

最初に買ったシングルは三善英史の『雨』だった。親が両方とも教育者の家に育った俺は、小さい頃からピアノを習わされ、音楽というと親が買ってきたクラシックの名曲集などで、流行歌というと『黒猫のタンゴ』くらいだったが、小学校も高学年となると、テレビはあまり見せてもらえなかったがラジオはいつでも聴くことが出来たので、いつもラジオばかり聴いている子供になって、そこから自然と流行歌への興味も芽生えてきた。親から与えられたものを離れ、自我の確立への第一歩がこの曲だったともいえる。ある意味では、健全に成長し、当たり前のように反抗期を迎えたというわけだ。
ラジオでたまたま聞いた井上陽水の『夢の中へ』は衝撃的だった。何がというとやはり歌詞だった。「探し物は何ですか」というのは何ていうことのない比喩なのだけど、それまで聴いた演歌や歌謡曲にない何か違うものを感じた。『傘がない』『東へ西へ』『帰郷』などの他の曲を知ると、すっかりのめりこんでいった。これは、俺にとって「詩」への目覚めだったといっていいだろう。
最初に買ったLPは、そういうわけで、陽水のライブ『もどり道』だったが、これを持っていたら、交換してくれという友人が現れて、代わりに借りたのが吉田拓郎の『ともだち』たった。当時はまだ我が家にはダビングできるようなステレオがなく、プレーヤーのスピーカーの前にラジカセを置いて録音した。当時の拓郎のヒット曲はそれほど好きではなかったが、『愚かなる独り言』『マークⅡ』『何もないのです』などはすぐに気に入った。
この頃から、テレビ神奈川の『ヤングインパルス』を見るようになり、フォークだけでなく、日本のロックや洋楽にも出会った。
フォークの中で特にはまったのが、遠藤賢司だった。やはり詩に惹かれたといっていいだろう。この頃にはギターも覚え、『またいつか会いましょう』『歯のないうさぎの口』はよく唄っていたし、『夜汽車のブルース』や『カレーライス』も、コピーしようとがんばった。
『ヤングインパルス』では日本のロックバンドもよく出演していて、頭脳警察、南無、カルメンマキとOZ、つのだひろとスペースバンドなどが出ていたが、クロニクルが出たときはやはり衝撃だった。テレビの前にラジカセを置いて録音したものを何度も何度も聞いた。『新しい世界』という曲で沖縄音階を使ったのは、当時としては画期的だった。
友達にポールマッカートニーとウイングスの好きな人がいて、レコードを借りたりしていたので、レコードを借りたりした。『Band on the run』の脱獄の物語になっている詩が面白かった。歌詞はその頃わからなかったが、『Speed of sound』は名盤だと思った。
フォークブームも終わり、代わりにニューミュージックとやらが出てくると、何か違和感を感じたというか、あまり面白いとは思わなかった。グレープやユーミンは何か好きになれなかった。むしろこの頃はロックのほうに惹かれていった。キャロルが出てきた時もかっこいいと思ったし、サディスティックミカバンド、安全バンド、クリエーション、結構好きだった。
高校に入ると、ますますフォークは廃れ、ニューミュージックの時代になり、ニューミュージックについていけなかった俺は友達も洋楽派と付き合うことが多くなった。当時はパープル、ツェッペリン、クラプトンのがギター少年の憧れで、こうしたものも聞くようになったが、その頃ほとんどジャケット買いのような感じで買ったのがイエスの『Fragile』だった。めまぐるしく変わる音の多彩さ、よくわからないが意味深長な歌詞、最後の『Heart of the sunrise』のドラマチックな盛り上がりといい、すっかりはまった。
そして、そのとき思い出したのが、子供の頃テレビで見て忘れかけていたムソルグスキーの『展覧会の絵』のロックバージョンで、よくは覚えていないが、急に音が静かになってギター一本で歌う部分だった。イエスの後、キングクリムゾンも聞き、次にELPを聞いたとき、初めてこれだったのかと思った。『The sage』という曲だった。プログレロックは、歌詞が何かよくわからないけど面白いので、辞書で一個一個単語を調べながら、何とか訳そうとした。今思えばほとんど出鱈目な訳だったが、ライナーノーツに乗っている訳詩も結構いい加減なのが多かった。たとえば「in the wake of」を「目覚め」と訳すような。
プログレにすっかりはまった俺は、その後ピンクフロイド、ジェネシス、キャメルなどいろいろ聞いたが、どこでどう出合ったかは忘れたが、ドイツのプログレバンド、CANは今でも好きだ。『Mashroom』『Sing swan song』のようなダモ鈴木のいた第二期の曲もいいし、『Animal wave』も何か自分の心の波長に合うような、懐かしさを感じる音でもある。
残念ながら、セックスピストルが流行っていた頃は、プログレ一筋で、全然知らなかった。ニューウェーブというのを初めて知ったのは、NHK・FMの横浜支局で作っていた番組で「P-MODEL」のライブを聞いてからだ。これを聞いて遅ればせながら、これからはニューウェーブの時代だと思った。その二週間後にはアナーキーのライブもあり、これにはぶっ飛んだ。放送禁止用語をはっきりと唄っていたし、このライブはエアチェックして(わーっ、懐かしい言葉)その後何年も繰り返し聞くことになった。
当時は大学に入り、フーコーのようなポストモダン哲学に興味を持っていたから、当時のP-MODELの歌詞のネタはわかった。『ドクターストップ』はフーコーの言う三つの排除(犯罪、狂気、非合理)のことだとすぐわかった。
この頃からようやくコンサートを見に行くようになり、P-MODELとARBは無料のライブでほとんど目の前で見ることができた。あの石橋凌が一メートル前で歌っていたなんて、あとから見ると凄いことだった。ヒカシュー、プラスティックス、シーナアンドロケッツ、RCサクセション、結構いろいろ見て、YMOのワールドツアー最後の武道館での三日間のライブの二日目には昼間から当日券に並び、何とか見ることができた。
ニューウェーブといえば、やはり特筆すべきなのはPHEWだろう。坂本龍一プロデュースの『終曲』もその不思議な言葉の世界にすっかりはまってしまったし、そのあと出たLPでは、何とあのCANのメンバーをバックに歌っているではないか。PHEWが見たくて『天国注射の昼』を見に行ったが、夕方になって二曲ほど歌っただけだった。
大学も卒業し、就職する頃、よく聞いていたのが、ARBとTHE MODSだった。そして、普通なら就職し、結婚し、所帯を持つようになると、ついつい流行の音楽から遠ざかっていくものだが、俺は音楽から離れることはできなかった。むしろ、苦しい時こそ、音楽が支えだった。
駒澤大学の学園祭でルースターズが出るというので見に行った。だが、その前のメンバーが今からすれば超豪華だった。最初に出てきたのがレピッシュで、その次に出てきたのがブルーハーツだった。レピッシュはすぐに音が気に入った。ブルーハーツは最初何だこれ、と思いながらいかにも変な風貌で変な踊りをするボーカルを見ていたが、だんだん引き込まれていった。マーシーの歌う『チェインギャング』は感動的だった。
ブルーハーツのほうは、政治的な感じのメッセージソングはそれなりに良かったが、単純すぎる歌詞は好みではなかった。『情熱の薔薇』の頃にはすっかり関心が失せていた。あの頃はやっぱりレピッシュだった。
ヒッポに入り、多言語のラボ活動に参加するようになって、ちょうどその頃ワールドミュージックという言葉がよく聞かれるようになった。すぐにこれにはまったのは言うまでもない。3 mustaphas 3は一体どこに行ってしまったのだろうか。『リンダ・リンダ』とか、『ソバ・ソング』とか良かったのに。ユーゴ内戦以降音沙汰がない。
『平成名物イカすバンド天国』は最初の頃は毎週がんばって起きて見ていた。その中でもたまとクスクスは良かった。たくさんバンドが出てきたが、今そのまま生き残っているのはビギンくらいか。
イカ天が終わってしまうと、しばらくはあまり日本のものに興味なく、もっぱらワールドミュージックの方に走っていたが、たまたま渋谷のウェーブでのTokyo No.1 Soul Setの公開放送を見た。ヒップホップに興味を持つようになったのはそれからだ。
詩のいいバンドは今までもたくさんあったが、基本的には既存の詩のスタイルを大きく抜け出すものではなかった。PHEWも確かに面白かったが、やはりありがちな自動記述の手法を使った、20世紀的な前衛の域を出るものではなかった。螢は何もかもが違っていた。それは未来の詩だった。今は活動を中止しているのが残念だ。もっと聞いたことのない言葉、聞きたかった。誰も聞いたことのない言葉、聞きたかった。新しい詩の作り方、見つけたかった。
試聴版で『世界樹の下で』を聞いて感動した。あの9.11事件のイメージと重ねて聴いてしまうが、本当のところこの歌の真意は知らない。
有心論というかYOU=神・論というべきか、とにかく真っ直ぐに愛を信じる歌詞と、時折見せる「明日を呪う人間不信者」「二秒前までの自殺志願者」のダークな部分とのギャップがたまらない。失恋の痛手を乗り越えて、これからどこへゆくのか。
シェリーズやあふりらんぽなど、もはやギャルバンなどという色物枠にはおさまらない、音楽性の高い女性バンドが増えているが、エレトイもその一つ。それまで行くことのなかったライブハウスに何度も通うことになったのも、エレトイのおかげであり、そこで他にもいろいろ面白い音楽に出会うことができた。
ヘビメタはこれまでほとんど興味がなかったのだが、jesuのようなオルタナメタルや、偶然特殊メイクをしたlordiを目撃したことや、DMCの影響もあり、メタルを聞くようになった。
ヘビメタというとハイトーンボイスでのシャウトというイメージがあったが、デスボイスのボーカルは耳障りな感じがなくて、音全体が落ち着いて聞きやすい感じがする。myspaceのリンクをたどってeluveitie、korpiklaani、turisus、kampfar、Týrなど、いろいろなバンドに出会った。
これからも多分俺は渋谷をうろつきながら、何か新しい音楽はないかと探し続けるのだろう。昔の人に連歌や俳諧があったように、今はロックやヒップホップがあって、いつの時代も芸能は人の心を癒し、救いを与え続けていくのであろう。音楽は教義も教団もない、もっとも純粋な宗教だ。