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景気対策、日銀にできること、できないこと

 景気対策、日銀にできること、できないこと(前)  馬を水飲み場へ連れていくこと ( 2001年12月10日 )
 景気対策、日銀にできること、できないこと(後) 日銀流「調整インフレ」の効果は? ( 2001年12月17日 )
 景気対策、日銀にできること、できないこと(追加)  先覚者たちの先進的通貨拡大政策 ( 2001年12月24日 )
 日銀が調整インフレを認めたようだ  今までにない目標と手段、その成果を見守っていこう ( 2001年9月3日 )
 小泉内閣の構造改革が始まった  日銀もそれに歩調を合わせている ( 2001年9月10日 )

経済学の神話に挑戦します
  「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話
趣味の経済学 Index

FX、お客が損すりゃ業者は儲かる 仕組みの解明と適切な後始末を

景気対策、日銀にできること、できないこと(前)
馬を水飲み場へ連れていくこと

 日銀の金融政策が大きく変わった。2001年3月19日の政策委員会・政策決定会議以来日銀が新たな金融政策を進めている。これまで「日銀が調整インフレを認めたようだ」「小泉内閣の構造改革が始まった 日銀もそれに歩調を合わせている」と書いてきた。しかしこの日銀の政策変更に対するマスインテリの反応は鈍い。ネット上では「景気の悪いのは日銀のせいだ」との書き込みもある。「縄暖簾の経済学」で書いたように、「ネットの掲示板はストレス解消の治療院」と考えればそれでもいいのだが、ここらで日銀の金融政策をキチッと確認するのもいいことだと思う。そこで「景気対策、日銀にできること、できないこと」と題して、日銀の金融政策の手段と、今年3月からの大きく変更した政策について考えてみた。
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<日銀、その目的と業務>日銀に対するいわれなき批判と、多大な期待があるようなので基本的なことを押さえておこう。
第一条  日本銀行は、我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うことを目的とする。
2  日本銀行は、前項に規定するもののほか、銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資することを目的とする。
第二条  日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。
 日銀の目的を、日本銀行法から抜き出してみた。多くの経済学の教科書では「物価の安定」「信用秩序の維持」「雇用水準の維持」「経済成長の維持」「国際収支の均衡」を日銀の目的とし、中でも「物価の安定」を主たる目的、という考えが支配的であるということなので、その考えに従って話を進めることにする。
 日銀の金融政策を理解するには日銀の性格も理解しておこう。日銀は3つの顔を持っている。
「発券銀行」日本銀行券を発行する。紙幣は日銀が発行し、貨幣は政府が発行する。「貨幣発行自由論」とか「地域通貨」などの考えもあるが、現代では法貨は中央銀行が発行することになっている。「日本銀行券は法貨として無制限に通用する」
「銀行の銀行」我が国の主要な金融機関は日銀に当座預金の口座を持っている。金融機関同士の資金のやり取りはこの日本銀行金融ネットワークシステム(日銀ネット)を通じて処理されている。
「政府の銀行」税金や社会保険料の受け入れ、公共事業費や国民年金の支払いなど国庫金の出納は、すべて日本銀行の政府預金を通じて行われる。また「政府の銀行」としての役割の1つに外国為替市場への介入がある。
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<金融政策の手段>日銀の数ある業務の中から金融政策に関係ある業務を書き出してみよう。
公定歩合操作 民間銀行はなるべく現金を持たないようにする。銀行が「タンス預金」をしても利益は出ない。なるべく多く貸し出そうとする。そうした民間銀行が急に資金が必要になった時、日銀から借りるときの金利だ。民間銀行が日銀から借りる金利が高くなれば、民間銀行が一般企業に貸し出す金利も高くなる、はずなのだが必ずしもそうではない。ゼロ金利の今日、民間銀行は日銀から借りずにコール市場から借りる。公定歩合より現実のコール市場の方が金利が安くなっている。通常であれば公定歩合の変更は産業界に大きな「アナウンス効果」があるのだが、現在は日銀の金融政策の手段としては有効性はない。
必要準備率操作 民間銀行が企業などに資金を貸し出し、それが入金されると、それに見合った資金を日銀の口座に入金しなければならない。その率を日銀が操作するのだが、現在は、準備率以上の資金を口座に預けている。このため必要準備率操作は現在は金融政策の手段としては有効性はない。
公開市場操作 日銀が国債などを金融機関から買い入れるのを「買いオペ」と言う。通貨流通量が増え景気刺激策となる。反対に国債などを金融機関に売るのを「売りオペ」と言い、これは加熱した景気を押さえる。一国の経済が拡大してくると、それに伴って通貨も多く流通しなければならない。これを「成長通貨」と言う。日本では成長通貨は買いオペによって供給することになっている。日銀はこのために毎月定期的に 4,000億円ほどの買いオペを実施してきた。
外国為替市場への介入 政府からの要請を受けて日銀が外国為替市場に介入することがある。円高になって日本からの輸出が伸び悩んだら、外国為替市場で米国ドルを買う。これによって円高を是正し輸出産業を守、景気をよくしようとする。この場合日銀が市場からドルを買い入れるため、円が市場に出回る。放っておくと国内の通過流通量が多くなり、さらに景気を刺激する。それが良くないと考えると、市場に出回った円を回収しようとする。具体的には売りオペなどにより円を回収し、通貨流通量を押さえる。このように円売り・ドル買いで市場に出回った円を回収する政策を「不胎化政策」と言い、市場に出回った円をそのまま放っておくのを「非不胎化政策」と言う。
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<何が景気刺激策なのか?> 今まで書いたことを景気を刺激する政策として纏めると、次のようになる。 (1)公定歩合を引き下げ、 (2)準備金率を引き下げ、 (3)買いオペを実施し、(4)外国為替市場に介入し、ドル買いを実施し、円安に導くことだ。実際にはこれらの政策をミックスして行う。
 これらの政策をよく見ると、 (4)を別にすれば (1)から (3)までは通貨流通量を増やす、ということが分かる。つまり日銀が行う景気刺激策とは通貨流通量を増やすということなのだ。
「日本版財政赤字の政治経済学」では次のように書いた。 これらの例から「景気を刺激するには、国内の通貨流通量を増やすべきだ」と言える。そして「経済の安定成長には、マネーサプライの増加率を安定させるべきだ」との考えが正しく思えてくる。
 金融政策の基本は通貨流通量のコントロールにあると考え、マネーサプライ(M2+CD)の伸び率に注目すべきなのだが、日銀は今まであまり重視していなかった。「日銀はマネーサプライをコントロールできない」という姿勢だった。それが今年の3月から変わったように思える。TANAKA1942bがHPで度々日銀の動きを取り上げるのも、この日銀の変化に注目したいからだ。
 もう一方の景気対策政策、財政政策はと言うと、これも
「日本版財政赤字の政治経済学」では次のように書いた。 このように国債を市中消化して公共事業に投資する。この財政政策は単に景気浮揚策としてはプラシーボ効果しかない、ということがいくつかの例から分かる。しかし一部には公共投資・各種補助金制度・政策減税に好意的な意見もある。「日本がアジア各国の食糧を買い漁っている。これはアジアの土地を奪っているようなものだ。食糧の自給率を上げるためにも、農業への投資や農村への補助金や農家への減税を実施すべきだ」との尊農攘夷論や「なんでもかんでも市場に任せればいいってものじゃあない。拝金主義の自由放任経済は大企業中心で弱者に対する思いやりがない。政府がもっとしっかりしなければ」と暗にトライアングルの活躍に期待する隠れコミュニストも多くいるようだから。
 このように財政政策に期待できないとなると金融政策に頼ることになる。
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<デフレスパイラルから抜け出すにはどうするか?> 総需要が低迷してデフレスパイラルから抜け出せないでいる。国民が金を使えばいいのだが、そのための政策とはどういうことが考えられるのか?「みんなでもっとお金を使いましょう」とのスローガンを掲げても効果はない。戦後の日本経済は堅実な需要の伸びに支えられて伸びてきた。技術革新により家電製品や自動車など、国民にとって欲しい物が安く提供され続けた。しかし高度経済成長の終わりと新製品の開発の低迷が同時に到来し、「買いたくなる物がない」状況と低成長・低金利が重なり、「慌てて物を買う必要はない」気持ちになっている。
 多くの人が買いたいと思う新製品が開発されるといいのだが、これは民間企業の問題だ。高度成長時期の財政政策は、公共投資する事によって需要を喚起することもあった。道路ができれば、観光ルートになったり、流通システムが革新されたり大きな乗数効果が期待された。しかし低成長になり、公共財が充実してきた今日、こうした財政政策には期待できない。単に所得移転をやっているだけになる。
 そこで考えられたのが、「インフレになればお金を持っているより、使った方がいいと考えるだろう」とのインフレ期待論=調整インフレだ。「年率2%から5%程度のインフレなら国民から強い批判はないだろう」との考えだ。
 「インフレターゲット」論の趣旨はこうしたものだろう。そして普段はまるで反対の主張をしている陣営も同じ金融政策を主張する。「景気を刺激するには、国内の通貨流通量を増やすべきだ」と言い、「経済の安定成長には、マネーサプライの増加率を安定させるべきだ」と主張する。
 国債を市中消化して、それを財源に補正予算を組み、公共投資する、こうした財政政策の景気刺激効果が期待できないとなると、金融政策=日銀に期待が集まる。しかし「国内総生産=GDP=付加価値を高める活動」はそのほとんどが民間部門の活動だ。日銀にできるのは「民間企業が付加価値を高める活動をしやすくすること」であり、「馬を水飲み場へ連れて行くことはできても、水を飲むかどうかは馬次第」そして「水飲み場へ行こうとする馬を、引き留めることもできる」
 日銀にできることは「通貨流通量が増えるような状況を作り出す」ことだ。 「通貨流通量が増えれば、インフレになるだろうし、民間部門は資金の使い道を考えるだろう。」「そうなれば貯まっていた資金が動き始める。」「通貨流通量X流通速度=GDP なのだから、これでデフレスパイラルから抜け出せる。」という考えだ。
 つまりこういうことだ。
「水飲み場へ行こうとする馬を引き留める」 =三重野総裁時代のバブルつぶしのように、公定歩合をドンドン上げて信用創造の乗数効果をストップさせる。 「水飲み場へ連れていく」 =ベースマネーを増やす。 「水を飲み始める」 =民間銀行が融資を拡大する。 「ドンドン水を飲む」 =通貨流通量が増える。 「水を飲み元気になる」 =需要が拡大し、設備投資が増え、景気が上向く。 このように考えると「景気対策、日銀のできること、できないこと」がはっきりしてくる。
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<それでも「インフレターゲット論」は採用できない> 馬を水飲み場まで連れていく日銀の政策として、それでも「インフレターゲット論」は採用できない。その理由は、「ターゲットを10%から20%の範囲」ならば可能性もあるが、「ターゲットを2%から5%の範囲」ではコントロール不可能だからだ。買いオペを続けることにより、ベースマネーが増加し、それによりマネーサプライ大幅に伸び、そうしてデフレからインフレに変わり始めたとしよう。日銀がその傾向になったと判断し、買いオペをストップしたとしてもインフレが止まるには時間がかかる。「インフレは急には止まらない」
 制動をかけてインフレ率2%から5%の範囲で停止させるのは無理だ。そんな微調整はできない。10%から20%の範囲なら可能かも知れない。しかし10%から20%では国民の支持は得られないだろう。「通貨流通量を増加させ、デフレスパイラルから抜け出す」この政策を認めても、インフレターゲット論以外の目標設定でなければならない。ではどのような目標がいいのか?それに対して日銀は何ができるのか?そして何をしているのか?その効果は出ているのか?について次回書くつもりです。ご期待ください。
( 2001年12月10日 TANAKA1942b )
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景気対策、日銀にできること、できないこと(後)
日銀流「調整インフレ」の効果は?

 日銀の金融政策が大きく変わった。2001年3月19日の政策委員会・政策決定会議以来日銀が新たな金融政策を進めている。これまで「日銀が調整インフレを認めたようだ」「小泉内閣の構造改革が始まった 日銀もそれに歩調を合わせている」と書いてきた。しかしこの日銀の政策変更に対するマスインテリの反応は鈍い。ネット上では「景気の悪いのは日銀のせいだ」との書き込みもある。「縄暖簾の経済学」で書いたように、「ネットの掲示板はストレス解消の治療院」と考えればそれでもいいのだが、ここらで日銀の金融政策をキチッと確認するのもいいことだと思う。そこで「景気対策、日銀にできること、できないこと」と題して、日銀の金融政策の手段と、今年3月からの大きく変更した政策について考えてみた。
 前回は日銀の政策手段と政策目標を書いた。政策手段は買いオペ、政策目標は通貨流通量を増やしデフレスパイラルから抜け出すこと。では日銀はどのような政策を取っているのか? 2001年3月19日の日銀政策会議で大きな政策変更があった。マスコミ、評論家の反応は鈍い。そこで前回に続き今回は現在の日銀の政策を検証することにしよう。
<3月19日の政策会議> 決定内容のポイントは次のとおり。 
【金融市場調節方針】・・・変更(操作目標自体を変更)ターゲットを「金利」から「資金量」に
・主たる操作目標を、これまでの無担保コールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変更。
 日本銀行政策委員会は、金融政策決定会合において決定する金融政策運営の基本方針(=金融市場調節方針)に関し、従来の「金利」(無担保コールレート<オーバーナイト物>)の誘導目標を設定する方式から、「資金量」(日本銀行当座預金残高)を主たる操作目標とする方式に変更する旨の決定を行った。この新しい金融市場調節方式は、CPI(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することとされている。
・「日本銀行当座預金残高が5兆円程度となるよう金融市場調節を行う。」
【新金融市場調節方式の実施期間の目処として消費者物価を採用】
・新しい金融調節方式は、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することとされている。
【長期国債の買い入れを増額】
・日銀当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合には、現在、月4千億円ペースで行っている長期国債の買い入れを増額(上限は銀行券発行残高)。
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<他の政策手段はダメなのか?> 景気対策として政策当局が採るのは「財政政策=補正予算を組んで、公共投資」「金融政策」。そして「財政政策は財政累積赤字を増やすだけで、景気浮揚策としては有効でない」との認識が政策当局者の間に広まりつつあるのだと思う。つまりこういうことだ、「ビールは最初の一杯が一番旨いのであって、以後だんだん有難味が少なくなる」=「公共投資は公共財が不足している時に景気対策としての効果が大きいのであって、日本は公共財が充実したので公共投資の経済効果は少ない」。公共投資の乗数効果は1974年に2.27であったのが、1994年には1.32に落ち込んでいる。この数字は日本が豊かな社会になっていることの証明でもある。
 そこで金融政策に期待がかかる。一時的なインフレを覚悟してでもデフレスパイラルから抜け出し、経済成長を維持する。そのための政策手段としてどういうことが考えられるか?
公定歩合操作  タイボー(TIBOR=Tokyou Inter Bank Offerd Rate)はほとんどゼロになっている。これ以上デフレが進めば名目金利がゼロでも実質金利は高いものになる。景気対策には有効ではない。
必要準備率操作  準備率以上を日銀口座に入金している。これも有効性はない。
外国為替市場への介入  為替を円安・ドル高へ導くとしても一時的でしかない。長いレンジでの趨勢を変えることはできない。不胎化政策に対する評価は専門家の間でも定まっていない。専門家の意見を集めた本を読んでもアマチュアには判定できない。まして為替介入は政府からの要請を受けて日銀が行うので、日銀の景気対策として評価するにはムリがある。
公開市場操作  結局政策手段としてはこれに落ち着くことになる。
<公開市場操作を手段とし、中間目標はなににするか?>
マネーサプライ 確かにマネーサプライを大幅に増やす必要がある。しかし公開市場操作からマネーサプライの増加までには大きなタイムラグがある。日銀が変化に気づき、政策変更をしてもその成果が出るまでに時間がたってしまう。「マネーサプライの増加は急には止まらない」
日銀当座預金 そこで日銀当座預金となる。その説明は日銀のHPから転載しよう。
マネタリーベースは、日本銀行当座預金と現金から構成されていますが、このうち9割を占める現金の発行量は家計や企業のニーズで決まってくるもので、日本銀行が短期的にコントロールすることは困難です。一方、日本銀行当座預金であれば、日本銀行が日々のオペレーションを通じて、ある程度コントロールすることが可能です。なお、最近の銀行券の伸び(前年比6%)を前提とすると、日本銀行当座預金を5兆円程度に増やすことにより、マネタリーベースの前年比伸び率は、最近の約3%(2月)から、半年後には7%程度に高まるものと見込まれます。
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<なにが変化しているか?> 日銀の政策変更に伴ってなにが変化しているか?2001年 1月からの数字を追ってみよう。
日銀当座預金残高 1月=5兆円 2月=4兆円 3月=5兆円 4月=5兆円 5月=5兆円 6月=5兆円 7月=5兆円 8月=6兆円 9月=8兆円 10月=9兆円 11月=9兆円
銀行貸し出し残高 1月=461兆円 2月=458兆円 3月=459兆円 4月=452兆円 5月=446兆円 6月=444兆円 7月=443兆円 8月=442兆円 9月=442兆円 10月=440兆円
マネーサプライ(M2+CD) 1月=642兆円 2月=637兆円 3月=640兆円 4月=649兆円 5月=649兆円 7月=653兆円 8月=651兆円 9月=651兆円 10月=652兆円
未だ大きな変化はない 日銀当座預金残高は伸びている(馬を水飲み場へ連れ出した)が、銀行貸し出し残高に変化はない。(目の前の水を飲もうとしない)そのためマネーサプライにも変化はない。(美味しい水だから、いっぱい呑んで元気になってくれ)
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<日銀内部の様々な考え> 日銀の金融政策、内部で様々な考えがあり、それが公表される。そのなかに「インフレターゲット」に対する考えがあるので、ここに転記してみよう。2001年12月4日に2001年10月29日の金融政策決定会合議事要旨が発表された。これはその中の一部である。
 ひとりの委員は、「物価水準ターゲット」を導入したうえで、日銀当座預金残高を10兆円程度とし、さらに、資金供給の円滑な実施のため、保有長期国債の残高を銀行券発行残高までとする現在の制限を外すべきであると主張した。
 その理由としてこの委員は、(1)米国の軍事行動が長期化し、その世界経済への悪影響が懸念される中、日本経済も外需頼みの回復はもはや期待できず、デフレ・ギャップが一段と拡大する状況にある、(2)不良債権問題の出口が見えず、これから行われる特別検査の結果如何では、来年3月にかけて金融情勢が非常に不安定化する惧れがある、 (3)物価水準を現状以下には引き下げないという中央銀行の強い意思を、その達成時期を明確にする形で対外的に明らかにする必要がある、 (4)現状の8兆円程度の当座預金供給は市場の需要をアコモデートしているに過ぎず、もう一歩踏み込んでさらなる量的緩和を行うために当座預金残高の目標を引き上げるべきである、といった点を挙げた。さらに、量的緩和の手段として、国債買い切りオペを月8千億円程度にまで増額するとともに、外債の購入も定期的に月2千億円程度実施するという形で補助的に用いることが適当である、と付け加えた。この委員は、外債の購入は毎月定額という形で行うのであれば、日銀法第33条に掲げられる通常業務の範囲内であり、為替介入と混同されることはないので法的に問題はないほか、実務面でもフィージブルである、との考えを述べた。
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<教科書にない金融政策> 日銀当座預金を直接コントロールの目標とする金融政策は経済学の教科書には載っていない。そして、ゼロ金利政策も教科書にはない。日本のお役人さんは前例にないことには慎重だ、と思っていたが日銀は違うかも知れない。ちょっと横道に逸れて、日本の官僚を見ると、
農水省の役人は全中やコメ族議員の顔色を見ながら、「自分が担当の間は何事もなく平穏無事に過ぎて欲しい。自分からは新たな問題は提起しない。コメはいずれ自由化すべきだ。しかし自分の担当期間には話題にして欲しくない。狂牛病もなるべくマスコミの話題にならないよう取り扱おう。」との消極的な態度。
国土建設省は「操り安い大臣なので、将来の天下り先確保のためにも総理の改革には抵抗して特殊法人は残しておこう。」との態度を貫いている。これからも大臣をもり立てて、構造改革反対勢力としての存在をアピールするだろう。
外務省は「手強い大臣ではあるが外務官僚の意地にかけても外様の大臣の言うとおりにはならない、たとえ大臣と差し違えてでも外務官僚の意地は通す。」との姿勢を貫いている。それに比べて、
日本銀行はゼロ金利政策や今回の政策のように教科書にない新しいことに挑戦している。それをアマチュアエコノミストがHPで知ることができる。これらのことにより筆者は今回の政策変更を好感を持って見守っています。
  ( 2001年12月17日 TANAKA1942b )
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景気対策、日銀にできること、できないこと(追加)
先覚者たちの先進的通貨拡大政策

 日銀の金融政策が大きく変わった。2001年3月19日の政策委員会・政策決定会議以来日銀が新たな金融政策を進めている。これまで「日銀が調整インフレを認めたようだ」「小泉内閣の構造改革が始まった 日銀もそれに歩調を合わせている」と書いてきた。しかしこの日銀の政策変更に対するマスインテリの反応は鈍い。ネット上では「景気の悪いのは日銀のせいだ」との書き込みもある。「縄暖簾の経済学」で書いたように、「ネットの掲示板はストレス解消の治療院」と考えればそれでもいいのだが、ここらで日銀の金融政策をキチッと確認するのもいいことだと思う。そこで「景気対策、日銀にできること、できないこと」と題して、日銀の金融政策の手段と、今年3月からの大きく変更した政策について考えてみた。
 日銀の金融量的緩和政策について書いてきた。前編・後編と書いて、それで終わりにするつもりだったが、このまま終わると単なる日銀金融政策の解説書になる。それでは自称アマチュアエコノミストのプライドが許さない。「意地がすたれりゃこの世は闇さ」。ということで追加編として過去の例から現在を評論してみようと思い立った。後編をアップロードしてからの短い時間、しかしこの半年毎週更新するという無茶に挑戦してきて、やっつけ仕事に慣れてきた、あまりボロの目立たないものになったと思う。まずは最近興味を持ち始めた江戸時代の話から始めよう。
<荻原重秀・田沼意次の先進的通貨拡大政策とその反動> 荻原重秀(1658-1713)(万治元-正徳3) は1695(元禄8)年、貨幣の改鋳を建議し、翌年勘定奉行に昇進。具体的には小判の出目を変えること、金貨・銀貨の金と銀との含有量を変えた。それまでの金貨は金8割・銀2割だったものを金6割にした。これで小判2両分の金で3両できた。つまり通貨量が 1.5倍になった。これによる経済への影響は (1)幕府の財政が健全になった。 (2)景気が良くなった。
 なぜ景気がよくなったかと言うと、徳川幕府成立後、コメの生産量も増え、その他の産業も伸び、経済は成長していた。しかし金の産出量は経済の成長ほどは伸びていない。つまり現代の経済学で言えば「必要な成長通貨が不足していた」わけだ。
 「金の割合を減らして多くの金貨を作れば幕府の財政が豊かになる。」との考えは将軍家綱のときにもあったが、老中土屋数直の反対「邪(よこしま)なるわざなり」として葬られている。これに対して荻原重秀は「幕府が出す貨幣なら、金でなくても、たとえ瓦でもいい。」と言い、小判を貴金属としてよりも「信用に裏付けられた貨幣」として見ていた。どこまで理解していたかは分からないが、この考えは1930年代までの「金本位制」ではなく現代の「管理通貨制度」のものだ。
 「荻原重秀の金融政策により、元禄文化が花開いた」と言っても過言ではないだろう。1712(正徳2)年、新井白石に非難され勘定奉行を罷免され、翌1723(正徳3)年死没。殺害されたとの噂もある。
新井白石(1657-1725)(明暦3-享保10) は重秀の政策を批判していた。1709年、重秀の失脚の後を受けて「改革」を行う。その方向とは、重秀の逆を行く政策だった。小判は以前の含有量に戻す。慶長小判と同じに戻したのだから量は減った。通貨流通量を減らしたのだからデフレ=不況になった。白石の政策の基本は「倹約」。今で言う「くたばれGNP」だ。初めは町人も歓迎したが、景気が悪くなりすぐに人気がなくなった。経済政策に関して新井白石は無能であった。その後吉宗の「享保の改革」が始まる。
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田沼意次(1719-1788)(享保4-天明8) もとは足軽の出身である田沼意次が側用人をへて老中になり、その息子意知が若年寄になって幕府を動かしていた20年余り(1760-1786)(宝暦10-天明6)を「田沼時代」と言う人もいる。しかし意次の独裁ではなく、水野忠友・松平安福などの協力があったので、「田沼グループの時代」の方が適切だろう。意次の経済改革は、印旛沼・手賀沼の干拓(本当は運河建設らしい)、蝦夷地の開拓、長崎貿易の規制緩和で海産物の輸出振興、銅・鉄の幕府専売化など。それぞれ大きな意味を持つのだが、ここでは金融政策に限って取り上げることにする。
 1765(明和2)勘定吟味役の川井久敬を使い、それまで丁銀と豆板銀に限られていた銀貨に加えて、まったく別の新しい「明和五匁銀」と呼ばれる銀貨を発行させた。日本で初めて額面を明示した計数貨幣としての銀貨が生まれた。表面に「銀五匁」とあるように、秤で計ることなく通用させることを目指したものだった。それまで銀貨は日々相場で値動きし、金貨との交換比率は不安定だった。つまり銀貨は「信用に裏付けられた貨幣」としてよりも「貴金属」として扱われていた。このことによって荻原重秀と田沼意次がこの時代にあっても「取引手段」としての貨幣の意味を理解していたことが分かる。
 しかし五匁銀は交換比率の面で不評だったので、1772(明和9)「二朱銀」という方形の新貨を発行させた。これはその後も継続的に発行されていく。
 「二朱銀」定着の意義は (1)本位貨幣でない銀貨が生まれたこと。 (2)金貨と銀貨の交換比率が固定されたこと。 (3)これにより幕府の財政は立ち直り、 (4)「成長通貨」の登場により景気がよくなったこと。があげれられる。
 1786(天明6)年将軍家治死し意次老中を免ぜられる。田沼時代に杉田玄白の「解体新書」が出たり、平賀源内のエレキテルの完成など、元禄時代に並ぶほどに文化が花開く。平賀源内とは親交があり、意次の政策には平賀源内のアイディアが生かされていたかも知れない。もしもこの2人がもっと、もっと長く活躍していたら、日本はどんなに素晴らしい国になっていただろうか?残念。
 幕府の備蓄金は意次の財政政策のおかげで 171万両以上となり、綱吉以降の最高値を記録する。松平定信の改革はこの資産を食いつぶす形で実施された。
松平定信(1758-1829)(宝暦8-文化12) は江戸生まれの朱子学者。甲府藩徳川綱豊(6代将軍家宣)に仕え、家宣が将軍になると幕臣となり7代将軍家継にも仕えた。田沼意次を失脚させ、1787(天明7)年から寛政の改革を行う。これは倹約令、異学の禁など意次の反対の政策だった。新井白石の時と同じように不況になり、1793(寛政5)年老中をやめさせられる。 
 江戸の町人は次のように読んだ。
「白河のあまり清きに耐えかねて、濁れる元の田沼恋しき」
<重商主義と農本主義の対立> 江戸時代荻原重秀と田沼意次は貨幣を改鋳し、通貨流通量を増やす金融政策で幕府の財政を立て直し、景気を良くし、その結果豊かな文化が花開いた時代を築いた。その後を引き継いだ新井白石と松平定信は前任者とは反対の政策で、通貨流通量を減らし、倹約を説き、不況を招き、文化を衰退させた。重秀と意次は新興勢力で、白石と定信は既得権者の味方であった。重秀と意次は重商主義の構造改革派で白石と定信は農本主義の抵抗勢力。この戦いは抵抗勢力が勝つのだが、産業・商業を軽視した農本主義により不況になったため江戸町民からの支持を失う。
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<高橋是清の通貨拡大政策> 高橋是清(1856-1936)(安政元-昭和11) の人となりについては多く紹介されているので、ここでは財政金融政策を中心に書くことにする。
 1931(昭和6)年12月、高橋是清は犬飼毅内閣の蔵相として入閣。就任後直ちに金本位制から離脱。積極財政を展開し、翌1932(昭和7)年11月から赤字公債の日銀引受が開始された。調達した資金を公共土木工事に注入し景気を立て直そうとした。これはそれなりに効果を上げたが、同時に軍事費の膨張にも拍車をかけた。
 一般会計の歳入に占める国債・借入金の割合は、高橋財政になってから、それ以前の8%弱から一挙に30%を超えた。この割合はその後も膨張の一途をたどり、1937(昭和12)年には47%、39年は58%、43年は65%、45年(昭和20)年は73%になった。また歳出に対する軍事費の割合は1931(昭和6)年は31%、33年は39%、35年は47%、43年は67%になった。
 高橋是清の通貨拡大政策により景気が良くなり、国内がインフレになってきたので、高橋是清は歳出を押さえ、景気を冷やす政策を打ち出した。当然膨張を続ける軍事費もカットされた。これに対して軍部は猛反対し、その怒りが青年将校の反乱へと拡大した。
 この反乱に対して軍部はこれを容認するかのような態度だったが、昭和天皇裕仁のお言葉により、反乱軍とされた。当時の天皇のお言葉はデウス・エクス・マキナであった。この反乱に北一輝が関連したとされるが、歴史を振り返る者としては、むしろ頭山満と玄洋社あたりからの流れを見るのが面白いのではないか?と思う。
<政策担当者と抵抗勢力> 高橋是清の通貨拡大政策によって景気が回復したのだが、同時に軍部も潤ってしまった。一度手にした利権はなかなか手放さない。これは何時の時代も同じ。政策担当者がいくら「構造改革」を叫び、有権者が今までにない高い支持をしたとしても、抵抗勢力は諦めない。1936(昭和11)年に軍部は青年将校の反乱を容認する、という形で政府の金融・財政政策に抵抗しようとした。青年将校の行動は反乱とされたが、高橋是清なき後も抵抗勢力は力を緩めず、政治の主導権を握ることになる。
 現代の抵抗勢力もなかなか手強い。かつての軍部と同じように危機感を煽って抵抗する。一度赤字国債のうま味を知ると、その味が忘れられない。ビールを飲み過ぎて感覚も鈍り、そのほろ苦さも分からなくなっているのに,まだビールを飲もうとする。補正予算を組んでの公共投資を続け、公共投資の乗数効果が1974年に2.27であったのが1994年には1.32に落ち込んでいる、もう十分公共財が充実しているのに、さらに投資しようとする。もう公共投資のゲップが出るのに財政再建に抵抗する。おかげで「国債」という将来へのツケが膨らんでいく。
 「政府とは、他人に金を払わせ、自分だけが得をすると誰もが信じている虚構の制度なのだろうか? 」フレデリック・バスティア
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<1930年代の大不況> 1929年10月24日、暗黒の木曜日(ブラック・サースデイ) ニューヨーク、ウォール街の株式市場で株価の大暴落が発生。寄り付きは平穏だったが、間もなく売りが膨らみ、午前11時には売り一色に。そこでウォール街の大手株仲買人たちが協議、買い支えを行うことで合意。 このニュースで相場は値を戻し、数日間は平静を保つ。 1929年10月29日、悲劇の火曜日。実際に激しい暴落を演じたのはこの日。投資家はパニックに陥り、株の損失を埋めるため様々な地域・分野から資金を引き上げ始める。
フーバー大統領(Herbert Clark Hoover)(1874-1964)(大統領在任1929-1933) はこれに有効な政策を打たず、恐慌はヨーロッパをはじめ世界各国に波及。世界大恐慌は単なる経済不況ではなく金融パニックの様相を呈するようになる。
 1930年12月ユナイテッド・ステーツ銀行が破綻した。これをきっかけに銀行の取り付け騒ぎが急速に広まった。これに対して、政府も連邦準備制度もただ手をこまねいて見ているだけ、何もしなかった。取り付けがいっそう拡大し、銀行が次々と破綻し、1933年3月、すべての銀行が1週間閉店するという前代未聞の危機に発展した。1929年から1933年までに合衆国の通貨流通量は2/3になった。全国の銀行の1/3が破綻した。
ルーズベルト大統領(Franklin Delano Roosevelt)(1882-1945)(大統領在任1933-1945) は就任後ただちにニューディール政策を発表。その積極的な政策に期待が集まった。ちょうどその頃フォトグラフ誌「ライフ」が創刊され、マーガレット・バークホワイトが撮影した、力強いTVAダムの写真がその表紙を飾ったこともあり、この政策に対する関心を引きつけた。しかし本格的な景気回復には第2次大戦の終了まで待たなければならなかった。結局有効な「通貨拡大政策」は採られなかった。
資本主義と恐慌 1930年代、アメリカ・ヨーロッパは恐慌の嵐が吹きすさんでいた。その頃スターリン指導のソ連はネップ(新経済政策)を押し進めていた。西ヨーロッパの進歩的知識人が不況に苦しむ資本主義を見て、「平和的な手段で社会主義に移行するにはどうしたらいいか?」を議論していた。実はNEPは破綻していて、食糧不足から多くのソ連国民が苦しんでいた。そしてそのことを知り得たであろう知識人は真実を語らなかった。そのため今でも「資本主義はいずれ破綻し、社会主義になる」との幻想を抱いている人たちがいる。
荻原重秀・田沼意次・高橋是清 この3人に共通する政策は「通貨拡大政策」。もしも大恐慌の時に大統領と連邦準備制度の人たちが、これら日本の金融先覚者の政策を知っていたら?・・・
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<インフレを抑えた松方正義> 松方正義(1835-1924)(天保6-大正13) 1881(明治14)年10月の政変後、参議兼大蔵卿となった松方正義は紙幣整理を中心とした財政政策=いわゆる松方デフレを行う。1879-1880年、西南戦争の戦費支出のため紙幣増発によるインフレになっていた。このための対策で、1882(明治15)日本銀行を設立し、金本位制への第1歩を築いた。ちなみに1880年1月1億7000万円あった通貨は、1884年5月には1億2500万円になった。日本では通貨拡大政策だけでなく、インフレを抑える金融政策も経験している。
<経験と知識は生かされている> 1996年3月住専処理に6850億円の税金投入が決定した。これに対して多くのマスインテリがモグラたたきゲームを楽しむかのように政府・大蔵省を非難した。評論家も・エコノミストも・口うるさい市民も、怒りをぶつけて日頃のストレス解消に役立てていた。そんな「ストレス解消の治療院」からの叫びがあっても、住専処理のスキームは確定した。小泉内閣の構造改革も、これをストレス解消の対象としたり、これを材料に原稿料を稼いだりする人もいるだろうが、構造改革に対する国民の期待は大きい。日本の金融政策は強い抵抗勢力があっても、大筋は正しい政策が支持されて来ている。金融政策の歴史を見ると、先覚者と反動勢力とが争い、多くの試行錯誤を重ねて来た。そしてストレス解消の非難を浴びせながらも、国民は改革を支持し、日銀は経済学者も考えていなかった新しい政策を実行する。これからも試行錯誤が繰り返され、そのたびに経験と知識が蓄積されていくだろう。江戸時代からの歴史を振り返れば、日本の金融政策では多くの先覚者が登場し、試行錯誤を繰り返し、たとえ反動勢力に破れてもその経験と知識は後世に生かされていく。少なくとも「金融政策」に関する限り自虐的な歴史観を持つ必要は全くない。むしろ「世界に誇れる先覚者を持ったこと」を胸を張って誇りにしようと思う。
( 2001年12月24日 TANAKA1942b )
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日銀が調整インフレを認めたようだ
今までにない目標と手段、その成果を見守っていこう

 しばらくHP「コメ自由化への試案」の拘っているうちに、日銀の政策変更に気づくのが遅れた。コメ問題に夢中になっていて「気配り半径」が狭くなっていたようだ。TVを見ていて気づきあわてて日銀のHPをチェックする。
 2001年2月以降、政策委員会・金融政策決定会合で決定された一連の金融緩和措置を日銀のHPから拾ってみよう。
2月9日
【金融市場調節方針】・・・現状維持
・「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。」
【流動性供給方法の改善策】
・いわゆる「ロンバート型貸出制度」の導入の決定。
・短期国債買い切りオペの積極活用。
・手形オペ(全店買入)導入の具体化。
【公定歩合の引下げ】
・0.5→0.35%<2月13日実施>。
2月28日
【金融市場調節方針】・・・変更
・「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.15%前後で推移するよう促す。」(前回会合比▲0.1%)。
【公定歩合の引下げ】
・0.35→0.25%<3月1日実施>。
【補完貸付制度の新設】
・前回(2月9日)会合で決定したいわゆる「ロンバート型貸出制度」の導入方針を受け、制度を新設(正式名称「補完貸付制度」)<3月16日実施>。
3月19日
【金融市場調節方針】・・・変更(操作目標自体を変更)ターゲットを「金利」から「資金量」に
・主たる操作目標を、これまでの無担保コールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変更。
 日本銀行政策委員会は、金融政策決定会合において決定する金融政策運営の基本方針(=金融市場調節方針)に関し、従来の「金利」(無担保コールレート<オーバーナイト物>)の誘導目標を設定する方式から、「資金量」(日本銀行当座預金残高)を主たる操作目標とする方式に変更する旨の決定を行った。この新しい金融市場調節方式は、CPI(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することとされている。
・「日本銀行当座預金残高が5兆円程度となるよう金融市場調節を行う。」
【新金融市場調節方式の実施期間の目処として消費者物価を採用】
・新しい金融調節方式は、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することとされている。
【長期国債の買い入れを増額】
・日銀当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合には、現在、月4千億円ペースで行っている長期国債の買い入れを増額(上限は銀行券発行残高)。
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[政策委員会・金融政策決定会合] 金融市場調節方針の変更について  2001年 8月14日 日本銀行
1.日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において金融市場調節方針の変更を決定した。また、新たな調節方針のもとで、円滑な資金供給に資するため、長期国債の買い入れを増額することとした。
(1)金融市場調節方針の変更(賛成多数)
日本銀行当座預金残高を、これまでの5兆円程度から、6兆円程度に増額する(別添)。
(2)長期国債の買い入れ増額

これまで月4千億円ペースで行ってきた長期国債の買い入れを、月6千億円ペースに増額する。
2.日本経済の状況をみると、輸出と生産の大幅な減少を主因に、景気調整が一段と深まっている。また、生産の減少が内需の減少を誘発しつつ、調整の広範化につながっていく可能性や、内外資本市場の動きが実体経済に及ぼす悪影響などに、一段と留意が必要な局面になっている。物価面では、今後、需要の弱さに起因する物価低下圧力がさらに強まるおそれがある。
3.日本銀行は、物価が継続的に下落することを防止し、持続的な経済成長の基盤を整備するという断固たる決意のもと、本年に入り、内外の中央銀行の歴史に例をみない思いきった金融緩和措置を講じてきた。この結果、金融市場には潤沢に資金が供給され、長短市場金利はきわめて低い水準に低下している。  しかし、経済・物価情勢の厳しい展開と先行き見通しを踏まえると、この際、3月に決定した金融政策の枠組みのもとで、金融面から景気回復を支援する力をさらに強化することが必要かつ適当と判断した。
4.日本銀行は、今後とも、日本経済が安定的かつ持続的な成長軌道に復帰することを支援するために、中央銀行としてなしうる最大限の努力を続けていく方針である。
5.しかし、世界経済の動向や日本経済が直面する課題の重さを踏まえると、経済再生の取り組みは決して容易なものではない。また、金融緩和の効果が十分発揮され、日本経済が安定的かつ持続的な成長軌道に復帰するためには、構造改革の進展が不可欠の条件である。
6.この点、政府の強力なリーダーシップのもとで、具体的な改革への取り組みが開始されたことは、心強い進展である。今回の措置も含め、これまでの一連の金融緩和措置は、こうした各方面における改革努力を最大限支援する効果を併せもつものである。日本銀行としては、政府、民間の双方において、短期的な痛みを乗り越えて、構造改革への取り組みがたゆまず進められることを強く期待している。
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 今回の一連の政策変更でポイントとなるのは、金融市場調節方針のターゲットを「金利」から「資金量」の変更したことと、新しい金融調節方式は、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続する,としたことだ。筆者は「日本版財政赤字の政治経済学」で「経済の安定成長には、マネーサプライの増加率を安定させるべきだとの考えが正しく思えてくる。」と書いた。しかし日銀は短期金利を操作目標としてきた。かつてバブル崩壊後、「これほどまでにバブルを膨らましたのは、日銀がマネーサプライの異常なほどの増加に何も対策の手を打たなかったからだ。」の批判に対して「日銀はマネーサプライの増加に対しては受動的にしか対処できない」と答えていた日銀。今回の一連の政策変更はこの考えからの大きな政策変更だ。かつてその日銀に対して「日銀は準備率の変更、オペレーション等により積極的に対処できるはずだ」と批判し、日銀は「準備率と言っても1月のタイムラグがあるし、歩積みの仕方によっても違ってくる」と反論していた。
 アマチュアにとってはその論争を読むことがが、金融制度、金融政策の勉強になって面白かった。それは次の2冊。
 
<参考文献><岩田規久男著 『金融政策の経済学』 日銀理論の検証 日本経済新聞社 1993年8月 >
 
<参考文献><翁邦雄著 『金融政策』 中央銀行の視点と選択 東洋経済新報社 1993年11月 > 
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 新しい金融調節方式は、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することとされている。「調整インフレ」という言葉がマスコミを歩き回っている。今回の決定を「インフレ・ターゲットを0%に持っていく調整インフレ政策」と表現することもできよう。物価の高騰を押さえる政策は経験あっても、その逆は初めてだ。今までにない政策目標と言えるだろう。
 さらに景気対策を強力に推し進めようとするならば、2)に相当する政策==首都高速道路公団等を民営化し、その株式をユーロ市場など海外市場で発行することだ。首都高速道路公団の民営化は「首都高速道路の料金は2000円に値上げを」の補足で書いている。
 今回の日銀の政策変更は、「インフレはいついかなる場合も貨幣的現象である」という経済学の常識に基づいた金融政策である、と言える。 今までにない目標と手段、その成果を見守っていこうと思う。
( 2001年9月3日 TANAKA1942b )
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小泉内閣の構造改革が始まった
日銀もそれに歩調を合わせている

 国債発行額を30兆円に抑える、政府関係特殊法人の民営化、こうした政策は今までの自民党の経済政策とは違った方向だ。民間エコノミストのケインジアンは不満を言いそうだ。「景気対策に補正予算を組み、真水10兆円は必要だ」との発言がどこからか聞こえてくるようだ。国債の発行額を抑えるのは、財政再建の目的もあるが「補正予算を組んで、公共投資をしても景気対策の効果はあまりない」と考えているからだろう。 「このように国債を市中消化しし公共事業に投資する。この財政政策は単に景気浮揚策としてはプラシーボ効果しかない、ということがいくつかの例から分かる。」  とは筆者が  国債発行時にはその返済・増税計画の発表を  日本版財政赤字の政治経済学 で書いた文だ。さらに「国民の痛み」に関しては次のように書いた。  「この場合の構造改革とは生産性の向上を目指すものになる。個々の企業では生産性の低い部門から高い部門への移動やリストラ。そして生産性の低い業界からは廃業・撤退する企業が出てくることになるだろう。雇用保険の充実によって安心して失業できるようになり、自然失業率を大きく越えた数字も出るだろう。」
 今までの経済政策とはひと味違った政策が試されようとしている。実行される政策はしかし、左右両派の妥協点であり、必ずしもはっきりした主義とは言えないものになるだろう。マスコミ、傍観者的評論家ははっきりしたビジョンを示せと言うかもしれない。しかし妥協点である以上それは無理だ。あるいは小泉改革を支える経済観、これも「・・・イズム」という表現を使うと無理が出る。政策とは「主義」そのものではなく、現実に合わせて修正されるものだからだ。民主制度には熱狂的な崇拝の対象となるような完全無欠な原理主義とは相性が悪いようだからだ。
 さて小泉内閣の改革路線がいままでの自民党路線とはひと味違ったものであり、さらに気づくのは日本銀行の政策変更だ。3月19日の「金融市場調節方針」の変更で、ターゲットを「金利」から「資金量」に、これまでの無担保オーバーナイトから、日本銀行当座預金残高に変更とした。かつてアメリカでカーター政権の時「金利」から「通貨流通量」をターゲットとした経験がある。その時は短期金利が乱高下して、3年で修正された。今回の日銀の政策では短期金利が限りなくゼロに近い状態なので、短期金利の乱高下は心配ない。
 日銀の改革に対する期待は次の8月14日の文章によってはっきりする。
 日本銀行は、今後とも、日本経済が安定的かつ持続的な成長軌道に復帰することを支援するために、中央銀行としてなしうる最大限の努力を続けていく方針である。
 しかし、世界経済の動向や日本経済が直面する課題の重さを踏まえると、経済再生の取り組みは決して容易な物ではない。また、金融緩和の効果が十分発揮され、日本経済が安定的かつ持続的な成長軌道に復帰するためには、構造改革の進展が不可欠の条件である。
 この点、政府の強力なリーダーシップのもとで、具体的な改革への取り組みが開始されたことは、心強い進展である。今回の処置も含め、これまでの一連の金融緩和処置は、こうした各方面における改革努力を最大限支援する効果を併せもつものである。日本銀行としては、政府、民間の双方において、短期的な痛みを乗り越えて、構造改革への取り組みがたゆまず進められることを強く期待している。
 ( 2001年9月10日 TANAKA1942b )
趣味の経済学 Index