8・6 ヒロシマ大行動 報告
この日は、「戦争をとめよう! 8・6ヒロシマ大行動実行委員会」主催の8・6ヒロシマ大行動に約2800人が全国各地から集まった。
私たち連絡会からは、3名の元自衛官が登壇し、ひとりひとりの思いを集会参加者へ訴えた。隊員やその家族が不満や怒りを押し殺さず、心の壁を突き破り、声を上げてほしい。そのためにも、集会参加者のみなさんに、この連絡会の協力会員となって、この運動を大きくし、各地で隊員やその家族に呼びかけてほしいと訴えた。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」と書かれた碑文。私たちは、過去の敗戦の歴史から、この国があやまった道を歩ませぬよう声を上げる必要があるのではないだろうか。

1945(昭和20)年8月6日午前8時15分。
人類史上最初の原子爆弾が、広島に投下された。
そのとき私は・・・
僕の目の前を赤トンボがすいすいとんでいって、前の塀の上にとまった。僕は立ち上がり、ボウシを手にもつと、
赤トンボをとろうとして手をのばしたとたん・・・・・・・・・・・・
「広島平和記念資料館資料より」
各仲間からの発言
戦争を止めるということを考えたとき、現職の隊員たちがどういう立場を取るかということにかかっている。そのためには、外からの運動と隊内の良心的自衛官たちの決起が問われている。
宣誓書の中では、「日本国憲法および法令を遵守し、・・・政治的活動に関与せず・・・」とあるが、自衛隊は憲法を踏みにじり海外の紛争地へ派兵され、政治的活動に対しては、徹底的に弾圧を加えている。自衛隊の中では、自由がない。11年前の現職時、私はこの集会に参加した。再び、勇気ある自衛官が出てくることを望んでいる。
広島市内をデモ行進し、呼びかけた。 解散集会にて
かつて、原爆ドームは広島県産業奨励館だった。この近辺の約580メートル上空で、原子爆弾は炸裂した。一発の爆弾で、その年末までに約14万人が死亡したといわれる。被爆により、いまだガンや白血病で苦しんでいる被爆者や放射能障害により、被爆2世・3世への影響も大きい。
この国は、イラク戦争を支持し、戦地に自衛隊を送り、人道復興支援の美名の下、米軍の占領政策を支援している。戦争に参加する国へと変えられてしまった。原爆ドームの風化は著しい。しかし、「戦争はいやだ。二度としない」と誓った人々の意思を風化させてはならない。