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15戦 通算13勝 2敗
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1
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昭和35年
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春
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1回戦
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○
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5−0
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2
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昭和39年
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秋
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ブロック2回戦
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○
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3−2
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3
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昭和52年
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春
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1回戦
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○
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4−3
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4
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昭和55年
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春
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2回戦
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○
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4−3
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5
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昭和55年
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夏
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4回戦
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○
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13−1
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6
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昭和58年
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春
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2回戦
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●
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5−7
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桑選手2本、塩沼選手2ランのホームラン攻勢。
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7
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昭和60年
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春
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2回戦
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○
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5−4
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8
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昭和60年
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夏
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4回戦
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○
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12−4
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河内山、四方田、佐野、柴平らで7回目の甲子園を決めた夏。
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9
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昭和61年
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春
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準々決勝
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●
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8−9
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序盤先行も延長10回逆転負け。
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10
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昭和62年
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夏
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5回戦
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○
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6−0
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近鉄に入団した野林、桑らがいた代。
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11
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平成11年
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夏
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5回戦
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○
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6−4
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白窪主将の代。この夏は堀越・岩隈、久我山・河内らを撃破して甲子園へ。
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12
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平成13年
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春
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準決勝
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○
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8−1
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エース近藤がソロを被弾も、都築、内山らの長打攻勢で7回コールド勝ち。
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13
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平成15年
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夏
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4回戦
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○
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8−7
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エースの非常事態に打線が奮起。リリーフ高山投手も5回以降をピシャリ。 |
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14
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平成20年
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夏
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5回戦
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○
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3−1
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関谷投手が8安打されながらも要所を抑えて完投。 |
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15
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平成21年
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秋
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2回戦
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○ |
4−1
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5回表に八学のエラーに乗じて逆転。熊坂、吉澤の継投で接戦を制する。 |
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「ありんこ軍団」の異名をとる八学。その意味するところは、一匹一匹の力は小さくとも、力を合わせれば巨象をも倒すというアリになぞらえての一致団結、全員野球。もっとも、個々の選手の力は決して「ありんこ」という感じは受けません。そのねばっこい野球は、池添元監督の出身校である桜美林カラーも彷彿とさせます。
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| ●八王子戦の思い出 |
平成15年夏の試合は、エース小笠原君が大会直前に故障。この八学戦では故障をおして先発しますが、1回を10球で抑えるとそのまま降板という事態。苦しい試合でした。この夏の優勝は、この一戦をものにしたからこそ。そして、それが三連覇へと繋がるわけで、今振り返ると非常に大きな意味をもつ一戦だったと思います。
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(2010/02/02現在)
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