童話集『斉藤さんの小さなお話』を読みましょう

【テキスト版】動画表示は出来ません  更新日:2003−08−18
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ここでは、女優・斉藤由貴さんの自作童話を紹介します。

※テレビ番組『斉藤さんちのお客さま』で朗読されていたものを、わたしが聞き取りました※

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      <更新日>               <項目>
   2003−08−13 goto夢子さんのもしも…のお話    作者:斉藤由貴さん
   2003−08−13 gotoままこのピアノ         作者:斉藤由貴さん
   2003−08−13 gotoせつこさんのウエイトレスの話  作者:斉藤由貴さん
   2003−08−13 gotoるりこの雨の ひとりごと    作者:斉藤由貴さん
   2003−08−13 gotoはとこの電話          作者:斉藤由貴さん
   2003−08−13 goto月子のへやのかたすみ      作者:斉藤由貴さん
   2003−08−13 gotoもとこの流れ星         作者:斉藤由貴さん
   2003−08−13 gotoちさこのハッピー・バースディ  作者:斉藤由貴さん
   2003−08−14 gotoそよこさんの夜のブランコ    作者:斉藤由貴さん
   2003−08−14 gotoかのこさんのとおり道      作者:斉藤由貴さん
   2003−08−14 goto               作者:斉藤由貴さん
   2003−08−14 gotoリリコと風鈴たち        作者:斉藤由貴さん
   2003−08−14 gotoりょうこの夏の終り       作者:斉藤由貴さん
   2003−08−14 goto秋の風とまゆこ         作者:斉藤由貴さん
   2003−08−14 gotoハル子のほしいもの       作者:斉藤由貴さん
   2003−08−14 gotoすすき野っ原の真ん中で     作者:斉藤由貴さん

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童話『夢子さんのもしも…のお話』 作者:斉藤由貴さん

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   散歩の好きな 夢子さんは、
   毎日 学校が終わった後、
   お友だちと いつもの よろずやさんの前で、
   手を振って お別れした後、
   散歩をしました。

   「どうして?それは、道草というものよ?」と、
   お母さんが 言われましたが、
   でも、夢子さんにとっては 散歩でした。

   「さて、さて、と。」
   夢子さんは 首をかしげます。
   「今日は どっちに 行こうかしら。」
   わたしの 毎日は、散歩で 始まる。
   朝ではなくて、散歩で 始まる。
   だから、とっても 散歩が 大切なんです。

   彼女は、
    ヒゲが ちっとも似合わない マスターのいる、
    レモネードは とても おいしくて、
    ココアは 少し おいしくない、
    で、掛けてある ロートレックの絵の横の壁に 日本地図によく似た シミのある…
    つまり、その、
   『if(イフ)』という 名前の 喫茶店
   の前を 通りながら、
   「さて、今日は、どうしようかしら。」と 考えていました。

   「はっ、」と ここで ひらめく 彼女。
   「もしも…そうだわ! もしも、もしも、」
   ここで、彼女が、
   ああ、彼女は 毎日 何かを ひらめくのですが、
   彼女が 今日 ひらめいたことは、
   『もしも ○○を 切り取ったら…』と いうことでした。

   「もしも 『海』を 切り取ったら
   ……夏の 閉め忘れの 水道から 垂れる しずく!」

   「もしも 『屋根』を 切り取ったら
   ……ヘンゼルとグレーテルの お菓子の おウチの 現実版!」

   「もしも 『道』を 切り取ったら
   ……落とし穴!」

   「もしも 『花畑』を 切り取ったら
   ……あの方への 優雅な プレゼント!」

   「もしも 『月』を 切り取ったら
   ……どこかで 恋人たちが 今夜 別れるかも……。」

   「もしも 『空』を 切り取ったら
   ……いくら、いくら 切り取ろうとしても、
   これだけは 無理な気がする。
   もしも 切り取れたとしても、
   空が 痛がっちゃったら、どうしよう?
   こんなに とてつもなく 広〜い空は、
   やっぱり 敵に 回さない方が いい……。」

   とりあえず 彼女は、
   空を見上げて ほほえむと、
   自分勝手な 物語と空想と理屈に うれしくなって、
   スキップしながら、
   家(うち)に帰ったり するのでした。

   「今日の散歩も 成功だったなぁ。」という思いで、
   夢子さんの胸は 一杯。
                                     (終わり)
    
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童話『ままこのピアノ』 作者:斉藤由貴さん

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   ままこの ピアノは、空の色を していた。

   4才の お誕生日に 両親に プレゼントされた時は、
   普通の 白いピアノだったのが、
   それから 10年たって、
   ままこは 突然、
   それも 一晩にして、
   空色に 染めてしまったのだった。

   両親は もちろん ビックリしたが、
   一番 ビックリしたのは、
   10年来 ままこに ピアノを 教えていた、
   少し 目尻に シワのある 男のピアノの 先生だった。

   「これは、ずいぶんと…」と、
   先生は、片方の眉を 少しあげて、言った。
   「楽しい色に 染めたものだ!」

   ままこは、先生の ノドボトケを、
   じいっと 見つめながら、言った。
   「好きなんです、この色!」

   これが、ままこが 考えに 考え抜いた、初恋の告白。

   そして、これが ピアノを 空色に 染めた 理由(わけ)。
                                     (終わり)
    
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童話『せつこさんのウエイトレスの話』 作者:斉藤由貴さん

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   「ユーミンなんて、あんまり よくあり過ぎる BGMだわ。」
   と せつこさんは、思う。

   ウルサイ店長は、細長くて 拭きにくいグラスを、
   「ひとっつも 水滴を 残さずに 拭け!」
   と 言うし。

   せつこさんは、
   洗いざらしの 水色のしまの入った フキンで、
   グラスを拭きながら、
   そっと 目を上げる。

   ごく普通の エンジと紺のネクタイの 男の人と、
   ごく普通の クリーム色のワンピースの 女の人。
   親しげに 話なんて してる。
   よくある 恋人同士に、よくある BGM。
   …気恥ずかしく なる ほどだわ。

   せつこさんは、躍起(やっき)になって、グラスを拭く。

   せつこさんは、少しづつ、
   二人を見ながら、
   自分の事を 思い出していた。

   「そうよ ねえ、
   なに気ない 話をしたわ、わたしたちも。
   なに気な〜く お茶を飲んで。
   だけど、突然、あの人が…」

   突然、
   目の前の彼女の 瞳の ちょうど真ん中から ポロリと、
   それは ビックリするほど キレイに可愛らしく ポロリと、
   涙が こぼれた。

   せつこさんの グラスを拭く手が、思わず 止まってしまった。

   「そうよ、そうだった。
   あの時、やっぱり、こんな風に 突然、
   あの人の口から、あの お別れの 言葉が 出た。」

   せつこさんの目は、もう ほんの少し、ぬすみ見てる だけでなかった。
   もう、せつこさんと 目の前の彼女は、無関係では なくなっていた。

   「うそであって、うそであって!」
   『うそであって』のひと言が、せつこさんの 頭の中で 洪水になった。

   彼女が、首を振る。
   彼が、黙る。
   せつこさんが、他の お客のオーダーに、生返事をする。

   彼女が、また 首を振る。
   彼が、席を立つ。
   せつこさんが、うつむく。

   うつむいた その手元には、拭きかけのグラスが あった。

   「それにしたって、なんて 拭きにくい グラスなんだろう…」
   せつこさんは、
   彼の出ていく トビラの音を聴きながら、
   そう 思った。
                                     (終わり)
    
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童話『るりこの雨の ひとりごと』 作者:斉藤由貴さん

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   セキで、身体が ゆれる。
   熱で、目が かすむ。
   るりこは、
   くちびるの端が カサカサしているのを 気にしながら、
   視線を 窓に やった。

   外は、しのつく雨が 降っている。

   「あ〜ぁ、」
   長いセキと アクビが 混じったのが、
   ゆっくり くちびるから 流れる。

   もうすぐ 4時。
   きのうの 4時から、もう まる1日 たったんだ。

   きのうの 買い物帰り、
   傘を忘れて 雨の中、
   急いで 走っている時、
   偶然 通りかかってくれた人。
   『これ、使いなよ。』
   断ったのに、
   どうしても
   傘くれるって 言うんだもの。
   ドナルドダックのハンカチ、
   代わりに
   あせって 渡したものの、
   もっと ましな物に、
   すれば 良かった。

   少し、後悔…。

   家(いえ)に帰って、
   『なぜ こんなに 顔が 赤いの?』
   と 思ったら、
   翌日は この始末。

   あ〜、雨よ 降れ!

   もう 二度と 逢えないのかなぁ〜。
                                     (終わり)
    
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童話『はとこの電話』 作者:斉藤由貴さん

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   はとこは、自分だけの 電話を 持っていた。
   たくさんの色、
   赤だの 青だの 黄色だの、と言った 色たちで、
   塗りたくられた 小さな電話。

   でも、その電話は、
   受話器をあげても、
   「ツゥー、ツゥー」という音は しなかった。
   なぜなら、それは、木で 出来て いたのだった。

   はとこの うその電話は、時々 ホコリを かぶった。
   本当に 使うわけではないので、当然のこと だったけれど。
   はとこが 無性に さみしくなる時、
   それは ピカピカに 磨かれ、
   はとこの 話し相手に なった。

   「もしもし、あなたは 元気ですか?
   さみしくて、泣いては いませんか?」

   自分の気持ちを いない相手に 問いかけて、
   それから ホッとして、眠りにつく。

   そして、はとこは 夢を見る。
   はとこが 誰かに 問いかけたことを、
   そのまま 夢の中では、
   誰かが はとこに 問いかけてくれる。

   「もしもし、あなたは 元気ですか?
   さみしくて、泣いては いませんか?」
                                     (終わり)
    
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童話『月子のへやのかたすみ』 作者:斉藤由貴さん

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   風の とっても 強い夜、
   月子は、
   泣きすぎて ハニワになった 目と、
   かみすぎて 皮のむけた 鼻を、
   冷たいタオルで 冷やしながら、
   時々もれる しゃくりあげの声を、
   必死に 殺していました。

   失恋は、
   いつも 突然で、
   ビックリしたまま 涙へと 流れ込み…。
   月子は、
   さよならの 手紙の前で、
   1時間 騒いだ後、
   今 こうして いるのでした。

   「だって、
   この半年 というもの、
   この 部屋の すみっこは、
   彼からの ラブレターを、
   こっそり 読むための 場所 だったのに。
   こんなのって、
   あんまりだ、あんまりだ、あんまりだ、あんまりだ、
   あんまりだ、あんまりだ、あんまりだ、あんまりだ…」

   くり返して ゆくうち、
   また、涙。

   「初めての デートの時、
   彼から もらった コンペイトウ。
   手紙 1通 もらう毎(ごと)に、
   ひと粒づつ 食べる気 だったのに。」

   ガリガリ。

   残りを 全部 平らげても、
   ちっとも 甘くない コンペイトウ。
                                     (終わり)
    
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童話『もとこの流れ星』 作者:斉藤由貴さん

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   「そんなの 迷信に 決まってるわよ!」
   もとこは、大声で 叫びました。

   「『流れ星が 流れている間に、
   お願い事を 3回 唱えれば かなう』だなんて、
   世の中、そんなに 甘い物 じゃないわよ!」と、
   もとこは、
   また 息巻いて 叫ぶと、
   それっきり、友だちを 見つめたまんま、
   なすすべもなく 黙りこんで しまいました。

   「そんなムキに なること、ないじゃないの?!
   遊びよ、遊び。」と、
   わたしたちは、
   茶化すように 言うと、
   ふくみ笑いを もらして、
   また 夜空を 見上げました。

   「そんな ことに 付き合わせるために 呼んだんなら、
   わたし、もう 帰る!
   あしたの 英語の 宿題、まだ、やってないから!」
   まるで 野菜でも 切るように スッパリ 言い置くと、
   もとこは きびすを 返しました。

   どうして もとこは、
   そんなに ムキになって、
   嫌がるのでしょうか?
   それは、本当(ほんと)に 内緒話なんだ けれども、
   本当(ほんと)の ところ、
   もとこは 流れ星に 裏切られた ことが あるのです。
   3回唱えて、かなうのを待って、
   そして 見事に かなわなかった もとこは、
   それ以来
  、うらない、特に 流れ星の うらないを 信じなくなりました。

   「あ〜ぁ、バカな 怒り方を してしまった!」
   歩きながら、次第に 後悔する もとこ。
   「はぁっ、もっと かわいい、
   うらないだって 軽〜く出来る 女の子 だったら いいのに。」

   もとこが 心の中で 願っている時、
   その後ろで 星が ひと粒 流れたことを、
   誰も 知りません。
                                     (終わり)
    
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童話『ちさこのハッピー・バースディ』 作者:斉藤由貴さん

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   フラッシュを 浴びすぎて チカチカする目を こすりながら、
   ちさこは、
   薄いグリーンの オーバンジーの リボンを 解き始めました。

   きょうは、ちさこの 誕生日。

   自称『キャメラマン』のお友だちは、
   ここぞとばかり、
   フィルムの ムダ使いをして、
   プロの キャメラマン 気取りです。

   きょうは、誰もが みな ちさこに 優しくて、
   とろける マシュマロのような 言葉ばかり 投げかけて くれます。

   プレゼントも もう5つめ。

   これは、キャメラマンの 男の子からの プレゼント。
   開けてみると、かわいらしい ピエロの オルゴール でした。

   「わぁ〜、君が これ 買うところ、想像できない!」
   「なかなか センス、いいじゃない?」
   などと、冷やかされている カメラマンの 男の子は、
   キャメラで 顔を隠して、
   しきりに 写真を 撮りまくって います。

   ちさこは、
   涙を ひと粒 ほほに飾って 笑っている ピエロの人形を、
   抱き上げました。

   でも、
   男の子が ピエロの人形を 選んだ理由(わけ)など、
   決っして 口には しないだろう。

   ちさこへの 本当(ほんとう)の メッセージなど、
   誰も、誰も、ちさこだって、
   全く 気づかないのです。
                                     (終わり)
    
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童話『そよこさんの夜のブランコ』 作者:斉藤由貴さん

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   大好きな あの人は、夜になると、やって来る。

   私の家(ウチ)から、15分。
   あの人の家(ウチ)から、15分。
   ちょうど、ふたりの家(いえ)の 真ん中に、小さな 公園があった。

   奇数の日の 夜11時、
   こっそり 家(いえ)を 抜け出して、
   公園に 駆けてゆく。

   たいてい、先に着くのは わたし。

   ふたつしかない ブランコの、
   わたしは いつも 右側で キイキイ いわせてると、
   あの人の 足音がして、
   夜目(よめ)にも 白い 形の良い 歯が見える。
   そして、あの人は ゆっくり 手をふる。

   ある日、昼に あの人と 会った。

   あたし なんだか イライラしてて、
   ささいな事で ケンカして しまった。

   奇数の日 だったけれど、
   遭う気も 起きなくて、
   「今夜は 公園に 行(い)くのは やめよう。」
   と、思った。

   でも、約束の時間を 30分過ぎてから、
   やっぱり 気になって しまって、
   公園にかけてゆく わたし。

   着いたら、誰も いなかった。

   小さな気配を 残して ゆれている、
   左側の ブランコだけを 除けば。

                                     (終わり)
    
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童話『かのこさんのとおり道』 作者:斉藤由貴さん

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   かのこさんは、今日も 学校に 遅刻しそうだった。

   走るのが 大の苦手の かのこさんは、
   50mごとぐらいに 目標を置いて、
   少しづつ 学校に 近づいてゆく。

   でも、どうにも息が切れて、
   とうとう しゃがみ込んで しまった。

   その時、突然
   かのこさんの目の前に、シャボン玉が 現れた。

   細い風が 鼻の先をくすぐって、シャボン玉が 通り過ぎる。

   びっくりして あわてて 起き上がり、
   キョロキョロ 見まわしてみる。

   すると 古い2階屋の 2階の窓から、
   小さな女の子が、
   赤いストローで、空を見上げて、
   シャボン玉を 吹いている。

   かのこさんは、
   ほんの数秒 見つめていたあと、
   また ゆっくり 走り出した。

   いつもの道が ほんの少し 違って見えたことが、
   うれしくて、
   ほほえみが こぼれた。

   「今日 家(うち)に帰ったら、
   久しぶりに シャボン玉で遊んでみようかな?」
   かなこさんは 思った。
                                     (終わり)
    
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童話『海』 作者:斉藤由貴さん

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   昼の終りを告げる 少しハダ寒い風が、
   わたしの左肩を  なぜてゆく。

   風を避(さ)けるほどの つもりもなくて
   右肩の ぬくもりに 倒れ掛かると、
   足元から伸びる ふたりの長い影が 少し重なった。

   突然 ビーズをこぼしたような 子供の笑い声がした。

   ふと見ると 子供の指差す 延長線上に、
   カモメが優しそうに 白く たゆたっている。

   子供の もう一方の手を きつくじゃなく、
   でも しっかりと にぎっていた
   おじいさんも つられて 空を見上げた。

   もう かなり 傾いた陽は
   そのふたりの目を 刺すことなく、
   柔らかな影を クリーム色の砂に 作っている。

   また 強い風が 吹いた。

   今しがた 目に飛び込んだらしい 砂ぼこりを払いながら、
   となりの その人が つぶやいた。

   その言葉に あたしは うなずいてから、
   もう一度 自分のためにも 「うん」と言った。

   ひどく簡単で 少し つまらない気もした。

   でも、ず〜〜っと こうしていたい、と思った。

   そう、こんな気持ちは 初めて。

   カモメが ひとつ 鳴いた。
                                     (終わり)
    
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童話『リリコと風鈴たち』 作者:斉藤由貴さん

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   夜 かなり 遅くなって 盛り場を、
   リリコが フラフラと 歩いていると、
   誰かが リリコに 声をかけた。

   「なんだろう?」と 振り返ると、
   なぜか 鉢巻きに ハッピを 着た お兄さんが、
   ニカッと 笑って、手招きをする。

   見ると そばに 風鈴が、
   涼しい 音を 何千と 響かせて、
   天びんに ぶら下がっている。

   寄っていくと お兄さんが 言った。
   「いい音 してるだろう?」

   「うん。」と、応える。

   自動車(くるま)の音と、
   笑いさざめきと、
   お店から 流れる BGMの 中で、
   確かに、その音は 不思議なほど 別世界 だった。

   「何してるの?」
   訊いてから バカバカしいと 思った。
   風鈴を 売っているのに 決まっているのに。

   お兄さんは 答えた、
   「いやぁね、」と。
   「盛り場の 音を、こうやって 教えてるんだよ。
   あんた みたいな人が、
   ひとりで 部屋で この音を 聴く時に、
   さびしく ならないようにね。」

   しばらく 黙ってから、リリコは ニッコリ笑った。
   「じゃ、あたしは いらないわ。
   さびしくないもの。」

   そして、また フラフラと 歩き出したの だった。
                                     (終わり)
    
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童話『りょうこの夏の終り』 作者:斉藤由貴さん

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   コスモスが ゆれる向こうで、
   あの人は 手を 振っている。

   りょうこは、
   手を ポケットに 突っ込んだまま、
   それを 見ていた。

   もう、少し 遠くなって、
   小さくなった あの人が、
   もう 一度 手を 振る。

   薄桃に 染まった コスモスが、
   りょうこの 気持ちのように、
   ゆれている。

   りょうこは、思う。
   「あの頃は、この花の名前も あなたの名前も、知らなかった。
   教えてくれたのは、あなた だった。
   まだ 丸く 固く 閉じていた ツボミを、
   その優しい手に 包んで、
   『秋には 開くよ』って 言った。
   その手で、
   あなたは 今、
   あたしに さよならを するんだね。」

   また 振り向いて 手を上げた、
   あの人の顔は、
   少しばかり 目の悪い りょうこには、
   もう どんな表情か 分からない。

   けど、りょうこは 思う。
   「きっと、こんな時も、
   あなたは、
   あの 困っちゃうぐらい 優しげな顔をして、
   あたしのことを 見ているに 違いないね。」

   そして、ポケットに 手を 突っ込んだまま、
   りょうこは コスモスの こちら側で、
   ただ 佇(たたず)んでいた。
                                     (終わり)
    
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童話『秋の風とまゆこ』 作者:斉藤由貴さん

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   もう すっかり チョコレート色になって 夏娘をしていた、
   まゆこの ランニングシャツが、
   ふと 風を はらんだ。

   つけてもいない 扇風機の羽が、
   ゆっくり 半回転した。

   まゆこは、
   何の気なしに 目を通していた 雑誌から 目を上げると、
   開け放したまんまの 窓の向こうを じっと 見つめた。

   「秋だ!」
   まゆこは 思った。
   「秋から 冬。
   冬から春。
   春から夏。
   そして 夏から また秋。
   季節ごと、
   確かに 風は、
   ある瞬間を もって、
   次の季節の 風に 代わっていく。」

   まゆこの 見ている 四角く 切り取られた 景色の中の 空は、
   そう言えば、
   前よりも 少し高く 白く なった みたいだった。

   「さよなら、夏。」
   心の中で そうつぶやいた まゆこは、
   また 読みかけの 雑誌に 目を落として、
   ページを めくった。

   むき出しの腕が、
   ちょっと とぼけたように 動いて、
   カリカリと まゆこの 頭を 掻(か)いた。
                                     (終わり)
    
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童話『ハル子のほしいもの』 作者:斉藤由貴さん

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   体育大会が あった日、
   めったに 欲しい物の無い ハル子は、
   初めて 強く 欲しい物を 見つけた。

   それは 大会の最中(さなか)、
   幅跳びで 何かに けつまづいて、
   砂場に 思いっきり 身体ごと うずまった時だった。

   「もう 少しで 跳べるところ だったのに。
   鳥のように 自由に 飛べるところ だったのに。」
   そう 思った。

   そして、ハル子は 小さな白い鳥が 欲しくなったのだ。

   手に入れた 白い小鳥は、
   カゴの中で、
   とても 小さな まん丸の 瞳をして、
   空を 見つめていた。
   時々 パタパタと 飛び回ったりしたが、
   結局 無駄な事は やめてしまった。

   「待っててね、待っててね、」
   ハル子は 小鳥に 話しかけた。
   「もうすぐ 自由に なれるからね。」

   半年後の 体育大会の朝、
   初夏の 風の中、
   その 小さな 白い鳥が 舞い上がった。

   それは 単なる オマジナイ だったが、
   その日 ハル子は、
   幅跳びで 見事 優勝 したのだった!
                                     (終わり)
    
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童話『すすき野っ原の真ん中で』 作者:斉藤由貴さん

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   すすき野っ原の真ん中で、
   あさこは 聴いていた。
   言葉でなく 音楽ではない なにかを、
   あさこは ただ 黙って 聴いていた。

   「今、世界が ウトウトと まどろんでいる。」
   夢を見るように、
   あさこは 目を 閉じて つぶやいた。

   そして 考える。
   「ずいぶん 前に 心の中で 聴いた何か。
   あれは 一体 なんだったんだろう?
   あれは 何か 物事の 始まりの音、じゃなかったろうか?
   『全ての物は 始まり、終わる。
   定められた 時と場所に。』
   映画のセリフに そうゆうのが あった。
   それじゃ、今 聴いてるのは、
   終わりの音、なんだろうか?」

   すすき野っ原の海が 一瞬 波を打った。

   あさこは、
   心の時計が 一瞬 きしんだ後に、
   また 時を 刻み始めているのを、
   悲しい耳で じっと 聴いていた。
                                     (終わり)
    
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