西ノ京・西大寺エリア

【秋篠寺】
  

交通:近鉄大和西大寺駅北口から「押熊行き」で5分程度。秋篠寺下車(170円)
奈良時代末期、時の光仁天皇の勅願時として776年創建され、桓武天皇により完成を見る。
1135年の兵火で建物の多くを失い、現在本堂として使用されている奈良時代唯一の建造物は
元は講堂であった。
堂内には本尊薬師如来(鎌倉時代後期・重文)を始め、小ぶりな十二神将、愛染明王、日光・
月光の両菩薩に加え、秋篠寺の代名詞と言える技芸天(頭部が天平時代、体躯は鎌倉時代・
重文)が祀られている。
見学できる寺粋は広くはないが、苔むした境内に秘仏(6/6のみご開帳)大元帥明王を納める
大元堂、香水を湧き出す井戸を持つ香水閣等が点在する。


【喜光寺】


【西大寺】
近鉄線西大寺駅より西へ50m。交通至便。
 
四王堂(鎌倉期の十一面観音と室町期の四天王像有) 不動明王堂(御開帳は期間限定)
 
東塔基壇              愛染堂

天平宝字8年(764年)かつての男、藤原仲間呂(恵美押勝)の謀反にショックを受けた称徳女
帝が建立を発願。目指すは鎮護国家。
東大寺とタイマンを張る勢力を誇ったが南都焼き打ちやら何やら…
時代の流れに翻弄され衰退の一途を辿る。
が、基壇や中世以降の仏像、建造物と数多くの文化財を保有している。
(が、寺の関係者によると参拝者の数は一年でシーズンの東大寺一日分程度だそうで、家計
は火の車。檀家を持たない寺としては維持費用は悩みの種らしい)



【垂仁天皇陵(蓬莱山古墳)】
交通:近鉄尼ヶ辻下車。西へ徒歩約5分。近鉄に乗車したままだと尼ヶ辻⇔西ノ京駅間で西側
の車窓越しに見る事ができる。
第11代垂仁天皇陵(菅原伏見東陵)に治定されている古墳時代前期-中期の造営と思われる
全長226m、高さ16mの巨大前方後円墳古墳。周濠に映る姿はなかなか美々しい。
記紀の天皇の崩年とは、相当外れるが宮内庁は気にしていないらしい。

天皇の実在性はともかく、その天皇記には興味深い記事が多い。
・二代目皇后(日葉酢媛)を迎える際、姉妹五人を召し上げたものの、容姿が気に入らなかっ
た二人(または一人)を返したところ、彼女はそれを苦にして自害して果てた。
・相撲の起源となった野見宿禰と当麻蹴速の試合。
・皇后(日葉酢媛)が崩御した際、生埋めにされた殉死者の叫びを哀れに思い、以後の殉死
(ってか強制殉死)を禁じ、以後墳墓には代わりに埴輪を立てた。
・不死を願い、田道間守を常世の国に遣わし、非時香菓(ときじくのかぐのみ=橘?)を手に入
れようとしたが、帰国した時には既に遅く天皇は崩御後。悲しんだ田道間守は陵前で号泣し果
てた。その墳墓が写真右下の小島と言われる。(明治時代に濠が拡張された際に捏造された
という説もあるが、伝説として読むべし)

何時の時代の御仁か謎な方が殆どであろうと思われるので「ヤマトタケルのじーちゃん」である
と認識しましょう。


【菅原天満宮】
交通:近鉄尼ヶ辻下車。西へ徒歩約15分。
所在地は奈良市菅原町。その名が示す通り、この地は菅原道真で有名な菅原氏の本拠地。
元々は古墳に並ぶ土師器を作る土師氏が与えられた土地で、菅原氏はその末裔に当る。
道真自身の出身地の伝承を持つが故、天満宮としても由緒正しい社である。
路地を彷徨って辿り着いた経験があるので、道を詳しく説明しろ!と言われたら不可能。訪れ
たい方は現地で地元の方を捕まえて聞きだすべし!


【唐招提寺】
交通:近鉄尼ヶ辻下車の場合垂仁天皇陵を眺めながらなら南へ徒歩約15分。
西ノ京下車の場合、線路沿いに北上し徒歩10分。歩くのが嫌いな方は奈良駅から六条山行き
バスに乗車すると「唐招提寺前」下車すぐ。

井上靖氏の「天平の甍」で有名な759年鑑真和上によって開かれた律宗の寺院。
平成16年現在金堂(下写真)は解体修理中(平成21年まで)。但し堂全体に小屋がかけられ、
その修復作業の模様はガラス越に見る事は可能。
国宝建築、彫刻も多く、特に有名なのは毎年6/5-6/7に特別公開される『鑑真和上像』。
生きるが如く写実的に刻まれた和上の像は色彩、僧衣の文様もとも残る稀有な尊像。
本来金堂の座しておられ、今は仮に裏の講堂に保存されている千手観音は手が本当に千本
作られているという凝った仏像(現在は一部欠損しているが)お暇な方、数えてみましょう。

元々、僧に戒律を授ける為に創建された寺院なので、境内に残る戒壇や、鑑真和上の墓所、
経蔵に新宝蔵と見所は多い。境内は静かで落ち着きがある。
僧が食事の際におかずとしている味噌が「招提味噌」として売られているが、なかなか美味。

  
  

井上靖氏は静岡県沼津市に居を構えていた事もあり、学生時代に授業の一環として「天平の
甍」を見に行きました。お子様(?)には、少々難易度の高い映画かも知れなかったですが、歴
史好きにはかなりツボ作品。エラク感動したものです。
映画館に向かう途中の道すがら、友人と目的の映画話になった際、駿河屋思い切り「てんぴょ
うの“かわら”」と読んで、盛大に突っ込まれた記憶が今でも鮮明に残って居ります。「甍」「瓦」
字も頭の大小の違いだし、意味は同じよーなモンじゃん!


【薬師寺】
交通:近鉄西ノ京駅から東に徒歩3分で伽藍裏手の入口に辿り着く。
正式な入口は南門・中門のある南側の入口。尤も、こちら側はバスも通らないので車で来て駐
車場を利用する御仁にしか縁が無い。

680年天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈って発願。710年の平城遷都を経て
730年に完成(因みに天武天皇も持統天皇も既に鬼籍の人となっていた)。
薬師寺式伽藍配置と呼ばれる中央に金堂・講堂を、その両脇に東西両塔を持つ壮大な寺院で
あったが、戦火や雷火により、その殆どが失われ創建当時の建物は東塔のみとなっている。
現在、元の姿に戻そうという動きにより、1976年金堂が、1981年西塔、2003年大講堂がが再
建された。西塔は東塔に比べ何メートルか高いそうだが、百年もすれば建材である木の収縮
の為東と同じ高さに縮むとの事、長生きの自信と測量技術のある方確認宜しく!

見所としては東塔(下の写真)の水煙を飾る飛天(下からのチェックは厳しいので飾られている
写真か書籍で確認して下さい)と、春秋そして年始に特別公開が行われる「吉祥天画像」。吉
祥天は天平美人をそのまま写取った感のありふくよかな美形。
見過ごされ易いが忘れて欲しくないのは東院堂。こちらの観世音菩薩もすらりと背が高く美し
い尊像でございます。
上手く修学旅行のお子様の団体に行当った際は、坊さんの愉快な解説は健在なので、どさくさ
に紛れて寺の成立ち等を一緒に聞いてしまいましょう。たまたま来訪が3/30-4/5の方は「花会
式」の行事で飾られた境内、金堂内の薬師如来像と出会えます。

   
天平の美東塔(左) 東塔上部の飛天舞う水煙・大人の背丈程あります(中)
平山郁夫画伯の障壁画が見られる玄奘三蔵堂(右)

水木弘さまご提供の東西両塔を従えた昭和の金堂

余談:最初にこの寺を訪れた時には未だ西塔は無く、基壇のみ…もう拝めない光景です。



奈良市内郊外
西ノ京西大寺
斑鳩
山辺桜井長谷
飛鳥
御所五条當麻