大切で、拍手もむやみに大きな音を立てる必要はありません。
*世間では、「四」の数字を忌む風習もありますが、「よい」「しあわせ」と良い方にとる心を大切にし、拍手を4回と定めています。
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「天地書附」は、神命により、参拝者の方々に、拝む目当てとして授けられたもので、金光教の本部及び教会の広前(参拝場所)には、この天地書附を掲げています。
その内容には「生神金光大神の取次によって天地金乃神に一心に願いなさい。おかげの鍵は和賀心(わがこころ)の良し悪しにあります。いつでもどこでも今月今日こそという心持ちで頼みなさい」と、私たちが信心して助かるためのあり方、金光教の信心の本質が端的に示されています。
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神様にお願い事をするには、自分で直接祈念するだけでも良いのですが、教会ではさらに「結界(けっかい)」に進み、教師による「取次(とりつぎ)」を受ける、という方法があります。
ここではお結界で取次を受ける作法をご案内します。
「取次」とは、金光教の教師が教祖金光大神様の手代わりとして、願主の願い、神様の願い双方を相互に取り次ぐことを言います。
(1)お結界に進み、一礼します。
(2)お供えをされる場合は、前の盆の上に差し出します。
(3)自己紹介をして、参拝の理由や願い事を申し上げます。
(4)取次者(教師)から言葉や、取次のしるしとして御神米をいただきます。
(5)一礼して、退きます。
また「結界」も「取次」も通常は、敬称をつけて「お結界」「お取次」と呼ばれます。
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「お供え」は神様の御用に使っていただくために、真心を込めて奉るもので、金銭であったり、品物であったり、労働であったりします。
神様への感謝の表れでもありますが、神様の「おかげ」を「お供え」で買うようなものではありません。金銭や物品の有無、多少よりも、お供えをする気持ち・心持ちこそが要です。
親に孝行と思って捧げるものを、真実の親ならどういう気持ちで受け取って下さるのかを、よくよく汲んでおくことが大切です。従って、お供えはどこまでも義務ではなく、自発的なものであって、まして額や量を指定することは出来ません。
(これとは別に「信徒会」等さまざまな教会活動に参画する上での簡単な参加費、教内新聞や刊行物を購入する際の購読費等は存在しますが、強制ではありません。すべて任意です。)
神様へのお礼や、諸祭の際のお供えは「奉」あるいは「御献備」と記し、氏名、年齢を書きます。
お供え用の「奉」袋をご用意されてない方は、教会の玄関をあがった場所にあるものをご利用ください。
取次を受けると、御神米(ごしんまい)をいただくことがあります。
御神米は、天地の恵みを表すものであり、粗末にならないように、神様そのものをいただく気持ちでいただきます。
信奉者は拝む目当てにしたり、祈りを込めて食べたり、煎じたり、身につけたりします。
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