緑の町に舞い降りて





これは、松任谷由実の1979.12.1発売のアルバム「悲しいほどお天気」に収録されている楽曲です。
ユーミンの歌は、都会の匂いがするか、スキー場の匂いがするか、というイメージなのですけれども、彼女の曲にはいわゆる「ご当地ソング」も多いみたいですね。
例えば、横浜の「ドルフィン」(注・「海を見ていた午後」で歌われているお店)もそうです。
「経る時」は地名こそ入っていないけれど、千鳥ヶ淵のフェアモントホテルが舞台なのだそうです。
なさそうであるのが、地方都市のご当地ソング。
「緑の町に舞い降りて」は、まさに盛岡を歌った、そのものズバリのご当地ソングです。
余談ですが、「MISSLIM」に収録されている「瞳を閉じて」は、1974年、ユーミンが長崎県五島列島奈留島に住むひとりの女子高生の手紙に応えて作った校歌だと言われます。
今は長崎県立奈留高校愛唱歌として、歌い継がれているそうです。
日本のあちこちに、ユーミンが見て聴いて感じた、その街の風景や想いが、ご当地ソングとして、地元の人々に語り継がれているのでしょう。

さて、盛岡のご当地ソング「緑の町に舞い降りて」
ロシア語のように聞こえるという「Morioka」という響き。
私はロシア語はわからないのですが、どうなのでしょう?
着陸間近のイヤホンが天気を知らせる中で「Morioka」と言うわけです。
飛行機の中ですよね。
岩手県の空港は花巻にあります。
盛岡じゃないけれど、と少し不思議に思いました。
花巻空港へ着陸する飛行機に初めて乗った時、わくわくしました。
ユーミンが、ロシア語のように聞こえると歌った「Morioka」という言葉を聞きたくて。
だけど、「Hanamaki」とは言ったけど「Morioka」とは言わなかった・・。
何故?
東京〜花巻便の空路は、東北新幹線上野駅乗り入れの影響で昭和60年に廃止されました。
ユーミンはこの東京便を使って岩手入りをしていたのかもしれません。
私は、東京便には乗ることが無かったけれど、東京便が発着していた頃は、機内で盛岡の天気の案内もしていたのかもしれない。
そう思うしかないでしょうね。

この歌にある「銀河の童話」は宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」であると、きっと解釈されることでしょう。
私は「銀河鉄道の夜」を読んだことがないのです。
ストーリーはわかるけれど、難しいというのか、言葉の美しさには惹かれるけれど、この物語に在る哲学のようなものが、私には理解できないというのか・・。
私は、宮澤賢治を心底好きという訳でもないのです。
このホームページを見る限り、私(管理人)は宮澤賢治ファンのように思われるかもしれませんが。

「緑の町に舞い降りて」は、ハイ・ファイ・セットのアルバムにも収録されています。
機会があったら、そちらも是非聴いてみたいと思っています。

『輝く五月の草原を、さざなみ遥かに渡っていく』
こんな歌い出しで始まる「緑の町に舞い降りて」。
5月のよく晴れた日、上の橋から中津川を見渡したところの風景が、蘇るようです。
世界が、息づいていることを感じる街、モリオカ。
ユーミンが歌ってから、20年以上過ぎました。
今、あなたが見るモリオカは、どんな風に写っているのでしょうか?

※―「Morioka」というその響きがロシア語みたいだった―の歌詞について、メールを頂戴いたしました。
承諾を得ましたので、掲載させていただきます。

聞いた話ですが、アナウンスで流れた「ハナマキ」、
ロシア語みたいでいいなあと感じ、
実際に歌詞に取り入れて歌ってみたら、
「ハラマキ」に聞こえてしまいそうで断念。
ならば同じく音の響がいい「モリオカ」にしようと、
そういうことだったようです。

あくまでも「聞いた話」とのことですので・・。
そうすると、緑の町って、本当は盛岡でなくて花巻をイメージしていたのでしょうか。
すると、またこの歌の世界が変わってくるような気がいたしますが、いかがでしょうか?







2003.12.8 更新