かつて、富士山こどもの国には
わんぱくの森
と呼ばれる子どもたちの遊び場があった…。
静岡県富士市にある富士山こどもの国。
この公園の中に、「わんぱくの森」という子どもたちの冒険遊び場があったことを知っていますか?
ここには、プレイリーダーと呼ばれるスタッフとパートナーと呼ばれるボランティア、そしてここに遊びに来た子どもたちが、開園以来育んできた「心地よい居場所」が息づいていました。
しかし、富士山こどもの国は、2005年4月から指定管理者という制度が導入され富士サファリパークが運営することになりました。この制度の導入において、県庁公園緑地室が効果的・効率的という言葉のもと、わんぱくの森が育んできた「人のつながり」にまったく目を向けなかったため、この「心地よい居場所」は、失われてしまいました。
2005年3月15日にSBSテレビ「テレビ夕刊」で放映された、富士山こどもの国の指定管理者制度についてのニュース動画です。→0007807501.wvx へのリンク
開園以来6年間、プレイリーダーのぶんちゃ、おかん、らいおん、しんぞー、ちゃーりー、もじゃ、そして、パートナー(ボランティア)、来園者たちが築いてきた「空気」をここに記録しておきます。
わんぱくの森、そこにはいつも子どもたちの笑顔があった。
わんぱくの森、そこにはいつもみんなの笑い声があった。
わんぱくの森、そこにはいつものんびりした時間が流れていた。
わんぱくの森のプレイリーダーたち
そこには、いつも、子どもたちの居場所があった。
わんぱくの森に立っていたメッセージ看板より
あそびはさせられるものではありません。
自分のしたいことをするのがあそびです。
だから「あそばせる」という言い方は根本的にまちがいです。
あそびは人から評価される筋合いのものではありません。
失敗も成功もその子自身のものです。
うまいへたを気にする必要などないのです。
その子その子のペースでできるのがあそびです。
時間で区切られたり「はやくしなさい」とせっつかれるのはゴメンです。
あそびは与えられるものではありません。
何をしていいのかわからないなら、わからないまま徹底的に困り果てればいいんです。
そこが遊びのスタート地点なのです。
「あそびかた」など存在しません。
マニュアル脳はすててください。
「何もしないあそび」をしている子だっているくらいですから。』
2004年11月23日
わんぱくの森には、その存続を願う人たちが300人以上集った。
そして、開園以来、最初で最後となってしまった「わんぱくの森まつり」が開催された。
20年後、30年後にこの子たちの子どもが木登りをすることを
夢見て、マテバシイやクヌギの苗をみんなで植えた。
わんぱく百人一首。
フィールドいっぱいに散りばめられた札を目指して走る、走る!
開園当初から来ている中学生、高校生の姿もたくさん見られた。
わんぱくの森をつくってきたプレーリーダーたちが思い出を振り返った。
いつもと違うプレーリーダーたちに子どもたちも真剣に、あるいは戸惑いながら耳を傾けた。
子どもたちからは、プレーリーダーと遊んだ思い出が語られた。
思わず涙ぐむプレーリーダーたち…。
親からは、我が子の居場所の存続を願う声が次々と語られた。
わんぱくの森でのボランティア活動から得た物を地域の子どもたちに還元している若者たちの発表もあった。
左は岡部町でプレーリーダーとして活躍する「ふなくん」。
右は静岡市でプレーパークを始めた「なっちゃん」。
わんぱくの森は人材育成の場でもあった。
この「わんぱくの森まつり」が発信したメッセージは、こうした取り組みの大切さを理解してくれたSBSテレビ、朝日新聞、静岡新聞、岳南朝日新聞でも取り上げられ、静岡県庁にも届けられた。
しかし、残念ながら子どもたちの、親たちの、ボランティアたちの声が聞き入れられることはなかった…。
ただただ、県庁の机にしがみついて自分の生活費のために仕事をするような役人たちには、子どもたちを育む、ボランティアと協働する、地域で活躍できる人材を育てる、そうしたことの意味がわからないのだろう。
そうした公共施設ならではの取り組みを捨て、民間業者に毎年3億円以上の税金を投入して効率優先、集客至上主義の安っぽい遊園地化をするという選択は、税金の無駄遣い以外のなにものでもない。
何よりも、そうした決定をするにあたり、県庁の関係者たちが現場に出向いて、子どもたちの素敵な表情を見ることもなく、親やボランティアの真摯な訴えに耳を傾けることもせず、物事を決めていってしまったことに憤りを感じる。
わんぱくの森まつり終了後、みんなが掲示板に書いた溢れる思いを掲載します。
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2005年2月1日付けの岳南朝日新聞に安江記者のこんなコラムが掲載された。
指定管理者制度導入に伴い、富士山こどもの国管理運営が四月から、富士サファリパークを経営する小泉アフリカ・ライオン・サファリ(株)に委託される。県の二月議会を経て正式決定する。指定期間は五年間で、県の支払う委託料は総額15億3500万円。収入の10%が県に還元される。「安定した管理運営」「利用推進」「リピーターの確保」「スタッフの多機能化」…。同社の提案概要には県の重視する「効果的、効率的」に沿った文言が並ぶ。
担当記者として感じてきた同園の魅力は、△子供の主体性を尊重する自由な冒険遊び場とプレーリーダーの存在△幅広い市民・団体との協働△さりげないやさしさが広がるユニバーサルデザイン−などで、いずれも「効果的・効率的」という尺度で計り切れるものではない。だからこそ、行政サービスとしての意義を感じた。
しかし、県の示した「管理運営業務の基準」にはこうした点に関する具体的な記載は見当たらず、逆に後退する記述が盛り込まれた。
「県の計画に沿った運営。園のビジョンと方針を大きく変えるものではない」と同社。一方で、同園利用者やパートナー(ボランティア)らの間には今、不安や戸惑い、さらに諦めのムードさえ広がる。
昨年11月、園内の冒険遊び場・わんぱくの森に300人を超える人々の姿があった。「わんぱくの森まつり」というタイトルとは不似合いなほど、大切な空間が失われることへの強い危機感が満ちあふれていた。
集客最優先のイベント広場になるのなら、多額の税金を投じる行政サービスとしての意義は消える。「結論ありき」の拙速なやり方では、積み重ねてきた大切な価値が一気に失われかねない。華々しい開園から6年。同園を愛する人々の思いを受け止めて真摯に応える責任が、県にはある。
(以上)
そして…
2005年4月
プレーリーダー・しんぞーは東京都世田谷区の駒沢はらっぱプレーパークの有給プレーリーダーになりました。
世田谷区はNPO法人プレーパークせたがやに委託をしてプレーパークを運営しています。
2005年7月
プレーリーダー・ぶんちゃとおかんは宮城県仙台市の海岸公園冒険広場の有給プレーリーダーになりました。
海岸公園冒険広場は、指定管理者制度により、NPO法人冒険遊び場−せんだい・みやぎネットワークが運営しています。
指定管理者制度の導入により、富士山こどもの国を追われたプレーリーダーが指定管理者制度により新たな活躍の場が確保されたのはなんとも皮肉な現象です。
指定管理者制度は行政側の理念が問われる制度と言えましょう。