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モンゴル釣行3 2004年7〜9月
モンゴル釣行記完結編「我武者羅無茶苦茶 後編」
 モンゴル釣行記完結編後編。チョロート釣行に初めてジープを導入! 「これでちゃんと釣りができる!」と思ったら、アクシデント続発…。そして遂にでた巨大タイメン130cm!!

我武者羅無茶苦茶 本編3(チョロート川苦闘編)

 テルヒンツァガーン湖に戻った俺は、まるで心にポッカリと穴が開いてしまったようで、何をするにも真剣にはなれなかった。ボートで湖に出ても1〜2時間も波に揺られると飽きてしまって、1匹釣れたら岸に引き帰していた。正直、遊牧民のオッサン達と酒ばかり飲んでいた記憶しか残ってない。エンビシとの旅は最高だったが、心身ともに俺を深く疲労させ、気力を奪い去ってしまったようだ…。ただ、1つだけ気懸かりなことがあった。それは「鬼(10kg以上のタイメン)」をまだ手にしていなかったことだ。いつもはその過程で苦労しながらも、釣りを始めると割りとあっさり釣れた鬼。しかし今年は苦戦を強いられていた。
 そんな時に1人の男に出会った。タリアト村に住むというその男の名は「バンチャーラ」。ロシア製のジープを所有していて、「1日1200円でチョロートまで連れて行ってやるぞ!」と持ちかけてきた。俺はその提案に飛びついた! 今までは馬やバイクを使ったため移動に多くの時間を費やすはめになることが多かった。しかし、ジープを使えば食料や装備の重量を気にすることも無く、ポイントには簡単に辿り着くことができる。「今度は旅ではなく釣りができるぞ!」と思ったのだ。
 そして出発の朝、バンチャーラはモンゴル人には珍しく、遅れることなくやって来た。俺の心は晴やかだった。「今から3時間後には川辺に立ちロッドを振っていることだろう」と想像し、ニヤついていた。

 しかし、その期待はすぐに失望と怒りに変り、そして諦めの境地に達するのであった。やはりモンゴル人のド素人ドライバー、現実は甘くなかったのである…。走り始めて数十分後、ガソリンスタンドに停まったバンチャーラは何を思ったのかウォッカを一瓶買ってきた。モンゴルで出発の祝いに酒を一杯飲むのはよくあることだが、こいつはガバガバと飲み続け終いには眠ってしまった。「またですか…?」、バイクによる釣行では散々似たようなことを経験した。しかし、「ドライバーを雇ってまでこんな目に遭おうとは…」。俺は「モンゴル人のマイペースな時間の使い方」に耐えられなくなった時に行なういつもの「精神的自衛手段」をとった。それは「自分も酒を飲んで気持ち良くなる!」という方法だ(笑)。ヤケ気味にウッカをコップで3杯飲むとなんだか無性に楽しくなり、タイメンのことはどうでもよくなった。しかしすぐに真直ぐ歩くことさえできなくなってしまった(笑)。眠り込むバンチャーラと座りこむ俺、それを見兼ねた「トキショー」という男がやって来て、「俺がチョロートまで連れていってやるよ!」と言い、ハンドルを握った。そして、心優しいモンゴル人と酔払い2人による珍道中は始まるのであった(笑)。
左写真(70cmクラスのパイクに表情が死んでます…)。
右写真(バンチャーラのロシアンジープ)。

 一路、ジープはトキショーという男の冴え渡る運転でオフロードを突き進んだ。バンチャーラは相変わらず後部座席で横に倒れたままだ。俺はといえばグルグル回り続ける視界と揺れる車体に気分が猛烈に悪かった。そして今まで人生で起こった悲しい出来事を思い出しては嗚咽していた。なぜ涙が止まらなくなったのかは今だに分らない(泣上戸だったのか?俺って… 笑)。そしてその後、記憶は途切れてしまった。
 それからどれぐらいの時間が経ったのだろうか? 「タケェ〜」というバンチャーラのシワガレ声で目を覚ますと、窓の外には川が流れていた。トキショーが「チョロートゴルだ」と一言呟いた。しかし、川幅が異常に狭くかなりの激流だ。チョロート川はもっとだだっ広く流れているはずだ。俺はモンゴル人達がガソリン代をケチって近場のソモン川に連れて来たと思い、激怒した。「これはソモンゴルだろっ!チョロートゴルまで早く行けよっ!」。そしてジープは再び砂埃を巻き上げた(後で分った事だがそこはオオカミ山の麓のグットポイントだった。相当酔っていたのね、俺…)。
 熟睡したので酔いはだいぶひいていたが、まだ気分は悪い。しかし、しばらく走ると見覚えのある風景が視界に入ってきた。釣り名人のいる「風の草原」だ! 俺の心は2年ぶりとなる懐かしい風景に弾んだ。チョロート川の前に立ちはだかる断崖に近づくと、モンゴル人の一団が輪になっているのが見えた。「あぁ、宴会をやっている」、当然ながらバンチャーラは吸い寄せられるようにその場に向った。人々は夏休みを利用しUBから遊びに来た旅行者だった。「まあまあ、飲んでいけや」ということで俺達もその輪に加わった(既に十分過ぎるほど飲んでいたのだが…)。
 小一時間ほど経っただろうか? バンチャーラは再び意識を失った。一人まともに思えたトキショーまでベロベロに酔っている。そして俺も再び視界がグルグルと回っていた。しかし、落胆・激怒・嗚咽が続いた車内とは違い、笑いが絶えなかった。やはりモンゴル人の集団と酒を飲むのは楽しいのだ。そして、宴会の盛りあがりがピークに達した時、1人の遊牧民が馬に乗ってやって来た。モンゴル人達は口々に「ヤポン(日本人)、馬に乗って見せろよ!」とはやしたてた。そこで調子にのった俺は勢いよく飛び乗った。するといきなり馬は全速力で走り始めたのだ。「やばっ! 驚かせてしまった」、一転して俺は超ド級の緊張状態に陥った。酔っていて馬を上手く扱えない。そしてバランスをとるのでやっとだ。しかも周辺は岩が無数に突き出ている。「落ちたら死ぬかもっ!」、俺は必死になり馬をなだめ、手綱を強く引いた。
 200m程走って馬はやっとのことで静止した。「止まった…、はぁ」。モンゴル人が駆け寄って来て、「ヤポン、大丈夫かあ?」と尋ねた。「わはははっ大丈夫さ! はは、は 怖かった…」、笑うのが精一杯だったが、その笑いも力なく途絶えた。「殺される。モンゴル人達に構っていると命がいくつあっても足りないぞ(というか自業自得だが…)」、俺はテントに潜りこんで独りになった。「とにかく酔いを覚まして夜釣りに備えよう! 鬼を手にするまで死んでたまるかよっ!」。

 気がつくと大地は闇に包まれ、テントの壁を朱色の灯りが透過し微かに中を照らしていた。テントから這い出すと宴会は既に終わっており、モンゴル人達は焚き火で料理を作っていた。「ヤポン、食べるか?」、そう言ってスープを差し出したのは釣り師だった。彼らの中には二人ほどロッドを持っている者がいて、目の前を流れる有名ポイントでタイメンを狙っていた。正直2年前に訪れた時の印象から期待薄だったが、急いでスープを飲み干しその男と共に断崖を下った。
 先ずは「流れが90度近くカーブして生まれた急流」が「崩れた落ちた大岩」にぶつかり淵を形成するポイントから攻め始めた。ここは2年前に130cmクラスが浮上したポイントだ。しかし、バドで大岩周りを探るが3匹のレノックが釣れたのみでタイメンが現われることはなかった。そこで徐々に下流に移動し、50mほど続く「浅く緩やかな流れ」を5mおきに撃っていった。使ったのは「ORINOKO」だ! この場所のタイメンはほとんどの時間を淵で過しているが、たまに浅瀬に泳ぎ出て獲物を追っているようだった(2年前に崖の上から観察して分った)。タイミングが合えば「もしかしたら」と思ったのだ!
 しかし、続くのはやはりレノックのアタリのみだった。俺は早々に見きりをつけ、この場所に来たことを後悔した。そして不幸は突然やって来たのである…。レノックがヒットし、「またか…」と思い強引にロッドをあおり引き寄せようとすると、突然ラインのテンションが消えた。すぐにレノックが水面を割って飛び出し、微かにペラの金属音が響いたように感じた。そして、「ORINOKO」はそれっきり浮かんでこなかった…。


 翌朝、明るくなると同時に「闇に消えたORINOKO」を探し回った。「もしかしたら何処かに引っ掛かっているのでは?」という淡い期待があったのだ。Oさんが作ってくれた世界で一つしかないハンドメイドルアー、アマゾン・日本・蒙古と数々の魚を仕留めた思い出のルアーだ。「あれだけは無くせない!」と思い、冷たい水に分け入り血眼になって探した。しかし、「残念ながら」というか「当然」というか、それは無駄な徒労に終わった…。
 日が高く昇る頃、息絶え絶えになって崖を登り戻ると、テント周辺では大騒ぎになっていた。酔っぱらって上機嫌のバンチャーラ、そしてそれを取り囲むように遊牧民達が胡座をかいていた。「また、宴会か?」、愕然とした…。俺は大声を張り上げ大笑いをするバンチャーラを眺めながら、早くこの地を離れることを考えた。初めにチョロート川に来た時、歩いて到達できず諦めてしまったポイント「オオカミ山」に向いたかったのだ。しかし、酒に酔ったモンゴル人は「興奮した暴れ馬」と一緒で何を言っても無駄なのだ…。結局、宴会は夕方まで続いた。俺はその頃になると諦めの境地で、「もうどうでもいいや」と思い始めていた。しかし突然、トキショーがぶちキレて泥酔してフラフラのバンチャーラを荷台に押し込んだ。見知らぬ酔払いがもう1人後を追って乗り込んで来たが、そんなことはお構いなしで奴はジープをぶっ飛ばした!
 トキショーの冴え渡る運転で、ジープは無数に突き出た岩をなんとか交しオオカミ山の頂上に停まった。遥か下を見下ろすと、木々の隙間からチョロート川が流れているのが僅かに見て取れる。俺とトキショーは急いで荷物をまとめ、山を下る準備に取りかかった。
 とその時、バンチャーラが目を覚ました。そしてムックリと起き上がると同時に「ここはどこなんだぁぁ!?」と大声を張り上げ激怒した。それもそのはず、夢心地の大宴会から一転、目が覚めると荒涼とした高い山の上に自分のジープがポツンと停まっている。驚くのも無理はないだろう(笑)。その後、怒りは納まることがなく、意味不明なことを口走り激しく俺達を罵った。そこでトキショーと俺はバンチャーラとまだ深い眠りにつくもう一人の酔払いを放置し、遥か下のチョロート川へ向った。彼らには水も食料も寝袋もないが、そんなことは俺達の知ったことじゃない。「自分の身は自分で守れ! それができなかったらあの世へゆけ! 笑」。
 川までは思ったより距離があった。しばらく木々が乱立する急斜面を下ると、広い草原の台地にでた。そこからまた岩盤でできた小道を下り視界が開けると、そこにはチョロート川が流れていた。
 その場所は記憶にあった。2年前、夜中に馬で辿り着きテントを張った場所だ。そしてそこから100m上流にはその年初のタイメンを釣ったポイントがある。「懐かしいなぁ…」、2年前と全く変らず流れているチョロートを眺めながらテントの設営に取りかかった。とその時、何処からかバサバサと木の枝を掻き分ける音がした。振り向くとそこには白い馬が、そして…。
 「バ、バイラーなのか!?」。白い馬に乗っていたのは2年前一緒に釣りをしたバイラーだった。まだあの頃は背が低く、幼さが残る少年だった。しかし、今目の前にいるのは肩から銃をぶら下げ、精悍な顔付きをした青年だ。2年という月日と蒙古の自然はこれほどまでに人を変えるものなのか…。
 そしてその時から2日、バイラーと共に再び「鬼」を追うことになったのである!
左写真「白い馬に乗って現われたバイラー。馬の背には銃で狩ったタルバガン」。
右写真「チョロート川に第三秘密基地を建設!」

 翌朝、レノックの身が入るだけの簡素なスープで腹ごしらえをして、バイラーが操る白い馬に乗って川を越えた。俺達はかつてバイラーが大物をバラしたというポイントを対岸側から攻めようと計画していたのだ。というのは、大岩が所々に沈んでいるそのポイントは、手前岸がタイメンの好む急流の深場を形成しているため、こちら側からでは攻め辛く、また魚に気配を悟られ易いのだ。
 白い馬は2人を乗せ難なく川を渡り終えた。俺は背中にしがみつきながら、バイラーの乗馬技術の成長に驚いていた。2年前は興奮した馬に振り落とされることもあったが、今では川であろうがガレ場の急斜面であろうが思うがままだ。2年という歳月は少年を大きく変えてしまった。俺は自分が急に年をとってしまったように感じ、少し気が滅入った。
 しかし、釣り師という者は単純なもので、釣り場につくと急に心が晴れ渡った(笑)。俺は日中ということもあり、バドやトリプルインパクトを使い中層から表層を探った。バイラーはお得意のジタバグジョイントで水面を攻める。2人は思い思いにロッドを振ってタイメンを追い求めた。
 それから30分が過ぎた。2人ともレノックは何匹も釣ったが、肝心のタイメンが釣れないのだ。しかし、「やはり夜釣りにかけるしかないだろうなぁ」と思っていたその時、バイラーの叫び声が川原に響き渡った! 「トォ〜ル!」。「なにっ!」、すぐさまバイラーのもとに駆けつけた。しかし、ラインの先についているのはどう見ても50cm半ばのレノックだ。「トル?」、バイラーに問いかけながらもう一度水面を見た。すると必死に抵抗するレノックの後ろ1mに巨大な影があるではないか! 「タイメンがレノックにチェイスしている! しかも、どう見ても120cmはある鬼だ!」。しかし、鬼がレノックに食いついたその瞬間、ルアーが外れてしまった…。
 興奮のあまり叫び続けるバイラー、俺は静かにするよう諭し「もう1度投げろ!」と小声で言った。しかし、興奮したバイラーは聞く耳を持たない。少しづつ上流に移動する鬼をドタドタと足音を鳴らし追った。そして数十秒後、鬼は大岩裏の反転流に姿を消し、それっきり現れることはなかった…。
 その夜、もちろん俺がそのポイントに向ったのは言うまでもないだろう。夜の川越は危険なため、テントサイドから足音を忍ばせて近寄った。先ずは岸辺の急流部を縦方向に攻めた。上流から下流に向って引くのでルアーのアクションがつけ辛いが、バドを思いっきりしゃくりあげながらなんとか攻め続けた。そして、大岩周りも丹念にTOPで探った。しかしその夜、いくらルアーを投げようと鬼が反応することはなかった…。
 石につまづきながらトボトボとテント方向に戻ること100m、オオカミ岩というポイントで何時の間にかいなくなったバイラーがロッドを振っていた。足元を見ると小型のタイメンが転がっている。「おっ!サェン(やったね)」と声をかけると、「ヂヂグ(小さいよ)」、そう言ってバイラーは苦笑いを浮かべた。俺はポケットからトルタメックを取り出し、バイラーと共に1本吸った。「鬼」の幻を夜空に思い浮かべながら吸うトルタメックは正直美味くはなかった…。
 その夜、山の頂上付近から「オ〜イ、オ〜イ」という叫び声が続いた。恐らくバンチャーラだろう。「まだ生きていたのか?オオカミでも出たのかな?」、そんなことを思いながら俺は眠りについた。

 翌日、釣りをすることなく湖に戻ることにした。正直俺は疲れ切っていた。3週間も風呂に入ってないし、魚ばかりの夕食にもウンザリしていた。一度ウランバートルに戻り、出直すことを決めた。
 トキショーと共に大きな荷物を抱えて元来た道を登った。期待に胸を膨らませ2日前に下った道とは思えないほど遠く感じた。息絶え絶えになり登り終えると、憔悴しきったバンチャーラが車の脇にポツンと座っていた。俺達は吹き出しそうになるのを堪え、「トムトル バフコィ(鬼は釣れなかったよ)」と話しかけた。するとバンチャーラは目に涙を浮かべ、「オス バフコィ、ホォール バフコィ、マエハン バフコィ(水も食べ物もテントも無かったよ…)」と力なく呟いた。湖までの帰り道、奴は何度も嘔吐を繰り返し、家につくなり寝込んでしまった。
 「喉が乾き過ぎて自分の小便でも飲んだのかな? 自業自得さ!(笑)」
バイラーがジタバグジョイントで釣った74cmのタイメン。この人釣った魚は全部キープ…。

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我武者羅無茶苦茶 本編4(チョロート川激闘編)
 約1ヶ月にわたる草原の旅を終え、俺は首都UBに戻ってきた。久しぶりに体に浴びる熱いお湯、塩以外の味がついた料理、夜になると街が灯りにともること。一国の首都とは思えないほど小さな都市UBも、何もない生活から戻ってくると「都」のように思えてくるから不思議だ。
 しかし、のんびりしている暇はなかった。Jさんが日本からやって来るからだ。彼とはネットで知り合い実際に1回も会ったことがないという不気味な関係であるが、それにも関わらず初対面でいきなり「チョロート遠征」決行である。さてどうなることやら…。
 そして俺がUBに戻ってから3日後、Jさんは大韓航空の深夜到着便に乗ってモンゴルにやって来た。ゲートの前で彼を待っていると、モニターテレビに見覚えのある姿がチラッと写った。「目が異常にギラついている。やる気満々だ…」、俺はある蒙古在住の日本人の言葉を思い出し一抹の不安をおぼえた。「蒙古では無茶をすると死にますよ〜」。
 さて、UBからチョロート川までは運転手を雇った。名前は「バギ」、姿形から動作に到るまでカバにそっくりなので俺達は何の捻りもなく「カバ男」と呼んだ。そしてJさんの到着翌日、早速チョロート川へと車を走らせた。道中、テルヒンツァガーン湖で遊牧民「ミャグマ」が、チョロート川で釣りキチ少年「バイラー」が合流し、ここに「鬼捕獲隊」が結成された! 個性派揃いのこの5人、さてさてどうなることやら…。

 運転手として、UBで長い間働いてきた「カバ男」の運転はさすがだった。攻撃的かつ的確で、何より「時間」を無駄使いしないのが良かった。運転手が酒に酔って起きあがれなくなったり、予定時刻を8時間過ぎても出発しなかったり、目的地半ばで降ろされたりと、今まで散々な目に会った俺は感動した(笑)。俺達はかつてない早さでチョロート川の目の前まで辿り着いた。
 しかし、やはり問題は早速起こった。オオカミ山を登る途中、岩に乗り上げジープは動かなくなってしまった。道案内をしていたのはこの「俺」だ。以前、トキショーの登ったルートを指し示したが、あの時は本格的なジープだった。今回はホロゴンジープ(ワンボックスタイプ)、車の形状の違いにまで気が回らなかったのだ。脱出に悪戦苦闘する中、三人の「本当にこの道なのかよ?」という怒りが手に取るように分った。俺だって「行けるかどうかは運転手が初めに気づくべきだろ!」と腹が立ったが、あの時は相当酔っていたため自分の記憶に自信がなくなっていった…。
 なんとか頂上に辿り着くが、今度は「モンゴル人の2人」だ。山を下る途中「もう歩けない」とばかりにミャグマが座りこんでしまった。おまけに手荷物のナイロン袋は破け、食料を4分の1ほど紛失してしていた。カバ男もテントのポールを途中で落とし、マヌケ面をさらし草むらを這いつくばって探している。そして「Jさん」はそんな2人に腹を立てさっさと一人で釣りに行ってしまった。「全然まとまりがないじゃん…」、俺は怒りを通り越しいきなり吹っ切れてしまった。ツアーのようにスケジュール通りにやろうと思ってたのが間違いだった。案内人を気取ってカッコつけようとしていた自分を捨て、適当にやっていこうと決めた。今までの釣行がすべて無茶苦茶だったように…。
 「みんな好き勝手やればいいじゃん。俺もそうするよ! 俺達は羊じゃないからなあ」。

そして好き勝手やり始めた我々の写真(笑)
カモメを釣って
食料にする! 激マズでしたけど…汗

 カバ男が木の枝を器用に削ってテントのポールを作った。その間ミャグマは焚き木を拾い、俺は少しフテクサレてビールを開けた。そしてテントを張り終える頃、Jさんが丁度良い大きさのレノックを手に戻ってきた。一見自分勝手に行動しているようで、俺達はそれぞれの役割を分担していたようだ(笑)。そこで俺はお得意のレノックスープを振舞うことにした。
 「Jさん、美味い?」、すると予想外の答えが返ってくではないか。「あんまり…」。「えっ!? こいつはお世辞というものを知らないのか?日本人とは思えん…(俺の心の声)」、少しムカついたのはいうまでもない。しかし、彼のそんなぶっきらぼうな態度が、初日に「敬語はやめよう!」と提案した時から始まった「敬語とタメ口が混ざったぎこちない会話」を自然なものへと変化させたのも事実だ。そして、関西方面の人間には東北風の塩っ辛いスープは口に合わないという事も知ることができた(笑)。まあ、ぎこちなくではあったが2人の歯車は回り始めた…。
 谷が闇に包まれようとする頃、どこから聞きつけたのか?バイラーが銃を肩にかけ馬に乗ってやってきた。1日中タルバガンを追っていたようで疲労困憊といった様子、よほど腹を空かせていたのか俺の作った不味いらしい(笑)スープを全部平らげた。聞くと、本日の収穫はゼロだったらしい。そこで辺りが完全に暗くなってから三人で「鬼狩り」へと向った!
 バイラーが先頭を歩いた。ここ2年で多くのポイントを開拓したらしく、暗い道をズンズンと目的地に向って突き進んだ。しばらく石に躓きながら後をついていくと、「オオカミ岩」の脇を通りかかった。バイラーの目的地はさらに先のようだったが、俺は2年前に110cmがでたこの場所で釣りを始めたかった。バイラーの忠告を断り、俺は釣りを開始した!
 「ジタバグジョイント」をキャストし、以前に記憶していた対岸寄りに沈む岩陰付近を攻めると、いきなり「ゴボッ」と水面が割れた! グングンとロッドを絞るその引きから1mは超えているだろうと思い、二人に向って叫んだ。「トォ〜ル、トォ〜ル!」。1〜2分のファイトの末、2人が到着する直前に手にしたのは90cmのタイメンだった。「鬼」には寸足らずだが、頭が大きくデップリとした体型は近い将来に「鬼」に成長することを想像させるいい魚だった。バイラーの「食べようぜ!」という提案を無視して、俺は再び川に放った。
 それから、ポケットからトルタメックを取りだし、三人で夜空に向って煙をはいた。その日初めて、ぎこちなく回っていた歯車が少しだけ滑らかに回り始めたような気がした…。
グットコンディションのタイメン90cm。

 翌日、本格的に「鬼」を求めて下流部の奥地を目指した。俺達三人は馬で川を越え対岸に渡り、思い思いにロッドを降り始めた。Jさんは渡り終えてすぐの地点、川の流れが岩山に遮られ90度近くカーブするポイントで粘っていた。バイラーはそこから約100m下流、対岸の激流部を狙って川の中央付近まで立ち込んでいた。俺はさらにその下流30m、激流がやや緩やかな流れに変り大岩が顔を出すポイントでTOPを投げた。しばし静寂の時が流れた。三人でゾロゾロ連れだって釣りをした昨夜よりも、やっぱり一人で釣りをするのは心地良い。魚とだけ向き合うことが出来るからだ。
 しかし、それはバイラーの叫び声によってすぐに破られた。「トォルー」という声に驚いて振り向くと、バイラーのシーバスロッドがグンニャリと曲がっていた。そしてその先では1mを少し超えると思われるタイメンが暴れまわっている。ラインはモンゴル人が使うには細目のナイロン16lb、そのため慎重にファイトをするバイラーだった。しかし、浅場に寄せるとタイメンがバッタンバッタンと暴れ始め、ラインが体に巻きつき絶体絶命という雰囲気だ。そこでバイラーは後ろを振り向き「タケェー」と叫び、俺にロッドを手渡した。
 「任せておけ!」とファイトを開始する俺だったが、正直それは「人の魚」。その時本当に真剣だったかというと、実際はそうでもない(笑)。そして目の前3mまでタイメンが迫った時、気持ちもラインのテンションも緩んでしまい痛恨のフックオフ…。すぐに川に入って捕まえようとするバイラーだったが、タイメンが泳ぎ始め手遅れだと分るや否や、肩を落として座りこんでしまった。「タケ、あれ120cmぐらいあったよねぇ?」と呟くバイラー。俺は「そんなわけないだろ!」と思いながらも自分がバラしてしまった手前、「ああ、デカかった。ゴメンね」と答えた。内心「あ〜、食べられなくてすんだ♪」と喜びつつ…笑。
 その後、俺もブーツを脱いで冷たい川に分け入った。岸からでは届かない大岩の向うにある流心が気になっていたのだ。8月の日中と言えどチョロートの流れは頭の先までキーンと痛むほど冷たいが、バイラーの魚を見たことで集中力は高かった。俺は再び魚とだけ向き合い始めた。
 それからどれぐらい経ったのか? 何時の間にか谷は冷たい雨に包まれていた。気がつくとバイラーとJさんは遥か彼方の下流に移動していて、ロッドを振っているのが微かに見て取れた。「俺もそろそろ移動しようか?」と思ったその時、岩裏の反転流を泳ぎ抜けようとするジタバグに覆い被さるようにタイメンがでた! 強引に巻き上げ岩から引き離すと、流れに乗ってすぐに足元まで寄って来た。74cmと小型ではあったが、冷えきった体に少し熱いものが流れるのを感じた。俺は岸にあがりタバコに火をつけ、一息ついた。
  「ん!?」 しかし、煙を吐き出す間も無くあることに気がついた。岸辺に揃えて置いていたはずのブーツが水に浮かんでいた。無我夢中で釣りをしていた時は気にもとめなかったが、水かさ急に増し今まで岸だった所が水没しているのだ! 遠く南方の空を見上げると真っ黒な雲に覆われ、上流部付近で大雨が降っているようだった。「このままじゃ戻れなくなるぞぉ!」、俺は2人を呼んだ。帰路、チョロート川を一人で馬に乗って越えた。お汁粉色に濁り、増水した川が馬の腹に迫る勢いだった。それほどの川を馬に乗って越えるのは初めてだったが、俺達はなんとか間一髪テントに戻り、冷えきった心と体を温めた。
 翌日、テントから這い出すと、川はさらにとんでもないことになっていた。チョロートの透き通る流れは見事にブラックコーヒー色の泥水に変わり果て、大量の木片が次ぎから次ぎへと流れていた。唖然とする俺達、しかし、Jさんと話し合った結果、オオカミ山で釣りを続けることに決めた。それは「結局どこに行っても同じだろう」という諦めにも似た決断だった…。
 午前中はほとんど釣りにならずに暇を持て余した。俺達は一向に清む気配のない川を恨めしそうに眺めながら、泥水で作ったコーヒーを飲んだ。いくら豆を足そうが色が変らぬ「泥水コーヒー」、流された家畜の糞が混じり合っているのだろうか?まろやかな味がして以外と美味かったのは不幸中の幸いか…?(苦笑)。
ジタバグジョイントで釣れた74cm。

 そして日付が変った。この日でオオカミ山での釣行を打ち切り、翌日にはテルヒンツァガーン湖に戻ることになっていた。そこから先は新たな川を開拓するため、「鬼」を確実に狙うならこの日に捕っておかなければ厳しいだろうと思った。しかし、俺は朝から洗濯をしたり水浴びをしたり、釣りもせずにゴロゴロしていた。ドライバーを雇い一日中釣りができるようになったはいいが、逆にいつでも釣りができるためモチベーションが下がっていたのだ。
 そして、最後の日はあっという間に暮れてしまった。Jさんは暗くなると同時にバイラーと共に下流方向に出撃し、一人残された俺は焚き火で暖をとりながら思った。
 「昨日の夕暮れ時、Jさんは2匹のタイメンを立て続けに釣った。しかも俺達が気がついた時には、自らが選んだポイントでたった一人で初めてのその魚を手にしていた。普通海外で釣りをする場合、現地で実績のある釣方をそのまま真似をするのが一番いいのは当たり前だ。しかし、俺は彼にはタイメンを釣るためのキモをほとんど教えてなかった。これはツアーではないし、自分のスタイルを頑なに変えようとしない彼はそれを拒むに違いないと思ったからだ。しかし、彼は「自分の魚」を見事釣り上げた。俺が彼にしてやれることは何一つないだろう。あとはもう俺が「自分の魚」を捕りに行く番だ!」
 「やはり今夜こそは鬼が釣れるまで徹底的に釣り続けるしかない。キャンプから上流部1kmの範囲にタイメンのいるポイントが5ヶ所ある。1箇所で粘らず、それらのポイントを行ったり来たりしながら時間差攻撃をしよう。キャストするのは1コースで「ジタバグジョイント」と「ビックバド」を1投だけ、それができるのは一人になった今夜だけだ!」。

 出発間際、酒を飲んでいたミャグマが一杯注いでくれた。俺が一気に飲み干すと、「俺はもう寝るからな。独りでがんばれよぉ!」と言い残しテントに潜りこんでしまった。その言葉を聞いた俺は少し寂しさを感じ、その場を後にした。2年前一緒に「鬼」を追い求め、一晩中付き合ってくれたミャグマはただの酒飲みになってしまった。もう鬼が釣れても大声をあげながら喜びを分かち合うことはないだろう…。かつて釣り師だった男に小さく呟いた。「ザァ バイルタェ(さよなら)」。
 始めに立ったのは2年前の初日、83cmのタイメンを釣ったポイントだ。ここはキャンプ地からはわずか100m上流にあり、急流が左右の岩に狭められちょっとした流れの変化を造っている。数日前の夕暮れ時にその下流120mで「ザバッ」というモノ凄い音を俺は聞いた。「恐らくエサを求めて回遊している鬼だろう。そしてそいつが普段居着いているのはここしかない」、そう思った俺は上流部から足音をひそめポイントに入り、ジタバグジョイントで攻め始めた。ルアーを通すコースは明るいうちに記憶した足元の石と川の角度で判断し、約3mおきに5回ほど通していった。しかし必ず何らかの反応があるポイントも、この日は不思議とレノックのアタリすらなかった。そこでバドに交換し、上流部に向かっており帰した時のことだ!
 2投目。バドが本流から岸辺のシャローに抜ける時、「グゥーン」とロッドが押さえ込まれた! すかさずアワせファイトにはいるが、この時はまだレノックだと思っていた。しかし、それから間もなくしてその魚がジャンプ! その姿は暗くて確認できなかったが、その音の迫力から1mを超えるタイメンだと思った。すかさずドラグを緩め指でラインを押さえながら慎重に闘い始めた。しかしどうも様子がおかしい…。重量感はあるが動きが鈍く走らない。しかも時々ラインのテンションが急激に緩み、魚の動きが全く読めなかった。「今までのタイメンとは明らかに違う!」。
 そして、1分半ほど経った頃だろか? 業を煮やした俺はドラグを閉め一気に寄せた。そいつは岸から3mほど沖の浅瀬に乗り上げた。その影が瞳に映り脳にインプットされた瞬間、時は凍りついた。まるで全身が氷結したかのように動くことができず、思考は停止した。しかし、次ぎの瞬間、まるで稲妻に打たれ血が逆流したかのような衝撃をうけ、俺は吠えた「うぉぉぉぉ〜!」。川をザバザバと切り裂き、鬼に近づきギャフを打ち込んだ。「トスッ」という乾いた音が響き、俺は無我夢中で岸に引き上げた。そして、絶叫した! 「ミャグマ〜、イフ トム トォ〜ル!」、俺はなぜか彼の名を呼んでいた。あの時と同じように…。
 その叫びが何度谷にこだました頃だろうか? ミャグマは血相を変えて走ってきた。「タケェ、どうした!?」と尋ね、すぐに足元に転がるタイメンに目をやった。「うぉあ、デカイなぁ…」 「ミャグマァ、俺、遂にやったよ…」。少し間が開いて「うおおおぉぉぉ〜!」という叫びが谷に響いた。二人で吠えた、そして抱き合った。吹き荒れる冷たい風をミャグマの肩が遮った時、懐かしい温もりが頬に伝わった。

 「あぁ、あの時と全く同じだ…」。俺は2年前に110cmを釣った時のことを思い出した。あの日も、ミャグマの肩が夜の闇と冷たい風に凍えていた心に安らぎを与えてくれた。そしてさらに記憶は遡り、テルヒンツァガーン湖からミャグマと共に旅だった日のことを思い出した。振り落とされまいと必至にしがみついた背中が温かかった。
 そして初めてチョロート川に辿り着いたあの日、断崖から見下ろした川が美しかったこと。初めての鬼を手にして泣いたこと。湖の辺でデビットとルーシーに出会ったことを次々に思い出した。その記憶の全てが目の前を流れる清らかな流れでつながっている。

 俺がこの大地に残した全ての足跡は今、一本の線でつながった。
 「円は今、閉じた。そして、長かった旅は終わった…」。
「130cm17kg、完璧な魚体の鬼」