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猿蓑夢幻

ゆきゆき亭 こやん



   さらに世にふる初時雨
   さらに世にふる初時雨
   猿も小蓑をほしげ也

 伊勢から伊賀へ行く道すがら、一人の老いた旅の僧がいた。秋も暮れ、折りからの時雨に降られ、あたりは霧に巻かれ、白一色の世界だった。しばし古木の陰で雨やどりをしながら、宗祇・芭蕉を偲んでは、吟じるのだった。
 ふとその時、目の前に一匹の猿の姿が目に入った。雨に打たれ、毛皮の先に白玉の露をたたえ、哀れそうな目で老僧を見ていた。これぞかつて蕉翁が見た小蓑を欲しがる猿かと、老僧は自らの蓑と笠を脱ぎ、猿に投げた。
 するとどうだろう。霧に霞んでいた猿の姿は見る見る大きくなり、そこに現われたのは身の丈二メートルはあるかという大男の蓑笠着た姿だった。顔は赤く、鼻は三十センチ以上はあった。
 「さっ、猿田彦…」
 「いかにも。ところでおまえは一体なぜそこにいるのだ。」
 「私はしがない旅の僧だ。」
 「なら聞く。おまえは一体なぜ旅をしているのだ。」
 「……」
 「この時雨で今は身動きがとれないんだろう。ちょうどいい機会だ。おまえがなぜ旅をしているのか、聞かせてあげよう。なに、ちょうど退屈していたところだ。」
 そう言うと、猿田彦は瓢箪の酒を飲み、物語を始めた。

 「いいか、おまえには親はいるな。その親のまた親のまた親、とずーっと遡っていったとしよう。百年、千年、万年、そう今から五百万年も前のことだ。そのころのおまえの祖先は決して今のおまえのような姿をしているわけではなかった。そう、全身毛で蔽われ、両の手で木の枝からぶら下がる猿の姿をしていた。猿といっても猿曳きの連れているような猿ではない。むしろ中国の南に棲む、漢詩にも三声の涙下ると歌われた、あのテナガザルに近かった。
 およそ生きとし生けるもの生きなくてはならない。でもただ生きるだけでは死んでしまえば終りだ。おまえが今生きていられるというのは、おまえの先祖がただ生きていたからではない。子供を作り、子孫を残したからだ。生きて、子孫を残し、またその子孫が生きて、それが子孫を残し、それを繰り返してきたからだ。
 おまえには二人の親がいるはずだ。父さんと母さん。その父さんと母さんには二人ずつ親がいた。一代前には二人、二代前には四人、三代前には八人。十代前には何人になるかわかるか。何と千二十四人もの先祖がおまえにはいたことになる。二十代前にはその千二十四倍もの先祖がいた。三十三代前には今この世にいるすべての人の数よりも多い数の先祖がいたことになる。実際にこんな多くの先祖がいたはずがない。どこかで同じ祖先を持つもの同士が結婚していたはずだ。まして、今いる人々がすべて別々の先祖を持っていたなんていうはずはない。どこかで血がつながっているということだ。つまり赤の他人のように思えても、みんなどこかで血がつながっているということだ。しかし、人が猿だったのは三十三代前ではない。もっとずっと昔、二十万代前、三十万代前のことだ。
 生きとし生けるものすべて、生きるために、そして子孫を残すために戦わなくてはならない。なぜだかわかるかな。おそらく戦わない生きものもいただろうし、子孫を残さない生きものもたくさんいただろう。だが、その子孫は今ここにはいない。今ここにいるのはおまえは元よりそこいらの虫けらの一匹に至るまで、すべて子孫を残すことができたものの子孫だからだ。見る所おまえは坊さんとなり生への執着を捨て、子孫を残すことも断念したようだな。立派な心がけだが、その心がけはおまえが死ぬとともにこの世から消え去る。はっはっはっ。そして世の中には相変わらず生存競争に勝ち、性欲に身を任せたものの子孫ばかりが残ってゆくのだ。
 その昔、生きとし生けるものはみんなライバルだった。一匹の獲物、一匹の雌をめぐって命懸けで戦った。しかし、そんなことは賢いやり方ではない。ちょっと考えればわかるだろう。力の似通ったものが命懸けで戦えば、相打ちになって両方とも死ぬかもしれない。やっとのことで勝ったにしても、戦いの傷でよれよれになった時に別な敵が現われでもしたらひとたまりもない。もっといいやり方がある。何だかわかるかな。そう「三十六計逃げるにしかず」だ。ほんの少し戦ってみて、相手が強そうだと思ったら逃げればいいのだ。脱兎の如くその場を立ち去ってもいいし、ほんの少し逃げるだけでも相手はおまえを倒すことが目的ではないから、獲物か雌のほうへ行くだろう。もっといいのは降参だという合図を決めることだ。こうすれば逃げなくてもすむ。逃げずに強いものにくっついて行けば、ひょっとしたらおこぼれを頂戴できるかもしれない。こうしていつのまにか動物は強いものの回りに集まり、群れを作るようになった。」

 「今から五百万年前、おまえらの御先祖さんはそうやって群れを作って暮らしていた。木の実や木の葉を食べて、強いものからいい場所を陣取り、弱いものがその周辺でという具合に寄り集まって、そして最も弱いものはいつも少ししか食べられず、痩せ細り、のたれ死にしていった。
 悲しいかな、畜生の性。生きとし生けるものの定め。強いものは弱いものを食い、勝ったものだけが生き残る。馬にとっては木槿もただの食料。猫の母は蝶を噛んだその口で子猫を舐めさする。雉もまた蛇を喰うと思えば恐ろしや。それは太古より延々と繰り返されてきた生存競争、利己的な遺伝子の夢。いかにして星崎の闇を見よとや。
 しかしだ。群れを作ると一つ大きな問題が生じる。群れがいつも同じ面子ばかりだと、できた子供は皆同じ親から生まれてきた兄弟になってしまう。兄弟で結婚してばかりいてはちと困ることがあってな。そこで、生まれてきた雄はみな年頃になると生まれた群れを離れ、旅をするようになった。生まれた群れの雌はほとんどが兄弟親族だから、自分の本当に求める結婚相手を探しに旅に出たのだ。それがいわば、旅の起源だな。妻問う鹿のびいと鳴く尻声も悲しく、飛ぶ鳥もまた故郷を思っては鳴く。ただし、それは動物の旅だ。人間の場合はちと事情が違う。それをこれから話そう。
 動物はただ腕力が強ければいいというものではない。生存競争に勝ち抜くためには頭も必要だ。喧嘩だってそうだ。作戦も必要だ。相手の攻撃を読み、それによって自分の攻撃方法を考えなくてはならない。あるいは戦わずして相手を怖じ気づかせ、降参させる術も必要になる。鹿を知っているか。あの大きな角は森の中を歩けば木に引っかかったり蔦に絡まったり、邪魔っけなもんだ。それでもあれは強そうに見せるためには必要だった。それに対して、人間の祖先だった猿は別の競争を始めてしまった。それは相手の攻撃を予測することにあまりに多くの能力を使ってしまったということだ。
 ある時こう考えた。俺が敵の立場だったらこういう攻撃をする。そう考えれば敵の攻撃が面白いように読める。しかし、何で敵の攻撃がわかるのだろうか。それは敵が俺と同じだからだ。そう、それが一つの始まりだった。俺とおまえは同じだ。それは一つの想像だ。猿たちは殴り合い、引っ掻き合いながら、拳で語り合った。ひょっとしておまえは俺と同じなのではないか。そういうおまえも俺と同じなのではないか。こうして猿たちは『共感する』ということを覚えた。
 想像力は生きてゆくためにとても役に立つ能力だった。一見何もない木の茂みも、恐ろしい虎や毒蛇が潜んでいるかもしれない。その予測がつくかつかないかで生死を分けることもあった。見えないものを見るという能力は、単なる杞憂に終ることもあったが、おおむね生きてゆくのに役立った。この能力は戦うときでも役に立った。敵の背後に自分と同じものを仮定する能力、それが相手の攻撃を見切り、勝利を導いた。そして戦いはやがて相手の心理を読み、裏をかき合うようになっていった。これは人間の祖先の始めてしまった特異な戦い方だった。これによって、この猿は想像力を発達させ、そのため大きな脳を具えるようになっていった。
 この能力には副産物もあった。相手の行動を読む能力は、子育ての際、赤んぼの欲しいものを正確に把握し、正確に対応する能力となり、少ない子供を確実に育てる能力ともなった。これによって、大きな脳をもった猿を育てるだけの長い期間の育児もできるようになった。
 そして徐々に異変が起った。それは最初は些細な狩りの経験からだった。誰かが獲物を追っかけている。獲物はその追っかけている奴から逃れるように動くに違いない。なら先回りすれば、とそう考えた。その読みは当たっていた。みんながそれに気付いてしまえばどうなるか。あるものが獲物を追っかける。あるものがその反対側で待ち伏せる。すると獲物は挟み打ちを逃れて横へ逃げるはずだ。その横へまた誰かが回り込む。こうして敵を包囲すれば、確実に仕留めることができる。最初それは偶然だった。しかし、こういうふうに取り囲めば、一人では倒せないような強い相手でも捕えることができる。それは仲間に対しても当てはまる。
 それまで威張っていた群れのボスも、これでうかうかしてられなくなった。どんなに強いものでも大勢で取り囲まれれば無力だ。ある時それがわかってしまった。群れで二番目か三番目くらいに強いものがある日ボスと戦いを挑む。それを見ていた他のものが、ボスの背後から挟み撃ちをするように襲いかかる。そして勝利する。しかし、そのあと起るのは仲間割れだ。二頭、三頭が協力して戦った程度では何も変らない。しかし、四頭、五頭、ついに群れ全体が一頭のボスをやっつけたとき、すべては変った。どんな強い屈強なものでも、全員で協力してかかれば難無く倒せる。これが人間の遠い祖先を『出る杭は打たれる』というジレンマに陥れてしまったのだ。」

 「これこそ人間の祖先にだけ起きた事件だった。それ以来、人間の祖先だけ生存競争の方法ががらっと変ってしまった。それまでは一対一で戦って、いわば群れの中で総当たり戦をやって一番弱かったものから順に群れからはじき出され、のたれ死にしてゆくようなものだった。時に二対一、三対一になったとしても、大きく変るようなことはなかった。しかし、一人対残り全員という戦いになると、もはや腕力の強い弱いは無意味だ。どんなに屈強なものでも全員で袋叩きに合えば強さは無意味だ。むしろ強いがゆえに自分だけいい食いものを独占しようとする。そうすると他のみんなの反感を買う。みんなから袋叩きに合う。かえって弱い方がいいということになる。
 だったらみんなで仲良くすればいいじゃないかと思うだろう。しかし、自然はそんなに甘くない。森になる木の実の数は限られている。しかし、子孫は増え続ける。これは仕方のないことだ。もしすべての雌がみな二人しか子供を生まないとしたら、人口は一定に保たれるように思えるかもしれない。しかし、自然は時折山火事や地震や火山の噴火や洪水など、様々な災害をもたらす。そうして多くの命を失うと、二人だけの出産ではもとの人口に回復することができない。だから常に生き物は多めに子供を生んできた。多めに生んでふるいにかけ、強いものだけを残す。そうして生きものは悠久の時を生き存えてきた。
 人の祖先も同じだった。限られた大地の恵に対し人口は常に増え続ける。誰かが排除されなくてはならない。排除する理由は後からつければいい。とにかくまず排除することが先だ。他の動物は総当り戦を行い、負けたものが排除されてゆく。人間は大勢で一人を仲間外れにすることでしか排除することができなかった。真っ先に槍玉に上がったのが、強くて威張っている奴。食料や雌を独占しようとする奴。こうして人は大きな牙を持ち頑丈な肉体を持つものを排除し、牙の小さい、華奢なものを残していった。
 人間は他の動物に比べ、なんて無力なものか。虎のように強いわけでもなく、馬のように早く走れるわけでもなく、猿のように木に登れるわけでもなく、犬のように鼻が利くわけでもない。猫は二階から落ちても怪我一つしないが、人間はすぐに足を折る。猿回しの猿もまた、人より小さくても腕力では人を凌駕する。だから猿曳きは猿がまだ小さいうちに人間の恐怖を徹底的に叩き込んで言うことを聞かせる。
 もっとも、体が華奢になったのと引き替えに、人間は様々な能力を獲得した。人は生きるためには絶えず多数派にならなくてはならなかった。少数派に回れば仲間外れにされ、苛められ、群れを追い出されてゆく。だから、多数派工作に必要なあらゆる能力を発達させた。どうすればみんなから好かれ、仲間外れにならなくてすむか。そのために人は微笑み、挨拶を交し、贈り物を交換し、言葉を喋るようになった。横暴なものに対してはいかにも自分は傷ついた、被害者だという顔をし、みんなの同情を引くことも必要だった。人間は涙もろくなり、自分で自分を責め、時には自虐的な行動をもとるようになった。こうして、控えめで、腰が低く、気前がよく、傷つきやすく、それでいてしたたかで計算だかく、いつでも多数派に立ち回るものの子孫が繁栄し、今日の人となった。」

 「出る杭は打たれる。それは必然的に平等主義を生んだ。獲った獲物はみんなで分けあう。一人だけ多く取ろうとすれば袋叩きにあうからだ。雌は各雄に一人ずつ配分する。そうしないと嫉妬によって殺されかねないからだ。こうして雌の分配システムとして家族が誕生した。家族が誕生すると、人は近親者ではない結婚相手を探すために旅に出る必要はなくなった。いくつかの血族の間でメンバーを相互に交換しあうだけで、容易に近親婚を避けられるようになった。
 人は仲間外れが怖くて人を愛し、人から責められたくなくて仲間に恩恵を施し、出る杭の打たれるのが怖くて謙虚になり、人の出方を絶えず気を配っては賢くなり、人に嫌われるのが怖くて約束を守り、こうして仁義礼知信の五常の徳が生じた。そして、長い年月を経て、それはいつしか生まれながらの自然の情となっていった。自然の情として具えたものの方が、策略でそうするものよりもみんなから信頼され、仲間外れになることが少なかったからだ。こうして孟子の言う四端が生じた。そして平等と博愛がいつでも人類の目標となり、理想となった。
 こうして人は仲間を思いやり、愛情と慈悲に満ち溢れ、頭が良く、それでいて謙虚な、まさに万物の霊にふさわしい性質を身につけていった。しかし、仲間を思う気持ちが深ければ深いほど、それを脅かす敵に対しては最大限に残酷になれた。その残虐さはしばしば仲間の中の排除の対象とされたものにも向けられた。人口の増加に対して個体数を調節せねばならない。それは天の掟だ。人は天に従い、犠牲を捧げねばならなかった。天に捧げる儀式として人は人頭祭を行い、仲間を血祭りに上げた。しかし、そこは優しい人間のこと、やがて人は仲間を殺すのに忍びないとばかりに、近隣の集団を襲い、捕虜の首を捧げるようになった。ここに戦争が始まった。他の動物の喧嘩は一対一の、いわばタイマン勝負が基本だった。しかし、人間だけが集団同士で作戦を練り、組織的に殺戮を行う、いわゆる戦争をするようになった。
 排除する理由は何でもよかった。蝉丸は目が見えないということで排除され、逆髪は髪の毛が逆立っているという理由で排除された。犯罪者はもちろんのこと、傲慢なもの、威張っているもの、頭が良すぎるもの、足を引っぱるもの、身体に障害のあるもの、病気のもの、とにかく人と変っているもの、美人の妻を独占しているもの、嫉妬、反感をかうものや恐怖心を与えるものすべて、排除の対象になりうる。それが万物の霊長たる人類のもう一つの歴史だった。一方で平等と博愛、一方で差別と迫害。矛盾しているのが人間だ。
 しかし、こうした差別と排除は理不尽なものだった。それは排除する側からすれば常に理由があった。病人は病気をうつすかもしれないし、身障者は日々の労働に足手まといになる。精神異常者は何をしでかすかわからない危険な存在だし、並外れて能力のありすぎるものも集団行動を乱す。それは排除する側の理屈だ。排除される側からすれば、すべてそれは自分が望んだものではなかった。
 犯罪者はもちろん真っ先に排除の対象となっただろう。人が死んだり傷つけられたりすれば、恨みと復讐心と自分もやられるかもしれないという恐怖心を爆発させ、ここぞとばかりに責めたてる。証拠があろうがなかろうが関係なく、殺害の方法がわからなければ呪い殺したことにすればいい。とにかく誰かしら犯人に仕立て上げて血祭りに上げなければ気がすまない。無法というのはあらゆる犯罪がまかり通るというよりは、むしろ些細な犯罪に無制限なリンチが加えられる状態だ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。悪いことをする奴が許せなければ、その家族も親戚もみな許せない。村全体が、一族全部が許せない。そうして、制裁は必ず罪のないものにまで及ぶ。法律は本来それを抑えるために発明されたものだった。
 一方的な排除の宣告に、あるものは自らの命を断ち、あるものは一人山野をさまよい歩いたが、既に野性のたくましさを失った人間にとってそれは自殺行為だった。」

 「人は一人一人がみな特別な存在だ。一人一人顔かたちが違うように一人一人ものの考え方も違う。だからその特別だという理由で誰でもが社会的な排除の対象になりうる。だから人はもって生まれたその人独自のもの、個性、いや、もっと大事な『自分が自分であること』を捨てたり、ひた隠しにして平均を装う。人はもって生まれた自分を殺し、社会的なもう一人の自分の仮面を作り出し、それと同化してゆくことで立派な社会人となる。人は人間に生まれるのではない。人間になる。
 しかし、その仮面の窮屈さは誰しも感じていることだ。人は生きてゆくために日常的・平均的なものに同化しなくてはならない。だが、時には本当の自分に戻ってみたい。そこで人は一時的な非日常の時間を作り出し、そこで抑圧しているものを解放しようとする。祭がそれだ。
 祭となると男たちは力くらべをし、女たちは美しく着飾る。ここにスポーツとファッションの起源がある。日頃力自慢をしていると、あいつは威張っている、やな奴だと思われる。日頃から派手に着飾っていると、自分の美しさを鼻にかけて、何よあの女、ということになる。だから祭が必要になる。
 芸能もまた祭の場で生まれた。日頃抑圧している体の動きは踊りとなり、日頃抑圧している言葉は詩となり歌となる。しかし、それは無制限ではなく、決められたルールのなかでほんのちょっとの逸脱を楽しむといったものだった。
 もともと排除される人間には、人にはない能力を持つものが多かった。そこから、いつしか自活して生活する手段を身につけたものがいた。自分の能力をどこか見知らぬよその村に売り込んで、その代償に食料をもらう。そんなことを繰り返し村から村へと点々と旅を続ける。それが人間にとっての旅の始まりだった。彼らは一括りに呪術師と呼ばれるものだった。それはどこぞの村で覚えた薬草の知識、病気治療の方法、物語、歌や踊り、藁細工や竹細工、土器、石器の製造などの技術を、まだそれを知らない村に伝え、それで飯を食うといったものだった。彼らは技術が村人を魅了している間は歓迎された。そして、その技術が伝わり、村人のものになってしまえばもはや用済みだった。だから旅を続けるしかなかった。」

 「旅を続けてゆくうちに、呪術師たちはお互いに出会い、寄り集まり、持っている知識や技術を持ち寄り、素人には容易にまねのできない職人の域に達するものもあらわれた。そうすれば、長く村に留まることもできたし、彼らはもはや排除されることを恐れる必要がなく、自由気ままにふるまうことができた。そして、呪術師は村人にとってあこがれの職業にすらなることができた。有能な若者は村で出る杭は打たれる的な抑圧の中で悶々としながら生きるよりも、呪術師になることを望んだ。こうして呪術師集団はやがて巨大化し、技術も高度となるにつれ、専門化していった。宗教家、医者、芸能人、職人、商人、そしてその中から戦争の手伝いを専門にする軍人、軍隊を指揮する君主も現われた。
 彼らの人口が増えるにつれて、やがて一所に集まり都市を形成するようになった。  しかし、彼らもまた同じ人間だった。小さな村に何人もの呪術師は必要ない。彼らもまた限られたポストを争い、お互いに排除しあうしかなかった。呪術師には呪術師の、芸能人には芸能人の、職人には職人の、商人には商人の、軍人には軍人の縄張り争いがあり、熾烈な競争があった。まさに世の中はとてもかくても同じこと。争いの果てなきは何処も変らず。十字路に立てども何処も同じ秋の夕暮れ。敗れたものは淋しさの果てない道を今日も行くのみぞ。
 都市と都市との果てない縄張り争いの中で、力を握ったのは軍隊だった。そしてその軍隊を指揮する組織として国家が作られていった。こうして国家が生まれれば支配するものと支配されるものという階級に違いも生じてくる。だが階級というのも決して単に抑圧するものと抑圧されるものの関係ではない。それは同時に同化する集団の違いでもある。武士は武士らしく、百姓は百姓らしく、町人は町人らしく、みんな自分の所属する集団のユニフォームを着、仮面を被っている。そこからはみ出した仁侠や狼藉者もまた群れをなし、お互いに同化しようとする。そのどれにもなれずにはみ出したもの、それが本当の旅人だ。」

 「集団に同化するということは、得るものもあれば失うものもある。得るものは生活の糧、生きてゆくために必要な収入。失うものは自分らしくいられる自由。人は子供から大人になる際、生きてゆくために取り引きをしなくてはならない。それは生存の取り引きだ。これは決して生易しいことではない。身を引き千切られるような思いで自分の半身を切り捨てて、集団に同化する。それは誰もが通ってきた道だ。思春期の悩み、自分が自分でなくなる恐怖、それに負けたものはしばしば死を選ぶ。あるいは闇雲に社会に反抗を企てる。命懸けの取り引き。しかし、一度その取り引きが既成事実となり、ささやかながらも一人前の大人として飯を食っていけるようになると、あとはあの時の悪夢をすみやかに忘れ、青春を甘い思い出に変えてゆく。おまえもそうではなかったか。
 成人儀式というのはどこも同じだ。死の恐怖を与えることによって社会・共同体への服従を約束させる。それだけだ。社会はいつでも個人を抹消することができる。命だけは助けてやる。だから忠誠を誓え。そして、共同体が危機に瀕したときには喜んで命を投げ出すよう、約束させる。人は生きているのではない。生かされているのだ。
 しかし、ある日その平凡な幸せがもろく崩れ去る。ままならぬのは人の世の常。失業、離婚、事故、病気、あるいは不運にも犯罪に巻き込まれたり、時には災害や戦争により、身を寄せていた大樹も呆気なく倒れてしまうことがある。そうなると、世間の風向きも変る。誰だって自分が生きるのに精一杯で、他人の不幸まで背負いたくはない。親しかった人もいつしか自分を邪魔もの扱いするようになり、自分が世間からのけものにされようとしているのを感じる。この木戸は冷たく錠を閉ざされて、一人古池に蛙の水音を聞く。おまえもきっとそういうことがあって仏道に入ったのだろう。そうでなければ、あの生存の取り引きで捨てたはずのものを不幸にも思い出してしまったか。平和な日々、平凡な日常、決まりきった毎日、そんなものにふと空しさを覚え、真理への道に目覚めてしまったか。
 だが、それは決して悲しむべきことではない。夢が終ったところから本当の夢が始まる。誰もが理不尽な排除を受けることのない、自由で平等な世の中。自分一人の幸福ではない、全人類の夢。誰もが捨てざるを得なかった己の半身、失った希望。その恨みの声はこの大地にいつでも雪のように降り積もっている。半身の抜け落ちた体の中にはいつでも風が吹いている。その心に吹く風の音がきっと導いてくれるだろう。いつかきっと人類は人口を調節し、生産を調節する手段を見い出し、もはや人口過剰から排除しあう必要もない、生産の不足から争うこともない、夢の国を実現できるに違いない。
 旅人は別の可能性を持っていた。つまり旅人には、みんなそれぞれ自分の役割存在に徹して生きてゆく中で捨ててしまったもの、抑えつけているものを思い出させる力がある。それは人として一番大切なもの、自分が自分であること。それが風雅だ。身分や階級を越えて、みんなただの一個の自分として寄り集まり、心を通わせ合い、一つになる。一瞬でもそんな夢を見ることができる。それが風雅の魔力だ。
 西行は貴族でも武士でも勧進聖でもない、ただの西行として生きた。芭蕉もまた農人でも小作人でもなく、江戸の町人でもなく、ただの芭蕉として生きた。だから、その歌は身分や時代の壁を越え千歳不易の域に至った。いつか人々がみな窮屈な仮面を脱ぎ捨て、誰が誰を排除するということもなしに、同じ桜の木の下に寄り集まり、和気あいあいと談笑の時を過ごせるように、世の中全体がそうなることを夢見た。その夢は人類の永遠の夢ではなかったか。花の下では影清もただの七兵衛に戻り、汁も膾も貴賎群衆を問わずみな桜となる。
 長い旅路の果て。心の底に吹くは秋風。我が泣く声もまた竹四五本を吹き鳴らし、木枯らしの身は枯野を駆け巡り、海に出ては帰るところもなし。まこと、果てはありけり。されど、その満たされぬ魂の叫びは変風変雅の歌となり、我々を導き続けることだろう。」

 「人というのはあわれなものだ。誰もが幸せになりたいと思っているのに、人の幸せが許せなくて足を引っぱりあう。そうして結局それは自分に跳ね返ってくる。幸せになろうとすれば周囲のやっかみに押し潰され、不幸のどん底に落ちれば、それ見たことかとあざ笑う。仲睦まじい二人を見れば石を投げ、夢を追う若者を見れば潰そうとする。それは生きとし生けるもの誰しもが持つ畜生の性。排除は天の掟。
 それでも人はそれを悲しむことができる。哀れむこともできる。木槿の花はもとからはかない命といえども、馬に食べられたとなれば悲しい。一輪の菫の花にも、一寸の白魚にも命の尊さを感じ、哀れを感じることができる。それが救いだ。花の心、それだけが人を禽獣から分かつ。
 道はいろいろな人が通る。老いも若きも、男も女もそのどちらともつかぬものも、身分の高いものも低いものも、日本人も外国人も、平凡なものも異形のものも、職業や立場が違っても、みんな同じ道を行く。道ではすべての人が渾然一体となり、すべての声は混じり合い溶け合い、ただのざわめきとなる。どこに差別があるのだろうか。人はすべてみな等しく道を行き交い、何処へとも知れず去ってゆくのみ。出会い、言葉を交すも一瞬の夢。せめてこの道こそ平穏であれ。
 我の正体はすべての旅に死んだ人の魂の怨霊であり、すべての人々の心から排除されたもう半分の魂だ。夢破れた魂、それが我だ。
 そう我は巷の神、道の神。陰と陽、あい反するものも結局は一つ、道の混淪鬱渤のあるのみ。混沌こそ万物の母にして、すべてはそこにある。人はそれぞれ立場があって争っていても、世間から振り落とされないように戦々恐々としていても、本当はその終りのない苦しみから救われることを願っている。だからこそ、人は芸能に救いを求める。我、すなわち猿田彦は芸能をもってして人を導く神だ。戦争、飢餓、差別、迫害、搾取、苛め、世の中というものはそういうものだとあきらめている人はおらぬか。しかし、もし人が少しでもそこから救われたいという気持ちを起すなら、きっといつか人が本当に自分らしく、お互いに争うこともなく、幸せに生きられる日も来るだろう。
 おまえは地獄行きを心配しているかもしれないが、もともと地獄なんてものはない。人の心が地獄を作る。」

 そう言い終えると猿田彦は謡い、舞い始めた。

 柳桜をこきまぜて
 道は錦の玉鉾の
 知るも知らぬも別れては
 また逢う坂の果てもなき

「やめた、こんな古くさい歌は流行らない。」
 そう言うと猿田彦は見たことのないような激しい舞いで、聞いたことのないような軽口の早歌を歌い出した。「こは喇風ラップなり。」

 ヘイヨー!風来の民 我は八街やちまたの神
 幾千の秋 吹き荒れる野分のわき
 変らぬ人達 悲しい歌を歌い
 守り続けた舞台 導いた風雅の舞
 いつしか時も流れ 見知らぬ舞も舞われ
 歌う歌も変れ 変風変雅へんぷうへんがの定め
 知れよものの哀れ 道よ光輝け
 すみれよ花咲け まさに人の世は情

 イェー!我は猿田彦の神 ちまたの神
 道端の神 道に倒れた旅人の魂
 目指すは未知の国 歌えよ道の民
 誰だって見てみたい まだ見ぬ未来
 今日はこの初時雨 やがて山は日暮れ
 光の国も見ゆれ 化かすんじゃないぞ狐
 フー!旅は道連れ 行く先々人を愛して
 たどり着くさいずれ 生きる意味を見つけ

 嗚呼 風を求めて 走り出せよ
 嗚呼 風を求めて 走り出せよ

 歌が終ると猿田彦の姿も消えうせた。長い話はほとんど意味不明で、所々何かわかるといったものだった。あれは遠い未来の言葉なのか、それとも太古の言葉なのか。旅の僧にはわからなかった。
 いつしか時雨の雨も上がり、雲の切れ間から夕日が差し込んできた。そのまばゆい光に照らされ、雲の去って行く山際の紅葉は露に輝きだした。やがて雲が消えるとそこには夕日に映える幾重にも連なる赤や黄色に輝く山並みがあった。唐紅とはまさにこのことか。旅の僧はしばし時を忘れ、その景色に見入った。