三高応援団 戦績TOP INDEX

公式戦での対戦が10回以上ある学校との戦績です

日大二高
25戦 通算19勝 6敗
1
昭和9年
2回戦
11−1

2
昭和16年
4回戦
11−2

3
昭和21年
2回戦
2−1

4
昭和26年
ベスト4
決勝リーグ
11−2
他に荏原、早大学院。優勝は三高。
5
昭和27年
ベスト4
決勝リーグ
8−5
他に明治、早実。優勝は早実。
6
昭和30年
決勝
8−1
三高は、並木輝夫投手(阪神)。
7
昭和30年
決勝
7−2
8回裏2死満塁のピンチをしのぎ、そのまま日没コールド。
8
昭和33年
決勝
0−1
9回表のスミ1決着。翌春、ともにセンバツ出場。エースは二高・井上(西鉄)。三高・千原(中日)。
9
昭和34年
準決勝
4−5
夏も二高は甲子園ベスト8。国体優勝。
10
昭和36年
1回戦
7−0

11
昭和40年
決勝
0−2
三高はエース佐藤道郎。二高はエース神山で、2番セカンドの執印は、のちに都立校の監督としてご活躍。
12
昭和44年
5回戦
1−9
三沢×松山商延長18回の年。
13
昭和44年
準決勝
2−0
8回日没コールド。
14
昭和49年
1回戦
4−0

15
昭和56年
準決勝
6−4
3番福王(巨人)の逆転サヨナラ満塁弾で決着。
16
昭和57年
決勝
0−2
二高はエース片岡。三高はエース宮下(中日)。
17
昭和58年
2回戦
2−9

18
昭和59年
準々決勝
4−3
8回に追いつかれ9回裏サヨナラ。
19
昭和61年
準決勝
7−6
延長13回の死闘。二高は川尻(阪神)投手。
20
昭和61年
準々決勝
3−2
8回終わって0-0。9回に点を取り合う。
21
平成元年
準々決勝
8−3

22
平成4年
5回戦
12−1

23
平成14年
5回戦
14−1
三高は村木投手。
24
平成17年
1回戦
16−1
二高・田中監督就任後、初の試合。
25
平成21年
決勝
19−2
大会記録を塗り替える25安打で4年ぶり13回目の優勝を果たす。

対戦回数の多さでは、早実、日大一高に続いて3番目。通算の対戦成績は勝ち越していますが、決勝対決だけに限ってみれば3勝3敗の相星(秋1勝1敗・夏2勝2敗)。最近の話題では、04年に二高監督に就任された田中吉樹監督のご子息が、05-06年池永組のファースト(洋平君)として活躍。幾多のドラマと因縁を生んできた好敵手です。

平成に入って大差の試合が続いていますが、それ以前は劇的な試合が多いカード。近鉄にいった野林選手らの代の昭和61年夏の準決勝は、終盤に追いつき延長。12回表に3点を入れられ万事休すかと思いきや、その裏に3点を返し、13回裏にうっちゃるという試合でした。

古いOBの方にお話を聞くと、昭和24年頃、日大付属校対抗リーグ戦というものが行われたそうです。三高野球部の『70年史』を読むと、その第1回リーグ戦についてのみ簡単な記述があります。会場は「荻窪の日大二高グラウンド」(今の砂川グラウンドではなく)で、参加したのは、一高、二高、三高、日藤の4校(ちなみに優勝は三高)。開催時期は秋季都大会が終わった11月だったとか。いまの一・二・三高定期戦(11月23日)のルーツといえるかもしれません。

(2009/10/02現在)


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