カモメの写真を撮りに何度か城ヶ島に行くうちに、そこに住み着いている野良猫にエサをやるようになった。島にある鉄工所近くの空き地に数匹の野良猫がいた。どの猫も警戒心が強く、エサの時以外は近づくとすぐに逃げてしまう。
ところが、丸々太った白と茶のおばあさん猫だけはやけに人なつっこい。人間の愛情に飢えているのか、私が子猫の写真を撮ろうと、地面に片ひざをついてシャッターチャンスを待っていると、服の中に潜り込んできたり、肩に乗ったり、頭の上までよじ登ってきたりする。
子猫は動き回るので、移動しようとするのだが、頭の上に太った猫がいては、動くにも動けない。仕方なく撮影は諦めて、この太ったおばあさん猫を撫でていると、オス猫が近づいて来た。すると突然このおばあさん猫はうなり声をあげ、オス猫にネコパンチを一発浴びせた。
人間大好き、猫嫌いのこの猫を、私は茶茶丸と呼ぶようになった。茶茶丸はいつも鉄工所の草むらで待っていて、私を見ると一目散に駆け寄ってきて、ニャゴニャゴ鳴きながら顔をすりつける。
8月9日、いつものようにエサをあげにいくと茶茶丸がいない。草むらの中にある大きな石の上で、いつも私が来るのをじっとこちらを見ながら待っているのに、いったいどうしたことか。空き地付近を捜してみたものの、どこにもいないのである。心配のうちに2週間がたった頃、鉄工所内の倉庫から猫のような鳴き声が聞こえた。
まさか茶茶丸では、と思い鉄工所の人に倉庫内を探してもらったが見つからなかった。見つけたら連絡してくれるよう頼んで帰ったが、何の連絡もなく、野良猫にエサをやる為に足を運んだが、いっこうに茶茶丸は姿を見せず、さらに2週間が過ぎてしまった。
そばを通ってももう鳴き声はせず、真夏の倉庫で一ヶ月以上も飲まず食わずで生きているわけがないと半ばあきらめていた。草むらのそばを通るたびに、いるはずもない茶茶丸の姿が目に浮かび、自転車の後を追いかけてきた姿が思い出され胸が痛んだ。
9月13日の夕方近く、猫たちにエサをやっていたらまた倉庫の中から猫の声がした。いてもたってもいられず、守衛さんに事情を説明して探してもらったが、やはり見つけることはできなかった。今諦めたら一生後悔すると思い、翌日も、またその次の日も会社に掛け合い、探してくれるよう懇願した。
倉庫内の立ち入り許可をもらい、広い倉庫内をあたりくまなく探したが、どうしても見つからない。どこかにいるのはわかっているのだが、声はせず、どこにいるのか皆目わからない。会社の人の仕事の都合上、30分しか探すことができず、無念のうちに倉庫内を後にした。
あと一回探すが、それでダメなら諦めてくれと、最後通告を出され絶望的な気持ちになった。
その翌日野良猫のエサやりに鉄工所近くの空き地に行くと、瀕死の猫が倒れていた。ガリガリに痩せて、臭く、汚れきった姿には見覚えがなかった。ところがその猫は僕の姿を見ると、起き上がることもできない体で、前足だけ「おいでおいで」するように動かしている。茶茶丸だった。すぐにボランティアの人に電話して病院に連れて行ってもらった。点滴を受けると思いのほか回復が早く、まだ足元がふらつくものの3日で退院することができた。
朝4時半、目覚ましのベルで起こされ気がつくと私は布団の隅に追いやられていた。真ん中の枕の上には頭をのせてすやすや眠る茶茶丸がいた。

茶茶丸は去年の6月〜10月までに3回も膀胱炎にかかりましたが、今年の暑い夏(2004年)をなんとか乗り切りました。今は一日の大半を寝て過ごしています。茶茶丸はとても臆病な猫で、外に出しても2、3分で帰ってきてしまい、車を見るとものすごい形相で階段を駆け上がり、脱兎のごとく部屋の中へ飛び込んできます。

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茶茶丸の夏