めざせ!アロマテラピー検定2級講座

独学で検定を受けられる方は、ここで一緒にお勉強していきましょう!

復習4日目■■
古代文明における香りの役割

古代ギリシア・ローマ、医学を創始した人々
東洋における伝承医学の発展
(5/13追加UP)地中海世界、ヨーロッパ、アラビアにおける技術的発展
(5/13追加UP)僧院医学からハーブ医学へ

(5/13追加UP)近代科学の発展とアロマテラピーの再発見■

アロマテラピーの歴史
古代文明における香りの役割

新約聖書の中のキリスト誕生物語で
「三賢者が、黄金と
乳香(フランキンセンス)と没薬(ミルラ) (神の薬と言われていた)
をささげた」
                       
古代エジプトでは、ミイラ作りや、ピラミット内で神へ祈りを捧げる時に
上記の植物や
シダーウット、サイプレスなどを使用していた。


古代ギリシア・ローマ、医学を創始した人々

時代 人名+キーワード 著書+業績
古代
ギリシア
医学の祖

ヒポクラテス

「ヒポクラテス全集」

医学の基礎を作った。
「生活習慣から病気になる」
「台所は神聖な薬局である」

こんな時代から今現在、見直されている事、
言ってたんですね。オミソレシマシタ。
古代
ギリシア
哲学者
植物学の祖

テオフラストス

「植物誌」


アリストテレスの弟子
植物の分類や系統だった研究を行う。
古代
ローマ
医学者

ディオスコリデス

「マテリア・メディカ」(薬物誌)


ネロ皇帝に仕えた医師。

薬物を植物・動物・鉱物万般を
薬理、機能上から分類、収載。
植物は600種、薬物全般で1000項目にも及ぶ。

中世、近代ヨーロッパ、アラビア世界において
千数百年もの間利用された古典。
古代
ローマ
博物誌家

プリニウス


「植物誌」全37巻

大自然すべての生態に興味を抱く。
質実剛健の古きよき農業国ローマの
伝統が賛美される大作。
古代
ローマ
医学者

ガレノス


コールドクリーム

などの製剤方の創始者。
解剖学的知見と哲学的理論によって
体系的な学問としての医学を築き上げる。17世紀にいたるまで、
西欧の医学の権威として崇められる。

皇帝ネロ(37−68、在位54−68)
公衆浴場が多数作られ、
216年完成のカラカラの浴場では、浴場内で
香油を塗ったり
入浴後に花を引き詰めた部屋で食事したりした。
ネロのばら好きは有名で、
ばらの香油を体に塗らせたり、
部屋をばらの香りで満たしたりした。
アレキサンダー大王(アレクサンドロス三世)(紀元前336〜323在位)
  時代の東西ハーブの交流

東方遠征をはじめ、アケメネス朝ペルシア帝国を滅ぼし
中央アジア、インド北西部にいたる広大な世界帝国を実現。
それを契機に、東西に活発な文物交流の場が開かれ
ヘレニズム文化が生まれる。
この頃、
東西のハーブやスパイスが交易品として
盛んに取引される。
東洋における伝承医学の発展

インド→アーユルベーダ医学の成立
アーユルベーダの源流→紀元前1200-1000、最古の賛美歌「リグ・ベーダ

アーユルベーダは、長い間伝承的に伝えられており
書物として記されたのは思想の成立から随分後の事になる。
約3,000年の歴史を持つと言われている。
2大古典医学書
年代 人名+キーワード 著書+業績
2世紀頃 カニシカ王の侍医

チャラカ


「チャラカ・サンヒター」


内科的な考察に優れている。
三つの
ドーシャ説→ヴァータ(風)ピッタ(火)カッパ(水)
3,4世紀頃


「スシュルタ・サンヒター」


外科的考察が多い。

中国→本草学
現在の中医学、漢方につながる流れ。
年代 人名+キーワード 著書+業績
2-3世紀
(漢の時代)

「神農本草経」
有名な東洋の薬草学書
5世紀末 陶弘景(トウコウケイ)

「神農本草経集注」


薬草本草経を再編成、730種の薬石が記されている。
地中海世界、ヨーロッパ、アラビアにおける技術的発展

イブン・シーナによる精油蒸留法の発明→→錬金術とよばれる技術の中より完成される。
(それ以前の香りの利用法=薫香(くんこう)・浸剤(しんざい/インフューズド)

年代 人名+キーワード 著書+業績
11世紀
(980年頃〜
1037年)
医学に傾倒した哲学者
アロマテラピーの原型を作り上げる。

イブン・シーナ
(ラテン語アビセンナ)

18歳の頃アリストテレス哲学を習得
「現存するものはすべて必然である」
精油の蒸留法を確立する。

著作「医学典範」(カノン)

17世紀頃まで西欧の医科大学の教科書として
使用される。

■中世僧院医学とサレルノ医科大学
中世ヨーロッパの教会や修道院→僧院医学(薬草中心の医学)自給自足の生活
  ↓
中世半ば過ぎ頃から都市の出現、医師という職業の必要性が生じる
  ↓
サレルノ(イタリア、ナポリから60km程南の港町、ヒポクラテスの町と呼ばれる程、医学で有名)
(この街では、ギリシア・ローマ・アラビア・ユダヤの4つの文化を吸収する事ができた)
   ↓↓↓
「サレルノ養生訓」医学書。ヨーロッパ全土に広まる
「サレルノ医科大学」のカリキュラムは、中世の多くの大学の模範となる。
   ↓
1140年/シチリア王により、医師の国家試験ともいえる制度が作られる。
「医療を行う者は、試験を受けて合格する事を要する」

■十字軍の遠征と東西文化の交流
十字軍の遠征(1095年十字軍宣言〜1291年アッカー陥落)

この間、多くの人々が地中海世界の東西と行き交い、西欧キリスト教徒たちに
視野の広大をもたらし、精神面において、異教徒との平和的共存が模索され始めた。
サレルノやモンペリエ(フランス)の大学も、様々な宗教的背景を持つ文化の交流により
生まれていき、こうして東西のハーブや薬草、
アラビアの医学や精油蒸留法などがヨーロッパに伝えられた


僧院医学からハーブ医学へ

■ハンガリー王妃の水→ハンガリーウォーター
ハンガリーの王妃エリザベート1世の為に僧侶により作られた痛み止め(ローズマリーなどのハーブ)。
これを用いた王妃は、みるみる回復し、70歳を超えた彼女に隣国のポーランドの王子が
求婚したほど若返ったという逸話があり(笑)「若返りの水として今に伝えられている。

16世紀〜ハーバリストたちの活躍

年代 人名+キーワード 著書+業績
16-17世紀 ジョン・ジェラード ロンドンのホルボーンに
当時のヨーロッパでは有名な薬草園を開く

1597年著書
「本草あるいは一般の植物誌」
(薬草園の植物の目録)


その後、トーマス・ジョンソン(薬剤師・植物学者)
により増補、新大陸への移住者によって
太平洋に持ち込まれる。
ハーバリスト

ジョン・
パーキンソン
チャールズ1世に使えた。
著書「広範囲の本草学書」
大西洋を渡った書として有名
ニコラス・
カルペッパー
著書「the English Physicians」
当時の医師を批判し、
自らの健康は自らで治す事を主張
大西洋を渡った書として有名
(薬草、ハーブ、占星術)
17世紀末 イタリアの理容師

フェミニス
ドイツのケルンに移り、
「オーアドミラブル=すばらしい水」
を売り出す。
ファリーナがその後を引き継ぎ
「ケルンの水」(香水、胃薬)と呼ばれる。

近代科学の発展とアロマテラピーの再発見
17世紀末の「ケルンの水」などは、香水であり医薬品であった。
この当時、ハーブや薬草を原料にした製品は、まだ、医薬、化粧品、食品の区別が明確では無かった。

(リキュール(カクテルなどに用いる)とチンキ剤(傷薬)はしばしば医薬と食品の
両方に用いられていた。)

近代社会の成立後

医薬、化粧品、食品に対する法律が作られ、それぞれの製造者は
自らの道を選択し、発展。

19世紀〜自然原料より単一の化学物質が分離できるようになり
違う物質同士を反応させ、まったく違った物質を合成する事が可能になった。
年代 人名+キーワード 著書+業績
20世紀
(1920年前後)
フランス人科学者

ルネ・モーリス・
ガットフォゼ

実験室での火傷にラベンダーを使用した
結果が良好であった事をきっかけに、
アロマテラピーの研究を始めた。
1928年頃「アロマテラピー」の造語を作る

補足
(同じ頃、イタリアの医師ガッティー(1920年代)
イタリアのカヨラ(1930年代)それぞれ、精油の心理的作用と
スキンケアへの応用などの研究をしている。)
20世紀
(1964〜)
フランスの軍医

ジャン・バルネ
第2次世界大戦及びインドシナ戦争に従軍
抗生物質の使用に疑問を持つ

負傷した戦士に芳香薬剤(精油より製造)を用いて
手当てをし、目を見張る成績を上げた。

1964年著書”aromatherapie"
邦題「バルネ博士の植物=芳香療法
第一線で活躍した外科医の著書として
アロマテラピーの持っていた
呪術的なイメージを一新した。

「役に立つ事」「科学的領域にとどまること」
に重点をおき、医師や薬剤師に同意を求める為の
アロマテラピー啓蒙に力を尽くした。

20世紀
(1979年代頃)
ミラノの植物誘導体
研究所長

パオロ・ロベスティ


イタリアにある
オレンジ・ベルガモット・レモン
などの柑橘類の精油とその加工品は
神経症や鬱病に有効である事を発見。
これは、香りの精神科の臨床例としては、
世界最初であるといわれる。
20世紀 日本の
東邦大学名誉教授
(日本アロマテラピー
協会会長)

鳥居 鎮夫

随伴性陰性変動(CNV波)という脳波を用い
香り(
ラベンダー、レモン)の刺激作用、鎮静作用を研究。
アロマテラピーの学術研究の先駆者として
高い評価を得ている。
20世紀
(第2次世界大戦後)
ミラノ大学教授

パオロ・ロベスティ

植物成分誘導体を化粧品原料として
利用する事を研究した。
20世紀
(1950−60代)
生科学者
マルグリット・モーリー
(モーリー婦人)
インド・中国・チベットの伝統的な医療や哲学を
研究し、精油を植物油に希釈しマッサージする
方法を提案。


フランスの内服中心、薬理作用重視の
アロマテラピーと対照的に、
アンバランスになった精神と肉体に対しての
個人的な処方によって
そのバランスを正常化するという方法論を提示。


1961年 著書 ”ル・キャピトル・・・ジュネス”
「もっとも大切なもの・・若さ」


1962年 「シデスコ賞」(美容の国際的な賞)受賞

1964年 英訳"the Secret of Life and Youth"
イギリスのアロマテラピーに多大な影響を与える。
↓↓
後にイギリスで「ホリスィテック・アロマテラピー」
と呼ばれる

補足
ホリスティック
「全体的」、「包括的」
ここでは、身体におこったトラブルを、
その部分だけの問題とは捉えず、心を含めた全身的(体質)
全人格的なものとしてアプローチする事。
20世紀 ロバート・ティスランド 化学合成万能思考への反省と
自然主義の復興、複雑化する社会病理における
ストレスや精神病理などへの処方箋など
をアロマテラピーで示した。

1987年 著書
"the Art of Aromatherapy"
「芳香療法・理論と実際」

イギリスのホリスティックアロマテラピーの
リーダー的存在として活躍中。

1960年〜1980年代にかけて、
シャーリー、プライス、ロバート、ティスランドなどによって
多くのアロマテラピースクールが設立され、専門家たちを育成。

現在では、それらの卒業生などにより、
美容サロン、医療現場、福祉施設、カウンセリングの手法
として、多彩な展開と大衆化を実現している。

皆さま、今日も勉強、お疲れ様〜。

ここまでで良くわからないところがあれば、
どうぞ、何なりと質問してくださいねーヾ(´ー`)ノ------>管理人へ質問する?

重要事項→(ただし、メールはHTML厳禁で、お願いします。)
  

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