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ドクターイワオの地中海紀行 (イタリア・シチリア編、その12)

  

 パレルモ滞在の三日目、十二月二十九日も、やはり街路の物音で私は目が覚めた。パレルモという町はいつでも騒々しいのが特徴である。身仕舞いをすませ、七時ちょうどにダイニングに降りてゆき、所持していたガイドブックに目を走らせながら、私はパンとフルーツとコーヒーの簡単な朝食をとった。今日はモンレアーレへの遠足に出かけるのである。パレルモ郊外にあるノルマン時代のドゥオーモで有名なこのモンレアーレは、標高三百十メートルのカプート山上にあり、パレルモ湾と、その背後に広がるコンカ・ドーロと呼ばれる「黄金の盆地」を眺め渡す絶好の展望台であった。

 ホテルを後にした私は、ポリテアーマ劇場を横切り、カステルヌオーヴォ広場に出て、その一角にあるタクシー乗り場をめざした。ガイドブックにはバスで三十分とあった。しかし、バスの発着はパレルモ中央駅で、新市街にある私のホテルからは遠くて不便なこともあり、モンレアーレに行くにはかえって遠回りだった。まだ朝も早い時間で、空車のタクシーが五、六台並んでいた。客待ちをして話し込んでいる男たちのなかで、呑気そうな顔をした髭面の運転手と、私は早速賃金交渉を開始した。

 それが一筋縄ではすまなかった。「アンダータ、エ、リトルノ(往復)」、「アスペッターレ(待ち合わせ)」込みで料金がいくらだと、執拗に食い下がる運転手に、「ソーロ、アンダータ(往路のみ)」と釘をさして、私はようやく車に乗り込んだ。私のイタリア語は、恥ずかしながら、旅行前にほんの少し日常会話を覚えたくらいのレベルである。ここパレルモでは、タクシーは規定区間ならメーターを倒さないし、おまけに運転手は英語を解さないものが多い。それでこんなやりとりになった。もうお分かりだと思うが、先の会話で、片道料金をきちんと正しておくことを私はしなかったのである。私はただ片道乗車でよいとだけを相手に伝え、料金は往復の半分くらいだろうとたかをくくっていたものだから、後でひと騒動持ち上がることになった。

 

 

 

  モンレアーレの展望台から望むコンカドーロ

 

 

 さて、シチリア島の北西部に位置する州都パレルモは、元来、八三一年にイスラムによって征服されてから、イスラム都市として発展した。世界一美しいイスラム都市と言われる所以である。その名の由来はギリシア語Panormosで「すべての係留」という意味である。係留とは船を岸に繋ぎ止めることを指す。つまり、ティレニア海に面して開けたこの都市は、古代からそれだけ自然の良好に恵まれていたということなのだろう。

 タクシーに乗って、モンレアーレに行く途中、標高が上がるにつれて、パレルモ市街のパノラマが広がりを見せてくる。地図を広げると、西は海に向って突き出たガッロ岬( Capo Gallo )あたりから、東はザッフェラーノ岬 (Capo Zafferano) の間がパレルモ湾となる。さらに広範囲に眺めてみると、シチリア北西部パレルモ周辺には、なだらかな海岸線が延び、一定距離をおいて位置する岬と岬の間には、西からカステッラマーレ、カリーニ、パレルモ、テルミニ・イメレーゼと、じつに多くの港があることがわかる。

 

 

   

このエッセイは、日本医事新報 No.4090(2002年9月21日)に掲載されたメディカル・エッセイ、「シチリアの旅 ─ 古代医学と地中海式ダイエット」を書き改めたものです。

随時更新する予定です

   

 

◆イタリア・シチリア編その1                 ◆ギリシア編

◆イタリア・シチリア編その2

◆イタリア・シチリア編その3

◆イタリア・シチリア編その4

◆イタリア・シチリア編その5

◆イタリア・シチリア編その6

◆イタリア・シチリア編その7

◆イタリア・シチリア編その8

◆イタリア・シチリア編その9

◆イタリア・シチリア編その10

◆イタリア・シチリア編その11

 

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