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内モンゴルでの美術展にて  2003

  

  子供達と鑑賞          展示の様子         鑑賞の様子



                                              
 

 美術館の守衛さんの娘ホエホエと仲良しになり、お昼を食べに行った食堂で
僕が日本から持っていった水をつけると絵の具の効果がでる色鉛筆で、夢中
になって絵を描いた。



 

  お世話になった方々      街の様子


 美術館に来てくれた日本から留学している学生と先生と
現地の学生

 

内蒙古尤術館にて日本国岐阜美尤展開催

 美術のことを内蒙古では「美尤」と書く。美術館なら「美尤館」と書いて「メイシークヮン」と読むそうだ。

それはさておき、余裕をもって展示方法や会場設定について考えたいと思い、到着した次の日から毎日美術館に足を運んだ。すると不思議なことに何の前触れもなく突然展覧会が始まる。ちょうど始まったのは展覧会というより展示即売会であった。ある有力な旅行会社主催でその場では売買はしないが、目的はお金持ち相手の売買ということである。計画性や節操のない美術館や、あまりにもずさんな使い方をしている旅行会社に腹が立ってきた。

 一番腹が立ったのは会場で平気で喫煙し、吸殻を床に捨てる。見る見る美術館がごみだめのようになっていく。搬出では商品を持っていくだけでごみや使った展示用の台などはそのままで当然といった感じで、仕事は下っ端にやらせてそこそこでタバコをすぱすぱ吸っている。僕は見ていてイライラして思わず怒って叫びながら椅子や机を、道具を蹴散らしてしまった。

 そんな思いを美術館の人に少し激高気味に懇々と話してしまった。そんなこともあってそのすぐ後から始まった作品の搬入展示はとても緊張感のあるものになった。

 「いい展覧会にしたい」と強く思った。会場の空間を仕切っていたついたてを全部撤去した。その一部のついたてで立体作品を展示するスペースを作った。ついたてを使わないの初めてらしく、美術館のスタッフは半信半疑といった感じだった。しばらく1人で作品の配置について考えた。スタッフに何度も作品の移動を頼む。「いい展覧会にしたい」という僕の願いが届き始めたようで、スタッフは自分が何をしたらいいか自分で考えながら動き始めてくれた。何度も作品を移動しながらようやく配置が決まった。後は壁に吊り下げていく作業である。日本の美術館にあるフックがなく、作品に釘を打ち、そこに紐を結び付け吊り下げるという原始的な方法で吊り下げていった。その頃からスタッフも色々意見を出しながらみんなで話し合いながら展示が進んでいった。

 今回の展覧会で日本と内蒙古間の連絡係を務めてくれていた山下さんも絵を描かれていたのでその作品を一緒に展示することにした。ほぼ展示ができたときに考えたのはいかに美術館の空間をごみや喫煙がないようにし、緊張感を維持できるかということであった。そこでロビーにあった椅子を全て展示室に入れて、座ってゆっくり鑑賞できるようにし、館内のごみ箱兼灰皿を全て撤去した。

 緊張感が張り詰めたすっきりとした空間になった。 

 その頃には美術館スタッフともすっかり連帯感が生まれていた。「いい展示ができた」という共通の思いを持つことができ、その夜は韓国焼肉の店で祝杯をあげた。きつい酒だが、うまい酒だった。

 展示期間中は、私が何も言わなくても美術館スタッフも喫煙やごみなどの環境に配慮してくれているのが分かり、とてもうれしかった。

 内蒙古の今の社会はごみは何処にでも捨てっぱなしで、そのごみを清掃することで生計を立てている人もいる。だから捨てるほうも当然のように捨てるし、レストランの厨房や食器、町や店のトイレの様子などを見ても、とにかく汚い。そういった中で本当の美を追求していくことは難しいだろうとも思う。

 逆に昔からの日本人の美意識についてもよく考えさせられた機会でもあった。日本の生活文化の中に「市中の山居」というものがある。市中の山居とは「町の中にあって、山里に草庵を結ぶ隠者のごとき風情のある場所(村井康彦著 日本の文化)」俗な家の中にある茶室を意味するそうだが、美術館はある意味「市中の山居」であるべきだという思いが私にはあった。人々の生活とあまりにもかけ離れてはいけないと思うのだが、俗な日常から少しはなれて、いつもそこへ行けば何か文化的な喜びを見つけることができるような場所であって欲しいと願っている。

 また、自分たちの絵の美しさは何なのかと内蒙古の作家と語り合った。色は白や黒の多用によって濁り、キャンバスの地の未完成さがたたって、完成作品は油分が布に吸い込まれ艶がなくなり、色が退行しかかっている。やたらと厚塗りの絵の具ががさつなマチエールを作り出している。下地をきっちり作って美しい色を薄く塗り重ねていくといった本来の油彩の表現の根本的なところをもう一度考えるべきであろう。

 内蒙古の作家で特にモンゴル人は自分たちの民族性を、この変わりゆき、混ざり合う国の状況の中で失うまいとしているのがよく分かった。そのためにどうしてもモンゴル人は草原の風景や草原の暮らし、馬などを描きたがるようだ。草原や馬を描かなくてもモンゴル人のアイデンティティーを表現しうるはずである。そんな表現が出てくると内蒙古にも現代美術といったものが登場してくるのかもしれない。

 

子どもと学生

・子ども

 美術館の空き部屋(とても薄暗い)で小学生、中学生の夏休みの美術教室が行われていた。そこで特に幼児から小学生の子達と仲良くなり、たくさんの交流を持った。

 小学校一年生(6、7歳)の子どもたちがすでにモデルを前にしてデッサンをしたり、石膏や静物の描写をしていた。お手本の絵(デッサン)を写す臨画もやっていた。もちろんそれだけでなく、自由画といわれるものもやっていたが、それを見て思ったことについて少し触れてみたい。

 私が小学校に勤務していた時に、6年生に静物や人物の描写を授業で試みたことがあった。先輩の先生に「発達段階を考えると少し難しいかもしれないよ」といわれ、やはりなかなか苦労したことがあった。静物や人物の本質を捉えていく眼がまだ未発達なのが記憶に残った。そんなことを体験していた私は7歳の子の描写にも興味を持った。

 結論からするとやはり7歳にはそういった描写は難しかったということである。描けない子は全く描けない。自由画は先生が模範例的な作品を見せ、それをもとに少し自分なりにアレンジしたりして描いていく。自分なりにアレンジをするところが一番の発想力を育てる場面であるが、その発想の幅をとても狭めてしまっている。でも子どもたちの目はまだ輝いている。とても人なつっこくて素直で、それでいて、大人の言動を実によくみている。

 私は7歳の女の子、ホエホエと特に仲良しになった。ホエホエは美術館の守衛さんの娘で、美術館の裏口の守衛室に家族三人で生活している。狭くて薄暗い守衛室に住んでいるのである。全くプライバシーなんてものはない。美術館関係の人は休憩するのにも平気で守衛室にも出入りしている。そんなことに驚いたのであるが、ホエホエと一緒にご飯を食べたり、めんこで遊んだり、国語や算数の勉強をしたり、一緒に絵を描いたりした。ホエホエがペンで私の顔を描いてくれた。私との出会いの思いから実に素直なのびのびとした表現であった。また、私の持っていった色鉛筆(水で溶くと水彩絵の具のようになる)でも自由に描いた。新しい材料との出会いが彼女に新鮮な絵を描かせた。この子達の将来に期待したいと強く思った。それにはやはり教育がとても重要になるのは言うまでもない。

 

    大学生

日本でいう美術学部と芸術学部の美術科の学生たちと討論会を行った。全体の印象としてはみためは内蒙古の大学生は、日本の中学生のような感じがした。しかし、大学生にもなると今の社会の現状や自分の置かれている立場、自分のこれからの身の振り方をよく考えているということが伝わってきた。

「色が美しいとか、おもしろい」という美術に関する問題の前に、社会に出たらどうやって食べていくか。自分のつきたい職やポストにどうやって就いて、それを守っていくかが最大の問題なのだ。現在何も経済活動を行っていない私にとっても大きな問題なのだが・・・

日本も内蒙古も様々な状況の違いはあるが、若者が自分の将来に夢や希望を持ちにくい社会であるなあと思った。現在内蒙古では自分の身を立てていくにはお金と人脈が大切であるらしく、お金や権威の周りでは人々が様々な動きをみせる。お金、権威、会社、酒、女はどの社会でも密接につながりがあるなあと実感した。

そんな学生を前に私は自分の素直な気持ちを話した。だいたい次のようなことである。

・自分がどんな気持ちで先生を辞め、絵に専念しようとしているのか。

・自分は芸術を通して人とであったり、いろんな国に行ったりしながら活動していきたいから、今内蒙古でこうしていることが自分の本来の生き方をしているのだということ。

・私が美しいと思うものやこと。

・絵の具の美しさやマチエールの美しさ。

・子どもの絵のよさや、その絵が描ける理由。

たくさんの質問をもらった。7歳のホエホエ達の目より輝きがうすくなっているのが気になった。

 

     夜のおでかけ

全身マッサージ、足うらマッサージ、屋台、バーと、ウルジと夜の街へとくりだした。日本でも「ファッションマッサージ」というとマッサージはマッサージでも風俗店をさすように、内蒙古でもそれに近いことがあるらしい。美容院が本業の美容の業務の他に、マッサージも行い、店によっては風俗店になるところもあるという。ただあくまでも店によりけりだという。私は全身マッサージと足うらマッサージの健全な店に行ってみた。

 全身マッサージは若い女の子が全身をソフトにマッサージしてくれる。効き目はいまひとつなのだが、話しをしたり、触れてもらっているということで、男達がひそかに喜び、満足しているのがわかった。足うらマッサージは実に健康的で、足を漢方のお湯で1時間程温めた後、足うら全体を細かくマッサージしてくれる。

悪かった胃腸の調子がよくなったのはこのおかげだと信じている。

 

     フライドチキン

内蒙古で一番繁盛していた店は、外資系のフライドチキンの店であった。いろいろなものを食べてみたが、この店の商品は、確かにこの店の味がしていた。お客さんのために扉を開け、「いらっしゃいませ」というような店はここだけだった。アイスクリームも人気があった。価格は内蒙古の経済の様子からするとそんなに安いかんじはしない。いやむしろ高くかんじる。それでも若者を中心にすごい繁盛ぶりなのである。何故だろう。やつぱりおいしいのである。一見すると日本にハンバーガーなどのファーストフードなどが入ってきた時に似ているようなかんじがするが、その意味合いは大きく違うような気がする。人々はもどきではなく、やはり、ほんものをもとめているのだ。